14
ずず、と鼻を啜る音が嫌に部屋に響く。
カッコ悪い……こんなつもりじゃなかったのに。
ちゃんと終わらせようって、思って来たのに。
何度となく繰り返された「ごめんね」の代わりに、遥さんは私を抱きしめたまま柔らかく頭を撫でた。
「……私のこと好きってほんと?」
「ほんとだよ。ごめんって」
「じゃあもう、遊びじゃない…?」
「うん、本気。美咲ちゃんだけ」
「…………信じます……」
ぎゅ、とほんの少しだけ遥さんにしがみつく手に力を込める。
「じゃあ、キスしていい?」
「……ふふ」
今まで散々抱いたくせに、今更そんなことを聞かれるなんてなんだか可笑しかった。
「……うん。して欲しい」
「……ん、可愛い」
今までだって同じベッドで何度も触れ合ったはずなのに、今夜はまるで違う。
互いに「恋人」として迎える、初めての夜。
今までで一番、宝物に触れるみたいな手つきの遥さんにキスをされる。
唇が触れ合った瞬間、自分が震えているのが分かった。
抱きしめられて、もう一度キスされて。
「好き……好き、だよ……遥さん……」
「……美咲ちゃん」
言えなかったこと、言いたかったこと。
ちょうどいい私はまだよく分からないけれど。
「……もっと言って。好きって」
楽しそうな、それでいて甘やかしてくれるような声だった。
ああ、この人ならいいんだ。
重くても、面倒でも、多分ちゃんと、受け止めてくれる。
「好き、大好き……っ」
「私も大好きよ」
耳元に吐息を落としながら、遥さんは、何度も何度も言葉をくれた。
***
夜が更けて、時計の針が日付をまたいだころ。
遥は腕の中で眠ってしまった美咲の髪をそっと撫でた。
頬には涙の跡が残っていて、濡れたまつげが呼吸に合わせて僅かに揺れる。
「……ごめんね」
遥にとって「本気の恋」は久しぶりだった。
これまでの後腐れのない関係や、軽いノリの恋愛とは全然違う。
特別だから、軽々しく触れられなくなった。
“遊び”なんて言葉で繋ぎ止めておきたくなかった。
大切だからこそ、不器用で、上手く言葉にできなくなった。
大切にしたいのに、傷つけて、泣かせて――。
それでも、手放せなかった。
「……美咲ちゃん」
名前を呼ぶ声は、夜の静けさに溶けていった。
穏やかに寝息を立てる美咲を抱きしめながら、遥は目を閉じる。
ほんの少しでも、明日は今日より美咲が笑ってくれればいいと思いながら。
***
カーテンから漏れる朝日の眩しさに気づいて、うっすらと目を開ける。
視界の端に見える、見慣れた天井。
そしてすぐ隣に、静かに寝息を立てる人のぬくもり。
「……遥さん…」
腕の中にすっぽりと包まれていた。
彼女の呼吸に合わせて、背中にまわされた腕がわずかに上下する。
心臓の音が近くて、くすぐったいほど穏やかで。
「夢……じゃ、ないんだ」
小さく呟くと、遥さんのまつげがわずかに動いた。
目を開けた彼女と視線が合って、一瞬、息がつまる。
「……おはよう」
「おはようございます」
かすれた声で答えると、遥さんは少し笑って、私の目元を親指の腹で撫でた。
その仕草が優しくて、胸の奥がまた熱くなる。
「泣きすぎて、目が腫れてる」
「……遥さんのせいです」
「うん、ごめんね」
謝りながらも、腕の力をゆるめない。
まるで、もう二度と離したくないみたいに。
やっと触れられた距離と。
やっとつながった体温と。
それだけで、世界が少し優しくなった気がした。
私はそっと目を閉じて、もう一度その胸に頬を寄せた。
この朝を、少しでも長く覚えていられるように。




