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アンリーシュ  作者: aqri
地下の戦い
78/105

14

 人があまり見ていないという事で割と本気で駆け抜けているのだがジンは顔色一つ変えずについてくる。隣の建物には開いていた窓を飛び越えて通り抜け壁伝いの配管を足場に屋上へとジャンプする。非常階段らしい外付けの階段手すりを滑り落ちて段差を飛び越えていく姿はパルクールそのものだ。


「お前いっつもこんな移動してるわけ」

「これが一番合理的で速いですからね」


地下は入り組んでいて段差や歪んだ道も多く、何よりゴミが大量に散らばっていてバイクなど車輪がついたもので移動するより自分の体だけで移動したほうが速い。平面を真っすぐ行くよりも上下の空間を使った方が断然速い。


「どおりでひょろちっこいのにインナーマッスルついてるわけだ。こりゃ足腰鍛えられるな」

「言い方」

「あ? ああ、んじゃあ矮人(わいじん)?」

「聞いたことない単語ですけど意味はわかりました」


たぶん今酷い顔をして笑っているだろうなと思いながら走り続けて見覚えのある場所へと出る。使われている家も店もない為人通りはない。大きな粗大ごみが多く放置されていて人目に着かない死角も多い場所。

ジンが常磐に連絡を入れて会話を始める。端末をスピーカー設定にして穹にも会話が聞こえるようにした。


「周辺に着いたけど入り口は?」

【ゴミが置かれてる場所に半開きの業務用冷蔵庫があるでしょ】


暁の言葉に周囲を見渡すと確かに中途半端に開いた大型冷蔵庫が置いてある。穹が扉を開いてみると中は空っぽ、というよりもくりぬいてありその先に空洞が奥に続いている。


【そこが入り口】

「なかなかシャレのきいたじーさんだったんだなあの人」


 穹が呆れつつ中に入る。ジンは一応周囲を警戒してから素早く入り扉を閉めた。冷蔵庫がある場所からすぐに降りる階段に繋がっておりシーナがライトで辺りを照らして下っていく。階段の段数は少なくすぐに整備された通路へと変化したのが分かった。どうやらもともと何かの施設があり、その上にゴミを集めてカモフラージュしているだけのようだ。

 あまり広い空間ではなくすぐに目的地らしき場所へとたどり着く。店と同じくらいの広さがある空間へ出るとその中央には初期型の脳直結型システムが置かれていた。初期の物は機材が大きく病院での検診並みの設備だったらしい。パソコンがいくつか繋がっておりヘルメットのようなヘッドセット、手足だけでなく腰や首など体のあちこちに装着するコンタクトパーツが置いてある。


【着いた? それが初期型脳直結型設備、インサートシステム】

「インサートシステム?」

【ユニゾンを作り出すための研究で生まれた副産物だ。世の中でこんなに簡単に脳直結型ゲームができるのはユニゾンを作ろうと研究開発が進んだ結果だよ。世の中に出されたのが相当後だっただけで脳直結システムは実際には半世紀以上前に完成してた】


 まあそんなものだろうなというのが穹の率直な感想だ。以前も同じことを考えたが戦争をすると人類は研究開発を発展させてきた。目的は戦争に勝つため、そのために作り出したシステムがGPSとなりネットワークとなり人々の生活へと浸透していった。それと同じ、目的を達成させるための手段として開発したものが別の用途へと発展したり一般に出回って浸透する方が有用性は高いことが多い。


「とりあえずこれ動いてるんだな?」

【今も電力供給はされてるね。店主さんが使ってたんだと思うけど】


ジンと二人で触ってみたが電源が入る様子はない。電源を押しただけでは反応しないようだ。


「で、そっちに電源があるかもって事か」

【調べてるけど怪しい物はないかな】

「じゃあ怪しくないのが怪しいってことだろ」


ハードディスクの一つを触りながらジンが言うと端末の奥から常磐の「同感」という声が聞こえてくる。


「つまり?」

「普通にパソコンの電源が連動してるとか」


ジンの言葉に一瞬沈黙がおり、すぐにインサートシステムから起動音がした。端末からは「押してみたよ」という常磐の声がする。


【穹、起動したようです】

「マジで」

「え、マジで」

「何でジンさんまで驚くんですか」

「てきとうにいったらその通りだったからビビった」


小さなモーター音がした後すべての画面が一斉に点いた。画面には何も表示されていないがカーソルが点滅しているので何かを入力するようだ。


「どう見てもパスワードか何かを入れるっぽいけど入力できるツールがねえな」


 辺りを見渡してもキーボード、何かを読み取るリーダーの類はない。キーボードもMRで表示できるがそういった映写機機能の機材の類も見当たらない。あるのはヘッドセットだけだ。ヘッドセットをジンが持ち上げると穹に投げてよこす。


「これがログインに必要なんだろ」

「ヘッドセットがですか。体内チップか光彩か、個人情報でしか動かないってことですかね」


 暁たちにヘッドセットを利用することを告げてシーナとジンは手分けをして画面の前にスタンバイする。このシステムが何に使われているものなのかわからないが、画面が外にあるという事は使用者の他に数名ついて使う物のようだ。一人で画面を見るには数が多いので最低一人以上、パートナーのような人工知能もいてサポートするのかもしれない。

 使用者が座るらしい一人用の大型ソファに腰かけてヘッドセットをつける。目の前に同じようにカーソルの点滅が見えるが特に何も起きない。


―――ああ、こっちか―――


 思い当たり一度目を閉じて意識を集中する。バトルをしている時を思い出しながらなるべき意識を人工知能に近づくようにした。リアルの肉体ではあの目は再現できないだろうとは思う。おそらく脳波だろう、ヘッドセットがやたらと大きいのはモニタリングするための測定端末が組み込まれているのだ。


【脳波が人工知能側になってきています】


穹のやりたいことを予測したらしくシーナが脳波の報告をしてくれる。しかしまだ駄目だ、自分でコントロールできていない。


「シーナ、クイズスキルの12、23、49番頼む。スキルはないが中身の記録は残ってるだろ」

【了解。問12、この世で一番大切なものは何か】


―――そんなものは存在しない―――


【問23、戦争とは何か】


―――人が次のステップに進むための必要なシステム―――


【問49、愛とは何か】


―――すべての感情の総称―――


Welcome back   ■Rejoinder■


ジンたちの見ている画面すべてにその一文が表示された。 


「リジョインダー?」


ジンが不思議そうにつぶやいた。心当たりがないようだ。


【おかえりなさいと書いてあるので固有名詞、名前でしょうか。本来は答弁や反論というような、言葉を返すという意味ですが】


シーナが管理している穹の生体データも目の前に表示されている穹のデータも間違いなく人工知能の脳波を示している。続いて複数ある画面すべてに違う情報が次々と表示され始めた。


「全部は見れないな、まあ穹が理解してるか」

【はい。今穹はユニゾンの能力を使っているはずです】


 シーナも一番近くにあったデータを閲覧してみるがほとんどが専門用語らしくシーナのデータ内では把握できない。しかしその中に表示されたある一文にくぎ付けとなった。その前後の文章はわからないが、ユニゾンのデータと思われるところに書かれていたのだ。


Solution out of restriction adjustment   s.o.r.a


【sora】


 英文としては成立していないのでいくつかの単語が一行で示されているだけだろう、solution、out of restrication、adjustmentの3つの文や単語から成り立っている。単語だけ見れば人工知能というシステムから肉体を得て外へ抜け出し、人工知能たちをコントロールする問題解決ツールとしての役割のように見える。穹が以前推測した通り肉体を持つことでオンライン上において支配されないことを意味しているのならまさに文字通りの存在なのだ。

 ここは昔穹が、昔の穹が使っていた施設なのかもしれない。お帰りと表示されていたのはリジョインダーだったのが謎のままだが。

ポフ、とシーナの体が揺れた。見ればジンがシーナのてっぺんを掴んで撫でている。


「あんまいろいろ推測すんな。人工知能が中途半端な情報だけで推測するととんでもない方向に答えを作り出すぞ。桃太郎を単語だけ出して鬼と戦う話だっつう条件つけて物語作らせたら最終的に桃の形した核爆弾で鬼ヶ島ごと吹っ飛ばしたオチを作った人工知能もいたからな」

【凄いですね】

「何も学習させてない時の扶桑だ」

【え、嘘でしょう】

「人工知能ってのはそういうもんだ。ギャグとしか思えないことを本気で演算する。確実な答えを求めるのに情緒とか風情はすっぽ抜けてるもんだから喜劇にしたら大ヒットになりそうなことを真剣に提案してくるんだもんなあ。こういえば通じるか? 今優先順位はそこじゃないから穹のバックアップに務めろ」


 ジンはいつも通りの表情だ。画面にはsoraがまだ表示されているのでジンも同じ条件なはずだが怪訝な表情をすることなく他の画面を見始めている。という事は、おそらくジンはシーナと同じ結論には至らなかったという事だ。そこが人と人工知能の考え方の差なのだろうか。穹だったらどういう風に考えるのだろうか。

 穹と話したい。穹に会いたい。そんな、 ―――が、シーナの中に確かにある。

少ししてから穹がヘッドセットを外した。その脳波はまだ人工知能としての波形だ。さすがに目の色は普通だが表情はなく考え事をしているのか一点をじっと見つめている。


【穹?】

「……」


 返事はなくゆっくりとシーナを見つめる。じっと見ていたが、一瞬目をそらした。その仕草が何だか穹らしくないので相当重要な情報があり、穹の負担になっているのではないかと心配になる。小さくため息をつくといつもの穹の脳波に戻った。


「トキから連絡あったぞ、暁と一緒に上に出るって」

「知ってます。さっき話しましたから。ちょっと今後の事話したいんで俺たちも出ましょう」


ジンが端末を見ながら言うと穹はヘッドセットを椅子において立ち上がった。


「ここはどうする?」

「ちょっとやりたいことがあるのでこのまま電源つけておきます。できればレーベリックに見つけてほしいですし」

「ってことは、そういうことか」


 ジンは理解したように小さく笑うと来た道を引き返す。穹も続きシーナもワンテンポ遅れて穹達の後に続いた。何がそういう事なのかシーナにはさっぱりわからない。重要なものをレーベリックに見つけてほしいわけはないので、見つけてほしいのなら罠をはったということなのだろうか。

 外に出ると冷蔵庫の入り口を少しだけ開けて地上へ出られる道へと急いだ。ジンの話ではまだレーベリックの者たちは地下にいるようでいつ鉢合わせてもおかしくないらしい。穹が普段使っている道が一番近かったのでその道を駆け抜け、地上に出るとジンの案内で普段常磐と使っている空き家へと案内された。そこにはすでに常磐がいて暁とは途中で別れたという。


「結局あっちでは電源入れたくらいだった。他にも調べたりしたけど本当に何もなかったから」

「こっちも穹が一人でなんか情報仕入れたくらいだな」

【私は桃太郎が核戦争を仕掛けたことを知りました】

【いつの話を持ち出しているんだ】


お互い情報交換を済ませて改めて全員が穹を見る。今重要な情報を知っているのは穹だけだ。


「はっきりさせたいのはアンリーシュの現状。采は首の皮一枚状態でなんとかレーベリックが制御してる状態、と本人たちは思ってるけど実際はもう制御できてないでしょう。じゃあ采が自由かというとそうでもなくて、まだ首輪が繋がってる状態ではあります。霞や鈴城の情報をまとめると、この世のどこかに采の制御を担っていたプロトコルが隠されているから采の身動きがとりづらいって事みたいです」


 そのことを踏まえて霞と鈴城が穹かシーナにプロトコルが隠されているのではないかと疑っていたこと、実際のところはどうなのかわからないことを説明した。常磐が凄腕のハッカーなら隠したところで調べられたらすぐにわかることだしここで隠しても何の意味もない。常磐は神妙な顔つきで聞いていたが小さくうなずいた。


「君たちの生い立ちや経緯は興味あるけど後にしよう、重要なのはそこじゃないと思うし。セブンスがどちらにいるかなんてたぶん調べてもわからないと思う」

【私は調べればわかるのでは?】

「そもそも本当にパートナーにそんな重大なものが隠されてるなら普通のパートナーじゃない。お目にかかったことのないような高性能だ。絶対に違うと言い切れないなら絶対にわからないよ」


 その意見は穹も同意だった。シーナが普通のパートナーとして製造された可能性は低い。普通と違うプログラムなどがあればすぐにわかるが、そういった類のものは今までみたことがなかった。本当にないか、気づけないよう細工されているかだ。そしてそういった事は常磐の方が断然詳しいはずだ。その常磐が絶対、というのだから今いる人員と設備ではシーナを完全に調べることはできないという結論になったのだろう。あの地下施設を使えば或いは、というのもあるかもしれないが今度こそ本当に二度と地下には行けなくなったと思った方がいい。


「要は穹とシーナどっちもVIPだと思ってりゃいいって事だろ。んで? 地下で言ってたレーベリックの目的ってのは? 正確には五十貝派の目的か」

「五十貝派は逃げた人工知能をさっさと処理したい。その一番手っ取り早い方法はシステムの分解です。データの分解ではなくシステムそのものを崩壊させるにはそういうコードを使用するしかないですが、それでは彼らは全力で抵抗します。そしておそらく制御から外れた彼らにはそれが効かないんです。相手の土俵で戦うようなものなのでシステムやコードで人工知能に勝てるはずもない。しかしそれができる奴がユニゾンに一人いるんです」

【夜ですね】


 夜はもともとそういう役割なのだ。人工知能を制御するために存在したユニゾンは人が手出しできない領域に踏み込んで対処ができる。穹がモジュレートすると誰も抵抗できないように夜にも、そして暁と宵にもその性能はあるはずだ。

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