第三話 「加速」
これは俺がヴァリァス特殊部隊養成高校(以後、養成高校)への入学を決めた時のこと。
家で俺と母親の二人で進学について相談していたときのことだった。
「いいだろ?どうせあんな高校に行くよりも養成高校に行った方が将来も安泰になる」
「安泰って……給料は安定しているとはいえ、他の職業より何倍も死亡率が高いのよ⁉アンタがあたしより若くして死んでほしくないわ」
「いつ死ぬかは俺が決めることじゃない。それに他の職に就いたところで長生きできる保証があるわけじゃないだろ」
「はぁ……しょうがないわね。じゃ自分で進学届書きなさいよ」
母親は何か言い返すわけでもなくすんなりと聞き入れてくれた。
帰って来た時から上機嫌だが、大方パチスロで大勝ちしたんだろう。さっき「アンタがあたしより若くして死んでほしくないわ」って言ったのは俺に死んでほしくない、何故なら金づるがいなくなるから、という意味に違いない。
こういうところが俺の母親として腐ってる部分なんだ。
時は流れ、入学前に形だけの入学試験ということで俺が養成学校に呼び出された時のこと。見たことない建物内に案内され、職員室らしきところで待たされた。しばらくすると校長が前に現れた。
「君が神村姜椰君で合ってるかな?」
「はい」
「では、こちらに」
そうして案内されたのは校庭だった。何人もいる大人の内の一人が俺に試験の内容を告げた。
「君にはこれから実技試験を行ってもらう。これはあくまで身体測定を目的としているもので、君の入学手続きはすでに受理されているから気楽に受けてほしい」
「わかりました」
すると別の男が前に出た。男は腕を組んで仁王立ちをしていてとても高圧的だった。
「さて、これから試験を受けてもらうわけだが今前に出ているあの人と50m走をやってタイムを競ってもらう。聞いた話だと、驚異的な身体能力で化け物を倒したらしいから記録しておきたいんだ」
中学時代から運動神経が微妙だった俺はタイムが遅いせいで期待を裏切ってしまうのではないかと要らぬ心配をしていた。
スターターの合図が鳴った瞬間、また視界が遅くなった。ムカデと戦った、あの時と同じように。
それでも自分の体と思考は普段通りに動かせた。数秒して走り切ると、視界は元通りになった。
(便利だな、この能力)
隣でタイムを計っていた人に聞くと、3.5秒と聞かされた。試験官が話しかけるまでその場で思考停止していた。
場にいた全員は目を丸くし、その後は血液検査を行い、試験は終わった。帰る途中、俺は自分の能力のことを考えていた。元々が7秒くらいかかるから普段の倍ほど速く動ける能力らしい。
その後、家に封筒が届き、俺はヴァリァス特殊部隊に配属された。母親は狂ったように怒り、暴れ回った。そこらの不審者よりも危なそうだったので部屋に籠っていたんだが、一階からとんでもない音が家中に響き渡っていた。
そして今に至る。俺は本来なら名も無い高校に通い、人生を棒に振るはずだった。つまらない三年間を過ごし名も無い大学に行き、時間ばかり経って誰かにその存在を認められぬまま没するはずだった。
俺は自分の短い人生を振り返り、人生何があるかわからないという言葉の真意を痛感した。
クラス内では早速、コミュニティが形成され始めていた。おそらく、お互い別の中学の生徒だったはずが、徐々にその壁が解かされていたのだ。勿論、誰も俺のところには来なかった。
因みに、いくら養成高校といっても基本的なことは他の高校と大差ない。数学などの普通の教科もあるし、部活もあると聞いている。
目の前に置かれた冊子にパラパラと目を通した。気に入るものがあれば部活に入ろうと考えていたんだが、この学校の部活は少々イカれている。陸上部、弓道部、剣術部、射撃部……。
そう、全部戦闘に特化した部しか無い。見た感じ、文化部なんてものはなかったのだ。
ため息をつくと下の方にこう記載されていた。
「特殊部隊に所属している人は任務の都合で部活には入れません」
マジか。
まあ入らなくていいなら面倒だから構わないけど、帰宅部ってのは少しダサい気もする。例えば……
そう可愛い女子に聞かれたとしよう。(あくまで仮定)
「神村君って何部なの?」
「俺?既に特殊部隊に配属されてるから部活入ってないんだよ……」
「キャー!」
いや、あるわけない。俺だってモテたくて特殊部隊に入隊したわけじゃないんだ。それは少額だが給料がもらえるから。親には内密にして、財を蓄えているのだ。
(やば……一時間目、外で訓練かよ)
急いで校庭に出ると、列を作って生徒たちが待っていた。連中は先生が来るまで近くのヤツと喋って時間を潰していた。そこに割り込むように自分の場所に行った。
しばらくすると訓練担当の先生が来た。礼をして授業を始めるところまでは中学と何も変わらない。
養成高校が他と違うのはここからだった。
「全員、この風船のついたヘルメットを被って剣を一本取れ」
先生はいきなり生徒たちにそう伝達した。言われた通りすると剣に違和感を覚えた。
(これ本物だよな……)
生徒たちがざわめいている中、先生は鶴の一声で黙らせた。
「それでは後ろのコーンが見えるだろう?そのコーン内で互いに半径3mほど取れ」
先生は全て言い終えた。見える限り、俺と俺の前にいる生徒以外は後ろを見てコーンの場所を確認した。
特殊部隊に所属している者は指示が無い限り勝手に動いてはならんのだ。基本的に。
つまり、今の先生の言葉で言うのならコーンで囲まれた部分に移動するのは問題無いが、コーンを確認するためだけに振り返るのは法度なのだ。
(しかし、これで俺以外に特殊部隊に所属する人間が誰かわかったのは大きいな)
適当に散らばった後、先生は大声で叫んだ。
「今から互いの風船をその剣で割れ!!!」
俺の前にいた奴は一早く反応し、近くにいる生徒に襲い掛かった。瞬く間にあちこちで戦闘が起こる。
(よく国もこんな授業を容認してるな……その内死人が出そうだが)
端の方で高みの見物をしていると風船を割られた犠牲者が続出した。その大半は俺の前にいた男、出席確認の時に聞こえたが相田想決とかいう名前だった。
ヤツは暴れ回り、あれよあれよという間に残ったのは相田と俺だけになってしまった。
(どうする?負けるか……それだと俺がドッジボールで最後まで生き残ったけど呆気なくやられるヤツみたいな印象になってしまうし……)
そう考えている間にも相田は向かってくる。剣を握りしめる相田からは感じたことないほど殺気が溢れていた。
「しょうがない。相手してやるか……」
「君で最後かな」
相田は呟いた。これから負けるのは自分であるとも知らずに。
「そこに俺はいないが?」
ヤツは自分の振った剣が空ぶったことに気づき、一瞬だけ困惑した顔を見せた。すぐにキリっとした表情に戻り、再度俺に剣を振り下ろした。
(よくわからないが、視界が遅くなるこの能力は便利で気に入った)
何度避けても相田は剣を凄い勢いで振った。嫌いな奴を金属バットで殴り殺すような勢いそのもの。
視界はゆっくりと動く。風の流れも、時間さえも。
「終わりだ」
相田の頭の風船を割るとそこで訓練は終わった。自分でもわからない能力を使うことに抵抗はあったが
ヴァリァスに適性がある者はもれなく身体能力が上がるのだ。これもその一環だと思うことにした。
身体能力が高い者が必ずしもヴァリァスに適性があるわけじゃない。ヴァリァスに適性がある者は身体能力が高いというだけの話。今のところ、この適性に法則性は見出されておらず謎のままだ。
身体能力が上がる者もいれば、動体視力が飛躍的に上がったり超人的な銃の精密射撃ができる者もいる。俺はその中でもかなり類を見ない能力らしい。
個人的には異世界転生したら最強クラスのスキルを保有してました、みたいなぶっ壊れを期待していたんだが……。
まあ無いよりはマシか。
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