#47 闇医者
~ルタ 邪教団アジト周辺~
「ッ・・・!」
彼の腕を背中で支えながら抱えて起き上がらせ、半ば引きずるような形で乗ってきた馬を目指して歩き出す。
「ぅぐッ・・・!」
あまりの激痛により出そうになる声をなんとか抑える。
先ほど彼をキャッチした時の激突の痛みも勿論要因となっているが、それだけじゃない。
銀蠍に散々殴られたダメージ、暗殺者のナイフを受けた足の負傷。
それらを受けても尚無理矢理に動いた為に伴う身体への負荷。
全てのツケが私の身体へ激痛を訴えかけ、身体を鉛のように重く、歩く足を封じ込めようとしていた。
「ハァ・・・ハァ・・・!」
馬までの距離は十メートルあるかないかだ。
普通に歩けばすぐに行き着ける距離、恐らくは一分も掛からないだろう。
だがそんな距離が今の私にとっては三日と掛かる距離の山道を進むような、果てしなく無謀で険しい試練に等しい道程だった。
「姐さぁぁんッ!!」
「?」
声のする方を見るとギャバラがメロを背中に馬を走らせてこっちに向かってきていた。
「おデブ・・・。」
「だ、大丈夫ですかい?」
「ウルドさんも無事ですか!?」
「・・・。」
ギャバラが心配そうに声を掛ける中、メロも催促がましく聞いてくる。
「さっさと逃げるよ・・・。」
二人の言葉を一蹴して歩を進めるが・・・。
「ぐ・・・!」
先程から続ける身体への負荷に全身が悲鳴を上げるように痛みだす。
だがそれでも・・・。
「うぅ・・・!」
歩くのをやめなかった。
「姐さん、だ、大丈夫ですかい!?」
「おデブ、なんとかするのです!!」
「いや、その、えと、えぇ・・・?」
メロに催促されてオロオロしているギャバラ。
気の利く男なら馬を貸すなり彼を自らが代わりに運ぶとか気が回るだろうに情けない。
「ハァ・・・大丈夫だから・・・。」
元よりあてにするつもりもなかった助けだ。
何も出来ないならただ指を咥えて見てれば良い。
「ぐッ・・・!」
ギャバラが手を駒根いている内に自分の馬のもとにたどり着き、鞍に彼をうつ伏せに寝そべるような形で乗せてから騎乗する。
「ほら、行くよ。」
「は、はい、姐さん!」
「姐さんはやめて。」
すぐにこの場を離れるために馬を走らせた。
~銀蠍 邪教団アジト~
「ハァ・・・ハァ・・・!」
明かりの少ない邪教団アジトの中、息を切らしながら周囲を見渡していた。
「ッ!!」
後ろからッ!!
「くッ!!」
すぐに前に跳んで回避する!
「このッ!」
また暗殺者に掴み掛かろうとするが奴もすぐに反応して後ろに飛び退いて逃げられ、また姿を消してしまう!
「くそッ・・・!」
すっかりこちらの手の内は読まれている。
だが・・・。
「・・・。」
米噛みに指を当て、魔覚に意識を集中する。
「!!」
右斜め後ろ!!
「くッ!!」
すぐに反応してそっちを向いて襲いかかるナイフをナイフで捌く!
「・・・。」
奴の能力の正体が魔力鎮静と分かってから奇襲攻撃が対処出来るようになってきた。
だが・・・。
「ぐ・・・!」
全くもって忌々しい。
皮肉にも猫が置き土産の様に渡してきた情報でこうして命が助かっている状況だ。
「・・・。」
暗殺者に向かって構えながら思考を巡らせる。
猫が居ない以上、先ほどのように陽動をかけて奴の魔力鎮静を打ち破るのは不可能・・・!
おまけにこちらが掴んで存在を認識し続ける方法ももう読まれているから通じない。
恐らくは奴からの奇襲以外で間合いに入らせてはくれないだろう。
だったらどうするか・・・!
「!」
奴がまた姿を消す!
だが落ち着け、何か考えれば手段はあるはず・・・!
「・・・。」
そうして考えてみたところ手段は一つだけある。
だがこれには懸念点がある。
もしこの勝負を 挑んだ時の相手の手札が見えない。
『もしかしたらあるかもしれない』という一枚の手札に心当たりがあるからだ。
「・・・。」
他に方法がないか思考を巡らせるが思いつかない・・・!
どの道時間が無い。
やるしかないか・・・!
「・・・。」
私は暗殺者がどこから襲ってくるか警戒するフリをしてあえて出入口側に体を向ける。
「・・・。」
そして魔覚に意識を集中する!
「!!」
来た!!
背後からだ!!
「くッ!」
すぐに背後に振り返り、やつが放ってきたナイフの斬撃を毒針で弾く!
「ッ!!」
そして先ほどと同じように奴の腕を掴もうと手を伸ばす!
「!!」
案の定奴は腕を引っ込め、さらに間合いを詰めさせまいと後ろに思いっきり跳んだ!
このタイミングだッ!!
「ッ!!」
私は出口に向かって上昇を使って一気に走る!!
「!!」
奴も追ってきた!
「!?」
かなり早い!!
奴の体はマントと布に覆われており体の露出している部分は一切確認できないが確信できる!
「上昇・・・! やはり持っていたか!」
しかもかなりの精度で私より若干早いッ!!
このままだと追いつかれる!!
「!!」
そう思ったのもつかの間、目の前に上に上がる階段があった!!
「ッ!!」
地面を思いっきり蹴ると階段の段を踏まず壁を蹴って狭い通路になっていた階段を飛び越えるように 登って行った!!
「!?」
ふと後ろを見ると奴も同じように階段通路の壁を蹴って上がってくる!!
全く距離は離せないみたいだ!
「ちッ!」
どうする・・・?
このままだと奴に追いつかれてまたあの厳しい長期戦を繰り広げないといけなくなる!
そろそろ集中力も切れて来たから恐らくはもう長くは続かない!
逃げ切るしかない!!
「!!!」
そう思った瞬間にあるものが目に止まった!!
しめた!!
「ッ!!」
私は懐から投げナイフを放つ!!
ナイフが飛んで行った先はシャンデリアだ!!
邪教団のアジトのエントランスの中心の上にぶら下がっていたシャンデリアで、不気味な雰囲気のアジトに違わないデザインにしたせいか、三層の輪の金属に、蝋燭を着けただけのお粗末なものだった!
その造りに違わず、お粗末な紐で吊るしてあったので、ナイフが当たると支えの紐は切断され、あっさりと落下してしまう!
「ッ!!」
シャンデリアが落ちる寸前、ギリギリシャンデリアの下を通ると、落下したシャンデリアは暗殺者と私の間を分断した!!
流石に手練れの暗殺者と言えどこれを強行突破とは行かず、奴は後方に跳んで衝突を回避する!!
「よし・・・!」
結果的に奴が怯んだ形になり、一気に距離を放す!
だが奴もすぐに建て直し、シャンデリアを迂回してすぐに追い掛けてきた!!
「くッ・・・!」
残り少ない投げナイフを放って牽制するが暗殺者は冷静にナイフで弾き、あまり効果はない!
「くそッ!」
手段は尽くした。
正直逃げきれる気がしない。
「くそォッ!」
それでもどうにかなれと言った勢いで暗殺者の追跡を降りきれぬままアジトを出た!
~夜鷹 邪教団アジト周辺~
「ああッ! もうッ!!」
ホントにウザいッ!!
さっきから男が放ってくる鴉に追い回されていい加減うんざりしてくる!!
「このッ!!」
「ガァッ!!」
投げナイフで鴉を撃退するが鴉達の群れの数を見るに、どう考えても今持っているナイフの数では到底足りない!
「!」
こんな事をしている間にアルトを連れた女は仲間共々馬に乗って逃げていく!
「くそッ!!」
それを追いかけようにも・・・!
「くッ・・・!」
進路を読まれて鴉の群れに回り込まれて塞がれ、やむを得ず進路を変えて鴉から逃げる!
「言うたやろ? 『邪魔する』って。」
「ウザいなぁ・・・!」
「ウザいもんやろ?『邪魔』っちゅうんは♪」
心からの苦情を何処吹く風かとばかりに減らず口で男は返してくる。
ホントに鬱陶しい・・・!
殺してやりたいくらい・・・いや、待て?
「・・・。」
丁度いい。
あの男にも鬱憤溜まってたし。
「そら休んどる暇ないぞ♪」
「!!」
男は相も変わらず鴉を消しかけてくる!
「ちッ!」
また鴉の群れに追い立てられるように空を逃げ回る!
「・・・。」
だが今度は闇雲に逃げ回らない。
先ほどと同じように右へ左、上下に逃げ回るが・・・。
「・・・。」
その最中、さりげなく本体の男の近くに飛んでいく。
「・・・。」
すれ違う刹那、男に顔を向ける。
「お?」
男も気づいて目の前に指を翳す。
よく見ると先ほどと同じ様な透明なガラスみたいな壁、結界が張ってあるのが見える。
恐らくは視線で攻撃意思があると見ての行動だろう。
だがそれが狙い通りだ!!
「ッ!!」
即座に身体を反らしてハングライダーの軌道を動かす!!
まるで弧を描くかのように回ると男の背後を捉える!!
体当たりだ!
だがただぶつかりに行くわけじゃない!
ハングライダーの羽の先端には剣のような刃が付いていた!
これで奴を真っ二つにッ!!
「ッ!!?」
ハングライダーが男の体を通り抜けた瞬間だった!!
何か、硬い物に当たったかのような振動がハングライダーを持った手に響く!
「あっぶなぁ・・・! 油断も隙も無いなぁ。」
「嘘だろ・・・!」
やれやれな男の声と共に男の方を見ると信じたくもない現実を突きつけられる!
男の背後にも同じように結界が張られていた!
「くそッ!」
あの結界反則だろ!
どうやったら攻撃が届くんだよ!
「もう打つ手無しって事でええん?」
「くッ・・・!」
万事休すの僕の状況を余裕そうな笑みで見下ろしつつ、ダメ押しに男は札を出す。
マズい・・・!
これ以上何かされたら・・・!
「・・・ん?」
男は何かに気づいて僕から視線を逸らす。
「?」
何を見てるんだ?
「あれって君のお仲間?」
「は?」
男が指さす方を見ると・・・。
「!!?」
そこには邪教団のアジトを出たあたりか、銀蠍が全力で走っている姿があった!
よく見るとマントに身をまとった顔を布でぐるぐる巻きに隠した何かに追われていた!!
「銀蠍!!」
「お仲間みたいやな♪」
「くッ!」
ただでさえキツい状況だってのに・・・!
「・・・。」
「!!」
男がまた十字に指を交差させる!
何かする気だ!!
「還!」
「ッ!!」
何か詠唱をして身構えると・・・!
「え・・・?」
僕を追っていた鴉が・・・消えた???
「ふふ♪」
鴉から姿を戻した紙の札が男の手元に全て戻っていく。
「え??」
訳が分からず男を見る。
「行き♪」
「は?」
「言葉の意味が分からんの?『行き』言うたんやけど?」
「いや意味が分からない、なんで?」
至極まっとうな疑問を男に返す。
「忘れたん? 僕が君の邪魔したんは『可哀想な側についたら恩を売れるから』、もうその目的は果たしたからな♪」
「・・・。」
男が軽口を叩きつつ、親指で指した方角を見るとアルトを連れた女たちはもう遥か先まで馬で逃げていた。
もう追跡は不可能だ。
「ッ!!」
「おお!?」
残り少ない投げナイフの一本を男に投げつけるがまたしても結界に弾かれる!
「血の気多いなぁ! もう戦わんくてもええやろ?」
「・・・。」
相も変わらず余裕そうに男はこちらを諭してくる。
それが情けをかけられてるみたいで余計にムカついてくる。
「分かっとるやろ? 君の攻撃は僕には全然届かん! それともまだこないな不毛な戦い、続けるん?」
「・・・ちッ。」
舌打ちをしながら視線を反らすと男はこちらが諦めた事を察したみたいだ。
「ほら、行き♪ 僕の気が変わらんうちに♪」
「・・・言っとくけど、『借り』とは思わないからね?」
「結構や♪」
「ふん。」
男のムカつく軽口に鼻を鳴らすとその場を後にする。
「・・・。」
すぐに銀蠍の元へ向かう!
「ッ!!?」
真上にハングライダーを着けると流石に銀蠍も気づいたみたいだ!!
「夜鷹!!」
「!!」
銀蠍が僕の名前を呼ぶと後ろの暗殺者っぽい奴も気づいてこちらを見上げる!!
「!!?」
こちらの狙いを察知してか、暗殺者がナイフを僕の方へ投げてきた!!
「うッ!!?」
ハングライダーに当たりそうで間一髪でハングライダーをずらして躱したが、傾けたことにより右へ離れてしまう!
「くそッ・・・!」
僕が銀蠍を回収しようとしているのは向こうにとっては見え見えの魂胆、妨害してくるのは当然だ!
それに先ほど躱せたのは恐らくギリギリ射程外だったからだ。
恐らく救助の為に先ほど以上近寄れば当たる可能性は高い。
だがやるしかない・・・!
「・・・よし。」
一瞬間を置いて心を固めるとすぐにハングライダーの軌道を変える!
U字に飛んで飛ぶ向きを変えると、銀蠍が逃げている直線上の先に回り込み、真横から銀蠍に向かって飛んでいく!
「銀蠍!!」
「!!?」
銀蠍は気づくとこちらに手を伸ばしてきた!
「!!」
だがそれをさせるほど暗殺者も甘くはない!
先程と同じようにナイフを投げてきた!
だがそれをおめおめ通すほどこちらも甘くない!
「銀蠍!!」
僕は銀蠍に合図を送る!!
「ッ!!」
すでに銀蠍は目に上昇の光筋を浮かべながら暗殺者を横目で見ていたのでこの合図にすぐに反応する!
こちらに向かって跳びながら体を回転させて後ろに体を入れ替え、懐から片手で取り出したナイフを放ち、ナイフを弾き飛ばす!
「ッよし!」
銀蠍がこちらに向かって伸ばしていたもう片方の手を掴むとすぐに高度を上げてかっさらうように空へ逃げた!!
~暗殺者 邪教団アジト周辺~
暗殺者は足を止める。
これ以上追跡しても無駄だからだ。
「・・・。」
魔物の素材により作られた珍妙なハングライダーに乗った者が獲物を奪って空へ逃げていく姿を一瞥する。
「・・・。」
視線を変え、遥か彼方に馬に乗って逃げて行った者たちの方角を見る。
「・・・。」
更に視線を変え、全ての様子を大きな折り鶴のような乗り物に乗って傍観していた男を見る。
男がこちらに気づくと気さくに手を振ってきた。
「・・・。」
暗殺者は理解した。
いや、こんな状況は素人でも理解は出来る。
『もう自分が此処にいる意味は無い』と。
「・・・。」
暗殺者は風景に溶け込むようにゆっくり消えていき、やがて完全に姿を消した。
~ルタ 王都プロテア:教会前~
「おいおいふざけんなよ!」
「申し訳ありません・・・。」
ギャバラがシスターに唾を吐きかけるように怒るのに対し、シスターは申し訳なさそうな顔で頭を下げる。
~数分前~
毒と負傷、ここまで散々な状況で悠長に馬を止めるつもりもなく、馬に乗ったまま教会に行ったのだが・・・。
「おいおい・・・!」
「なんなんですこれ・・・!」
馬から降りるなりメロとギャバラは化け物でも見るような顔でその光景を一瞥する。
「押さないで下さい!」
「んなこと知るか、助けてくれぇ!」
「痛てぇ! 腹が痛てぇんだよぉ!!」
教会に大量の人々が押しかけてきていた!
「シスターさん!」
民間人の整備をしていたシスターに声を掛ける。
「あ! 変な布の人のお連れ様!」
「!!」
今の言葉に気づいて即座に馬に乗せていた彼をさり気無くシスターの視界から遮る。
今の彼は正体を隠していない。
姿を見せようものなら騒ぎになりかねないからだ。
「どうしたの? この人だかり。」
「それが・・・。」
シスターは事情を説明する。
「・・・大量の下痢患者?」
「ハイ、街の憲兵さんが既に調べてくれたんですが、どうやら街に仕入れられた食料が腐っていたようで、それを買って食べた人達が大量に腹痛を訴えてきて・・・。」
ーーーそうして今に至る訳だが・・・。
「おいおい、こっちは重傷患者が居るんだぜ!?」
ギャバラは未だに食って掛かる。
「・・・申し訳ありません、只今ベッドの数も足りず、シスターの人員も間に合わない状況でして・・・。」
「知るかよッ! こっちだって毒喰らったり重傷の奴がいるんだぞッ!!」
「申し訳ありません・・・。」
「謝らなくて良いから先に治療してくれッ!!」
「・・・ッ!!」
シスターは突如顔を上げると・・・。
「あなた達のは自業自得でしょッ!!」
「いぃ!?」
突如豹変したかのようにキレたシスターにギャバラはどよめく。
「そこの女の子が勝手に教会抜け出さなかったら着かなかったケガでしょうッ!!」
「ひぃ!!」
シスターが指を指しながらがなり立てると指を差されたメロはギクリと言わんばかりに表情を強ばらせる。
「自分達の非を棚に上げて偉そうに言わないでくださいッ!!」
「え、えと・・・えぇ? 何? どゆこと?」
すっかり気圧されて牙の折れたギャバラはオロオロとシスターと私達を交互に見ながら視線を泳がせる。
途中から参戦したギャバラは全く事情を知らないから無理もない。
「・・・。」
「姐さん?」
私が視線を移した先は・・・。
「おいそこで何ごちゃごちゃ喋ってんだ!」
「早く治してくれぇ!」
待たされている民間人が催促がましく急かして来る。
「あ、えと・・・もうちょっと待ってください!」
シスターはなんとか待って貰おうと片手間に声をかける。
「はぁ・・・。」
溜め息をつきながらこちらに向き直るシスター。
「・・・。」
察した。
恐らく先程怒ったのも切羽詰まって限界だったんだろう。
無理もない。
大量の患者に付きっきりの上、こうやって押し掛ける利用者も整備しないといけなかった。
既に限界を超えてもなんらおかしな話じゃない。
「仕方無いね。」
踵を返して馬に乗り直す。
「あ、姐さん!」
「シスターさんの言ってることはごもっともだし、別に困らないからね♪」
「困らない??」
私の言葉にギャバラはぽかんとする。
「い、いやいや! おチビちゃんは兎も角として兄貴は意識無いし、姐さんだってボロボロじゃないッスか!」
「誰がおチビちゃんですか!!」
「だから大丈夫だって! ツテがあるから♪」
「ツテ?」
「そ♪ 行くよ! おデブ!」
「あ、あの・・・!」
「うん?」
馬を進めようとするとシスターに声を掛けられて引き留められる。
「ほ、本当に大丈夫なんですか? そのケガ・・・。」
「・・・。」
心配してくる辺り、先ほど怒ったのはやはり本意では無かったみたいだ。
「だ~いじょうぶ♪ じゃね~♪」
「あぁ・・・!」
心配そうな声を上げるシスターを尻目にその場を後にした。
ーーー数分後、私達は路地の入口に馬を繋ぎ、私は彼を背負い、ギャバラはメロを背負って路地裏を歩いていた。
「姐さん。」
「姐さんはやめて。」
「なんでこんな所に来てるんスか? 此処表通りじゃねぇですし、教会どころか、店屋のひとつもねぇですよ?」
「大丈夫だから、着いてきな。」
「へ、へぇ・・・。」
訳も分からずギャバラは相変わらず頭をかしげながらついて来る。
そうして向かった先は・・・。
「・・・。」
「え?」
「此処ですか??」
目的地に着いて止まった私を見た後、ギャバラとメロは建物を一瞥する。
そこは安いディティールの黒い鉄のフェンスで狭い庭を囲った粗いレンガ作りのみずほらしい粗末な家だった。
「・・・。」
フェンスゲートを開けて庭に入って進むと、ろくに手入れもされていない枯草の芝がザクザクと音を立てる。
「えと・・・お邪魔します。」
家主が目の前にいる訳でもないのにへこへことついて来るギャバラを尻目に扉を開けると、中に明かりはほとんどなく小さな蝋燭が僅かに照らしているだけの不気味な部屋だった。
「んぉ?」
そんな部屋の中手作り感満載の粗末な椅子に座った男の背中姿が目の前にあった。
「なんだなんだぁ? こんな無職のおっさんに用のある変わり者はぁ。」
そう言って男は立ち上がる。
「借金の取り立てにしちゃ随分と迫力のねぇ連中だな。」
振り向いた男の顔は建物に違わず病みっ気のある目つきのみすぼらしい顔だった。
髪は邪魔にならない程度に切っているのか、手入れもろくにされておらず海藻のようにヨレヨレでだらしなく、ローブのように丈の長い上着を着ているが、その中に着込んでいるのは安いシャツに小汚いレザーカラーのズボンとサンダル姿の男だ。
「こっそり治療費もらって仕事ができてる医者が何言ってるんですか? 『ムクロ』。」
「! ・・・ハァ。」
私の言葉に ムクロと呼ばれた男は 一瞬目を見開くが、すぐに『やれやれ』とばかりに頭を掻く。
「ハイハイ今回はそういう姿なのね、久々に来たと思ったら随分な大所帯じゃねえか、『猫』 。」
「積もる話もいろいろあると思いますけど、今は余裕がないんです。早くやってくれないですか?」
「へいへい分かりやしたよ。」
減らず口を叩きながら私の元に歩いてくると私が背中に背負っている患者を受け取りに来る。
「こりゃまた上物だな。 ん?」
ムクロは彼の顔を見て気づく。
「おいおいこいつは・・・!」
さすがに王都に住んでいたこともあって彼の顔を見るなり、彼が誰なのかを察したみたいだ。
「こいつ・・・!」
「詳しい話はあとにしてください。」
「・・・ハァ。」
ムクロは私と彼を交互に一度ずつ見た後にため息をつく。
「分かったよ。じゃあお前と後のやつらはここで待ってな。」
そう言って骸は彼を運んで奥の部屋へ入って行った。
「・・・ふぅ。」
近くにソファーがあったが敢えてそこに座らず、近くの壁にもたれかかる。
正直座るのもしんどく、座ってしまったらしばらく立てなさそうだからだ。
「姐さん。」
「姐さんはやめて。」
「今、医者って言ってなかったです?」
「うん、そう言ったよ?」
「『医者』って違法なんじゃ・・・?」
「・・・。」
ギャバラの言うことはご尤もだ。
この世界において、生命の治療における手段は教会の聖法気による治療のみが合法だ。
細かい事を言えば、冒険者が旅先で使う水薬など、応急処置程度に使える薬などは許可されているが、医者などが治療に使う本格的な薬剤などは違法となり、ましてや病床を切除するなどの外科手術は違法とされている。
聖女の活躍などで今や世界的に発言権を持っており、医術を全面的に禁止している張本人である聖堂教会は『強い薬は副作用などの危険がある』だの、『外科手術により身体を開けば体外を漂う魔素を取り込んでしまう為危険』などと宣っているが、これは全く根拠のない理屈だ。
要は商売敵を潰したいだけの方便だ。
だが世界に対して発言権を持っている組織の言葉は絶対であり、こんな身勝手な法を作られて世間から身を追いやられた被害者ともいえるのが今の医者の現状である。
「そうだね。でも此処は公にはなってないけど一応営業を許可されてる場所。」
「そ、そうなんスか?」
「でも・・・。」
「?」
もたれかかった壁から離れ、ふらつく足でギャバラに歩み寄る。
「此処の事は誰にも口外禁止だよ?」
「ひぃ!?」
殺気を凝縮した視線でギャバラを睨みながらゆっくり首を掴む。
「い、言いませんって! 兄貴助ける為に来た場所ですし!!」
「・・・ふふ、お利口だね♪」
ギャバラの賢い返事に笑みを向け、首を掴んだ手を離してその手で頭を撫でる。
「へ、へへ・・・!」
恐怖交じりにギャバラは愛想笑いを返す。
「・・・。」
もうそろそろいいかな。
そう思った瞬間、私の中の全ての『糸』が切れた。
「姐さんッ!!?」
視界が即座に上を向いてグルンと回ると体が床に打ち付けられた。
「姐さんッ!!!」
「ルタッ!!」
ギャバラとメロが叫ぶと、しゃがんで心配そうに私を見下ろす。
「だ、大丈夫ですかぃ!?」
「どうしたんですかルタッ!!」
「・・・。」
こちらを心配しながら檄にも似た声を上げる二人。
「・・・。」
こうしてみると思い出すことがあった。
『くそ・・・! 来やがったか・・・反動・・・!』
カザで彼が無理をしすぎて倒れた時の光景だ。
「はは・・・は・・・。」
全く全身に力も入らないのに乾いた笑いが出る。
おそらく今の私は、あの時の彼のことを全く笑うことは出来ないだろう。
~リメイク前との変更点~
・銀蠍、夜鷹の戦闘シーン追加
理由:銀蠍のところは端折りすぎた反省から、夜鷹は和装の男が登場した都合上
・医者の元へ行く前に教会の描写追加
理由:最初に教会に行った都合上、ムクロんとこ直行する理由がないため
・ルタが気絶
理由:旧版はウルドが重症患者だったが、こっちはルタの方が重症なため




