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アンリーシュ  作者: aqri
ユニゾン
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41/105

7

 穹がそう言った瞬間シーナの炎攻撃がもう一度発動する。126回分強化された攻撃が、もう一度だ。炎の演出がさらに強まり火災旋風のようになる。沙綾型はもはやなにもしゃべらない。ライフの表示などされていないが、いくつものスキルを使い防いでいるようだがどんどん追いつめられているのだろうという様子がわかる。穹にしか見えないが戦略がぐちゃぐちゃで立てられていない。今沙綾型は何も手がないのだ。

 いや、穹のスキル使用に限りがあることには気づいたようだ。最後の手段なのだろう、先ほどのすべてのスキル使用無効を強引に使おうとしている。しかし防御とカウンターと回復に追われ、穹という存在の未知さに処理と演算が追い付いていない。


「どっちが速いか、になるのか。結局は」


それはひどくつまらない戦略だ。

突然シーナが動いた。その指示は出していないので穹も疑問に思う。


「シーナ?」


 声をかけても聞こえていないかのようにシーナは走り出す。自分で使った炎の中に飛び込み、沙綾型へと迫った。目の前にシーナが迫り、沙綾型は完全にパニックになる。人工知能がパニックというのもおかしなたとえだが、それ以外例えようもない。沙綾型が崩れ糸になり顔になり再び沙綾型になり、戦略を立てようとして1秒間に何度も戦略を廃棄していく。混乱している、持っている情報を駆使しているがどうしようもなくてジタバタともがいているようにしか見えない。

 シーナが突っ込んでくるなど想定できなかったのだ。今のシーナは何をするつもりなのか全く予想がつかない。穹が銃を持ったまま殴り掛かったように、突っ込んでくるようにみせかけて他のスキルを使おうとしているのかという想定をし始める。そうするが、予測が立たずその予測を廃棄していく。そうしているうちにどんどんシーナは目の前に迫り、そして。炎がしばらく竜巻上に燃え上がっていたが静かに消えていった。

 沙綾型はぐちゃぐちゃに絡まったイヤホンのように、無残な姿で床に落ちていた。おそらくライフがゼロになったのだ。思考が止まり動こうとしない。唯一自己回復プログラムが動き始めているようなので修復作業に入っているようだ。ユニゾンがこの空間で傷を負うと肉体もケガをするが人工知能は瀕死のような状態になるらしい。

 しばらくソレを見つめていたが、ガラスとガラスがこすれるような耳につんざく音が響く。沙綾型が作り出したVR空間が歪み別の空間が侵食してきているのがはっきりと見て取れた。気づけばシーナがいない。おそらく弾かれたのだろう。この新たな空間にいられるのはユニゾンだけだ、ユニゾンが作っているのだから。


「夜か」


 姿は見えないが以前引き込まれた空間と同じものを感じる。それは現実世界で言えば空気だとか匂いだとか違いを説明できるところだが、VRはそういった物は一切ないので「雰囲気が違う」としか言いようがない。ぐちゃぐちゃにされた針金アートのように形をなしていない沙綾型がびくびくと痙攣する。空間を侵食されるのはプログラムであるソレにとってはダメージがあるようだ。


―――目的はこいつか―――


 どうしたものか、というのが正直な感想だ。これに襲い掛かられたからやり返したが、これをどうしようとまでは考えていなかった。リッヒテンに追われているし回収されれば次世代型の部品の一つとして利用されるのだろうとは思うが、それは防ぐべきことなのか放っておいていいことなのかわからない。夜がここに来れば確実に沙綾型を分解していくだろう。それも正解なのか間違っているのか不明だ。

 今度は別の方から歪みが発生し、違う空間が割り込んでくる。VR空間が3つ発生し、あたりに嫌な不協和音のような音が鳴り始めた。それはひどく不愉快で、感情などそぎ落としていたような穹に「嫌だ」という感情が生まれる。

 二つの空間から侵される形となっている沙綾型は小刻みに震えながらぎりぎりというおかしな音を発している。まるで歯を食いしばっているかのような音に自然と笑みがこぼれた。人間でもないのに、ひどく人間のようだと思ったからだ。沙綾型にしてみれば嬉しくもなんともない、というよりも屈辱だろう。


「おい、あんまりいじめてやるなよ。こいつ死にかけてんだから」


 新たに発生した空間から大量の糸が飛び出し沙綾型を包み込む。すると夜の空間が広がるのを止めた。先を越されてしまったのだ、宵に。

 宵も姿は見えないがこの感じは宵に引き込まれた時に感じた空間と同じだ。今まで気づかなかったが、一人ひとり空間が別なのだ。そしてそれぞれの空間は特徴があり誰が作った空間なのかわかる。夜の空間は背骨から冷えるような尖っていて冷たい空間だが、宵の空間は何もないはずなのに何かが蠢いているような息が詰まる感覚がある。はっきりしているのは、どちらの空間も居心地は悪い。


「ダメだよ、夜。君はこの子を壊すだろう。渡せない」


どこからか宵の声が聞こえる。糸は沙綾型を包んだまま空間へと引っ張り込んでしまった。


―――まるで蜘蛛だな―――


そう考えるとクスリと嗤う気配がした。夜だろう。もしかしたら夜はこういう考え方が好きなのかもしれない。


「相変わらず胸糞悪いなテメエは」


夜の声に怒りも嫌悪もない、まるでセリフを棒読みするかのように淡々とそう告げる。仲は、良くないようだ。


「まあいいや。それが欲しいならやるよ」


後ろから、首を掴まれる。その手は酷く冷たい。まるで氷のようだ。


「じゃあ俺はこっちな」


耳元で囁かれ真後ろに夜が来ていたことを今知った。


―――あ、死ぬ―――


 そう思ったが最早どうすることもできない。首を折られるのか、食いちぎられるのか。不思議と焦りも諦めもなくどうなるのかな、としか思わなかった。

 壊れたモーター音のような酷い音がして一気に糸が辺りを覆いつくした。いや、覆う瞬間夜は消え穹は解放される。穹一人になると糸は穹を避け、そのままどこか目がけて一直線に飛んでいった。バヂン、と弾けるような音がして糸が消える。宵が夜を追ったが弾かれたのだろう。


 いつの間にか沙綾型が作った空間はなくなり、宵と夜の空間だけになっている。その中間に挟まれる形で立っている穹はただ茫然と突っ立っているだけだ。宵と夜はまだ何か攻防をしているようだが、今穹が気になるのは先ほどから響き続けるこの「音」だ。下手糞なバイオリンのようなコントロールを失ったテルミンのような酷い音。まだ治っていない怪我よりも音の不快さの方が穹を追いつめる。頭が痛い。

直さなければ。この歪な音を。


「あーあ」

「まずい」


二人の動きが止まった。二人の空間に細かい亀裂が入り始め今にも砕けそうだ。この亀裂が入る、砕けそうというのもおそらくはアニメーション効果として脳がそう認識しているだけで、実際は二人の作り出したものに不具合が起きているのだ。


「とりあえずお前はお家に帰んな、邪魔だ」


夜の声がしたと思ったら後ろの襟首をつかまれたらしく思い切り後ろに放り投げられた。何が、と思う間もなくすぐに誰かにキャッチされる形でようやく止まる。


「どうしてそう乱暴かな」


宵だ。相変わらず糸まみれで後ろから抱きしめられる形でキャッチされたので顔を見ることはできない。宵の腕に絡みついている無数の糸がぼんやりと光り始め、急速に意識が遠のいていく。


「シーナを意識して、穹。彼女とのリンクを強制的につなぐ方法を身につけないと、アレは防げないよ」


アレ。何のことだろうと思ったがすぐに理解する。光が眩くなり意識が途切れそうになる中見えたのは、空間のひび割れから無理やり入って来ようとする長い爪の生えた手。


―――リッヒテン?―――


「少し違う。俺たちを探している探査プログラムの一つだ。あれに見つかってもまだなんとかなるけどリッヒテンに見つかったらまずい」


夜も言っていた。リッヒテンに見つかったら終わりだと思えと。沙綾型などの人工知能とはやはり格が違う相手なのだ。


「この子を暁に渡してあげて、俺じゃできないから。頼んだよ、穹」


今にも崩れてしまいそうな沙綾型を穹に手渡し、穹の意識は途切れた。

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