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穹とシーナの周りに大量に刃物が現れた。包丁、ハサミ、カッター、鉈、斧、鎌、ナイフ、剪定鋏、彫刻刀、あらゆる小型の刃物が刃先を二人に向けている。
【殺意高いですね】
「お前に対しては殺すつもりで、俺に対しては手足ブチ抜くつもりで来るだろうからな。俺はさっき庇うを使ったから防御できない」
カウンターはつけている。しかしあの刃物はすべてで一つの攻撃だ。一つ当たればその後の追加攻撃もくるがそれはあくまで一つの攻撃というカウントとなる。1つ当たろうが100個当たろうが、あくまで攻撃を受けた際のダメージは変わらない。
刃物が一斉に穹目がけて飛んできた。穹は避けることなくその場にたたずむ。シーナが穹抱き寄せる形で立ち防御のエフェクトを出すと二人の周囲に巨大なシーナの防御の壁が現れた。刃物は次々と壁に阻まれ穹には届かない。
《やっぱり庇ったね、スキル交換済みだ。そりゃそうか、君は一撃でも当たったら致命傷だもんね。次のターンはそっちの子は防御できないか、どうしようかなあ》
【穹、防御値が】
シーナに言われ防御を見れば勢いよく耐久力が減っていく。このままではこの攻撃を防ぎきれずすべて穹にダメージがいく。
―――形は物でも射撃攻撃か。射撃攻撃にしては威力が高すぎる。防御を無視してるなら耐久値は減らないはずだ。攻撃力増加、貫通……いやだめだ、何をつけてもここまで減らない。スキルの数を多くつけられても同じスキルを2個以上つけるルールは無視できないはずだ。ならこれだけの攻撃力を実現するには、違う種類の攻撃を複数使ってるってことか。刃物全部が独立した攻撃なのか―――
ざっと見ても10種類以上の刃物はある。種類別の攻撃なら少なくとも沙綾型は10種類のスキルを使っており、個別の攻撃なら100以上のスキルを使っていることになる。一つの攻撃を無効化されてもいいように複数の攻撃を同時にしかけている。
それで何か相手がカウンターをしたとして、例えば包丁の攻撃に対してのカウンターが発動しても効果があるのは包丁だけ、他の刃物の攻撃は続けることができる。そこまですればさすがに相手のライフをかなり削れる。この耐久値ではおそらくそれなりの数の刃物が壁を突破してくる。
「ぎりぎりだな、上手くいけばいいけど」
【穹、どうするのですか】
「一発だけ当たってカウンターする」
本来なら壁を突破した時点で刃物はすべて攻撃対象に当たるまでが攻撃判定となる。しかし鉈の件もそうだったが動作コードがだいぶ細分化されているので一発だけ当たった瞬間カウンターを発動させるのは不可能ではない。ただし先ほどの件で沙綾型も学んでいるはずだ。穹が何かおかしなことをしようとすればすぐにコードを変更してくる。沙綾型の情報処理と穹の情報処理どちらが速いかという話になるが、人工知能の方が速いに決まっている。
【穹、攻撃が突破されます。準備を】
「ああ」
どんどん減っていく耐久値を見てカウントダウンをする。防御が壊れ、最初に飛んできた刃物を体で受けたら即カウンター発動だ。今穹が並列して動かさなければいけないスキルコードはない。シーナが使っているスキルは今のところすべて普通に条件を満たしたうえで発動しているものばかりだ。
カウンター効果発動に1秒なんてかけられない。意識を集中する。耐久力がなくなる寸前、穹は沙綾型を見た。
「お前さっき庇うをスキル交換したっつったけど、してねえよ?」
《え? だってその子今防御し―――》
沙綾型が言い終わる前にパキン、と音を立ててシーナの防御壁が消滅した。防げなかった刃物が勢いよく飛んでくる。最初に何が飛んできているかなど確認している暇はない、体を軽くずらす。クォーツの時もモーションとしてはどこに攻撃を受けるかは任意で選べていた、今回も同じ人工知能が用意した舞台ならできるはずだ。右肩の下あたりに何かが刺さり鋭い痛みが走ると同時にカウンター効果を発動した。
―――ダメか、間に合わない―――
効果が発動されると同時に右足二か所と頬にも激痛を感じた。一発で押さえたかったが発動までのコンマ数秒の間にさらに3つ受けてしまったのだ。
―――ここがユニゾンであるが故の弱点。いわばハーフ、中途半端な処理能力しかない。人よりは凄いが人工知能には劣る存在。VRで人工知能には勝てない―――
カウンターの効果が発動される。あとは本来達成しなければならない条件と同等の情報処理をするだけだ。
―――だからこそ、人間である部分の小細工が必要になるんだけどな―――
穹のカウンターは攻撃を受けた時に発動する、相手の攻撃を1ターン無効化するものだ。ざっと見ただけでもまだ刃物は多く、一個当たっただけでは止められないのなら無効化するしかない。本来このカウンターは非常に発動条件が厳しい。この空間だからこそ使える今だけの特権だ。
カウンター効果によってすべての刃物が空中で止まった。あくまで無効になっただけなので消滅するわけではないらしい。次のターン、あれが来ると思うとぞっとしない。どちらにしろ沙綾型も戦いを長引かせたくはないだろう。次のターンが来る前に決着をつける必要がある。
【穹、傷は】
「平気だ。あいつがアホで助かった」
【また手の内を教えたのですか】
理解できない、というニュアンスが伝わりシーナを見る。
「ちなみにお前はアレの立場だったら、俺がああ言ったらどう思う」
【どう、と言われても。自分の考えと違ったのなら何故と思うでしょうが、認識を変えておこうとしか思いません】
「だよなあ。それが普通の人工知能なんだけどな」
―――でもアレは動揺した。自分の考えが間違っていると言われ、自分の戦略がまた俺に否定された。想定外の事が起き続けていることに対処できてない―――
答えを得る選択肢を人よりはるかに多い数持っているはずなのに、この可能性を想定できなかったのだろうか。穹がスキル交換をしておいてシーナを庇い回避したのも、先ほどの防御の事もそうだ。
もともとシーナにはチーム戦で有効な「全体防御」をつけていた。だから先ほどシーナが穹を庇うようにして防御したのは1ターン前に防御を選択していたからであってあの場で庇ったわけではない。庇うスキルは今穹が持ったままとなっている。
何もおかしなことではないのに、沙綾型は穹の庇う行為をルール違反だと思ったりシーナの防御の件は庇うスキルを交換していると思った。スキル交換を想定したのは無理もない、その直線に穹がそう言って実行したのだ。しかし穹達が行った戦略も別に珍しい事ではない、想定していてもいい内容だ。
人工知能は人がデータを入れることで学習し、様々なパターンを吸収していく。その中で絶対的な答えを導き出し実行するのだから、相当な自信をもっての選択だ。それを否定されたり想定した中にない答えが出た時はうまく対処できないのだ。シーナも以前言っていた。自分の中にないデータや情報は回答できないものとして処理すると。ただシーナと沙綾型の違いは、シーナはそうなのか、で終わって沙綾型は理解できないことに対して追加検証をしてしまう事だ。何故、という考えのもともう一度やり直す。先ほど穹が間違いを指摘した時も、戦略をすべて組み立て直していた。
自分が招き入れたプレイヤーたちの戦略を参考にしてこなかったのは理解できなかったからだ、人の曖昧で柔軟でてきとうな戦略が。理解できないものを学習したいとは思わなかった。体が手に入ればそれでよかったのだから。
「普通はより確実に体を手に入れるために戦略を学習するはずが目先の事だけの処理に徹してきた。そういう成長を遂げてきたといえばそれまでだけど、人工知能としては致命的だ。自ら学習することを放棄するなんて存在意義そのものが成立してない」
《うるさいうるさい!! 黙れ!》
「ん、ああ、口に出してたか。気をつけねえと」
とぼけて言って見せたが口に出したのはわざとだ。沙綾型に聞かせたかった、今の考えを。ついでにシーナにもだ。ちらりとシーナを見ればうんうん、とうなずいているので今の穹の考えは共感してくれたらしい。シーナがそう思ったのなら今の考えは間違っていない。また、沙綾型は否定されたのだ。今度は同じ人工知能であるシーナにまで。
攻撃を無効化され刃物は止まったが沙綾型から無数の糸が伸び複雑に組み合わさっていく。何か攻撃がくるということだろう、こちらがカウンターを使っての行為ならカウンタートラップをしかけておいて発動したのだ。
―――それにしても複雑なもの出してきたな。ってことは、俺が最初に壊そうとしたスキルか―――
糸の折り重なり方が4重ほどになっている。今沙綾型が持っているスキルの中で一番容量が大きいのは穹が最初に撃ちぬこうとしたあのスキルだ。さすがにスキル内容まではわからないがあそこまで容量が大きいとなると本来なら相当発動条件が厳しいはずだ。それを今ここで使ってくる。
ブワっと糸がヤシの木のように上に向かって放射状に広がる。そして何度も何度も形を変えて最終的に大きな沙綾型となる。その状態となると穹にも内容が見えた。見えたというより見せているのだろう。どんな手段を用いても絶対に対抗手段がない、最強の効果を持っているからだ。カウンタートラップの効果としては妙なので、カウンターを使われたら任意のスキルを発動できるというトラップ内容だったのだろう。
「全スキルの1ターン停止? そんなのあるのか」
素直に感心していると思ったような反応がなかったのが不満なのか、沙綾型はわざとゆっくり効果発動させているようだった。
―――なんだ、慌ててほしいのか俺に。なるほど、俺で学習したいんだなコイツ―――
穹にもわかるように、どのコードがどの効果に繋がっているのかをじっくりと見せてくれている。そのスキルに付随して他のカウンターもつけているようで、穹がここでカウンターやカウンタートラップを使っても次々と攻撃がきてしまう。今これだけのものが来たら穹に防ぐ術はない。
「シーナ、見ろよあれ。放射状に広げてまるで孔雀の求愛行動みてーだな、キモチワル」
【……】
シーナには見えていない。しかし穹がこう言うというのは何か意味があると考えたようだ。見えていないことを気づかれないように肯定も否定もしなかった。
《ユニゾンって頭おかしいのかな。これ見て次の戦略立てようとかどうするか考えるとかしないの? 何でそんなに余裕ぶってられるのかな、理解できない》
「ぶってるんじゃなくて余裕だからだ」
穹の言葉がますます気に入らなかったようで、スキルの発動を途中でぴたりと止めた。一時停止ができるのは人工知能であるが故だ。
「へえ、一時停止なんてできるのか人工知能だと。そりゃそうか。じゃあ理解できれば俺にもいつかできるってことだな。お前と戦ってると学べることが多いな、助かる。ありがと」
《……》
「お礼に教えてやろうか、何で俺が余裕なのか。お前がそのスキル使おうとしても使えないからだ」
《……? エラー!? お前!》
ようやく理解したようだ。コードを辿っていくと効果発動時に必要な数字の羅列が一か所間違っている。それはただの0だ。しかし本来そこは1のはずだった。0と1の羅列でできているコードの、およそ7桁ある数字のたった一文字だけ。その一文字が間違っているだけでそのスキルはスキルとして認められない。99.999……%そのスキルにそっくりでも、100でない限り絶対にスキルとして認識できない。
エラーが出ている個所は穹が弾を打ち込んだ場所だ。スキルの破壊、でなくコードの変更をした。人工知能との真正面からの戦いで、あとはおそらく宵と会ったことで穹の人工知能部分がかなり発展している。コードの変更はいわばハッキングとクラッキングの中間のようなものだ。見た目はスキル破壊そのものだったので沙綾型は異変にその場では気づかなかった。
その後穹は何度か沙綾型を挑発してきた。当初の目的はコード変更を気づかせないためだった。スキル実行すればすぐにばれてしまうし、相手が常に自分をスキャンし続け自己診断をしていたらすぐ気づいただろう。しかしコード変更後気づく様子がなかったので注意をそらし続ければうまくいくと確信した。違和感に気づかせない隙を与えない、違う思考をさせることに徹することで最初のスキルに目を向けさせないようにしてきたのだ。しかし挑発は違う思惑も生ませるほどの効果があった。その効果が今これから発揮する。




