第一話 「入学の経緯」
学校のチャイムが鳴り、喋っていた生徒たちが各々の席に座った。
俺、神村姜椰はわずかに開いた窓から流れ込む春風に晒されながら頬杖をついていた。程なくしてドタバタと担任の先生と思わしき男が教室に来て音を立てて教壇に立った。
見るからに筋トレしてそうな体つきをしているその男はにこやかに話し始めた。
「皆さん、ご入学おめでとうございます」
その一言に教室の連中はありがとうございます、と義理よりも義理に近いような声で返した。
俺は面倒だったから無言で担任を見つめていた。別に逆張りでやっているわけではない。
ただ声出すのが面倒なのと席的に声を出さなくてもバレないからだ。
教室の端、この席ポジションは「主人公席」と呼ばれる一方で「陰キャ席」とも呼ばれ、皆から話しかけられにくい場所だ。だからといって最前列の中央の席でも困るが。
すると担任はつらつらと生徒としての心得みたいなのを言い始めた。
「今日から皆さんはこの『養成高校』の生徒として一人前の隊員になれるよう、日々精進してほしいと思います」
言うのを忘れていた。今俺がいる場所は「東京都立ヴァリァス特殊部隊養成高等学校」の一室だ。
ここは将来、ヴァリァス特殊部隊に所属するか、それ関係の仕事に就くために国が積極的に支援している学校である。
俺は特殊部隊に入るつもりはなかったが、流れに身を任せていたらこうなっていた。
ヴァリァス特殊部隊について簡単に説明しよう。長いから”部隊”と省略させてもらうが、
まずこの部隊は例の自然災害「ヴァリァス」を消滅させるために存在している組織である。
皆から見た、消防隊の頻度で出動する自衛隊と言えば伝わるだろうか。部隊は総勢三十万人程度から構成されていて、老若男女いるが割合としては若者が多い。
戦闘がメインだが、「ヴァリァス」の正体を研究する機関や連絡塔なども存在しているので戦闘要員はこれより少し少ない数になる。
こんなことを言っている間に担任の話が終わったから、俺がこの学校に入学した理由を教えよう。
◇
これは今年の一月、俺が受験生だった時のこと。第一志望である都立高校があったのだが、そこは偏差値71という俗に進学校と言われるところだったのだ。そこに行きたかったのは母親が強く影響している。俺の母はシングルマザーだから経済的に余裕があるわけじゃない。
それ故に頭のいい都立(高校)に行けば、俺の学費を抑えつついい大学に行ける。そうすれば俺が将来金に困ることなく幸せに暮らせる、というのが母親の言い分だ。母自身が学歴が良くないから自分の体験を以てそう言うのだろうが、当時中学生だった俺にそんなことを熱弁したところで
「俺のことをそこまで考えてたのか……頑張らないと!」なんてなるはずもなく。
その後、私立受験があり、学校の三者面談の日がやってきた。寒い廊下で散々待たされ、前の親子の面談が終わり、いよいよ担任が教室に通した。
机が二つ、その向かいに担任の席が並べられ、合否の封筒を渡された。簡単な問題で手応えがあったため、もう受かったものだと思っていた。
中の書類を取り出すと、案の定、合格と書かれていた。だが、問題はそこじゃない。さっきも少し言ったが、家は裕福じゃない。ごく普通の家庭なのだ。肝心の特待だ。そこの程度で入学の際の出費に大きく響く。現実は無常で、特待には授業料免除が無かったのだ。点数は全体の九割五分以上あった。
(どういうことだ……????)
よくよく書類を見ると、端から授業料免除は含まれていなかった。信じられない話だが、いくら点数を取ろうとも一番金のかかる授業料免除を得ることは不可能なのだ。ちなみに入学金は免除されていた。
それを知った時、真っ先に考えたことは第一志望の変更だった。どうやら、母親もそのことを知らなかったらしく、そこで面談は険悪な雰囲気に包まれた。
「……授業料免除がないんだな」
「しょうがないわ。事前に確認しなかった落ち度よ」
俺は確認を取るように母親に聞いた。
「これ……俺、第一志望変えないといけない系……?」
「流石にそこ(最初の第一志望)に落ちたら行くとこ無くなっちゃうし……」
俺は取り乱して母親に言い寄った。
「無理だよ!ここまで点数が取れるほど実力はあるのに、金のためだけに諦めるなんて!」
「じゃあ何⁉アンタが学費負担するわけ⁉」
それを言われて少し退いた。口を出すなら金を出せ、その通りだったから何も言えなかった。
今にも戦争を始めそうな俺ら親子を担任は割って入った。
行き場の無い怒りと悔しさをこんな状況を作った母親に全て向けた。
「ここの近くに俺が通えるような頭のいい学校はあそこしかないんだよ!バカの集まりに俺を投下すんな!!!俺は断固として変えるつもりは無い!!!」
校庭まで届きそうな声と剣幕でまくし立てる。
「金も何も出さないアンタがそこまでしてこだわる理由は何だよ⁉言ってみろよ!」
ここで母親の本性が現れた。
「俺は退屈した人生を送りたくない!俺と話が合うのがイカれた奴か頭のいい連中しかいないから!そのためには偏差値の高い高校に行かないといけないんだよ!これで十分か⁉」
「退屈した人生?ふざけんじゃねぇぞ!てめぇを育てるのにアタシがどんだけ退屈な時間を過ごしたと思ってんだ!金出す奴の言うことが全てだ!お前に選択権は無い!」
完全に頭に血が上った二人はもはや、担任の手に負えなくなっていた。教室で起きたキューバ危機のような状況に担任は教室を出て、学年主任を呼んできた。幸い、俺たちの後には親子がいないため時間はある程度、許してくれた。じっくり検討した後、俺はランクを大幅に落とした都立に変更した。
それから受験本番があり、合格発表の日が来た。パソコンを何の躊躇いも無く開いた。どうせ受かってるのに緊張なんてするはずもなかったからだ。
もちろん受かってた。ランクを下げたのだから当たり前と言えば当たり前だ。
再び極度の興奮状態になった俺は勢いに身を任せ、パソコンを床に叩きつけた。爆音が鳴り響くとともに液晶や、外装のプラスチックが床に飛び散った。あの時の光景は今までで一番鮮明に覚えてる。
叩きつける寸前に見えた合格点数は488点だった気がする。やはり私立の結果は偶然ではなかったという
確信と共に絶大な後悔が津波のように心を飲み込んだ。短い吐息と共に母親に結果を伝えに行った。
「俺……受かってたよ。」
「ほんと?よかったじゃない。」
言い終えると同時にさっき壊したパソコンを放り投げた。ガチャンという割れ物のような音が韓流テレビの音声に混じってリビングを走り回った。
「アンタ……なんで壊したの⁉」
「今アンタが持っているその袋は、俺の心境だ」
「なんで壊したかって聞いてんだよ!!!」
「負の感情のはけ口。それで全部吐き出したわけじゃないけど。」
「あのねぇ、物に当たっていいわけないでしょ!」
「人には求めるもの求めるくせに、こちらの要求は何も飲んでくれないからだろ?それも金がないなんて理由で……」
「はぁ?何考えてんのよ!それを壊したせいで無駄な出費ができたじゃないの!」
「俺を産む方が余計な出費だっただろうに」
出てきた言葉が俺の全ての感情を言葉として具現化していた。大混雑していた流れるプールに入っていて、瞬時に自分以外の人が出ていったような爽快感だった。
それと同時に涙が視界の下の方をぼかした。
そのぼかしが母親に重なり、ソファーに座る母親の顔はぐちゃぐちゃになった。追撃するように涙が出てきた。決壊寸前の堤防のようだった。
その日は部屋に戻り、夜明けまでスマホを触っていた。今までシャーペンを握っていた手はスマホを触るのが懐かしいのか動作に慣れていなかった。
朝日が昇る時、その太陽がちっぽけなものに見えたのだ。
自分の悩みはあの太陽より小さいと優しい人はそう励ましてくれるだろう。逆に考えれば、あの太陽はそれだけの大きさを持ちながら、俺に何の影響も与えていないともなる。
対して、自分の悩みは太陽より小さいにも関わらず今の俺に多大な影響を与えている。
「何がちっぽけな存在だ。今や太陽なんて俺の前にはゴミ同然の力しかない……」
今の俺は当時の自分に「影響力が違うのはお前と両者の距離が違うから。」とアドバイスしたかった。
あれだけ憂鬱な気分になったのはあれが最初で最後にしたいものだ。
そして時は流れ、入学手続きも終わり、俺はいつも通りスマホをずっと触っていた。スクリーンタイムは、一日20時間を越える日も散見された。
そんなある日、母親が俺の部屋に来て、入学式当日に一人で学校まで行けるように下見をして来いと言った。
その日だった。事件が起きたのは__。
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2024年 12月から小説を書き始めました弱十七と申します。文才は全くありませんがその辺は温かい目で見てくれると幸いです。
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