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ずず、と鼻を啜る音が嫌に部屋に響く。

カッコ悪い……こんなつもりじゃなかったのに。

ちゃんと終わらせようって、思って来たのに。

何度となく繰り返された「ごめんね」の代わりに、遥さんは私を抱きしめたまま柔らかく頭を撫でた。



「……私のこと好きってほんと?」

「ほんとだよ。ごめんって」

「じゃあもう、遊びじゃない…?」

「うん、本気。美咲ちゃんだけ」

「…………信じます……」



ぎゅ、とほんの少しだけ遥さんにしがみつく手に力を込める。



「じゃあ、キスしていい?」

「……ふふ」



今まで散々抱いたくせに、今更そんなことを聞かれるなんてなんだか可笑しかった。



「……うん。して欲しい」

「……ん、可愛い」



今までだって同じベッドで何度も触れ合ったはずなのに、今夜はまるで違う。

互いに「恋人」として迎える、初めての夜。

今までで一番、宝物に触れるみたいな手つきの遥さんにキスをされる。

唇が触れ合った瞬間、自分が震えているのが分かった。

抱きしめられて、もう一度キスされて。



「好き……好き、だよ……遥さん……」

「……美咲ちゃん」



言えなかったこと、言いたかったこと。

ちょうどいい私はまだよく分からないけれど。



「……もっと言って。好きって」



楽しそうな、それでいて甘やかしてくれるような声だった。

ああ、この人ならいいんだ。

重くても、面倒でも、多分ちゃんと、受け止めてくれる。



「好き、大好き……っ」

「私も大好きよ」


耳元に吐息を落としながら、遥さんは、何度も何度も言葉をくれた。



***



夜が更けて、時計の針が日付をまたいだころ。

遥は腕の中で眠ってしまった美咲の髪をそっと撫でた。

頬には涙の跡が残っていて、濡れたまつげが呼吸に合わせて僅かに揺れる。



「……ごめんね」



遥にとって「本気の恋」は久しぶりだった。

これまでの後腐れのない関係や、軽いノリの恋愛とは全然違う。


特別だから、軽々しく触れられなくなった。

“遊び”なんて言葉で繋ぎ止めておきたくなかった。


大切だからこそ、不器用で、上手く言葉にできなくなった。

大切にしたいのに、傷つけて、泣かせて――。


それでも、手放せなかった。



「……美咲ちゃん」



名前を呼ぶ声は、夜の静けさに溶けていった。

穏やかに寝息を立てる美咲を抱きしめながら、遥は目を閉じる。


ほんの少しでも、明日は今日より美咲が笑ってくれればいいと思いながら。



***



カーテンから漏れる朝日の眩しさに気づいて、うっすらと目を開ける。

視界の端に見える、見慣れた天井。

そしてすぐ隣に、静かに寝息を立てる人のぬくもり。



「……遥さん…」



腕の中にすっぽりと包まれていた。

彼女の呼吸に合わせて、背中にまわされた腕がわずかに上下する。

心臓の音が近くて、くすぐったいほど穏やかで。



「夢……じゃ、ないんだ」



小さく呟くと、遥さんのまつげがわずかに動いた。

目を開けた彼女と視線が合って、一瞬、息がつまる。



「……おはよう」

「おはようございます」



かすれた声で答えると、遥さんは少し笑って、私の目元を親指の腹で撫でた。

その仕草が優しくて、胸の奥がまた熱くなる。



「泣きすぎて、目が腫れてる」

「……遥さんのせいです」

「うん、ごめんね」



謝りながらも、腕の力をゆるめない。

まるで、もう二度と離したくないみたいに。



やっと触れられた距離と。

やっとつながった体温と。

それだけで、世界が少し優しくなった気がした。



私はそっと目を閉じて、もう一度その胸に頬を寄せた。

この朝を、少しでも長く覚えていられるように。


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