第四節「守家」
礼拝は、5日に1度行われる重要な神事である。
神へ祈りを送るため、神への心を示すために、全国民が集う。
不参加は許されない。
だが、そもそも、礼拝は身分に関係なく
神の姿を拝み天使の言葉を賜ることができる機会であるため、
行きたがらない国民など1人たりとも存在しない。
一方、参加を認められない、という例外もある。
今コッパーが訪れているこの家は「守家」と呼ばれ、
その例外に該当する、妊婦、子を産んで1年経たない女、6歳までの幼児が
集まって過ごしているということだった。
「礼拝とは関係なくここで暮らしているのか?」
「いいえ。皆が仕事をしている日中のみここに集まります」
「礼拝でなくてもか」
「はい。神のための労働に近づいてはいけないため…そう決まっておりますから」
彼は最も年長の者を中心に家の女たちと質疑応答を繰り返していた。
天使や神官に比べると知識が少ないためかかえって回答が明快であり、
堅苦しい言葉を用いないのでコッパーとしては話し易い。
「なぜ近づいてはいけないのだ?」
「それは…さ…逆神が好むからです」
腐臭をまとう、ばらけた長髪を思い出す。
「逆神が好む?」
「そうです。我々のような者が好きなのです」
「好むとは、逆落になるということか?」
あらためて言葉で出ると恐ろしいのか、
女たちは自らを抱えるようにそれぞれ縮こまった。
肯定だろう。
「コッパー様、やってきてしまいます」
女たちは両手をひと扇ぎ口元に寄せ、その次に胸の前で指を絡ませた。
そして深い呼吸と共にその手を腹の下まで撫でおろす。
礼拝で見た祈りの型を日常的に簡略化するとこうなるのだろう。
「とにかく我々は守家にいなければ」
「神に会えないのは寂しいことですが、子を産み育てるのも使命ですから」
「みな誇りをもってここにいます」
もちろんコッパーの希望としては追求したいと思ったが、
祈った後ですら不安を強く浮かべたままの女たちを見れば哀れだ。
「逆神のことを長く話すべきではない」
というのが神官だけでなく神民の中でも共通と分かっただけでも良しとして、
コッパーは話題を変えることにした。
「お前は誰と暮らしている?」
「は、はい。夫と、2人の子供とでございます」
少ないな、とコッパーは思った。
キュプレム地方では、生きている限り三世代や四世代、
親戚連中の十数人で同じ家に暮らすのが一般的である。
家が狭いからだろうか。
「祖父母や親戚と暮らすものはいないのか?」
女たちは顔を見合わせ、少なくともこの中にはいないと答えた。
聞けば、この国の者はほとんどが15から20歳の間で配偶者を得て夫婦の家を持ち、
そこで子を持って暮らすのだという。
適格な配偶者が見つからなかったり死別などで単身者となった者は、
その父母の家で暮らしながら配偶者を探すのだそうだ。
「コッパー様」
コッパーは女たちの視線が自分の右上方に集まっているのに気付き、振り返る。
扉の前で控えていたはずのイメナータがそばまで来て彼を見下ろしていた。
「今日はここで1日を過ごされるのですか?
であれば恐れながら着席の許可を頂きたく」
言葉でこそ止めていないが、継ぎ目のない早口が、
この場に彼が長居することを彼女がよく思ってはいないことを表している。
彼女たちの生活の様子を直接見るのであればまだしも、
腰を据えて言葉の説明を聞くくらいでは記憶を取り戻せるはずもない。
コッパーは学者紛いの行いについ夢中になってしまったことを恥じて苦笑する。
「いや、離れるとしよう」
その言葉を聞いたイメナータは軽く礼をしたあと一歩下がる。
女たちも姿勢を正してコッパーとイメナータに向かって座礼をした。
遊んでいた子供たちの何人かは大人の真似をしてその場で座礼をする。
コッパーの膝に乗っていた男児がこれらの動きに反応しないので、
その顔を覗き見ると豪気なことに眠る直前であった。
コッパーは彼を起こさぬように移動させようと、
脇から手を入れ、軽く小さな体を抱え上げてみる。
そのとき、コッパーの意識に閃光のような記憶が走った。
あたたかい塊。
小さくて軽い柔らかい塊。
赤黒い塊。
温度が液体となって流れていき、冷たくなっていく塊。
その塊を受け止めた時、顔や手に飛沫が飛んだ。
まさに今成す術なく流れ出ていく液体は、
自分の腕と胸、胴を通って腿を濡らしていく。
その全てから温度が失われていく。
体は雪のように冷え切っていくのに、浮き上がる脂汗。
腫れ上がったように強い鼓動。
塊を包む布が完全に液体に染まる直前、花の香り。
淡紫の香油瓶。
「っあ゙……!」
コッパーは叫び出しそうになる衝動を、
寸でのところで残っていた冷静な思考で押し留めた。
堪えなければ、同時に男児を放り投げていたかもしれない。
鼓動は爆ぜるように打ち、
俯いた顔の側頭部から浮き出た汗が、
見開いた目の下瞼をなぞって滴る。
突然声を上げ姿勢を崩し倒れそうになるコッパーに周囲は驚き、
声をかけたり手を差し伸べたり
思い思いに彼を心配する動きを見せた。
「……いや、大事ない」
コッパーはかろうじてそう言葉を繕うと、
近くにいた女に男児を受け渡した。
イメナータが女たちに指示して水を持って来させ、
コッパーは差し出された木椀を一気に煽った。
はあっ、と短いため息が出る。
奥歯で砂利がこすれた。
…未だにあの夜のことを、底冷えするほど体が覚えている…
「大丈夫ですか」
「ああ。少し……足が痺れたようだな」
苦しい言い訳だが、イメナータはその内心に突っ込んで心配するほど関心はなさそうだ。
その言葉だけの態度が今のコッパーにはむしろ有難かった。
その後は一通り家の造りを見学し、入り口まで全員に見送られて守家を出た。




