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大和撫子さまのお仕事  作者: 小茶木明歌音
第六章
298/346

紅玉の評価についての証言




「彼は紅玉の幼稚園から高校生までの同級生です。故に小代美の証言にあった紅玉の評価についてもよく知っている人物です」


 文の説明に飛瀧は頷く。


「弁護人、尋問を」

「はい」


 燕は立ち上がると文と入れ替わり、寿々白に尋ねていく。


「先程、小代美の証言にありました、紅玉が周囲やクラスメイトから『大したことがない』『能がない』と言われていたという話……これは事実ですか?」

「は、はい……間違いありません」

「……主に紅玉をそのように評価していたのは誰ですか?」

「…………っ、そ、の…………俺、じゃくて……わたし、です」

「あなたが紅玉をそのように評価していたのですか?」

「は、はい……」


 寿々白の口調はしどろもどろといった感じである。

 挙げ句、紅玉をチラチラと見ては、俯く。

 実にハッキリとしない態度である。


 燕はチラリと文を見れば、彼は呆れたように寿々白をジトリと睨み付けていた。

 それを見て、燕は薄々気付き始める。


「あなたがどのように紅玉を評価していたのか具体的に教えていただけますか?」

「えっ……!? い、言わないと駄目ですか?」

「はい。紅玉が周囲からどのような評価を受けていたのかが分かる重要な証言になりますので」

「そ、それは……ちょっと……黙秘、します」


 言い渋る寿々白の様子に原告側の武千代は内心舌打ちをした。

 寿々白の裏付け証言があれば、小代美の証言が確実なものになるというのに……。

 しかし、その一方で、何故弁護側の文が紅玉の不利になる証人を連れてきたことに首を傾げた。


 燕は尋問を続ける。


「では、紅玉はどのような学生だったか具体的に証言していただけますか?」

「は、はい……えっと、紅玉は幼稚園の頃から敬語口調で、年齢にそぐわない立ち居振舞いをしていて、変に浮いた子でした」


 幼少期から今と変わらない立ち居振舞いをしていたという事実に法廷内は目を剥いた。

 敬語を使いこなせる淑やかな幼女――それは変に目立つだろうと思った。


「学生時代の紅玉は海に比べて身体機能は大したことなかったのでしょうか?」

「えっと……運動は、う、海、には敵わなかったけど……まあ、剣術道場に通っていて体力もあったから、決して悪いってわけじゃ……むしろ女子じゃ上の方で……」


 寿々白の証言に「ん?」と法廷内の誰もが思った。


「葉月と比べて成績の方は?」

「ぶっちぎりで、えと、葉月がトップだったけど、紅玉も学年十位以内はいつもキープしていたから、別に悪くは、なかった……と……」


 続いた証言に「んん?」と法廷内が思う頃には、燕はほぼ確信を抱いていた。


「歌留多界次期女王の蜜柑と比べたら?」

「次期女王ですよ? 誰も敵いませんって。唯一渡り歩けたのは紅玉くらいで」

「将棋と囲碁の二刀流の藤紫と比べたら?」

「あれは藤紫が特殊なだけで……まあ、紅玉も一応将棋も囲碁もできるらしいですけど」

「清佳と比べて美しさは?」

「流石にあの清佳と比べたら紅玉は平凡ですよ」

「では、紅玉にこれと言って秀でた能力がないと言うのは?」

「まあ……一番って呼べる特技はなかったっていうことで……」

「……つまり、こういうことですか?」


 燕がまとめる。


「運動神経は上位の方で、成績も十位以内をキープしていて、歌留多も将棋も囲碁もできて、見た目も平凡で特別秀でた能力がなかったから、紅玉は『大したことがない』『能がない』ということですか?」

「ええっと…………は、い」

「全ッ力で! 異議ありです!!」


 燕の言葉に法廷内の誰もが頷いてしまっていた。

 燕は更に寿々白を問い詰める。


「あなた、運動神経に自信は?」

「いや、別にそこまでじゃ……」

「剣術はできますか?」

「い、いえ」

「勉強の成績は?」

「ちゅ、中の中」

「歌留多は?」

「できません」

「将棋と囲碁は?」

「わかりません」

「容姿に自信は?」

「……ございません」

「それでよくもまあ紅玉を『大したことがない』『能がない』だなんて言えたものですねぇ!?」


 カンカンッ!――木槌の音が鳴り響く。


「弁護人、冷静になりなさい」

「……失礼しました」


 飛瀧に窘められ燕は冷静さを取り戻すも、まだ言い足りない表情をしていた。


「寿々白さん、あなたに問います。何故あなたは紅玉を『大したことない』『能がない』など評価したのでしょうか?」

「そ、それは……その……小さい頃の話だから、あまり覚えて……」

「小さい頃の話だから紅玉を貶したことなど最早時効だと思っていらっしゃるのですね?」

「け、貶してなんか……!」

「あなたが必要以上に紅玉を貶したその理由をお聞かせください」

「……い、やっ……そ、の……っ」


 燕と紅玉を交互に見て、ますますしどろもどろになる寿々白を見て、文が盛大に溜め息を吐いて立ち上がった。


「いい加減にしろよ」


 それは美しくも底冷えのする恐ろしい声だった。

 背筋を凍らせながら、寿々白が振り返ると、文が神力と黒が混じった色の瞳を吊り上げて睨み付けていた。


「あんたのそのちっぽけなプライドのせいで紅さんが大きく誤解されて悪にされているってことに気付けよ」


 寿々白は思わず息を呑む。


「そ、そんなつもりは……そんなつもりは、なかったんだ……だ、だって、まさか紅が、そんなに追い詰められているなんて……」

「言葉には魂があって、簡単に人を縛れるんだ。自分の発言には最後まで責任を持てよ」


 年下の文に説教され、寿々白は思わず俯いてしまう。

 挙げ句、その場面を紅玉に見られているということが恥ずかしくて堪らない。


「……寿々白さん、あなたが紅玉を『大したことない』など貶したその理由は?」


 燕にゆっくり問われ、寿々白は口を開く……。


「……好きだったんだ……紅のこと……俺に構ってほしくて、わざと意地悪なこと言っていたんだ……ごめん……ごめん、紅」

「え…………?」


 掠れた声で告白した寿々白の言葉に紅玉は目を剥いてしまった。

 しかし、その一方で――。


「うみゅ、そんなことだと思った」


 水晶やその周囲(いやもう法廷内ほぼ全員)がうんうんと深々と頷いていた。

 むしろ驚いているのは紅玉と原告側だけだろう。


「えっと……好き、だったのですか? わたくしが?」

「ああそうだよ! 好きだったんだよ! お前のこと!」

「でも、いつも意地悪なことしか……」

「だから! 構って欲しかったんだよ!」

「えっと……ごめんなさい……わたくし、全然気が付かなくて」

「言うな! 逆に惨めになる!!」


 紅玉の性質の悪さが遺憾無く発揮している。今も、昔も。

 若干、寿々白を憐れに思いつつも、蘇芳はかつて紅玉の里帰りの時に出会った寿々白に牽制をかけて良かったと染々と思った。

 更に牽制をかける為、紅玉の肩を抱くのも忘れない。

 ついでに睨んでおいた。彼の軽はずみな言動のせいで紅玉が傷付いていたのは事実なのだから。


 すっかり畏縮して顔が上げられない寿々白をジトリと見下ろすと、燕は飛瀧の方を向いて「以上です」と言って尋問を終えた。


「ふむ……紅玉は間違いなく周囲からの評価は低かったということですが……所詮は幼稚な悪戯心によるもの。自尊心を傷付けられて、果ては憎しみまで抱くようになり得るのでしょうか?」


 裁判長である飛瀧の意見は至極尤もである。

 しかし、これに困るのは原告側だ。


「裁判長! お待ちください!」


 そう言って立ち上がったのは、清佳の母である小代美。


「被告人は間違いなく娘を恨めしいと思っていたはずです! 彼女は私の娘と同じく舞踊のお稽古もしておりましたが、その才能は私の娘と比べたら平凡そのもので、優秀な娘と比較されていつも戸惑っておりましたもの!」


 その当時のことを紅玉はよく覚えている。

 そして、小代美の言う通り、清佳と露骨に比較され戸惑ってしまったことも……。


(でも……それは……)


 そっと小代美を見れば、小代美が憎しみの目を向けて、叫ぶ。


「清佳が憎かったんでしょう!? だから清佳を見捨てたんでしょう!? いい加減認めなさいよぉっ!!」


 真っ赤になって怒鳴り散らす小代美に、武千代と桜姫の方が戸惑う程だ。

 法廷内も徐々にその違和感に気付き始める。


「……裁判長、小代美を黙らせる為にも紅玉の過去を知る『ある御方』を召喚してもよろしいでしょうか?」

「……『ある御方』ですか?」


 飛瀧は文の丁寧な言い回しに首を傾げ、武千代は文の発言に顔を顰めた。


「被告側、勝手な行動は慎んでもらいたい」

「だったらアンタらが黙らせてよ。そのおばさん」

「……っ……」


 返す言葉などなかった。

 今や小代美は押さえ付けるので精一杯で、今にも紅玉に殴りかかりそうな勢いなのだ。

 小代美に勝手な行動をされて困るのは原告側も同じだ。


「……原告側も異論なし、ということで」

「……今回だけです」


 飛瀧も武千代も頷いたので、文は早速合図を送った――真上、いや天に。


 瞬間、床に美しい紋章が浮かび上がり、天から光が差し、誰かが舞い降りる。

 青みがかった黒い髪を持つ長身の二人――一人は瑠璃紺の瞳を、もう一人は江戸紫の瞳持つ双子、右京と左京。


 二人の登場に法廷内が驚いてしまう。

 神界へ神隠しされたはずの二人が帰還したのだから。


 そして、更に驚くべき事は、降臨したのが右京と左京だけでなかった事――。


「ちっ……ちか……っ!」


 小代美がふらりと立ち上がり見つめる先に立っていたのは、薄浅葱の真っ直ぐな髪と同じ色の潤んだ大きな瞳を持つ美人――前三十五の神子こと清佳だった。




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