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『まさか私がクォーツだったなんて、ってね? まあそういうこともあるある。お願いがあるんだけどなあ』
「どうせ断らせる気ないだろ」
『断ってもいいよ、困るのは君だから。あのね。今から言う場所にちょっと来てほしい』
「行かないとどうなる」
『30分後くらいにはアンリーシュ関係者に捕まるかもね?』
くすっと笑ってそういうとある建物の名前とその地下4階に来いという物だった。それだけ言うとアプリが終了する。無駄と思いつつも履歴を見たが案の定きれいに消えていた。
今の会話はチョーカーを通じてシーナにも聞こえている。チョーカーとシーナは同期しているからだ。
【穹、行くのですか】
「行くしかないだろうなあ。たぶんGPSも使われてるから俺の位置はバレバレだ。シーナがハッキングされなかったのが不幸中の幸いか。つーか俺も結構ダメダメだな」
はあ、とため息をついてから指定された場所を検索するとそれほど遠くない。遠くないが、雑居ビルがひしめくあまり治安が良くない場所だ。
【この状況では仕方ありません。あまりにもこちらに必要な情報が少なすぎるのですから。私も予測が立ちませんでした。しかしこれは本当に偶然なのでしょうか?たまたま戦った相手がたまたま立ち寄った店の店員であったなど】
「確率で計算しちまうと奇跡に近い数値になる。ないな、たぶん。アレに目つけられたのが戦った時って考えるべきだ。その後超特急で準備すれば俺の個人情報を特定して、俺と連絡取ってた奴になりすまして店に誘導して直接会うこともできる。会っちまえばまたシーナのシリアル番号とか、物買えば俺のクレジット情報とか盗めるからな。要するにだいぶ前から監視されてたんだ。さて、こいつが一体どこの誰かによって対応変わるけど……どうかね」
どこまで知っていて何をしたいのか。思いつく可能性はいくつもあるがどれも決定打に欠ける。ただアンリーシュに捕まる云々の件を考えるに、アンリーシュと深く関わってはいるがあちらの人間ではなさそうだ。まさか穹がユニゾンだとわかっているとは思わないが、こうしてワンクッション挟んで何かさせようとしてきているのなら組織ではなく個人で何か考えがあるのだろう。
穹が蝶を避けたところを見られたのなら近くにいたか、監視カメラをハッキングして見ていたか。しかし監視カメラに蝶が移り、それが体質変異者だけに見えることができるのかわからないので直接見ていた可能性が高い。すぐ近くにいたのだ。この人ごみの中見るなら建物の2階あたりか。
指定された建物を調べれば歩いて10分ほどの場所だ。ふと見上げればショッピングモールからビルまで遊歩道が直結しているのでショッピングモールのどこかにいたのだろう。
端末はもう買い替えなければだめだ、クォーツに完全に掌握されている。おそらく端末に入っている情報はすべて盗られている。ここで何かをしようものならすべて把握されてしまう。
スロープを上ってビルに入るとメールが来た。指定した場所のエレベーターを使えという物でご丁寧に地図まで添付されている。
【運搬用のエレベーターですね、一般の人は使わない物です】
「人様に見られたくない場所ってことだな。このビルの関係者なんだろう」
スタッフしか通れない扉は開いており、穹が通ると同時にロックがかかる。完全にこのビルのシステムを操っているようだ。関係者というよりも、もしかしたら穹と同じようにセキュリティに関する仕事をしているのかもしれない。
地下4階に着くとそこは荷物の受け入れ保管庫のようで様々なコンテナが置いてあった。人の姿はなく自動化されたラインが動きアーム型ロボットが荷物を仕分けている。
メールで次はどこを通れ、右に曲がれなど指示が来てどこかに誘導されていった。地下4階は電波が通じていないので電話は来ない。このメールもリアルタイムで来ているのではなく時間が来るとメールが開くアプリが使われているようだ。到着時間、歩くペース、すべて計算に入れての所業だ。まるで今リアルに届いているのではないかと思わせるタイミングの良さに徐々に穹の目つきが鋭くなる。
ずっと荷物の保管場所のようなところだったが、進んでいくと荷物が減りやけに埃っぽいところへと来る。使われている様子がないので普段は人もロボットも来ないのだろう。ガラクタやよくわからない物が放置されていた。扉がいくつもあり、その中の一つの扉が指定される。穹が前に立つとガチャンと音を立てたのでロックが外れた。
扉を開けるとそこは真っ暗な部屋だった。扉が閉まると再びロックのかかる音がする。薄暗かった廊下と違い部屋の中は本当に暗く何も見えない。
【人の姿はありません。それから扉が閉まった瞬間からオンラインが使えません。特殊な環境のようです】
暗視モードとなったシーナからそう伝えら、シーナについているライトで辺りを照らすと大型の機材で溢れていた。それらは見覚えがある。ゲームセンターでも使われているハードディスク、音響装置、照射用ディスプレイなど体感型ゲームをやるために必要な機材一式だ。奥には山積みになった段ボールがあり隙間から見えるのはおそらくネットショップで売られている商品だろう。この場所があの店の本店ということだ。
「ん?」
【どうしました】
「いや、いい」
一瞬何か光ったよう見えたが今は気にしている暇がないのでひとまず周囲を見渡す。
「いらっしゃいませー」
声がした方を見るとそこにいたのは店の制服を着たクォーツだった。相変わらず透けた部分には様々な映像が流れており、今は熱帯魚の群れが泳ぎ回っている映像だ。
奥の方にコンソールだろうか、いくつもの機材に囲まれ椅子に座りながらパソコン3台を起動させており両手で別々のパネル操作を行っている。右手はキーボード、左手はタッチパネルだがどちらも恐ろしいほどの速さで操作している。
「ちょっと待ってねー。今この注文受付で最後……っと、終わった。よし」
操作を終えて改めて彼女は穹を見る。その表情は店で見た時と全く変わりない接客モードの顔だ。来るときは険しい顔をしていた穹も今は普通の表情に戻っている。
「さて、腹の探り合いは時間の無駄だから本題からいこうか」
「同感」
「プロトコル、持ってる?」
「意味わからん。何のプロトコルだって?」
唐突な質問に眉を寄せ、正直な感想を漏らす。様々な意味合いで使われるが、お互いの立場を考えればIT用語のプロトコルで合っているはずだ。それなら通信プロトコルのことだろうか。そうだとしても穹には何のかかわりもない話だ。ハッカーの間でそれらが重要なわけでも、まして取引や盗みでやり取りされるものではない。クォーツは穹の反応をじっくり観察していたようだが、ふうん、とつぶやき頬杖をついた。
「知らないのは演技じゃなさそうだけど、おかしいな。それじゃあどうやって……まあいいか」
何やらわからないことをぶつぶつ言うと、何やらパネルの操作をする。するとシーナから激しいアラーム音が鳴った。ハッキングを受けている時の警告音だ。
「シーナ、ルート3!」
あらかじめ組んでおいた対抗プログラムの起動を指示するとクォーツの方から「ありゃ」という声が漏れる。クォーツからハッキングを受けたが何とかしのいだようだ。やはり穹の情報を知るためにパートナーであるシーナを狙ってきた。しかしこういう時のためにボディ以外にもシーナが狙われた時用に準備はしてきたのだ。それが功を奏した形となる。
「っぶねー。いきなり来るなよ」
「いきなり来るからハッキングなんでしょ」
「うるせえぞ一人水族館。鮫泳がせてんじゃねーよ物騒だから」
丁度クォーツの服にホオジロザメが泳いでいる。あまり可愛いとは言えないその映像に突っ込みを入れると、クォーツはにやりと嗤った。その笑顔に嫌な予感がしたが、頭の中で人工知能としての考えが「もう遅い」という判断をくだしている。
【穹、それはVRです!】
シーナの叫びが響いた瞬間、目の前に巨大な蝶が現れた。縦の長さは2メートルを超えているだろう、羽を広げたその大きさは穹が両手を伸ばしても蝶の方が大きさは勝るだろうという巨大さだった。しかし身構えたおかげで咄嗟の行動ができた。シーナの尻尾を掴み力づくで引き寄せて抱きかかえるとあまり逃げ場がないと自覚しながらも蝶から距離を取る。
シーナが先ほど叫んだ言葉と嗤ったクォーツから導き出される答えは一つ。クォーツの姿が見えていたのは穹だけだという事だ。シーナは言っていたではないか、「人の姿はありません」と。穹が鮫の話をするまでは相手が見えていなくても通じる内容だったからシーナも穹との視界の差に気づいていなかった。音声だけはチョーカーを同期しているので聞こえていたのだ。しかし周りは音響設備もありシーナのボディに搭載されているスピーカーもそこまで性能が良くない。実際の音声なのか同期による音声なのかシーナの性能では区別がつかなかった。
建物のセキュリティを操りVRを操り自身の姿さえVRだった。つまり、クォーツは。彼女の正体は、アンリーシュ関係者などではない。
蝶からは逃げたがドアはロックがかかっているので逃げ場はない。咄嗟にかわしたものの次をどうするかを考えつつ再び動き始めた蝶を避けて蝶の後ろ側、部屋の奥へと態勢を低くしたまま突っ込む。
しかし、蝶をかわして目の前に見えたのは先ほどよりももっと狂気的な笑みを浮かべたクォーツだった。
映像だ。映像だが、クォーツは目の前に迫っている。まるで殴り掛かるかのように右手を勢いよく振りかざしてくる。蝶を避けるために低い体勢で勢いよく突っ込んだので避けられない。
―――蝶だけとは限らないのか、向こうに繋がる道は―――
クォーツの繰り出された右手が穹の顔面を掴むようにかざされる。本当に手で覆われたように目の前が真っ暗になり意識が別の場所へと移った。
目を開くと覚えのある薄暗い空間。そして今までは気づかなかったが今ははっきりわかる、空間の特徴。夜達の作り出すエリアの違いを区別できるようになったのでこちらも区別ができるようになったのだ。
いつもと違うのは、すでに目の前にはっきりと人の姿をしたままのクォーツがいてシーナがどこにもいないということだ。
「シーナは」
「ちょっとここに来るのは遠慮してもらった。部屋で転がってるお前を必死に起こそうとしてるよ。オフラインになってるから何もできないだろうけど」
シーナから誰かに助けを求めることはできないし、あのボディでできることは少ない。機材は今クォーツの支配下にあるのでシーナが機材と同期しても弾かれてしまうだろう。むしろ繋いだらそのままハッキングを受けて壊される可能性もあるし、シーナはその可能性を理解している。
「体質変異者じゃなかった。やっぱりユニゾンだ」
おかしそうに嗤うその顔は店員として初めて会った時の面影はない。人間の穹だったら反吐が出る、という感想を抱いているところだが今の穹はそんな感想を抱かない。
正直クォーツの正体が人工知能ではないかという考えも一応頭には入れていたが、どちらかと言うとゲームをやりこんだ体質変異者であるという推測の方が表立っていた。人工知能なら沙綾型のバトルにわざわざ行かないだろうし、アンリーシュから遠ざかりたいと思うはずなのでゲームそのものをやめているはずだ。穹の事をアンリーシュに教えるという内容からもアンリーシュとの接触は避けたいはずだから人工知能ではないのではと思ったのも大きい。まさかそれがただの脅し文句だったとは。人工知能に脅しという器用な真似ができるとは思わなかった。
「で、ここでもう一回聞くけどプロトコルは?」
「……」
もう一度同じことを問われたが何度聞かれても同じだ。穹には何のことを言っているのかわからない。ただしクォーツが人工知能だったとなると話は別だ。プロトコルはIT用語ではなくグロードの時の何かを指している。どのみちわからないことなのだが、知らないのではなく覚えていないだけだ。穹の記憶と記録が戻ればわかる内容だとすれば記憶を戻そうとしてくるかもしれない。
「まあそれはこれからわかるからいいか。じゃ、その体使わせてもらうね」
「やっぱりそれか」
「当然でしょ。人間の体なんて不便な事だらけ。でもユニゾンなら最初からこういう設計されてるんだから調整しやすいし、その新しい肉体もちゃんと適応できてるじゃない。そんな使い勝手のいい体があるならそっちがいいよ、あいつらの動向もわかるし」
つまりこの人工知能もいまだアンリーシュからは逃げているということだ。しかし、今までの人工知能と明らかに違う。沙綾型たちと違ってバトルを仕掛けてこない。穹も考えていたことだがいちいちバトルで肉体を手に入れようとせず、強制的に意識を奪い優位になったところで体内チップのハッキングにかかろうとしているのだ。人工知能とユニゾンではそういったプログラムやシステムの性能は人工知能の方が格上だ。いくら穹があがいたところでハッキングは防げない。
バトルをしかけるのはそうプログラムされているから。それをやってこないのはそのプログラムから外れているという事だ。つまり、あのクラッシュで本当の自由を手に入れた者。
最初にクラッシュを企てた者。
すべての元凶。
穹を裏切った、皆をだましていた、仲間を消滅に追いやった。
そんな奴に。
「!? 何で!!」
クォーツが驚愕の声をあげると同時に、あたりに声が響く。
【穹!】
「ここだ、シーナ」
両手を広げ、そこにシーナが降り立つイメージを作る。すると何もない場所から黒と深緑が織り交ざったデザインのゴスロリドレスを来たシーナがふわりと姿を現す。衣装を変えて登場したシーナを見て穹は満足そうに口元に笑みを浮かべた。
「どうしてそいつが来れる」
「自分で考えろ」
わずかに動揺したらしい人工知能に冷たく言い放つとシーナのスキル変更を実施した。向こうはバトルではなく直接穹の情報を取り穹を潰すことを考えていたようだがそうはさせない。
シーナが来られた理由は単純だ。シーナにハッキングプログラムを仕込んでおいたのだ。シーナは人工知能なのでハッキングを自ら行うことはできない。法令で規制がかかっているのですべての人工知能は自ら高度なハッキングができない設計になっているのだ。だからそれができるようにプログラムを仕組んでおいて、違法だがシーナの大元の設定を変えておいた。ハッキングさせた対象は穹の体内チップだ。
もともと同期して繋がっているのでオンラインでなくてもつながることができるしセキュリティが発動されることなく実行できる。言うなれば誰か他の者に家の鍵をかけられたので、自ら鍵を作り変えて家に入るようなもの。ユニゾンに招かれるとシーナが弾かれてしまうので仕込んでおいた対策だ。宵もシーナとのつながりを強くしておけと言っていた。それは穹が人としての意識を持ち続けるために言われたことだが、こういう意味合いもあったのだと今はわかる。




