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大和撫子さまのお仕事  作者: 小茶木明歌音
第六章
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貴女が幸せなら悔いなどない




 誘拐事件の最中、矢吹の禁術の贄にされ、重傷を負った守の治療の為に、急いで三十五の御社に帰って来た清佳と紅玉は、蒼石の手を借りて、守を「祈りの舞台」まで運んだ。

 「祈りの舞台」は神子の祈りの場であり、傷付いた神々を癒す場でもある。


 しかし……。


「何で!? どうしてっ!?」


 清佳がいくら神力を込めようとも、祈りを捧げようとも、守の傷は一向に塞がらない。

 腹部の大きな傷から血が止まることなく流れていく。

 それに焦った清佳はガタガタと全身が震えてしまい、ますます神力の調整がうまくできていないようだ。


「清佳ちゃん、落ち着いてください!」

「や、やだぁ……っ! いやあっ……! 守さんっ……!」


 身体を震わせ、守にしがみ付いて取り乱す清佳に、紅玉は戸惑ってしまう。

 どうにかしたいと考えても、神力のない自分では何もできない。


 すると、蒼石が清佳を見て、ある事に気がついた。


「神子よ……汝は『神の花嫁』であるか?」

「え……」

「っ!?」

「……すまぬ、『花嫁の紋』が見えてな。」


 蒼石に指摘され、清佳は慌てて肌蹴た胸元を抑えたが、時すでに遅かった。

 紅玉も目にしてしまったから――「神の花嫁」に認められた人間に神から贈られる証、清佳の胸元に咲き誇る「花嫁の紋章」を。


「……しかし、汝が『神の花嫁』であるならば、汝の神を救えるかもしれない」


 蒼石の言葉に清佳が目を見開いた。


「どうすればいいんですか!? 教えてください!」


 蒼石は迷った末に、口を開いた。


「汝の全ての神力を神に注げ。しかし、その場合の命の保障はできん」


 蒼石の言葉に紅玉は息を呑む。

 それはまさしく神の命を捧げるという行為なのだから。


 だが、その一方で、清佳は花が綻ぶように微笑み、躊躇うことなく、ぐったりと横たわる守に向き合う。


「清佳ちゃん!!」


 紅玉は咄嗟に清佳の腕を掴んで止めた。

 神子管理部としては、清佳がこれから行なおうとしている事は、即刻止めるべき案件である。

 何故なら何においても優先されるべき存在は神子である。


「お考え直しください! 神様は例えこの神域で姿形が失われたとしても、邪に染まらない限り魂は神界へと還り、再び蘇る事ができます! 転生できます! 今、守様を御見送りするのは辛いことと存じますが、清佳ちゃんが命を懸けることは許されません!」

「でもっ! 生まれ変わった守さんは、私の知る守さんではなくなってしまう!」


 清佳の叫びに、紅玉は怯んでしまう。

 そう、生まれ変わった神は、転生前の記憶を失ってしまうらしいから……。


「私は……それが許せないの……私が愛した守さんは、ここにいる守さんだけなの」


 清佳は紅玉の手を振り解くと、紅玉を力の限り突き飛ばした。


「清佳ちゃんっ!!」


 紅玉が必死に手を伸ばすのも虚しく、清佳は躊躇う事無く守の唇に口付けた。


 瞬間、薄浅葱の神力が辺りを満たし、眩い光を放った――。




*****




 あの時の事を、紅玉は何度も、何度も後悔した。


 あの時、振り払われた手を離していなければ、清佳はまだこの世にいて、誰も悲しむことがなくて、藤の神子乱心事件の被害も、もっと最小限に食い止めることができたのではないかと……。

 だけど、あの時の清佳を止めてしまったのなら、きっと清佳は心を壊してしまっただろう。

 愛する人を失うのは耐えられない苦しみだと、紅玉も知っているから……。


 だから、清佳の美しい微笑みを見て、紅玉はやっと何かから解放された気がした。


「貴女様が幸せなら……わたくしに、悔いはありません……っ」


 ぽろぽろと涙を零す紅玉に、清佳は少し驚いて手拭いで涙を拭ってやった。


 そんな光景を、小代美は呆然と見つめる。

 愛する娘であるはずの清佳に拒絶された衝撃で、未だ立ち上がることすらできない。


 カンカンッ――木槌の音が鳴り響く。


「……証人、小代美は退廷なさい」


 飛瀧の声に反応する事無く、座ったままの小代美を見て、文は眉を顰めた。

 そして、徐に後ろを振り返った。


「……おじさん、連れてってください」


 法廷の扉が開き、一人の男性が足を踏み入れた。

 その人物はどことなく清佳に良く似た雰囲気を持っており、誰もがこの人物が誰であるかを察した。


「母さん」

「……おと、うさん……?」


 それは小代美の夫であり、清佳の父であった。


「帰ろう……もう、終わりにしよう」


 清佳の父が腕を引くが、小代美は呆然としたまま首を横に振り続ける。


「おとう、さん……ちかが、ちかが……私を……あの子が……私を……」

「もう、やめろ。忘れるんだ。俺達には千歳(ちとせ)がいるだろう?」


 千歳――清佳の姉だ。そして、二人にとっては、もう一人の娘。

 しかし、小代美は目を見開いて叫んだ。


「あんな子、娘とは認めないわ! 千花だけが私の娘よ!!」


 響いた声に紅玉は息を呑んでしまった。


 千歳と小代美の仲が良好ではないことは知っていた。

 知っていたが、まさか母親本人がここまで拒絶する程とは思っていなかった。


 千歳の傷付いた顔が思い浮かんでしまう……。


「【いい加減黙れよ】」

「っ?!?!」


 途端、小代美は声が発することができなくなった。

 ハッと見れば、言霊を発動させた文がギロリと睨み付けていた。


「うんざりだよ。あんたみたいな自己中心的な人……【とっとと出てけ】」


 言霊の力に逆らうことなどできない。

 小代美の身体は勝手に法廷の外へと動き出す。

 目の前にいる清佳に必死に手を伸ばしても届くことはない。


 やがて小代美は無言で法廷から出ていったのだった。


 残された清佳の父は、清佳へ視線を向ける。

 しかし、清佳はそんな視線を避けるように、守の後ろへと隠れてしまう。

 清佳のその行動に、唇を噛み締めながら、清佳の父は頭を下げると、小代美の後を追って退廷した。


「証人、寿々白も退廷するように」


 飛瀧に命じられ、寿々白の頭を下げると、退廷していく。

 ほんの一瞬、紅玉に視線を向け、申し訳なさそうな顔をしたが、すぐに下を俯いてしまう。


 なんとなく、紅玉は、もう二度と寿々白と会う事は無いと感じていた。

 でも、同時に、何か思う事も、何も無かった。


「僕らも帰らせてもらおう」


 きっぱりと告げられた声にハッと顔を上げれば、守が清佳の腰を抱き、周囲へ見せないように隠してしまっていた。


「清佳はもう僕のものだけど、清佳の幼馴染さんが謂れのない罪に問われるのは僕も望んでいないからね。しかし、もう役目は果たしたからね」


 守は、さっさと転移の紋章を書くと、神術を発動させ、あっという間に清佳とともに姿を消してしまった。


 あまりにも呆気の無い退場に、紅玉はかつて右京と左京から聞いた神の性質について思い出していた――神は愛した者への執着が激しい、という。


 まさしくその通りであった。


 思わず右京と左京を見れば、二人とも呆れたように首を横に振っており、恐らく紅玉の為に証言台に立ってもらう事を説得したのも大変だったのだろうと思った。




 ようやっと静かになった法廷で、飛瀧が仕切り直す。


「……さてと、先程の小代美の証言では動機として不十分だな」


 小代美の証言では、周囲からの評価が低かったせいで、幼馴染達を妬んだという事になっていたが、紅玉の評価が低かったのは小代美のせいであり、男神の守の証言から紅玉と幼馴染達の中は実に良好であったと証言もされている。


「紅玉が妬みで凶行に及んだとはとても考えにくいな……」

「お待ちください、裁判長」


 そう言ったのは武千代ではなかった。


「原告側は紅玉が悍しい犯行に及んだという証拠を提示することができます」


 武千代の後ろに控えていた桜姫が立ち上がりきっぱりと断言していた。


「証拠、ですか?」

「はい、証拠です」

「では提示してください。その証拠を」

「かしこまりました」


 そして、桜姫はその人物を振り返った。


「神獣連絡部部長、雛菊……あなたが証拠です」

「…………へっ?」


 雛菊は目が点になった。


「あっ、あたしぃっ!?」


 真っ青になって雛菊が叫ぶ中、文は小さく舌打ちをし、蘇芳は眉を顰めて桜姫を睨み付ける。

 紅玉もまた不安げに桜姫を見つめることしかできなかった。




*****




 清佳を連れて、神界へ帰って来た守は、自宅へ入ろうと扉に手をかけた瞬間、突如扉が開き、驚きに目を見開いた。


「あっ! 守様! おかえりなさいっす!」

「オカエリナサイヨ!」


 扉から飛び出してきたのは、少年と少女だ。その後ろには竜神もいた。


「……言われた通り、証言台に立ってきたよ。君達の先輩は一先ず無事だ」

「ありがとうございますっす!」

「Thank you very much!」


 頭を下げる少年と少女。

 その少女の手に「箱」がある事に守は気付く。


「……無事、見つけられたようだね」

「おっす! お家ひっくり返しちゃってごめんなさいっす!」

「アトでソージしマース!」

「構わないよ。片付けはこちらでしておこう。それより早く行きなさい」


 守の申し出に、少年少女は戸惑いつつも、決断は早かった。


「重ね重ね、ありがとうございますっす!」

「コノごオン、イッショーワスれないデース!」


 少年少女は再び頭を下げると、勢い良く駆け出した。

 竜神が守るとすれ違う際、小さな声で囁く。


「……後日、また挨拶に伺おう」


 そして、竜神も少年少女を追いかけて去っていった。


 去りゆく三人の背中に手を振りながら、清佳は言う。


「良い子達ね。大好きな人を助ける為に行動できるのって素晴らしいわ」

「……そうだね」


 清佳の横顔を見つめながら、守は思う。


 出来る事はした。

 託す物は託した。

 あとは、運命の導き次第だと。


「……あなたが残した一手が、切り札となりますよう……」




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