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旧キュプレム王国視察:東部海沿いの村

留意事項:暴力・死傷描写

キュプレム王国は滅んだ。


王族を始めとした支配者層の黒民のほとんどは処され、

国内の重要な拠点は制圧された。

それをもって連合国外の三つの国の承認があり、

「キュプレム王国は滅亡した」と()()()()()


しかし現在においてはまだ、

広い国土の状況確認と割譲(かつじょう)の分配についての議論が充分尽くされていないため、

どこの領土とは明言せず暫定(ざんてい)的に「旧キュプレム王国」として扱われている。


コッパーがエラメンタ神国へ入国する5日前。


旧キュプレム王国東端海岸部。

現連合国支配予定区域。

または、とある海沿いの村。


快晴。

海は穏やかに揺れている。


この村に、小隊が訪れた。


異民の国五つから成る連合国軍は、

隊によって国ごとに分けられつつも、

ひとまずは同胞として、どの隊もどこの国とも取れる五色の図柄の旗を掲げている。

この小隊もそのうちのひとつだ。


村人は女子供をできる限り奥へ後ろへと隠し、

遠巻きに皆、小隊の動きを観察していた。


小隊は移動しながら解散と集合を繰り返し、

時折何事か書き留めたり、村人を捕まえて尋問(じんもん)などを行なっている。


小隊が解散し、数人ずつの組に分かれているとき。

ある組が村人の住む家へ押し入り、家財などをじろじろと観察した。

そのうちの一人の兵士が、驚いた声を上げ、仲間に呼びかける。

兵士たちは指差された場所を見上げ、唖然(あぜん)とする。


広い居間、団欒(だんらん)を見下ろせる壁の中央。

鮮やかに編み込んだ紐を周囲に巡らして、

(うやうや)しく、珍妙なものが飾られている。


指名手配書だ。


逃亡黒民奴隷。

若い男。

左耳から鼻にかけての()け傷あり。


兵士らはその内の小柄な者を肩に担いで、高い壁からその紙を剥がす。

その家に住む家族は剥がすのを止めるよう兵士に懇願(こんがん)し、

中でも祖父母にあたるだろう老人たちは涙ながらに追いすがった。

周りの兵士たちはそれらを不気味がり顔を歪ませながら彼らを突き飛ばす。


やがて呼び出された将校が家に到着し、この家族に尋問を始めた。

兵士は家族を囲うように武器を向けているが、

半ば脱力し意気を失った彼らに対しては、ほとんど形だけのことだ。


将校は手配書を示して、問う。


「この者は身内か?」


老爺(ろうや)が答える。


「とんでもない」


要領(ようりょう)を得ない会話や、

黒民以外への態度に対する悶着(もんちゃく)などは割愛(かつあい)して、

問答の始終は、(おおむ)ね以下のように要約される。


「これは誰だ」

「黒民です」

「奴隷と書いてあるが」

「それでも黒民です」

「お前たちが描いたのか」

「違います。拾いました」

「どこで拾った?」

「市場の端の塀に」

「何故拾った?」

「黒民が描かれています。神さまです。見守って頂いています」

「……お前らの神は、"黒き神"では?」


将校には黒民神話とそれにまつわる階級の知識があった。

黒民とは()()使()()であり神そのものではない。

ここで、将校と兵士らとの会話が発生し、

「学のない者や機会のない者は、えてして正しい教義を認識していないものだ」という理解に達した。


問答は続く。


「この手配書は誰が出した?」

「ズッカーシの旦那」

「誰だそれは?」

「昔この辺で大きい顔をしてた商人だ」

「見なかった。どこにいる?」

「もういない。死んだ」

「いつ死んだ?」

「大体10年前だったはずだ」

「どの辺に暮らしていた?」

「ここが離れだった」

「ここ、だって?」


小隊が住宅群や市場だと認識していた広大な敷地は、

かつてこの辺りに住んでいた富豪が構えていた大邸宅の跡地に人が住み着いたものだった。


あまりの豪邸に次の買い手が現れず、

(ぞく)やよその浮浪者(ふろうしゃ)に住み着かれるよりはと、

村で団結して身内の家として分配したのだという。


一度地震が起こった際に大きいヒビが入った母屋だけは建て壊され、

現市場の中央に残った螺鈿細工(らでんざいく)の大柱だけが、

潮風にさらされながら虹色に輝いている。


「その商人は何故死んだ?」

「歳だろうが、罰も当たった」

「罰?」

「黒民を荒く扱い、しまいに逃げられて福が去って死んだのだ。

 みんなそう噂している。

 実際に、この手配書が出て半年もしないうちに死んだ」

「それで空き家になったのか」

「そうだ。後継ぎもいなかった」

「妻子はなかったのか」

「妻はいた。あばずれだ。あばずれなせいで死んだ」


老婆がそこで目を伏せ、「おいたわしいこと」と口にする。


「どういうことだ?」

「あばずれは黒民に手を出し、子供を産んだ。その時に死んだ」

「その子供はどうした?」

「商人が、産まれてすぐにずたずたに斬り(さいな)んだ」

「……。その事件のせいで黒民は逃げたのか」

「黒民は殴られた。

 血まみれの赤ん坊を投げられて、一晩抱きつづけるように言われて。

 寒くなる日に小屋に閉じ込められたのだ。

 朝にみんなの前で殺すと。

 おぞましい。

 逃げて当然だ。逃げられてよかった」

「なぜそんなに詳しい?」

「みんな知っている。

 旦那のところの馬丁(ばてい)や庭師になった奴もいる。

 みんな黒民を気にしていた。みんな見に行った。

 それが、あんなあばずれのせいで……」


そこで将校は思い違いに気付く。

老婆の「おいたわしい」は死んだ妻にではなく、奴隷に向けて発せられたのだと。


「奴隷だろう。誘惑する方が悪いのだ」

「奴隷でも黒民だ。

 黒民のすることが正しいのだ。

 あの美しい黒民があんな婆ァをわざわざ抱くものか」

()()()()()()()()()か」

「みんなが言っている。

 ズッカーシの旦那も有名な欲深だ。

 目に余る不信心者。罰だった」


将校は改めて手配書に目を通す。

大きな体。目立つ傷。目を見張る懸賞金(けんしょうきん)


木版画だと推察される似顔絵は、将校の母国の絵柄とは異なり、あまり写実的とは言えない。

しかし大きな目、まっすぐに引き結ばれた形の良い唇、誇張の少ない輪郭から、

この絵柄なりに美形を想定して描かれたのだろうと思われた。


「この黒民は見つかったのか?」

「見つかってない」

「目撃者は?」

「……いない」


……()()()()()結果、

確定的ではないが、ひとつ聞き出すことができた。


商人の元で働いていた者が、その夜、小屋から抜け出す2つの影を見た。

片方はバ車に乗り込み、片方は屋敷に戻った。

朝の騒ぎの中、そのバ車は他の客に紛れて西に走り去ったという。


「なぜ商人は西へ追わなかった?」

「……知らないが、少なくともおれたちは旦那が死んでからこれを聞いた」

「……信仰か」


将校は舌打ちをした。


目撃したのはキュプレム人の灰民(はいみん)であることは間違いない。

もう追手がないとわかってから打ち明けた者がいるのだ。


逃げ出した奴隷を連れ戻すのは当然だ。常識だ。

だが、黒民奴隷であれば、守ろう逃がそうとする者がいる。


この家族の言った方角については信用していないが、

その他の一連については信じてもいいだろう。

そもそも方角などはバ車の持ち主の撹乱(かくらん)の可能性もあるのでさして重要ではない。


少なくとも、()()()()()()()が重要なのだ。


本部は今、1人でも多く黒民の情報が欲しいらしい。

この広い旧キュプレム王国の端から端まで、

各隊が現地調査と共に黒民の情報収集をしている。


この手配書は黒民に関する一つの情報だ。

10年前の手配書にも関わらず、

屋内に(かくまわ)われ丁重に扱われたおかげか、

まだ充分に判読ができる。

報告のため将校が(かばん)に手配書をしまい込んだ時、また家族が騒ぎだした。


働き手の確保のため、原則、旧キュプレム国民は生かす方向で命じられている。

しかし、老婆が武器を恐れずに飛びかかってきたせいで、

1人の兵士の銃剣の剣先が、老婆の首の肉を裂いた。


絨毯(じゅうたん)に染み渡るほど血が(あふ)れても、老婆は手を伸ばす。


まだ人を殺したことのない兵士らは、

溺れるような音と共に繰り返されたその必死な(かす)れ声を生涯忘れることはないだろう。


「わたしたちの神さまを、奪わないでください」

一方その頃の話。

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