まだ居る
「お前な……!」
突然の天花の奇行に何か言ってやろうと口を開いた田中の目の前に天花のおっぱいが迫っていた。慌てて上体を起こし、所謂マウントポジションを取った天花の胸だけが、不自然に下に敷いている田中に向かって弾む様に動いているのだ。まるで別の生き物の様に。そしてそれは実際にそうなのである。
『どうした! 遠慮するな!』
『そうだぞ田中、貴様は良い奴だから触っても良い』
「ダメだよ!!」
「何なんだ……!」
状況はさっぱり分からないが、天花の「ダメ」と言う言葉を聞いて田中は倒れたまま両手を上げた。これならうっかり触れてしまう事もないだろう。
『奥手過ぎるのもどうかと思うぞ』
『据え膳喰わぬは男の恥と言う』
「何でそんな言葉知ってるのよ……おっ?! おおおわぁぁー!」
強引に倒れ込んだ左右は天花の身体ごと田中の顔に覆い被さり……。
「んぶっ!」
その重量と面積に田中は息を吸う事も出来なくなる。
そう、すっかり顔を左右に挟まれてしまった状態だ。
「な……な……」
『触った事になるよな?』
『手で触る以上だ。ぱふぱふであるな』
「だ……から……何でそんな言葉……じゃなくて! 最低最低! 早くどいてよ!」
『そう言うな、自分達とはこれでお別れなんだからさ、主』
『少しの我慢であろうに、堪え性のない奴よ』
言われて天花は少しだけ平静を取り戻す。これでこの非日常とも別れられるのだ。確かに少しの我慢である。
「……分かった、もう、大丈夫だから」
ただ静かにそう言っただけの天花にしっかりと覚悟を感じた左右は、強引だったのを止め、すべてを天花任せた。
「……」
天花は目を閉じ、ただジッとそのままの姿勢……馬乗りになって田中の顔をおっぱいで挟む姿勢を維持した。
「天花先輩!」
長い時間に感じたが、実際はどれ程経っただろう? ろみにそう呼ばれて閉じていた目を開いたがまだ左右は左右のままだ。
「まだなの?」
「これ以上は田中先輩が!」
続行仕方なしと思った天花だったが、万歳状態の田中の指先がピクピクしているのを見て飛び退いた。
「うわぁっ! 田中! 田中大丈夫?!」
同時に息を吸い込み、ぜぇぜぇとそれを貪る田中を見て生きていたと安心する。
「はぁっ……はぁっ……おま……何やってんだよ殺す気か!」
「田中……」
どうやら怒っている様だ。間違っても好きな女子とラッキーな展開になった事に喜んでいる顔には見えない。
「何だよ?」
田中を見ていた視線を外し、自分の胸元を確認する。
「魔王?」
『うむ』
「ナイト?」
『ここ』
――居る……!!
「何でよぉぉぉ!!」
天花は電撃を受けた様に跳ね退き、ろみの足元まで転がる様にして近付いた。
「まだ居るここに居るハッキリと居る全然居る」
「な……何ですって……この願い、田中先輩のもので間違いないと思ってたのに違うって事?」
「そうだよきっと! そもそももう別にあたしの事なんか好きじゃないでしょうに! だからおっぱい押し付けても魔法が解けないんじゃん!」
「おいおい何か良く知らないが俺の為にやった事なら俺はこんな事望んでないぞ。普通に窒息するとこだったし大変迷惑だったし……ちゃんと説明してもらえるんだろうな?」
そう言いながら田中が息を整えやって来ると、天花とろみは背中を丸めて頭を付き合わせた。
「ちょっとろみちゃん本当に田中じゃないの? 説明しろとか言ってるけど?! 田中じゃないなら説明する必要ないしバレ損じゃん!」
「いやもうだって田中先輩以外にいったい誰が居るんですか。それにバレたのは私のせいじゃなくて暴走したおっぱいですからね。田中先輩の言う通り、実際殺してしまいそうでしたし」
「うぐっ……!恥ずかしくて死にそうだよ! あたしのおっぱいに挟まれて嬉しいでしょう? ってどんだけ自意識過剰なのよ! 挙句大変迷惑とか言われてさぁ!」
「ですよね……。いやぁ~もう事情を説明した方がマシじゃないですか?」
「……」
何だか一切の責任を負わないスタンスのろみに納得出来ないものを感じながら天花は諦めた様に田中に向き直った。一応ろみも神妙な面持ちで隣りに立ってくれる。




