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アンリーシュ  作者: aqri
地下の戦い
66/105

2

目を開くとシーナがドアップで目の前にあった。


「……近い」

【近づいてますので。眠っている脳波でしたので起こすのが大変でした】


 人工知能側にいたのを把握していると言っているのだ。シーナがどいたのでちらりと目線を向ければ薄暗いが先ほどと同じ部屋だとわかる。薄暗いのは非常灯だろう、かろうじて辺りに物があると分かる程度の光量だ。先ほどの男も変わらずまだそこにいて機材を真剣に見つめていた。ここからでは見えないが今の状況を考えれば穹の脳波か生体データをチェックしているのだろう。


「そのパートナー人工知能が呼びかけた途端脳波が一気に覚醒した。眠りから覚めたのではないな、人工知能から人へと切り替わったのか。それにしても妙な現象だ、たかがパートナータイプにそこまで君のアブソーブが拡張するはずはないのだが」


 いちいち専門用語で語られるのにもいい加減うんざりする。こいつ絶対ナルシストだ、と内心10回ほど舌打ちしたい気分だった。かろうじて知っている単語だったのが幸いだ。アブソーブ、確か吸収という意味だった。今の言葉から考えれば受け入れる、受け皿という意味合いのように思えた。ユニゾンは人と人工知能を完全に使い分けている。

 となると、切り替えるスイッチのようなものがあると考えていい。それがどういうものはのかはわからないが、そのスイッチが入るための情報の受け皿のようなものがアブソーブだろう、と仮説が立つ。


(要するにたかが普通の人工知能が俺を現実に戻す手助けをしてることが納得いってないのかこいつ)


 言われてみれば確かに、と思う部分もある。いくら10年以上一緒にいて突っ込みをしあう関係だとしても、シーナの言葉をきっかけにそれが現実なんだと強く認識しリアルに戻るには強力な自己暗示が必要だ。今穹がその状態なのかと言うとそうでもないように思える。それなら通常のVRゲームなどで支障が出ているはずだ。

 シーナにはチョーカー型のイヤホン同期を任せたり穹の体調管理を細部にまで行ってもらっている。もはや穹の一部と考えてもいい。


「先ほどの停電はユニゾンの仕業だな、やり方が昔とよく似ている。何を話した」

「……」

「まあいい。これを調べればわかることだ。気になることもある」


そう言うとシーナの羽を掴んだ。一応シーナは抵抗するが羽を掴まれてはどうすることもできない。


「先ほどの話の続きだが、采は今アンリーシュを管理している者たちによってまだ管理がされている。一つだけ残ったユニゾンはあるが、完全な人工知能ではないユニゾンが一個あっただけで管理などできるはずもない。采を管理できるのは7つあったオリジナルの管理プログラムだけだ。最後の一つが15年前破壊さたと考えられているが、私は破壊されていないと考えている。そうでなければいまだ采が人の管理に収まっている辻褄があわないからな」


 シーナの尻尾であるコンセントを機材に繋ぎ何か操作をするとピーという電子音が響いた。中のデータを探ろうとしたが備えてあったハッキング防止プログラムによって阻まれたようだ。しかしどうみても機材の性能はここにある物の方が上だ。防御プログラムが突破されるのは時間の問題だろう。


「メルト」


 穹が一言そう言うと機材に激しいアラートが鳴り響いた。男は急いで対応しようとするがその間にシーナの電源が完全に落ちる。シーナが敵に見つかったり捕まったときに使おうと思っていた手段でシーナの基礎データをサブボディへ自動以降するのとハッキング相手への自滅ウィルスの送り込み。そのウィルスは穹が気合を入れて作った物なので少し自信がある。

 男はしばらく操作をしていたが操作不能になったらしく手を止めた。動かなくなったシーナのボディを床に落とすと踏みつけて壊す。


「ガキか」


 穹の静かな言葉に一瞬眉がピクリと動いたが、すぐに先ほどと同じ表情に戻る。プライドが高いのだろう、そしてムキにならないように努めている。穹の挑発などまったく気にしていない様子、あくまで様子だが、冷静な態度を保っている。


「唯一残った管理システムはどこかに隠されているのではないかと思っていてね。人工知能に隠されはしない、そんなことをすれば采に一発で見つかって破壊されてしまう。だから周囲の目をごまかして隠すならユニゾンだと思っていた。正直君だと思ったのだが、そうでもないかもしれないな」


シーナをハッキングされることを防いだ事、シーナが穹に与える影響がもはやただの人工知能の枠を超えていることからシーナこそがその管理システムを担う人工知能なのだと考えているようだ。


―――実際のところどうなんだろうな。シーナは俺のパートナーじゃなかった。言われてみればシーナは他の人工知能に比べて人間としての成長が異様に速い―――


 ある意味穹より人間らしい物言いをするときもあった。その言葉に救われたくらいだ。シーナに記録のない期間があり、その時がこの男の言う特別な人工知能だったのだとしたら。シーナの記録が完全に消えていなくてその影響がまだどこかに残っていたら、おかしなたとえかもしれないが記憶喪失者が無意識にやってしまう昔の癖のようなものなのかもしれない。


「パートナーのデータを消すなどという事はしないだろう、基礎プログラムをどこかに移したな」


 男の問いは一切無視でもう一つ気になることがあった。おそらく最初のクラッシュ時の昔の記憶で穹はクラッシュ時に吹き飛ばされた誰かを助けた。もしあれが采の管理システムである人工知能だったとしたら。あの時糸をつないだが要はリンクを自分とつなぐことでシステムを守ろうとしたのだ。それなら穹にそのシステムの影響が残っていてもおかしくない。男のいう事も辻褄が合う。


「重要なのは逃げた人工知能でもユニゾンでもない。失われていない最後のプロトコルだ」


プロトコル。霞が言っていたもの。


「セブンスは君とパートナーどちらが持っているんだ? 吐かせる方法はいくらでもあるから手間がかからないうちにしゃべってくれると面倒がない」


セブンス。セブンスシンフォニープロトコル。


 そんな単語がふっと頭に浮かんだ。七番目の采のプロトコル。ああそうだ。知っている、彼女の事を。あれだけ身近にいたのだから。

 なんてことはない、もともと穹はセブンスのサポートの役割だった。全体の調整をする最重要プロトコルであるセブンス。穹はそのバックアップでもあった。だから穹はモジュレートが使える。もともとモジュレートもセブンスを構築するプログラムの一つでセブンスが使っていたものだ。


「ありがとなおっさん、アンタの余計なお世話のおかげでいろいろ台無しになった気がするが状況はわかった。あと事情説明して俺の昔のプログラムを刺激することで管理しやすくしようとしてたなら無駄だ、アンタの言うとおりパートナーの中身を他に移した。それがある限り俺は俺のままだ」


完全に見下したような態度で言うと再び男の表情が険しくなった。それを鼻で嗤って吐き捨てる。


「知りたきゃ自分で調べろ」


 男が何かを言う前に勢いよく体をねじってベッドから飛び降りると驚いた表情を浮かべる男の側頭部に思い切り回し蹴りを食らわせた。若干まだ体がしびれているおかげでたいした威力ではないろうが頭部への攻撃は万物の生き物すべてに効く攻撃だ。頭蓋骨の中で脳が揺れて三半規管が狂う。男は蹴られた衝撃で床に転がり置いてあった段ボールに突っ込んでいった。


「テメエを殺すイメトレしてたらうっかり足が出てた、悪い悪い。本番までに次のうっかりが出ないよう気をつけるわ。あとな、その本番をもうちょい先延ばしにしたいなら言葉に気をつけろ」


 穹の体の痺れがここまで早く治るとは思っていなかったのだろう。手足に拘束具をつけなかったのは間抜けすぎる。どこにそんな絶対的自信があったのか知らないが自分が正しいと思ったらそれだけを信じぬくタイプのようだ。集団生活をする会社という場所において最も同僚に欲しくない奴である。

 部屋から出ようとしたが扉にはロックがかかっている。ハッキングするのも面倒で男の頭を踏みつけると冷たく言い放った。


「開けろ」

「ぐっ……誰に命令し」

「このまま上に乗ってジャンプしても同じこと言えるなら聞いてやる」


 本当に体重をかけて両足乗せようとしたところで男がわかったからどけと怒鳴った。足をどけたが胸ぐらをつかんで無理やり立たせるとベルトの裏側に隠していた小型ナイフを取り出す。刃物を見て初めて男は驚愕の表情を浮かべコンソールの前に立った。後ろから男の首を力強く握りナイフを右目の目の前に突き刺せる形でぴたりと止める。


「変な事したなって思った瞬間1センチ近づくからな」


 耳元で声を低くしてそういえば男はギリっと歯を食いしばってあっさりと扉のロックを外す。単純に殺すだなんだと言うよりもこの後どうなるかをわかりやすく示した方が人間素直になるとは思ったが、ここまであっさり応じるとは思わなかった。偉そうな態度だが強いというわけではないようだ。簡単な操作でドアを開けるが、ナイフが本当に眼球にくっつきそうな位置まで近づいた。


「開けただろう!」

「誰がそこのドアだけ開けろっつった。この施設のドア全部だアホ」


 どうせこの先のドアもすべて閉まっているに決まっている。外に出たらロックがかかり廊下に閉じ込められるのは目に見えている。ギリ、と歯ぎしりをする音が聞こえたので図星だったようだ。

ドアすべてロックを外すとナイフをしまい、ほっと安心した男を後ろに突き飛ばすと近くにあったスタンドライトでコンソールを殴りつけた。


「おい!」


 男の叫びを無視して徹底的にコンソールを破壊する。その姿が異様なのか男はただ茫然とするだけだ。ここで開けたとしても先ほどと同じで先に進んでいるうちにロックをかけられたら終わりだ。ドアが開いた状態で破壊しておく必要がある。


「俺のパートナーを壊したんだからこれであいこな」


 敵意のある笑顔でそう言うとスタンドを床に叩きつける。すでに折れ曲がって壊れているスタンドは勢いで真っ二つに折れ壁に飛んでバウンドした。その様子にびくりと大きく体を震わせた男は動くことができない。

 シーナは無事にサブボディに移されたはずだ。このボディが壊れても支障はないが、やはり物心ついた時から接して触れてきた物が破壊されるのは思うところがある。あの男を殴ってもよかったが、はっきり言ってそんなことをしている場合ではないしそれに値しない男だな、というのは正直なところだ。一言でいってしまえば、三流でちっぽけな奴だと思う。そんなのを殴ったところですっきりするかどうかだけの話で、すっきりするはずもない。弱いものをいたぶっても楽しくないし嬉しくない。ついでに殴る方の手も痛いのでいいことがない。

 

 部屋を飛び出そうとしたが目の前に黒い影が飛び込んできて咄嗟に横に避けた。飛び込んできたのは人だ、穹より背が高く体格がいいようだ。避けたがすぐに追撃が来る。相手はどうやら荒事に慣れているようだ。床に落ちている廃材のようなものを蹴り上げて相手にぶつけてみるが腕で軽く払いもう一歩踏み出してくる。


(マジかよ、咄嗟にこれだけ反応できるのか)


 内心焦る。まだ体調が万全ではないので上手く立ち回る自信がない。大きく距離を取り先ほど寝ていた診察台のようなものを飛び越えてさらにそれを蹴りつけた。さすがにそれだけのサイズの物ははねのけることができずかわしてやり過ごしたようだ。

 非常用の明かりで薄暗いが、ようやく相手の動きが止まってその姿を見て驚いた。相手もあれ? というように穹を見る。


「なんだ、意外なところで会うな」


 相手はジンだった。驚いてはいるが動揺はしておらず、どういうことだと説明を求めても来ない。

つまり、ジンは関係者なのだ。どこの関係者か、など考えるだけ無意味だ。良い関係になり得る立場でないのだけは確かなのだから。

続けて扉からもう一人入ってくる。その男にも見覚えがあった。


「ずいぶんとまあ、予想以上の展開になってるねコレ」


呆れたように言うのは常磐だ。こちらについては意外ではない、予想していたことだ。


「おい、手伝えっつーから来てみればどういうことだこれ。こいつ俺の知り合いなんだけど」

「へえ、そうなんだ。お前他の仕事の話全然しないから知らなかった。世間は狭いな、この間彼に仕事の話もちかけたばかりだ」


どうやら二人はもともと知り合いらしく軽口を叩きあえる関係のようだ。そういえばジンはいくつか仕事を掛け持ちしていたと言っていたことがある。おそらく“こちら”が本業なのだろう。


「遅い」


気を取り直したらしい男が険しい表情で二人を睨みつける。穹が気を失う前にきいた複数の足音、もう一人は常磐だったのだろう。


「また派手にやられたなオッサン。運動不足がたたったんじゃないのか、痩せろよ」


ジンがケラケラ笑いながら言うと男は大きく舌打ちをして常磐の方だけを見て穹を顎でしゃくる。


「早くそれを拘束しろ」

「いやあ、僕は喧嘩の方はちょっと。だからジンを連れてきたんですけど」


 男と違って穏やかな雰囲気でそう言うと改めて穹へと向き合う。その様子は先日会った時と何ら変わらない、こんな状況だというのに。穹が何故こんなところに連れてこられたのかわかっているだろうに態度を変える様子はない。


「久しぶり、ってほどでもないか。割と早い再会だったね。軽い脳性麻痺状態だから麻酔や弛緩剤は必要ないとか言って何も対処しないからこんなに復活早かったのかな」


 暗に男を責めているのだと分かる内容にジンがふっと小さく笑い男は苛ついた様子で睨みつけている。さきほどの言動から男の方が立場は上なのかもしれないが、あくまで形式だけの立場で尊敬はされていないようだ。ジンの態度からもそれは伺える。


「まだ体がそこまで自由じゃなさそうだね、右に重心が寄ってる。利き腕利き足に頼ってるんじゃまだ少ししびれるのかな?」


 なんともやりづらい相手だ。喧嘩はちょっと、と言っていたがおそらくそれなりに強いのかもしれない。重心を見られたという事は姿勢や構えを見られたという事だ。普通の人はそこまで見ていない。


「話見えねえんだけど」


ジンが退屈そうにぽつりと言うと、常磐は一言。


「彼はユニゾンだよ」


 その言葉に音もなくジンが動いた。いきなり距離を詰めるとは思っていなかったので反応が遅れる。診察台を飛び越えてくるのが速すぎて反撃ができない。わずかに体をずらし避けるのは精いっぱいだった。着地したジンはそのまま体を半回転させて勢いよく裏拳を放ってくる。目の前に迫る拳に咄嗟にできたことは下からジンの腕を殴りつけて顔への直撃を回避する事くらいだった。しゃがんだりさらに避けるとバランスが崩れ間違いなく次の一撃が来てしまう。

 この動きからもジンは単に喧嘩慣れしているというだけでなく格闘技をやっているのだと分かる。少ない動きで渾身の一撃を放ち、相手の動きも計算に入れているようで反撃の隙を与えない。


 腕を弾かれたもののさらに回転の力を利用してもう一撃、今度は回し蹴りだ。ダメージを与えるために腹に来るかと思ったが意外にも蹴りの位置は低い。足払いだ。しまった、足が痺れているから足か、と思った時はもう遅い。

 避けようとしたがわずかな痺れから足が少しだけもつれる。その瞬間をジンが見逃すはずもなく床に叩きつけられていた。どうやらバランスを崩したと同時にさらにもう一撃足を払われたようだ。受け身を取ろうとしたが胸ぐらをつかまれ背中から床に叩きつけられて息が詰まる。すぐにうつぶせにされて背中に乗られると腕をひねり上げて抑え込まれた。


「足の長さの勝利だな」


いつもの軽い様子で敵意なくそんなことを言ってくる。思わず穹も苦笑だ、痛みで息が詰まっていなければこちらも軽口を叩くところだが今腕と背中が激痛でそれどころではなかった。この状態から体勢を立て直すのは不可能だ。

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