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アンリーシュ  作者: aqri
蝶の羽ばたきが変えるもの
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87/105

7

―――采が、リッヒテンたちに人格を分散させたら5人の采が出来上がることになる―――


ユニゾンは4人で一つだ。5対1など勝てるわけもない。


【穹、そろそろ帰ってきてください】


 脳波をチェックしていたらしいシーナに言われ、意識を目の前に戻す。ジンと常磐が穹の様子をじっと伺っていた。二人も穹の雰囲気などから人工知能としての考えになっている時の区別がつくようだ。穹が何を考えていたのか気になるらしく二人は何も言わない。


「まあ、今の経済云々の話になるんですけど」


 二人には宗方から聞いた采と日銀の事、イベントの目的などを話した。この辺りは五十貝派も把握しているので例え二人が知ったとしても問題はないはずだ。常磐が体を乗っ取られた時の事を考えて穹がもっている数字の羅列やユニゾンが4人揃って制御が可能だと言う事は言わなかったが。

 話を聞いていた二人の反応は対象的だ。ジンは呆れを通り越したような、どうしようもないなという顔をして常磐は意外にも楽しそうな反応だ。


「あはは、馬ッ鹿じゃないあいつら」

「まだ世界征服って言われた方がピンと来なくて面白いわ」

「俺もそう思います」


ピンときすぎるから笑えないのだ。それを笑い飛ばせる常磐は一周回って羨ましくもある。頭の中で瞬時にどんなことが起こるか想像できておきながら笑えるのだから。


「常磐さんは何が分かったんですか」

「ああ、地下の施設にハッキングしやすくするためのツールを以前仕込んでおいた。あそこを使えば地下全体の設備そのものをハッキングできるからね。なかなか堅かったんだけどやっと成功した」


 何でもないことのようにさらりと言っているがとんでもないことを言っているのはわかる。国が研究に関わった施設のハッキングなど並のハッカー集団ではできない。本当に実力がとんでもない者たちである証拠だ。昨日今日でやったことでないにしろできたという事実だけですさまじい。


「言っとくけどだいぶ前からやってきたことだよ、もう5年前から。火事を起こして退散しただろ、あれは外部リンクの為のサーバーとセキュリティの塊部分だ。あそこを物理的に破壊することで成功した。前置き長くなったけど、何がわかったっていうと五十貝派がインサートシステムに食いついたよ」


 言いながらいくつかMRの光ディスプレイを映し出し、6枚繋がり一枚の巨大なモニターとなった。映し出されたのはおそらく穹が連れていかれたあの施設だ。狭い会議室のような場所に男が6人ほどいて何か打ち合わせしているようだ。


「その真ん中でふんぞり返ってる年寄りが五十貝」


 ジンが指さした先には、年寄りというには少し若い壮年の男性がいた。映像は鮮明で部屋の監視カメラをハッキングして画像補正までかけているのだとわかる。着ているスーツの皺から広げているパソコンの画面までくっきりと見えた。

 五十貝は確かにこういう集団の頂点にいるだけあって貫禄がある。目つきも鋭くパッと見た限りではどこかのワンマン社長といったところか。常磐が音量を上げると会議の内容がはっきりと聞こえる。


『調査の結果、いくつかユニゾンの情報が残っていました』


一人の男が何かを報告していてざわざわと他の男たちがそれぞれ相談を始める。五十貝は全く表情を変えず、むしろ無関心のようにも見える。男は報告を続けた。


『ここにユニゾンが一人隠されていたのは間違いありません。この施設はそのユニゾンが使っていたのでしょう』

「え、もしかして俺の事言ってる?」


男の報告に思わず穹が突っ込みを入れると常磐が珍しくニヤニヤしながら穹を見た。


「君が来る前から聞いてたんだけど面白いよ、こいつらの会議。インサートシステムを調べたらユニゾンの事がわかったって興奮気味。だいたいこの後の展開読めるから見ててご覧」


常磐の言葉を聞いて会議の様子を再び伺うと見事にリジョインダーの話になっている。様々な情報が報告される中、一通り報告を聞いた後五十貝ではない男が立ち上がる。その男には見覚えがあった。


「あー、ジンさんたちの元上司」

「できる男を装ってるが割とアホだ。この後絶対アホな事言うからよく聞いとけよ」

『以上の事から、ユニゾンには我々が把握していないもう一体リジョインダーという個体が存在するという事です』


それを聞いて常磐は吹きだしジンはテストで0点を取った子供を見るかのような目で画面を見つめる。


【穹、大丈夫ですか】


片手で顔を覆ってうつむいてしまった穹を心配してシーナが声をかける。穹はどこか悔しそうな声を上げた。


「なんだろうな、なんだか負けた気がして……」

【何と戦っているんですか、やめてください】

「計算なくあんなに素直に大ボケかませる奴って貴重じゃねえか、そのスキル欲しいわ」


 モニターの向こうでは宝探しでもしたかのように盛り上がっている。自分たちの把握していないユニゾンで隠されていたのなら相当貴重なものなのではないかと喜々として語っているのだ。

 さっそく詳しく調べようという方向にいっていた流れが五十貝の一言で止まった。五十貝はわざとらしく鼻で嗤いジンたちの上司だった男を見据える。


『そんなことはどうでもいい。指示しておいた方は進んでいるのか』

『は……ええ、進んでいます。しかし現在はこちらの方が』

『馬鹿か。今更ユニゾンが一人増えようが百増えようが進めている計画に何の関係もない。どう決着をつけるのかさんざん無駄な会議をして決めたというのに今更ひっくり返すのか、今度は何百万使って何百時間かけるつもりだ。お前が生きているうちに片付くのか』

『……』

「言えてる」


思わず素直にそういうと常磐もジンも苦笑だ。ただしその笑顔は二人とも冷たい。苦笑というより冷笑というべきか。上司だった男と違い五十貝の事はかなり警戒しているようだ。


『だいたいそんな貴重な情報をこんなゴミ溜めに放置しておくか。見た者を釣るための罠に決まっている。まあいい。ではこのプロジェクトはお前ではなく小河原に任せよう、お前好きなだけあの棺桶のような機材をいじっていろ。終わるまで地下から上がって来るな』


 五十貝は冷たく言い放つと固まっている男を尻目にその部屋を後にした。他の男たちも何か言いたげに男を見るが皆一言も声をかけずぞろぞろと部屋を出る。先ほどまで同じ話題で盛り上がっていたというのにまるで自分はその話に乗っていないかのように。

なんだかなあと思っているとジンと常磐はにやりと笑った。


「さて、予定通りだな」

「ああ。あいつがつられるのも五十貝がああいうリアクションするのも予想したとおりだ。じゃああの男はありがたく使わせてもらおうかな」


 言いながらすぐに複数のパソコンを操作し扶桑にも何かを告げる。扶桑の目が光ると一気に5つのモニターがそれぞれ違う情報を映し出した。パッと見るとリジョインダーの偽りの実験記録を捏造しているようだ。


「お宝にはさらに貴重な財宝があった、っていう設定でいこう。これを見せれば五十貝も考え直して、なおかつ自分を馬鹿にした報いを受けるみたいな考えに取りつかれてくれるとありがたい」


一瞬ですべてを失った男の心理を操ることなど常磐にとっては朝飯前だろう。さらに貴重と思わせるような情報をインサートシステムやこの施設に仕込んでおき、あの男が見つければさらに上層部を引っ掻き回すことができるということだ。


「完全に俺を拉致ってくれたあのおっさんコースじゃん。えーっと名前……忘れたけど」

「そう。人を見下す人間なんて見下した相手と同じ道を踏んでることに気づかないものだよ、だって他人に興味ないから。思考が単純でちょっと吹っ掛けると簡単に踊ってくれる」


大急ぎでプログラムを作る傍ら、ジンは他の機械を操作して五十貝たちの動向を見張っている。五十貝は本当にこの設備やリジョイに興味がないらしく車に乗り込むとすぐに出発した。


「シーナ、カメラにリンクするから追ってくれ」

【了解】


 穹の言葉を聞いて常磐がシーナにリンクを送ったらしくすぐにシーナが検索モードになる。シーナの前に映像画面が一つ出てきて五十貝が映っていた。五十貝は施設の外に止めてあった車に乗るとそのまま走り出し、あっさりと地下を出て行ってしまったようだ。


「よほど興味ないんだなあのおっさん」

「俺らも五十貝と直接会ったことはほとんどないが、命令の仕方とか考え方とか見る限りじゃ我儘自己中に見えて結構切れ者だ。ただ切れる方向が限られててそれ以外の事に興味はないみたいだけどな」

「そんなんばっかなのか五十貝派って」

「トップがあの考え方じゃ部下はみんなそういう考え方になるだろう。基本イエスマンしか置きたくないからな五十貝は」

「典型的な日本人だなあ。まあそれはともかく、一応最終決戦の最後のつめといきますか」

「それは僕も聞いていい内容かな」


手は止めずに穹とジンの会話に入ってきた常磐はちらりと穹を見る。以前言った体を乗っ取られた時の事を考えてあまり詳しい作戦は知らない方が良いのではないかという事を気にかけているのだろう。


「問題ないですよ。采への対処はリアルタイムでどうにかする方法じゃだめですんで、結局はいくつ仕込みをしておくかです。仕込みが何なのかわかっても対処しづらい事にしておけば問題ないです。段取りとしては采をどうにかしているうちに俺らが采をボッコボコにして終了ですかね」

「あっさり言うなあお前。采をどうにかするのもボッコボコにするのもそれぞれがめちゃくちゃ大変なんじゃねえか」

「もちろんわかってますけど。采を止めるのは采を凌ぐものが必要ってことになるじゃないですか、そんなの無理ですよ。だったら俺らができるのは質より量です」


穹の言葉にジンと常磐はそれぞれ案を巡らせているらしくしばし沈黙が降りた。常磐は一区切りついたらしくプログラムを自動更新に切り替え仲間に何か指示を送った後手を止めた。


「それしかないか、やっぱり。ユニゾンが要になるのは間違いないから、君らのバックアップをこちらでやるって事でいいのかな。でもさすがにアンリーシュのイベントをどうにかすることはできないよ」


常磐の言葉に穹は小さく笑った。その顔を見たジンと常磐は一瞬きょとんとしたがすぐに察したらしく二人とも同じように小さく笑う。


「悪い顔になってんぞ」

「悪い事考えてますので。アンリーシュもイベントもどうにかする必要はありませんよ。むしろもっと派手に宣伝して世界的にも注目を集めてもらった方がいいかもしれません。さっきの男はレーベリックを、スリーピーは采を崩すための……そうだなあ、湖に張った氷を割るために石を一個投げる役割で十分です。あとは勝手にひびが入って割れていきます」

「なるほどねえ?」


 可笑しそうに笑う常磐の顔は穹も少し背筋が寒くなるような怖さがある。これがスリーピーをまとめる凄腕ハッカーの顔か、と内心冷や汗ものだった。ここまで協力を仰いでいるが協力者であって味方とは違う。


「おい、極悪な顔になってんぞ」

「それなりに悪い事考えてるから。そっか、だいたいはわかったよ。大会中に五十貝派は采を停止しようとして、采はそれを逆手にとって他に人工知能たちを管理しようとするからその時にこちらは采にちょっかいをかけてユニゾンが最終必殺技みたいなのを繰り出すってことでいいのかな」

「そういう事です」


ふっふっふ、と二人で悪だくみの顔をしているのを見ていたシーナがパタパタと飛びながら穹の近くに来た。抱きとめると目の前に地図データを表示する。


【五十貝が通った地下通路はJCテクノロジー支社の関係者専用駐車場へ繋がっているようです。以前暁からもらった地下の地図と照らし合わせた結果、その駐車場以外には繋がっていません。まだ走行中ですがあと14分ほどで到着予定です】

「JCテクノロジー……ああ、衛星打ち上げたところか」


これでJCテクノロジーは完全に五十貝派とわかった。采に乗っ取られないよう宇宙に上げた人工知能がいたことも今思い出したが、なんとなく嫌な予感がする。


「人工衛星には人工知能が3つ乗ってましたよね。これって……」


ちらりと常磐を見れば肩をすくめて衛生データを表示した。そこには通信の原理や衛星に関する基本的な情報が載っている。


「人工衛星は地上からのアクセスに対してのセキュリティは確かに強い。けど、同じ衛生同士からの攻撃にはどうかなって感じ」

「シーナ、人工衛星って今どこの国が何基上げてたっけか……いや違うな、日本は何基持ってる」

【企業の物も含めると88です。ちなみにJCテクノロジーが衛星を打ち上げた以降に打ち上げられている衛星は8基あります。そしてアリスのお茶会を運営していると思われる企業が出資している衛星が1基】

「あー……伏兵はもう大空へ飛び立っているってわけか。GPSを采が利用してないところを見ると現在進行形で頑張ってるんだな。そっちは頑張れとしか言いようがねえわ」

「逆にいえばさ。アリスと采が繋がっているなら、采は今あちこち手を出しまくって少しだけ本来の処理能力が遅くなってる可能性はあるかな」


 常磐の意見に穹も少し考え込む。采のキャパシティがわからない以上、今どのくらいの容量を割いているのかが予測できないが一理あると思ったのだ。采ほどの性能なら大した差ではないのでは、と思ったがあまりにも采を過大評価しすぎではないだろうか。スパコン並みの性能を持っているだけであってスパコンではない。

 日銀のシステムに繋がっているとい事は日本経済を計算し、アンリーシュをコントロールし他の人工知能たちも支配していて、コミュニティサイトで人々の思考データ入手もしていてそのうえ宇宙の人工知能を乗っ取る予定だとしたら相当な量の演算をしていることになる。


「もしこれがスパコンなら作業を分担、並列させるから無限ともいえる処理能力があるけど、そういや采ってあくまで“人工知能”なんですよね」


今更だ、本当に。こんな大切な事を忘れていたなんて。とても敵わない相手だからどんどん話が拡大していっていた。しかし根本は人工知能、つまりその思考を司るサーバーは必ずはるはずだ。


「そっか、俺は采がどこに“いる”のか知らない。思考をネットの中散らせて逃げた初期型達と違う。采は必ず本体がどこかにあるはずなんだ」

「それは僕らも死ぬ気で探してるけど見つかってない。そりゃそうなんだけどさ」


常磐も肩をすくめる。ジンも頷いた。この二人、いやスリーピーも、彼らが本気で探して見つからないのなら相当手ごわい。


「シーナ」

【はい】

「お前は宝物をどこに隠す」

【宝物ですか。あくまでシステムと考えてしまうと強固なセキュリティ内と答えますが、そういう回答を期待しているのではないと判断します。木を隠すなら森というのでそれがカモフラージュできるところです】

「場所はな。じゃあ人間の心理で考えるとどうなる」

【私には難問ですが強いて言うなら身近な場所ですか】

「あってるぞ。大切なものほど誰にも荒らされてないか一目でわかる場所、もしくは絶対誰にも侵されない安全な場所。そんな場所ありますか」


 ジンたちに聞くと二人とも難しい表情となる。探せる所は探しつくしたのだろう。采を持っているのは五十貝派なのか宗方派なのかわからないが、采をどうにかしようとしているのが五十貝派と考えるなら宗方派が隠していると思うべきだ。もし五十貝派がもっていたら面倒なことをせずさっさと実物を壊している。


―――絶対見つからない場所、一目で無事がわかる場所、そもそも采ほどの性能があるならスパコンと同じくらいの大きさがあるはずだ。ある程度小型になっているかもしれないがそれを置いて置ける場所は―――


今まで見聞きした情報をフル活用して考える。何か、どこかにヒントはないか。

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