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第七節「工房」

日は傾き始めてから久しく、南の山の頂と光の輪が触れ合っていく。

影が一二歩伸びた建物の間、乾いた地面の上を、

大岩に挑む小虫のように歩む二人がいる。


「あとどのくらい歩くのだ?」

「程なく。もう見えています」


イメナータは左手の指をす、と伸ばして、

白く塗り込められた大きな建物を指し示す。

進むは真東。

道を変え、段を登り、その折々で正面を見上げると、

東端の崖がこちらを襲わんばかりに高く伸びていく。


くすんだ色の神民の家々を過ぎ、

分断するように東西にかかる白く飾られた壁と突き当たった。


上方、つまり壁の向こうには、

壁と同じように白で装飾された家々が重なって、

そのまま視線を上げていけば宮殿に至る。

グスタ神官に教室で聞いた国の階級図がそのまま地図とすれば、

おそらくちょうどここが居住区の区分け。

この壁より上が、イメナータが話で触れていた神徒の区画なのだろう。


壁に沿う平坦な道を見渡せば、もう建物の姿が見える。


「工房」と呼ばれるそこは、灰棟(はいとう)を見上げる急な斜面の下、

白壁の東端より先の、広い砂地に建っている。


五十人は暮らしていけそうなほど大きい建物だ。背も高い。

だが北側に斜面、西側にもまた崖を背負っている事で、

実際よりもこじんまりとして見えた。


奇妙な建物だ。

高い屋根の真下に、戸板のない、木枠すらはまっていない丸みを帯びた不揃いな窓が、間隔を開けず並んでいる。

窓というよりほとんど(あな)だ。


風が吹いている。細かい砂が高くまで舞っている。

(あな)のような窓から煙が噴いているようにも見えた。


工房に辿り着いたイメナータが、二度音高く戸を叩き、二息待って取っ手を掴む。

それに遅れて一歩工房に近づいたコッパーの鼻に、かすかに香りが届いた。


甘く、眉間を貫くあの香りが。


彼が、身を守る判断を四肢(しし)に行き渡らせるより先に、戸は開け放たれてしまった。




――――寸時、意識が途切れ――――




「コッパー様!?コッパー様!どうされたのです!起きてください!」


イメナータがコッパーを強く揺さぶるが、

彼はときどきえづいて痰を吐く他、(うめ)くことしかできない。


扉を開いた途端に腹を天に向けて倒れたこの大男を、

イメナータはその細身の体でなんとかその場より引きずり離した。

えづいたものが喉に詰まらぬよう、

辛うじて体勢だけは横向きにされていたが、

工房の傍、(さえぎ)るもののない穏やかな空の下、

哀れな二人の姿が晒されている。


コッパー自身もイメナータに声をかけられている意識はあったのだが、

(さいな)嘔吐(おうと)感に足掻(あが)くことでいっぱいいっぱいで返事ができない。

鼻も目も痛みを逃がそうと必死に体液を流す。

それでも、密室内でなかったためか、扉より距離を少し空けていたためか、以前よりは症状は軽い。

また経験上、ここから平常に戻ることもできるという希望が、

少しばかり気持ちを楽にしていた。


やや時間が経ち、ほんのかけらばかり胃の内容物を吐いて、

ぜいぜいと肺を空にするような咳に変わってきた頃、

顔を上げられないままのコッパーの耳に足音が聞こえてきた。


大勢というほどでもないが、少なくとも三人以上……こちらに向かってきている。

遠くにいるうちは歩いてきているようだったが、

近付くにつれ早足になり、慌てたような声が聞こえてきた。


「コッパー様!?どうされたのです!」

「神下!こんなところで何をしている!」

「あ…」


神徒か?

コッパーは足元だけでも見ようと泣き()れた目を回す。


彼の思考はわりあいはっきりしていた。

イメナータを神下と呼びつけたことから神下よりは上、

三神官の誰でもないことから、神官と神下の間の身分、神徒だろうと考えた。

神徒の区画の前で騒ぎを起こしたから、気づいて降りてきたのだろう。


「ヂディス様……」

「神下、お前コッパー様に何をした!」

「ちが、違います!」


ああ、まずい。

コッパーは力が抜けままならない手足を砂に()りながら悶えた。

そう振る舞うのが正しいと思ったとはいえ、イメナータに無理を敷いてここまでやってきたのだ。

その上彼女にあらぬ嫌疑(けんぎ)までかけさせるわけにはいかない。


彼は力を尽くして手を振り上げ、イメナータを抱きすくめた。

わずかにあの花の香りがする。

騒然とする一同の声が耳に届く前に、彼の意識は途絶えた。

ここまで読んでくれてたらもう要らないかと思って用語のルビを減らしました。

今後は忘れたかなというタイミングで入れときます。

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