第6話 ベルンシュタイン家の流儀 後編
その週の週末、テオは家でくつろいでいると、使用人がやってきた。
「ぼっちゃま、御学友様たちがお見えです」
「誰?」
「その中の一人が、コンシリエーレのローレンツだと言えばわかると仰っていましたが……」
「ああ、一番聞きたくない名前だね」
テオは悪い予感がしたが、取り敢えず顔を出すことにした。
ローレンツがにこにこしながら待っていた。
「視察です、ボス。ファミリーとして街の空気を知るのは大事です。子分たちも気合がはいっとりますんで、いっちょ街へ繰り出しましょう!」
よく分からない理屈に押し切られ、ブルーノや他の構成員たちを連れて歩いていた。
その途中、通りの向こうから、嫌になるほど見覚えのある二人組が現れた。後ろにはテオの知る使用人たちという名の構成員。
父――ガルディス・フォン・ベルンシュタイン。
そして兄――レオンハルト・フォン・ベルンシュタイン。
(……なんで、こんなところで……)
胸の奥に、嫌な予感が走る。
この二人が揃っている時、ろくなことが起きた記憶がない。
「よう、テオ。随分と賑やかだな。聞いたぞ、テオドールファミリーとかいう組織を作ったそうじゃないか。お前もやっぱりベルンシュタイン家の血が流れているんだな」
レオンハルトは、テオの背後に並ぶ構成員たちを一瞥して、にやりと笑った。
軽口のようでいて、目は笑っていない。
ガルディスは、興味なさそうに周囲を見回してから、短く言った。
「ちょうどいい。お前らも来い」
「……来い、って」
「これから、敵対組織が運営してる違法娼館を潰しに行く」
あまりにさらっとした口調に、テオは一瞬、言葉を失った。
(ほら来た……)
嫌な予感は、やっぱり当たる。
これから商売敵のところに乗り込もうというのだ。
「ちょっと待ってくれ。俺たちは――」
「いい経験になるだろ」
レオンハルトは、そう言って肩をすくめると、くるりと背を向けた。
「ついて来い。どうせ、暇なんだろ?」
その言葉に全員が慌てる。
テオドールファミリーだと言っても、本物のマフィアのような覚悟はない。それがいきなり娼館を潰すのに付き合えと言われても、一緒に行きたくなどは無いのだ。
レオンハルトもそんな雰囲気を察知する。
「なに、ただでとは言わねえよ。俺と親父の目的は娼館を潰すこと。中のものはお前ら好きに持って行っていいぞ」
「流石です!お供いたします!」
ローレンツは元気よく、そう返事をした。
他の者たちも、皮算用から顔がほころぶ。
その極悪な笑みを見たテオは
(ファミリーっていうより、山賊がお似合いだな……)
と思ったのだった。
そうして一行は目的地に到着した。
目的の建物は、外見だけ見れば、ただの寂れた酒場のように見えた。
だが、中に踏み込んだ瞬間、空気が変わる。
何ともいかがわしい雰囲気が漂っていた。一階は酒場であり、そこに薄着の女たちがいて接客をしている。
ここの店のシステムは、客はその女たちの中から、気に入ったのを選んで、二階以上の部屋に同行させるのだ。そこで行われているのが売春である。
しかし、店としては、これは客とキャストの自由恋愛であるという建前を取っていた。
「店長を呼べ」
ガルディスがボーイの胸倉をつかんでそう言った。
それをすると、店内の視線がガルディスに集中する。
慌ててやってきたのは店長だった。
「貴様ら、何――――」
店長は最後まで言えず、ガルディスに殴られて吹っ飛び、壁に背中を強打する。
続けてガルディスはすごむ。
「誰に断って、ここで違法な商売をしてるんだ?」
そう訊ねながら、倒れている店長の膝を踏んだ。
「ぎゃあ」
店長は悲鳴をあげる。
他の店員たちも、レオンハルトたちによってボコボコにされていった。
客やキャストは我先にと逃げ出す。
そんななか、ローレンツたちは店員などにはわきめもふらず、せっせと店内の物品を物色していた。
「これ、たけーのか?」
「何でもいいからもってけ。後で換金すればわかる」
「それもそうか」
などという会話が飛び交う。
そうこうしているうちに、騒ぎを聞きつけて、上の階から降りてきた人物がいた。
上から現れたのは――
「グスタフ。それに、クレーテ侯爵?」
豚侯爵と陰口を叩かれている男と、その後ろに怯えた様子で立つ、グスタフの姿だった。
ガルディスは、感情の読めない目で二人を見下ろす。
「珍しいところでお会いしますな」
「ベルンシュタイン卿、これはいったいなんの騒ぎかな?」
クレーテ侯爵は毅然とした態度で訊ねる。
ガルディスは獰猛な笑みを浮かべた。
「シマを荒らした豚を退治しに」
「何を!」
クレーテ侯爵は顔を真っ赤にして、護衛たちに指示を出した。
その後の展開は、テオにとってあまりにも現実感がなかった。
クレーテ侯爵側の抵抗は、ほとんど意味をなさなかった。
ベルンシュタイン父子は、まるで作業でもするかのように、淡々と場を制圧していく。
そして最後に残ったのは、蒼白な顔で震える豚侯爵と、何も言えずに俯くグスタフだけだった。
「口止め料だ」
ガルディスは、短く言った。
「は?」
「伝統派貴族が違法な娼館を経営していたと知れれば、信用は地に墜ちるだろう?それを思えば金で済むなら安いだろうが。払えなければ、これを世間にばらすぞ。で、その金額だが――――」
提示された額は、テオでも分かるほど、常識外れだった。
だが、豚侯爵は何度も頭を下げ、震える手で頷くしかなかった。
その一方で――
ローレンツと、その周りの構成員たちは、目を輝かせていた。
「こら、お前らそれは俺のもんだ!勝手に盗るな!」
ローレンツが構成員を怒鳴る。
「うるせー!早い者勝ちじゃ」
「コンシリエーレの言うことがきけんのか!」
「実力主義だろ!」
「ああ、こっちに構っているうちに他の奴が……」
換金できそうな品々を目の前に、醜い争いが繰り広げられていく。
金目の物。酒。装飾品。使えそうな道具類。
彼らはまるで戦利品を集めるかのように、せっせと運び出していく。
テオはその光景を見て、言葉を失った。
(完全に山賊じゃないか……)
ブルーノは、少し離れた場所で腕を組んだまま、一切手を出さなかった。ただ、黙って、その様子を見ている。
と、そこに泣きながらやってくる若い女性たち。
ブルーノはすかさず声を掛けた。
「どうした、何故泣いている?」
「借金のかたに売られて来ましたが、ここが潰れてしまったらどこに行けばよいのかわからず、悲観しておりました」
彼女たちは実家の借金を返済するために売られてきたのだ。
ガルディスたちが乗り込んで、商売が出来ないようになってしまうと、彼女たちの居場所がなくなる。こんな違法な娼館であっても、彼女たちが暮らす場所となっていたのだ。
ブルーノは困った顔をしてテオを見た。
(うう、家族のしでかしたことだし、彼女たちを見捨てるのも気が引ける……)
テオはそう思うと苦し紛れに
「あ、うちで引き取ろうか」
とこたえた。
女性たちの表情が一瞬ゆるむ。
しかし、そこに戦利品を抱えたローレンツがやってくると、空気が一変した。
「流石ボス。こいつらを使って自分で娼館を経営するんですね」
それを聞いて女性たちがざわつく。
「ボスって……」
「若くて可愛い顔しているのに、マフィアなの?」
「ここより酷かったらどうしよう……」
慌ててテオが否定する。
「違うから!娼館を経営するつもりなんてないから」
「じゃあ、愛人として囲うんですか。こんなに」
ローレンツが勘違いすると、女性たちはテオを白い目で見た。
(ああ、俺はなぜ異世界でこんな目に……)
何とか誤解を解いて、彼女たちをベルンシュタイン家の使用人として雇うことになったのだった。
――騒動の後。
数日もしないうちに、噂は学園に入ってきた。
というのも、テオドールファミリーの構成員たちが、戦利品を換金して懐が温かくなったのを自慢したからである。
なお、噂には尾ひれがつく。
「テオドールファミリーが違法娼館を経営する組織を潰した。どうも、自分で娼館を経営するのに邪魔だったらしい」
「戦利品がすごかったらしい。根こそぎ奪ったらしいぞ」
「娼婦たちもみんな連れ去ったとか」
結果。
テオドールファミリーの周りには、さらに人が集まるようになった。
貴族の次男や三男という立場では家を継ぐことはない。そして、余程の大貴族でもない限りは、そうした継げなかった者たちは平民としての一般的な生活を送ることになるのだ。
であるならば、犯罪組織とはいえ、良い思いが出来るところを就職先に選ぼうというのもある。
こうしていつの間にか構成員が増えていた。それを見て頭痛のするテオ。
「……で、なんで人数が増えてるんだ?」
テオの問いに、ローレンツは満面の笑みで答えた。
「簡単ですよ、ボス。景気のいい話が広まったんです。いやー、会費も集まってウハウハですね。ボスが娼館を潰したからこそですね」
テオは、静かに頭を抱えた。
(俺、何もしてないんだけどな……)
一方、少し離れた場所で、増えた顔ぶれを見渡していたブルーノは、低く言った。
「ふん、この中にボスの男をわかる奴がどれほどいることか」
その言葉に、テオは小さく息を吐いた。
(……平穏な学園生活、もう無理そうだ……ああ、俺はなぜ異世界でこんな目に……)




