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大和撫子さまのお仕事  作者: 小茶木明歌音
第六章
299/346

紅玉と清佳とその母親と




 紅玉も清佳の降臨に思わず目を剥いた。

 もう二度と会えないと思っていたから……。


「千花ぁっ!!」


 清佳に駆け寄る小代美の前に影が立ち塞がった。

 鮮やかな紫色の髪、花が咲く不思議な瞳を持つ非常に麗しい容姿の男――否、神である。


 しかし、小代美はその神を畏れることなく、無遠慮に睨み付けた。


「退きなさいっ! 邪魔よっ! その子は私の娘よっ!」


 神に対してあまりにも横暴すぎる態度に誰もが目を剥いた。勿論、皇族神子達も。

 男神も眉を顰めて、小代美を睨み付ける。


「邪魔なのは貴様だ。気安く我が妻に触れるな」

「つ、妻ですって!?」


 衝撃的な一言に小代美だけでなく、法廷内でも驚きの声が上がっていた。


「え……前三十五の神子って……生きていたの?」

「てっきり死んだと思っていた……」

「俺は『神隠し』にあったって聞いていたけど……」

「でも、『神隠し』って……二度とこっちに戻ってこられないんじゃ……」

「っていうか妻って……?」


 どうやら前三十五の神子であった清佳の顛末に関してはそれぞれ異なる情報が様々に歪曲して伝わっていたようだ。

 中には三年前にはいなかった職員もいるので仕方がないこととはいえ、口だけの伝達だけではあまりに真実と変わってしまうことが証明されてしまった。


 実に恐ろしいものだと、燕は思いながら代表して法廷内へ説明をすることにした。


「紅玉の幼馴染が立て続けに死亡した事で、みな大いに勘違いをしているようですが、前三十五の御子の清佳様は命を落とされたわけではありません。三年前、清佳様がとある職員によって誘拐に遭われた際、彼女を助けようとした男神様が重傷を負い、消滅の危機に瀕したのですが、清佳様は職員の制止を振り切り、男神様に自らの神力を分け与えたのです。それこそ命を懸けて」


 燕の説明を聞きながら、紅玉は思い出していた。

 あの時、清佳を止められなかった職員とは、まさに自身のことだったから……。


「結果、男神様は救われましたが、今度は清佳様が命の危機に瀕してしまいました。それで男神様は清佳様を救う為に『神隠し』を決行されたのです。神界へ連れてゆけば清佳様も神となり、命を繋ぎ止めることができると考えたのです。そして、清佳様は神隠しされ、二度とこの世に戻らぬ人となった……というわけです」


 燕の説明に納得しつつも誰もが思った。


(((((言い回しがややこしい!!)))))


 果たしてどこから話が歪曲してしまったのか。

 清佳が二度とこの世に戻らぬ人となったと言われていたせいか。

 それとも命の危機に瀕したという事実からか。

 はたまたは〈能無し〉の紅玉の幼馴染だったというそれだけのことか。


 真相は闇の中である……。


「説明ご苦労様でした、弁護人」

「いえいえ。被告人の周囲を事前に調べておくのは弁護人として当然の仕事ですから」


 さて、法廷内が納得したところで話が先へ進めそうである。

 燕は清佳をひたすら守り続ける男神を見ると言った。


「あなた様こそ清佳様を神隠しされた男神様――舞踊傘の神の(まもる)様でお間違いないでしょうか?」

「いかにも、名を守と申す者。今は清佳の夫ではあるが、僕が清佳ご愛用の舞踊傘の付喪神さ」

「なるほど……清佳様愛用の舞踊傘ということは、紅玉の過去もよくご存知ということでよろしいでしょうか?」

「ご明察さ」


 守がにっこりと微笑むと、カンッ! と木槌の音が鳴り響いた。


「畏れ多いですが、証言して頂けるでしょうか? 紅玉と清佳の過去に何があったのかを」

「勿論。僕はその為にここへ来たからね」


 守が快く応じてくれたことに、飛瀧も燕もホッとする。


「……だが、清佳を僕の隣に立たせておくことを赦して頂きたい。そして、決してあの女を近づけさせないで欲しい」


 守がそう言って冷たく睨んだのは、清佳の母である小代美だった。

 守のあからさまな小代美への拒絶の態度に誰もが首を傾げた。

 勿論、武千代と桜姫も。


「では舞踊傘の神の守様、どうぞ証言台へ」


 飛瀧に促され、守は清佳とともに証言台へ上がる。


「では証言をお願いします。紅玉と清佳との関係性について」


 そして、前代未聞とも言える神の証言が始まった。


「紅玉さんと清佳はとても仲の良い友人だった。勿論、他の子達も同様に。とても仲の良い六人組だった。清佳は幼い頃から見目が目立つせいで周囲に嫉妬され、友人が少なかったからね……紅玉さんは清佳の初めての友達と言っても過言ではないよ。紅玉さんは実に優しい女性さ。清佳が精神的に追い詰められた時も寄り添ってずっと慰めてくれていたからね。清佳もそんな紅玉さんを信頼して少し甘えていたかな。そんな二人の関係性に憎しみとか嫉妬などという言葉は似合わないと僕は思うよ」


 守の証言に法廷内は動揺する。

 それは、小代美の証言とは全く異なっていたから。


「そんなはずはないわっ! あなた、舞踊傘の神なら見ていたでしょう!? その子が千花と比較されお稽古中ずっと叱られていたのを!」


 小代美の物凄い剣幕に守は怯むことはなかったが、隣に立つ清佳がビクリと身体を震わせたので、思わず小代美を睨み付ける。


 飛瀧の木槌の音が鳴り響く。


「発言許可が無い者は黙りなさい」

「千花に比べてその子は凡庸な踊りしかできないって先生に怒鳴られていたじゃない!」

「発言許可が無い者は黙りなさい!」

「私の千花だけが才能も容姿にも恵まれて素晴らしいって褒められていたじゃない!」

「退廷を命じますよ!」

「小代美さん、どうか落ち着いて……!」


 飛瀧の怒鳴り声も聞こえない程、小代美は興奮していた。

 桜姫が必死に宥めようとするが、その声も聞こえていないようだ。

 そんな小代美を冷たい視線で守が睨み付ける。


「紅玉さんだけ怒鳴られていた、ねぇ……確かにそうだったね。でも、それは君がそうなるように周囲を操作していたせいじゃないかい」


 守の言葉に、小代美が息を呑む。


「言っただろう。僕は清佳の舞踊傘の神。清佳の母である君のことも見ていたから知っているに決まっているだろう。君が裏で何を画策していたのかも」

「あ……」


 小代美が狼狽えても尚、守の言葉は続く。


「君にとって清佳は自慢の娘で大層可愛がっていた。だが清佳があらゆる男を魅了できる娘と知って、君には欲が出た。君はある目的の為、清佳にあらゆる花嫁修業を施した。そして、清佳が美しく聡明に成長してゆくと同時に君は母親同士の中では頂点に君臨することができた」


 守の言葉に、紅玉は思い出していた。

 かつて清佳の母は同世代の子を持つ母達の中で最も権力を持つ人物であったと。

 誰も清佳の母に逆らってはいけないという奇妙な空気が漂っていたことを……。


「君が白と言えば、みな白と。君が黒と言えば、みな黒と、当たり前のように言った。そして、君が紅玉さんを粗悪と言えば、みな紅玉さんは粗悪だと言うようになったのも最早必然だと言えよう」


 紅玉は思い出していた。

 かつて己の母が清佳の母と距離を置いていたことを。

 あまり清佳の母を好意的に思っていなかったことを。

 それはもしかすると自分が原因だったのではないかと……。


「清佳はいつしか君の思惑に気付き始めていた。君が紅玉さんを必要以上に詰って引き立て役にすることで、いかに君の娘である清佳が素晴らしいか周囲に知らしめているのだと。初めての友達である紅玉さんが自分のせいで酷く罵倒されている姿を見ながら、自分は何もできないと清佳は嘆いた。そして、自分の母親が自分の意にそぐわない婚姻を勝手に進めていることにも愕然とした清佳は……紅玉さんを救う為、自分の心を守る為、母親と決別すると決めたんだ」


 衝撃的な言葉の数々に法廷内はざわめく。

 証言の内容が正しければ、紅玉の評価がやたら低かった原因は「紅玉は特別秀でたところがない」と言い捨てた小代美にある。

 しかもそれは彼女が己の娘を良く見せる為に、仕組んだ意図的なものだ……。


「それって……どうなの?」

「いや、ダメだろ……」

「人として、ない……」

「挙げ句、娘の意思を無視した結婚って……」


 あちこちから聞こえてくる棘のような言葉の数々に――小代美は頭に血が上ってしまった。


「あんたのせいよっ!! あんたがっ! あんたがぁっ!!」


 物凄い形相で紅玉に掴みかからんと動き出す小代美を警備部二名が必死に制する。

 蘇芳は紅玉を背に庇い、燕も小代美の前へ出て、立ちはだかる。

 しかし、それでも小代美の怒りが治まることはない。


「あんたが千花に近付かなければ、あの子は今頃望み通りの結婚ができたのにぃっ!! あんたさえっ! あんたさえいなければ、千花は誰もがうらやむ幸せな人生を送れたのにぃっ!!」


 狂ったように叫ぶ小代美を、守は冷ややかな目で見つめることしかできなかった。

 すると、隣で黙って立っていた清佳が動いた。


「清佳?」


 清佳は小代美の前へ立ち、じっと見つめる。


「千花……!」


 娘が帰ってきたことに小代美は喜びの笑みを浮かべる。


「ああ……帰ってきてくれたのね、千花……! 良かったわ! さあ、お母さんと一緒に帰りましょう!」」

「……あなたは誰?」


 清佳の言葉に、小代美の表情は凍り付いた。


「あなたは誰なの? そもそも、さっきから何訳のわからないことを言っているの?」


 それはあまりにも無邪気であっさりとした声だった。


「な、何を言っているの? 千花……私はお母さんよ! あなたの母親でしょう!?」

「……私は千花じゃなくて清佳。そして、神の半身である私には母なんているはずがないわ。だって私は生まれてからずっと守さんの妻だもの」

「…………は?」


 清佳の発言の意味を理解できる者は誰もいなかった。


「どう言う意味だ……?」

「神の半身……?」

「生まれてからずっとって……?」


 法廷内に疑問が飛び交う中、後ろで控えていた双子の少年達が前へ出た。


「「それについては我々が説明致します」」


 恭しく頭を下げた右京と左京に注目が集まる。


「我々も神界へ足を踏み入れて初めて知ったのですが、神隠しにあった人間は下界――つまり地上での記憶を全て忘却し、神の半身として生まれ変わるそうです」

「すなわち、こちらにいらっしゃる清佳様には、千花様として生きた記憶も神子としての記憶も一切ございません。舞踊傘の神である守様の伴侶であり半身の清佳様なのです」


 告げられた衝撃的な話に小代美も法廷内も愕然としてしまう。

 勿論、紅玉も……。


「あなたが誰かはわからない……でも、さっきからあなた、最低ね」


 清佳の口からきっぱりとはっきりと綺麗な声で棘のような言葉が発せられる。

 小代美は思わずたじろぐが、清佳は止まらない。


「娘を良く見せる為に他人を傷付るなんて、物凄く心の醜い人だわ。挙げ句、その娘すらも利用しようとしていただなんて、汚らわしい」

「ちっ、違うわ! 利用だなんてしていないわ! 私は娘の為を思って――」

「――本当に娘の為なの? どうせ自分の為でしょう? 本当に娘の為なら娘の意思を尊重するはずだもの。あなたは娘の意思を無視していたんでしょう?」

「そ、れは……!」

「挙げ句自分の思う通りにいかなければ、人に責任を押し付けて詰って侮辱して……心から軽蔑するわ」


 棘のような言葉を吐き続ける清佳に、紅玉は思わず目を剥いた。

 かつて清佳はここまで苛烈なことを言う人だっただろうか。

 どちらかと言えば、彼女の姉の方が苛烈ではあったが……。


 そこまで考えて紅玉はハッとする。

 もしかして、清佳もなかなか苛烈な人物であったのではないかと。

 小代美の言いつけで淑やかではあったが、本当は物をはっきり言う人だったのではないかと。

 抑え付けていた感情や昔の記憶を忘却した今、本来の性格が前へ出てしまったのではないかと……。


「あなたのような人が母であったことを忘れられて心底良かったと私は思うわ」

「千花……っ、違うのよ、千花!」

「近寄らないで! 大嫌いよ! あなたのような汚い人は!」


 清佳に拒絶され、小代美は力なくその場に崩れ落ち、ボロボロと涙をこぼす。

 その涙を拭おうと駆け寄る存在は誰もいなかった。

 声をかけようとする存在すらもいない。


 あまりにも憐れな小代美の姿に紅玉は心締め付けられるが、ここで自分が駆け寄ったところで何も解決はしないこともわかっていた。

 何か言っても、逆に小代美の神経を逆撫でることも……。


(清佳ちゃんのお母様は自分で気付かなければいけません……自分の行いがどれ程、清佳ちゃんを傷付けてきたのかを……そして、その行いが自らに返ってきてしまった事を)


 冷酷だが、紅玉ができるのは黙って見守ることだけだ。

 だけど――。


「……畏れながら」


 紅玉にはどうしても聞いておきたいことがあった。

 突然声をあげた紅玉に周囲は驚いていた。


「畏れながら……清佳様にお聞きしたいことが……」

「なあに?」


 先程とは打って変わって、柔らかな声だったのでホッとする。

 だが、今や神の半身である清佳に話しかける行為は、なかなか緊張するものだった。


「清佳様は……今、お幸せですか?」

「ええ、とっても。愛する人の傍にいられて、私、幸せよ」


 大輪の花が咲いたような美しい微笑みに……紅玉は涙をほろりと零していた。


(何度……後悔したことか……)


 小代美に責められて詰られて、自分のあの時の行動を何度後悔したかわからない。

 あの時、紅玉は清佳の決意を止めることができなかったから……。




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