表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大和撫子さまのお仕事  作者: 小茶木明歌音
第六章
296/346

神域裁判開廷




「静粛に」


 有無を言わせない冷酷な声が響き渡る。

 ピタリと話し声が止んだと同時に法廷に現れたのは、銀混じりの真っ白な髪と冷酷な印象の切れ長の青い瞳を持つ男性。

 三十八の神子の飛瀧であった。


 飛瀧は法廷内で最も高い位置にある裁判長席に立つ。


「全員、ご起立を。皇族神子様方の入廷です」


 神子、神、職員が一斉に立ち上がると、ぞろぞろと入ってきたのは皇族神子七名だ。

 そして、最後尾の桜姫とともに入ってきたのは――。


「聖女様だ……!」

「真珠様……!」


 七の神子補佐役であり、かつて神域の危機を救った聖女である真珠。

 真珠のごとく乳白色の輝く髪は今日も美しく、聖女のような真っ白な装いを見事に着こなし、誰もの視線を奪うが、それよりも目を引かれたのはその顔色の悪さだった。

 そして、足元はかなりふらついており、桜姫が一生懸命支えていた。

 真珠の弱りきった姿に誰もがざわめく。


「真珠様……」

「お痛わしい……」

「かわいそうに……」

「辛そうだな……」


 やがて月城、露姫、暁、咲武良、菜種姫の五名は裁判長席の前に着き、武千代と桜姫と真珠は原告側の席へ着いた。


 反対側の被告側の席はまだ誰もいない……。


「ご着席ください」


 その呼び掛けに全員着席するが、飛瀧が立ち上がったままだった。

 そして、飛瀧はそのまま宣言する。


「間もなく定刻を迎える。それまでに被告である紅玉が現れない場合、法に則り、紅玉を有罪とし神域及び現世へ指名手配をかける」


 法廷内は一気にざわめく。


「尚、その場合、紅玉の血縁者は全て身柄を皇族神子預かりとなる」


 特に驚きを隠せないのは水晶の周囲にいる者達だろう。

 一方でその水晶は冷静だった。


(ああ……結局そういう作戦ね)


 思わずギリッと奥歯を噛み締める。


(やっぱり、狙いは…………)


 そう思った時だった。

 法廷の真ん中に赤い紋章が浮かび上がったのは――。


 力強い神力に誰もが警戒する中、現れた二つの影に水晶はニヤリと笑っていた。


「まったく、遅いよ」


 神力の渦が収まり、二つの影が露となる。


 一つは力強い蘇芳色の髪と鋭い金色の瞳と強靭な身体を持つ神域最強戦士。

 そして、一つは髪も瞳も神力に染まらない漆黒の色を持つ、神域の嫌われ者で、今やお尋ね者となった〈能無し〉の――。


「裁判長、遅くなりまして大変申し訳ありません。十の神子補佐役紅玉、参りました」


 被告人である紅玉と蘇芳の突然の登場に法廷内がより一層ざわめく。


「静粛に!」


 飛瀧の一声で、法廷内は静けさを取り戻す。


「被告人は席へ」


 飛瀧に促されるまま紅玉は被告側の席へ向かう。ふらつく身体を蘇芳に支えられながら……。


 その様子に誰もが驚きを隠せない。

 何故なら紅玉もまた真珠同様に顔色が酷く悪いからだ。

 挙げ句、蘇芳の力がなければ一人で歩くのもままならないらしい。

 〈能無し〉の弱々しい姿に囁き合う。


「嘘っぽい……」

「演技だろ……」

「呪いの代償か……?」

「自業自得……」


 紅玉とともに蘇芳も被告側の席に着いたのを見て、武千代が言った。


「……蘇芳、貴殿は〈能無し〉に騙され利用されているだけです。今すぐ退廷すれば今までの愚行を全て赦しましょう。君の一族も守られる。早急に退廷なさい」


 しかし、蘇芳がその指示に従うはずがない。

 紅玉を抱き寄せると、武千代を真っ直ぐに睨み付けきっぱりと告げる。


「自分は盾の一族とは最早関係ない存在。もしこの件で一族が罰せられても自分の良心に呵責はない。自分が心から守りたいと思うのは、紅玉ただ一人だけだ」


 その言葉が発せられた瞬間、ギリリッと歯を食い縛る音が武千代の隣から聞こえた。隣に立つ桜姫から……。

 武千代は溜め息を吐き告げる。


「……後悔しても知りませんよ」

「後悔などあるはずない」


 流石は頑固で有名な一族だと思いながら、武千代は言い放つ。


「しかし、〈能無し〉には弁護人が不在のようですね」


 武千代の言う通り、被告側の席には紅玉と蘇芳しかおらず、対して原告側の席には武千代と桜姫と真珠の他、弁護士らしき人物達が並んで座っており、武千代達を補佐しているようだった。


「……何か問題でも?」

「弁護する存在がいない……それすなわち、もうすでに法は〈能無し〉を信用していないと言っても過言ではないということ」


 法廷内がざわめく。


「やっぱりそうだよな……」

「〈能無し〉の弁護なんて誰がしたがるか……」

「法にまで見捨てられているならもう判決は出たようなもの……」


 聞こえてくる言葉の数々に蘇芳は歯を食い縛る。


(狙いはそれか)


 蘇芳は思わず武千代を睨み付ける。

 つまり、武千代の狙いは――。


「傍聴人へ余計な不信感を煽り、紅玉を有罪へ誘導しようとしています」


 響いた声に蘇芳と紅玉は驚いて振り返る。

 勿論、武千代も、桜姫も、真珠も。

 そして、水晶、鈴太郎も驚いて横を振り向いた。


 四十六の神子の小麦の後ろに立つ存在を――。


「異議を唱えさせていただきます」


 そうきっぱりと告げた四十六の神子補佐役である燕を。


「つ、燕、さん……?」


 戸惑う小麦にニコッと微笑みかけると、燕は陽輝を見た。


「陽輝君、神子様をよろしく頼むよ」

「えっ? えっ? 燕さん!?」


 戸惑う陽輝を余所に、燕は傍聴人席から飛び降り、法廷の真ん中へと足を踏み入れていた。

 桜姫は立ち上がると、燕の前へ立ちはだかる。


「ここは神聖なる法廷です! 部外者は即刻退廷なさい!」

「桜姫様、その命令は受け入れられません。何故ならば私は裁判長の許しを得てここにおります」

「……えっ!?」


 桜姫は慌てて飛瀧を見る。

 飛瀧は呆れたように溜め息を吐いていた。


「……せめて階段を使って降りてきなさい」

「この方が早いと思いまして」


 そして、燕は法廷を見渡して恭しく礼をした。


「法廷におわす皆々様にご挨拶申し上げます。この度、紅玉の弁護を務めさせて頂きます、四大華族が一つ、法の一族の末娘、燕と申します」


 突然の四大華族の登場に、法廷内が一気にざわめく。


「飛瀧……これは一体どういうことですか?」


 そして、皇族神子である武千代も驚きが隠せないようだった。

 そんな武千代を見つめながら飛瀧は告げる。


「……我が法の一族最も重んじている信念は公平性。故に一点からだけでなく、ありとあらゆる場所からの視点を必要とします。燕はそのあらゆる目の一人であり、我が妹でございます」

「いっ、妹……!?」


 どうやら皇族神子ですら、法の一族である飛瀧に妹がいることを把握していなかったようだ。

 紅玉がそっと周囲を伺えば、武千代だけでなく、桜姫や並んで座る他の皇族神子達も驚いているように見える。

 そして、同じ四大華族であるはずの金剛や蘇芳も驚いているようだ。


 しかし、皇太子である月城は表情を崩さず冷静な顔のままだったので、紅玉は流石と思った。


 すると、飛瀧はカンッと木槌を振り下ろし、宣言をする。


「燕を紅玉の弁護人として承認します」

「裁判長のご判断に感謝します」


 そして、燕は堂々と被告側の席へと立ち、紅玉にニコッと微笑んだ。

 紅玉は戸惑いながらも心強い味方の登場にほっとしてしまう。

 ふと傍聴人席を見れば、水晶達が見守っていてくれる。

 何よりもずっと隣に寄り添ってくれる蘇芳の存在が紅玉を励ましてくれた。


(負けるわけにはいきません……!)


 そして、再び木槌の音が鳴り響く。


「それではこれより、神域裁判開廷致します」


 こうして紅玉の罪を問う裁判が始まった。




*****




「【眠れ】」


 屈強な男達があっさりとバタバタと倒れ、ぐうぐうと眠ってしまう。

 見慣れている力ではあるものの、やはりその力の強制力には恐ろしさも感じてしまう訳で……。


「あ、相変わらず、掟破りな異能……」

「ほら、さっさと行くよ。効果はせいぜい一、二分なんだから」


 すたすたと歩いていくその者を慌てて追いかける。


「ね、ねえ……こんな泥棒みたいな入り方していいの?」

「仕方ないでしょ。今、俺達はお尋ね者なんだから――【眠れ】」


 バタリ――またまた屈強な男が倒れた。


「お喋りは後回し。今は先を急ぐよ。もう裁判は始まっているんだから」

「う、うん……!」


 屈強な男達を次々と眠らせていく男の後を、女ともう一人男が追いかけながら、裁判所の中を突き進んでいく――。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ