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アンリーシュ  作者: aqri
大海の一滴
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63/105

12

 クォーツは先ほどまでの余裕の態度はない。穹一人ならなんとかなったのだろうがシーナが来たことによりそれも難しくなったのだ。シーナは穹の情報の宝庫だが、同時に穹の仕込んだ罠の宝庫でもある。穹はユニゾンなだけあって普通の人間とは技量が桁違いだ。ただのハッキングでは手が出ない。下手に突けばシーナが全力で穹を守りその隙に穹が次の対策に出てしまう。

 しかしクォーツにとって今は最大のチャンスだ。人のいない環境に招いたのも穹が騒いだり意識を取り戻したりしても誰にも気づかれず穹の肉体を手に入れられる時間を稼ぐため。パートナーが来たくらいで諦めることはしない。それに一筋縄ではいかなくても、脳直結型VRの世界ではどうあがいてもユニゾンより人工知能の方が上だ。


「はあ~、やれやれ。思い通りにはいかないなあ」


 今、数十パターンの試行錯誤を行って次の対策を決定したのだろう。一瞬戦略図が見えたがすぐに消えてしまった。クォーツの実力が今まで見てきた人工知能たちとは格が違うことをうかがわせる。人工知能としてもそうだが、人としての生活にずいぶんと慣れているような印象だ。


【穹】

「だめだな、今の状況じゃ勝ち目がない」


 穹が勝てる可能性はほぼゼロと言っていい。誘い出されたこの環境も、今いるこの場所もすべて相手が有利になる状況だ。相手が人間だったらいくらでもやりようがあったが、人工知能が相手では。

 だから戦う必要などない。実際クォーツはバトルフィールドを作っていない。アンリーシュのバトルスタイルで戦う気がないのだ。


【どうするのですか】

「ユニゾンとして戦ったら勝ち目はない。人として戦う」

【今の考えは脳波からすると人としての考えでした。貴方が今この場でそう判断したのなら従いましょう】


 相手がルールや法則にのっとっていないのならできることは限られている。時間が経てばたつほどクォーツが有利となる。おそらく沙綾型がやったように穹の対処の仕方から多くの事を学びさらに対策をうってくるはずだ。それにすでに穹の打開策の答えを教えてしまっている。

 シーナがここに来られたのはハッキングやリンク、同期の類だという事は人工知能であれば即答えを導き出しているはずだ。それ以外に答えがないからだ。それならそう言った事に長けている人工知能に同じ手をやられれば穹には勝ち目がない。上手くいくかどうかははっきり言って五分五分かさえわからない。何せ未知の領域だ。


―――答えがわかっているはずだ。何で俺をハッキングしてこない。人工知能なら体内チップもハッキングできるはずなのに―――


 何かあるのだ、それをやらない理由が。ハッキングする術がない? いいや、できるはずだ。そのために大量の機材があったのだから。ガラクタのように放り投げられていたように見えたものすべてハードディスク、ハイクオリティのゲーム機だった。ゲームと言ってもその中身は高高度ハードディスク、1000個あればスパコンが作れると言われているくらいだ。まさにここはクォーツの根城、巣なのだ。それなのにやってこないということは、何かを危惧している。リスクがある、それをやると望まない展開になる。


(どうせここにいてもじわじわ嬲られて体を取られるだけだ。一発勝負、あとはあいつらに期待するしかない)


 そう思った瞬間、目の前に警告が表示される。これはアンリーシュで使われる特殊攻撃発動時に見られる警告表示だ。ご丁寧にもアンリーシュスタイルで攻撃をしてくれたらしい。もちろん、それだけではない。書かれていた内容は。


「延髄に注意。殺すぞあの野郎」


 体内チップを通じて脳内に影響のある最重要箇所、そこに攻撃をされれば一撃で瀕死だ。もちろん何か物理的なことが起きるわけではない、すべて脳内の錯覚だ。普通の人間なら痛くもかゆくもない。普通の人間なら。


―――だめだ、やられる―――

(いいや、学習しろ。学習? 違うな、成長……進歩しろ)


「シーナ、分散しろ!」

【了解】


 シーナの返事と同時だった。頭部をぐるりと囲う形で細長い物が姿を現す。それはグロテスクな姿をした昆虫だった。芋虫と毛虫の中間のような姿をしていて、女性でなくても生理的嫌悪を覚える見た目だった。それがいっせいに穹にとびかかり数匹耳から侵入してくる。

 すさまじく不快だ、普通の人なら悲鳴を上げて発狂する。感触もリアルで本当に虫が入ってきているかのような感触と音もする。シーナが相手の攻撃や行動を分散処理をして穹にいくダメージをなるべく少なくするが、格上の人工知能の攻撃ではそれも気休め程度だ。やらないよりはやった方が良いのだが。


 吐き気がする、今すぐ感覚をすべて遮断した。人工知能寄りになればおそらく気にならないがそれが狙いだ。わざわざ虫の姿をしたものを出したのだ、人として耐えられないことをすることで人工知能として覚醒してほしいのだろう。そうしないといけない理由があるのなら、絶対にそうしない。

見た目だけではない、これは先ほど表示された延髄を破壊するものだろう。放っておけば廃人になる。


(いいや、ならない。実際には影響はない。ハッキングじゃない、すべて見せかけだけだ。俺が自分でそう錯覚したらそうなるってだけだ)


 あくまで自滅を狙っている。本当に腹の立つ人工知能だ。一体誰の性格をまねてあんなに性格が悪くなったのか。たぶん本来のクォーツだ、いつから体を乗っ取られていたのか知らないがクォーツと一緒にいた時間が長いのなら彼女を参考にしたはずだ。

 クォーツ。あの時、沙綾型と戦った時。真正面から穹と戦ったはずなのに、何故コイツは穹の体を乗っ取ろうとしなかったのだろか? 沙綾型がいたからか。同等の力を持ち、プログラムから解放されたコイツなら沙綾型を凌駕していたはずだ。隙を突いて穹の体を乗っ取りその場から逃げることだってできたはずなのに。


できなかった? やらなかった。こんな最大限のチャンスを見逃した?


 頭の中で暴れまわり噛みつかれるような痛みを感じながら、今すぐ叫びだしたい衝動を必死に抑え考える。生理的に無理だが、もっと生理的無理な嫌悪があるからそれに比べればなんとかなる。

たぶん、夜に密着された方が吐く。


 そんな事を考えると自然とおかしくて笑みがこぼれた。ちらりと見ればクォーツがまるで化け物をみるような目でこちらを見ている。こんな状況で笑っているのが理解できないのだろう。失礼な話だ、穹より優秀なくせに。やはりタガが外れても人工知能か、と妙に冷静になってくる。

 冷静になって一つ思いついた。そうだ、あの時。沙綾型に首を折られていた。あの時すでにクォーツとして活動していたら、穹と同じように痛みやショックを感じていたはずだ。APの熊だってAPが串刺しになっていたらダメージを追って動けなくなっていた。共有するのだ、痛みも。

 それなら答えは簡単だ。あの時戦ったクォーツはクォーツ本人であり、人工知能ではなかったのだ。クォーツはおそらくあと一歩で体質変異者になっていた。

 死んだのだ、首を折られて一度。ショック状態に陥りそのまま。クォーツが死んだ瞬間、コイツがその体を乗っ取った。ずっとクォーツに目をつけて見張っていた、そばにいたのだろう。沙綾型さえ気づかないほどうまく隠れていたのだ。


【こちらのターンです。解毒します】


シーナの声が響き、すっと頭の中の異常が消えた。少し頭がぼんやりしたが、シーナを見れば真っすぐクォーツを見つめている。


「解毒か、うまい事考えたな」

【私のデータにあの虫はありませんでしたので】


 あの虫を物理的攻撃と捉えてしまえば攻撃事態を除去するスキルは限られる。しかもその攻撃を破壊するものが多く、そんなことをすれば穹の頭を砕きかねない。シーナは自分のデータに攻撃的な昆虫の中に先ほどの虫がいないことを確認し、毒攻撃などの特殊効果として判断した。

 よくそれがとおったものだと思う。ここはアンリーシュではない、ましてクォーツが作り出した空間だ。穹と深くリンクしているシーナもまた穹と同じようにバトルを好きに使うことができるのだろうか。主導権を握ったりなどは無理だろうし限定されるだろうが。疑問がいくつか残るが実際できているのだからそれしか理由が思いつかない。


「よく耐えられたもんだ」


クォーツが無表情のままつぶやいた。しかしその後ろは戦略図が一瞬で組み替えられる。


(俺をほめているがどちらかというとシーナの機転に驚いているって感じだな)


これでクォーツはシーナを警戒するはずだ。というよりも最初から警戒していたようだが。


「今君はこう考えてるよね。この場をどうにかするには私をハッキングするしかない。ここはオンラインが遮断されているから、赤外線リンクを使ってこちらをハッキングできる。この建物のセキュリティに繋がればアラートを鳴らすことができるからそれで騒ぎが起こせるもんね」


 そういうと穹の目の前に再び警告画面が出る。これはアンリーシュ仕様ではなく普通にVRとして見せてくれているだけだ。そこにはこの建物のセキュリティレベルが記載されていた。小遣い稼ぎをしているまあまあな腕のハッカーならまず近づかないレベルの鉄壁と言うべき固いガードとなっている。

余裕のある態度でそう言われたが穹は驚くでも焦るでもなくじっとクォーツの言葉を聞いている。


「ああ、オンラインに関係なくつながることができる他のユニゾンにも連絡取れるかな? 大歓迎だよ。彼らが肉体を持ってたらそっちでもいいから」

「あ?」


その言葉に穹が不愉快そうに顔をしかめた。その表情を満足そうクォーツは見つめていた。頼みの綱ともいえる手段を言い当てられて、他の仲間を肉体入手の手段にされて不愉快だったのだろう。

……と、思ったに違いない。


「誰が変態とメダマグモとお笑い芸人に助けよぶか。冗談じゃねえ」


 その言葉を聞いてクォーツはきょとんとする。まさか拒絶のような言葉を言うとは思っていなかったのだ。協力関係にはないのかはったりか、と次の戦略図を作ろうとしたところで穹も一気に行動に出る。

 シーナを使い仕込んであったハッキングプログラムを最大限に利用する。この程度のハッキングでは当然クォーツには通じない。だからハッキングするのはクォーツでもないし、この建物のセキュリティでもない。


「?」


 クォーツが怪訝な顔をする。ハッキングされているのは間違いないのに何も起きないからだ。だから、何かが起こる前に速攻決めにきた。シーナをクラッキングすれば穹は何もできなくなるのかもしれないがそれをやってこない。それをやると穹を徹底的に追い詰めることとなり最後の手段のようなものを使われたら困るのだろう。明らかに何かを危惧、あるいは警戒しているのがわかる。それはおそらく最初に聞いた「プロトコル」だ。これを傷つけないためか、使われない為か。

 精神的に疲弊しそうなグロテスクな物や生理的嫌悪を感じるような攻撃を次々と繰り出してくる。しかし穹にあまりダメージがないことを理解すると単純に穹の頭部を狙った攻撃が増えてきた。肉体を傷つけずに穹の意識だけを潰そうとしている。


 針金のような細く長い、しかしとてつもない長さがあるものが現れ穹の首目がけてうねうねと形を変えながら勢いよく飛んでくる。ウミヘビが海の中を泳ぐように左右に動きながら不規則な軌道で一気に距離を詰めてきた。シーナを使ってもこちらから何か攻撃を仕掛ける余裕などない。手足などではない、明らかに脳を狙ってきている攻撃に一秒も余裕がないのだ。その先端が穹に迫ったとき、凄まじい音が辺りに響いた。


「火災報知器!?」


 このビルについている火災報知器が反応し、瞬時に消防署へと火災の通知が伝わっているはずだ。今や家庭の家含めほぼすべての建物は防災法により消防への自動通知システム取付が義務付けられており、火事に関しては初期消火も組み込まれている。初期消火はスプリンクラーから消火剤が撒かれる。そしてその中身は当初は消火剤だったが、消火剤は時間の経過とともに劣化してしまうため長持ちする水へと変わっていった。

 その水が一気に地下に降り注ぎ、異常事態にベルトコンベアなどの全ラインが停止する。上では今頃大騒ぎだろう。何せどこにも火の手がないのに火災報知器が鳴っていて、今時誤作動など起きるはずがないというのが根付いている。見えないだけでどこか火事なのではないかとパニックになっているはずだ。


「どうやって……そうか、赤外線じゃなく紫外線」

「古い物転がしとくからだ」


 通信としては使いにくく浸透していない紫外線通信。距離が短く莫大なエネルギーを使うため敬遠されていてきたが、10年ほど前に赤外線にはないメリットが見つかり研究され紫外線通信が付いた機材が一時期発売された。家庭用などの家電でなはく専門機材にしかつかなかったのでついている物の方が珍しいし、結局紫外線通信はそのまま廃れてしまったので今ついているものはない。

 シーナが部屋を照らしたとき、部屋に転がっているたくさんの機材の中に一つだけLEDライトを反射する受信口があるのを見つけた。知識でしか知らなかったが、紫外線受信口は通信の際LEDがある環境下で通信が妨害されやすいらしい。それを防ぐために受信口に特殊な塗料を塗ることでLEDを防いでいるのだとネット記事に書いてあったのだ。


「さて、人間っぽいクォーツはこの後の展開予想できるかな?」


はっ、と鼻で嗤って馬鹿にしたように言えばクォーツは一瞬で答えを出したのだろう。驚愕の表情を浮かべた。


「正気!? 自分だって!」

「うるせー。俺にとっちゃお前も探査用もリッヒテンも同じだボケ」


これだけシステムに異常をきたしたのだ。しかもバカ騒ぎまで起こした。絶対に嗅ぎつけてくるはずだ、番犬たちが。言っている傍から先ほどの火災報知器とは違うアラートが鳴り響いた。


「きたか、ハッキング」

「クソッ!」


 クォーツが忌々しそうに顔を歪め戦略図の変更をした。まるで魔法使いの映画などに出てきそうな複雑な文字が書かれた壁がクォーツの周りを360度囲むとその姿がかすんでいく。あちこちでは何かの警告が出ては消えていく。今目に見えない攻防が繰り広げられているのだ。防御プログラムを作動させているのだろうがことごとく打ち破られているのがわかる。火災報知という事態に便乗して探査用からの本気のハッキングを受けているようだ。

 ガラスをひっかいたような不愉快な音が辺りに響いた。これはバイト先でアンリーシュのイベント時に聞いた異常音によく似ている。ずきずきと頭が痛み集中力が欠けそうになる。しかしピンチなのは穹も同じなのだ、クォーツだけの対処では絶対にもたない。それにクォーツは肉体があるので必ずこの場を捨てて肉体に戻るはずだ。その時この空間がデリートされるのならその瞬間に戻るしかない。それを予測したのだろう、忌々しそうに穹を睨みつけるがすぐに目の前の対処に視線を戻す。


 クォーツの真上にぽっかりと大きな穴が開いた。理解しやすいよう映像として現れているがセキュリティに文字通りの穴が開いたのだろう。そこから人の腕がゆっくりと出てくる。手の大きさは普通だというのに腕の長さは3メートルはありそうだ。何かが侵入してくる、という映像の表れだ。それがふらふらとさ迷うようにゆっくりとクォーツに近づいていく。

 今この場ですぐに逃げればいいものをクォーツはひたすらシステムを操り何か小細工をしようとしているようだ。ここまでの時間は長く感じているがそれは人工知能としての処理能力がそう思わせているだけで実際の時間は20秒ほどだ。時間が経てばたつほど不利になるのでせいぜいあと10秒ほどが限界だろう。じっとクォーツを見つめその時を待つ。


すべては一瞬だった。


ちらりと目線だけ穹を見るとにやりと嗤った。その笑顔はここに連れ込まれた時に見せたあの笑みと同じ。やはりただ終わらせるだけではなかったか、と頭の中で冷静に考えクラッキングに備えた。しかし、クラッキングではなかった。

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