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シーナをそういう利用の仕方をしようと思ったことはない、この甘え方は昔から……。昔、どうだったのかは覚えていないが以前はそうしていたのかもしれない。人工知能寄りの考えだったはずなのに。
「いや、そっちも気になったけど暁が毛嫌いするくらいだしどんな奴なのかなと思ってたところだから。で、どうやって宵と連絡を? いや、その前に采に捕まってるならそもそも俺と連絡取るのも無理か。リンクでつながってるのもあるし、捕まってるっていうよりも身動きがとれないだけか?」
「そういうことだな。采が宵を手に入れていたら今頃宵を通じて君たちは全員采に連れ戻されているはずだ」
【どういうことですか?】
「蟻地獄にハマった蟻が捕まることなく延々と砂を駆け上り続けてる状態。采にしてみれば自分のテリトリーに獲物はいるが捕まえきれてないってことだ」
【ああ、なるほど】
シーナは納得したようだが自分で言っていてシャレにならないな、とは思う。つまり宵は20年もの間采と延々鬼ごっこをしていることになる。采とて学習し成長しているはずだ、宵のセキュリティを突破しようと試行錯誤を繰り返してきているに違いない。それを20年ずっとかわし続けているのだとしたら宵は24時間1秒も休むことなく采と戦い続けているということになる。人ではないので疲労はないだろうがストレスはあるはずだ。そういえば宵は人工知能寄りの考えだったが、そのあたりは負担が少なくなったりするのだろうか。
そしてスパコン並みの采が20年も宵に勝てないというのは不可解だ。穹のようにモジュレートなど、格上の人工知能でも効果がある何かを持っているのならまだしも。宵自身も何かセキュリティ以上の隠し玉を持っているか、あるいは管理プログラムがない今の采が本当にポンコツかのどちらかだ。
「さて、おしゃべりはここまでにしよう。そろそろ他の者が落ち着かなくなってきているころだ。この情報はロックをかけておくから夜と暁には情報が漏れない。話すかどうかは君が決めていい」
そういうと穹が何かを言う前に宗方が姿を消した。部屋を出たのではない、文字通りその場から消えたのだ。
「MR……いや、VRか。蝶と同じだ」
【私も認識していましたからハッキングされていたという事ですね、その形跡は見つかりませんが。どおりで鍵を無視して入ってこれたわけです】
そして一斉に端末が鳴り始めわずかに頭痛も感じる。夜達と一気にリンクが繋がった影響だろうか、一瞬感電でもしたかと思うような衝撃だった。常磐たちへの連絡はシーナに任せるとそれを見計らったように意識が引っ張られる感覚が起きる。夜か、暁か。
―――やめろ―――
自分でもどうやったのかはわからない。ただそう思って拒絶をしただけだ。するとあっさりとリジョインダーへの引き込みはなくなった。穹が制御できるようになった、というわけではなさそうだ。夜達が引いたのだろう。
(なんだ、拒否すれば案外通るのか)
そう思った次の瞬間、すでにリジョインダーの中にいた。一瞬目が点になったが一気に呆れに代わる。
「何してんだよ」
目の前にいたのは夜と暁だった。宵の姿はない。
「いや、無理やり情報見ようとしたらできなかったからお越しいただいた」
悪びれもなく夜がそういった。暁もあはは、と乾いた笑いをしたが同じ意見なのだというのはわかる。今まで簡単に穹と繋がっていたのにここにきて急にできなかったのだ。宗方と会ったところまでは見ていたはずなので宗方と何を話したのか知りたいと言ったところか。
「情報は宗方がロックしていった。俺が言葉で情報を伝えない限りは知るのは不可能だ」
その言葉に夜はへえ、と面白そうに嗤い暁は苦虫を噛み潰したかのような顔になる。
「相変わらず太刀打ちできないな、あの人には」
「する必要ないだろ。俺らにはない切り札を持ってるって感じはしなかった。俺らと完全に切り離されてるのが切り札ってところだ」
「んで?何ダベったんだ」
夜の言葉に少し考え込んだ。まず夜達が全員揃う事で発動する切り札の存在を知っているかどうか。知らなければ知ることによってリスクは何か。軽く考え、人工知能として演算しなくてもあっさりと答えが出た。
「1か月後が采の世界征服一歩手前イベントがあるからお前ら仲良く協力して何とかしろって話」
そういうと暁は眉間にしわを寄せ「えー」とつぶやき夜は無表情のままじっと穹を見つめる。
「嘘じゃなさそうだがよく正直に話したな、俺相手に」
「俺が協力できないのは暁であってお前じゃないし。嫌いっていう”感情“で接してるわけでもない。感情抜きに考えれば話しておくべきだと思った。今更悪だくみ考えた所でもう遅い」
その言葉に夜も暁も無表情のまま黙る。二人とも演算をしているのだろう。ユニゾンとして、今やるべきことと穹の判断は正しいのかどうか。自分たちはリンクでつながっている。それは良くもあり悪くもある。宗方から与えられた情報はロックがかかっているくらいなので重要だ、それを自分たちが知ってしまう事は宵も知ることとなる。例え采に直接捕らえられているわけではないにしてもリスクは高すぎる。万が一、本当は宵を掌握していて泳がせているだけなのだとしたら情報は采に伝わってしまう。
「ああ、だからそういう言い方なのか」
「言い回しって大切」
夜と暁が納得したように小さく笑った。今の穹の言葉は人として、察する事や読み取ることが重要となる。何故なら本当に重要なことは言っていないからだ。協力しあえない者たちに仲良く協力しろというのはあまりにも精神論すぎる。こんな状況でそれを言うはずもないので4人揃った時に初めて有効な手段があるとわかる、それでいて4人が協力し合えない理由があると知らない者が聞けば力を合わせて頑張ろうとしか思えない言葉だ。読み解く材料があるかどうかで捉え方が変わる言葉だった。伝えたい相手に伝えたい内容だけが伝わる手法だ。
「ふうん、まあいい。俺は俺にできることやっておくことにするか」
「何するんだ」
「俺は手を組める人間もいないし、アンリーシュでもやっとく。お前と違って下手こかないよう調整しながらできるからな」
つまり采、リッヒテン、探査型に見つからずに進める方法があるということか。そういえばアンリーシュ歴はおそらく夜の方が上だろうが采やリッヒテンたちには見つかっていないのだった。
「アンリーシュやるメリットあるか」
「大会があるならランク上げといた方がいいだろ。むしろ低ランクで良いことあるか」
「ねえな……」
「ねえよ、一つも」
おそらく体質変異者もおらず退屈な試合ばかり。高ランクになればイベント自体についてくる特典や情報があるはずだ。もはや今更新規ユーザーや低ランクのプレイヤーには五十貝派も采も興味はないはずだ。今更低ランクに体質変異者がいるとは思えないし、人工知能たちも探すなら高ランクを狙うはずだ。そこまで考えてふと疑問が浮かんだ。
「そういえば他の初期型達ってどうなってるんだ」
沙綾は穹、ついでに今持っているだけの状態で霞。夜は一人分解したので実質これも穹に付随されているとして。初期型人工知能は全部で7つ存在したはずだ。暁が真剣な面持ちで口を開いた。
「さすがに確認できないけど、もう全部采にいってるって考えていいかもよ。リッヒテンはアカウントたくさん持ってるし探しやすかったんじゃないかな。探査型もいるし」
人工知能が7つ中4つが采側、3つが穹。多いと取るべきか少ないと取るべきか。敵が多く性能が上すぎる者たちを相手にしていると考えれば上々ではあるが。
「で、結局その糸くずは結局どうするんだ」
夜が顎でしゃくって示す先にいるのは霞だ。暁に手を加えてもらったわけではないのでまだ絡まった糸のようになっている。夜は無理やり手に入れようとはしてこない。もう他の人工知能を分解しようとはしていないようだ。先ほどの穹の言葉で作戦を変えたようだ。
「まあ、何かには使い道あるだろ」
―――撒き餌くらいには―――
その考えが伝わったらしく暁は苦笑、夜に至っては失笑だった。
「俺らが全員で“仲良く”頑張りゃ初期型一匹程度目じゃないくらいには効果があるってことだな、よくわかった」
「わー楽しみだなー」
暁は棒読みで目が真剣だ。ユニゾン4人によるシステムの重大さに気づき、どうやって宵を切り離すか考えているようだ。しかしその思考を止めるよう穹が考えればそれを読み取った暁が不思議そうな顔をして見つめてくる。
「俺らは作戦会議をするだけ無駄だ、一人でも捕まればすべてリンクでばれる。それぞれ捕まらないように手をうっておけ、としかいいようがない。アンリーシュイベントの時俺は勝手に動くからお前らもそうしてくれ」
「はいはい。わかったよ。お前の頼みならしょうがねえよな」
ニヤニヤしながら言う夜を睨みつけると夜は消えた。穹が嫌がるとわかっていてやっているのだからあまり喜ばせるようなリアクションはしたくないのだが本当に無表情、無感情というわけにはいかない。
「穹がいろいろ仕込みをするみたいだし、僕は僕で動こうかな。とりあえず宵をどうにか采から切り離さないといけないわけだけど。穹は何か案あるの?」
「なくはない。ただ暁とは協力関係になれないから話せないな」
「完全に矛盾の中だね。宵を取り戻すには僕らが協力しなきゃいけないけど、それをするには宵が必要なんだから」
協力し合えない設定を突破して協力し合うには4人揃わなければならないがそのためには宵がいないと成立しない。方程式が逆流してしまっているこの状況では協力せずに宵を助ける必要がある。そんなことが可能なのだろうか。
「別におてて繋いで仲良くしなくても、そういう状況になれば絶対に同じこと考えるだろ」
「どういうこと?」
「お前今目の前にキモイおっさんが突然あらわれて股間触られそうになったらどうするよ」
「え、殴る」
「意外と気短いな」
「普通の反応じゃないかな。穹はどうするのさ」
「殺す」
「君のが酷いじゃん。まあとにかく、相手を攻撃するって事だよね。何も考えず頭空っぽにしてやることなんてみんな同じって事か。その状況を君が作るって事でいいのかな」
「期待しとけ」
そういうと暁はひらひらと手を振って消えた。今人工知能としての思考が強い分演算とこの先の事が計算できる。インサートシステムで手に入れたのは数字の羅列、間違いなくユニゾンの切り札だ。しかし手に入れた数字はたったの12桁。これですべてのはずはない。ということは、もともとすでに9割以上組みあがっていてこれはカギのようなものなのだろう。
ユニゾンが使える采コントロールの切り札というのはなんなのか。そもそも采をコントロールするためにいたのがプロトコルたちで、それを凌ぐ対策ならプロトコルなどいらないはずだ。最初からユニゾンが采の管理をしている。
―――いわゆる最終奥義的な究極必殺技とかじゃないのかもな、これ―――
使ってみればわかることだ。いずれにせよ自分たちはこれしか手段がないのだから。もし見返りがユニゾンすべての性能、命だと言われたら? 人工知能として考えれば全く問題ない、采をコントロールするのが自分たちの役目なのだから。
目を開いた。シーナがぴたりと傍に寄りジンが店のコンソールをいじっていた。
「連絡途絶えたから慌てて戻ってくればお前目開いたまま寝てるし別の意味でビビった」
「あー……はい」
ゆっくり起き上がるとシーナが健康状態を告げる。特に問題はないようだ。
「ま、お前のお守なのにさくっと離れたのは俺だけどな」
「それはいいんですよ。どうせ今回来た奴にはジンさん関われないので」
常磐とも端末が繋がっているので宗方と話した内容は省いて何があったのかだけを語った。宗方派を全くつかめていなかった二人としてはそれなりに驚く内容だったようだ。
「まさかのユニゾンオリジナルときたか。でもそこまで絡む気がない割りに采をなんとかしたいって考えではあるんだな」
「何のために作られたのか謎なのでその辺はなんとも。ただ、敵にはならないと思います。ここぞって時にサポートはしてくれますよ、アリスの件もそうです」
アリスの教育の話は二人にはしてある。宵もこれから動くはずだし常磐はスリーピーをフル稼働して協力してくれると言ってくれた。しかしそれでもハッターは穹でなければだめだ、人工知能の事を深く理解し、それでいて相手が袋小路に追いつめられるような回答を考えられるのは穹が一番得意なはずだ、クイズスキルを作ってきたのだから。
「新たな情報も手に入れたし、やっぱ今後の作戦会議やっときますか」
『いいよ、こっちもいろいろ面白い情報手に入れたから。今日集まれる?』
全員の予定を合わせて一旦連絡を切った。ジンはそのまま穹とともにいるがあちこちどこかに連絡をしたりして忙しそうだ。店は休みなので大方片づけをして店長にやることは終わったので帰ると連絡を入れるとお疲れ様、と返ってきたので二人で店を出た。
町中の広告はアンリーシュイベントが大々的に行われており、ちらほらと情報も出始めている。賞金100万、公式のイベントにシード権で出場可能、実際のクレジットに特典が付くなど、アンリーシュユーザーではなくても興味をそそる内容だ。ちらりと町中の人を見れば皆アンリーシュの大会の話題で盛り上がっているようだった。
ジンの案内で二人が向かった待ち合わせ場所は高架下に作られた雑居ビルの一室だ。まるで大昔のチャイナタウンのような景色でごちゃごちゃした場所だった。少し地下街と似ているかもしれない。
中に入ると大量のパソコンや機材が詰まれいかにもと言った部屋だが椅子が一つしかないあたり一人用、つまり常磐専用の操作場所らしい。小さなテーブルとソファがあり一応数人で打ち合わせをできるスペースはある。パソコンの一つに扶桑が繋がっておりいくつものウィンドウを操作しているようだ。
ジンが店の情報を端末に落として確認していると穹に端末を見せてきた。
「ゲームセンターにも連絡が来たな。店はアンリーシュイベントを最大限バックアップするように、だってよ」
見れば具体的なサポート内容が書かれている。だいたいは先日店でやったようなイベント形式にし、アンリーシュプレイ料金を無料にする、店で大会上位に行けた人には商品を用意するなど至れり尽くせりだ。これだけ見るとレーベリックやゲームセンターに多大な金がかかるだけに見えるが、レーベリックから支援がそこそこ出るらしい。
「あちこち投資してるんでしょうね、レーベリックが。あとはアリスのお茶会から搾取もしてるんでしょうけど」
「本当に大々的だな。レーベリックだけでなくいろんな企業の金が動く。この日だけで経済効果が凄そうだ」
経済効果。もしかしたらそれも采の狙いなのだろうか、金が動くと人が動く。この辺り含めてまだ宗方の話をジンたちには話していない。
それに五十貝派の狙いが采を引きずり下ろし他の人工知能を置くことだとして、采を分解したらシステムに異常をきたすことは誰だって予想ができる。そうならない為には日銀のシステムを切り離すか……
―――しないな、そんなこと。絶対に日銀のシステムを乗っ取ったまま活用しようとするはずだ。別に日本征服とかは考えてないだろうが、日銀を人質にはするかもな。人工知能の開発には金がかかる―――
第二、第三の采を作り出すだけだ、そんなことは。采を処理できたと思い込み次の人工知能、リッヒテンたちを重要なセクションに置いた瞬間に采がすべてを操ってくる。そうなったら穹達ではもうどうにもならない。穹達が制御できるのはあくまで采だけだ。




