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大和撫子さまのお仕事  作者: 小茶木明歌音
第六章
295/346

神域裁判へ





 宮区神子管理部の職員からその知らせを受け取った三十五の神子こと風雪は首を傾げていた。


「……神域裁判……って何?」

「その名の通り神域で開催される裁判の事でございます」


 何の捻りもない名前と思ったが、続いた言葉に風雪は目を剥くことになる。


「審判者は神子様や神様であり、多数決で判決が下されます。神域裁判で有罪となった者は神罰が下され、魂が滅されます」

「は?」

「また被告人が裁判に応じなかった場合も同様の処分が下されます」

「はあ!?」


 思わず叫んでしまう程にそれは衝撃的な事実であった。

 有罪になった場合の刑があまりにも重すぎる上に、裁判の無断欠席も同様の処分が下されるなど重い、重すぎる。


「……それ、は……ちょっとやり過ぎなんじゃ……」

「聖女様の命が関わっているのですよ!? それに史上最悪の神子が裏で糸を引いているという噂もあるのです! やはり〈能無し〉は不幸を招く存在でしかない! これくらいの処分は当然だという皇族神子様のご判断です!」


 そう断言されてしまえば、風雪に言い返す気力もなかった。


「とにかく裁判へのご出席、よろしくお願いします」


 宮区の職員はきっぱりとそう告げると、足音を鳴らし、立ち去っていった。


「…………これ、最悪じゃん」


 風雪は手渡された知らせを絶望した気持ちで見るしかできなかった。




 知らせは巡る。

 神域中を巡る。

 神域裁判の開催を。

 聖女を救う裁判の開催を。

 〈能無し〉に裁きを下す裁判の開催を。

 巡る、巡る、どこまでも巡る。


「聖女様を救え!」

「裏切り者の〈能無し〉に極刑を!」

「藤の神子を絶対に赦すな!」


 ほとんどの者達は正義を翳して叫ぶ。

 紅玉を庇う少人数の声などかき消して……。




 そして、無情にも裁判の朝はやってきた。




「はい、神子様、支度が整いましたわ」

「ありがとう、仙花」


 水晶はゆうるりと立ち上がり、鏡で己の姿を確認する。

 白衣と鮮やかな緋袴、そして真っ白な千早を羽織った、神子の代表的な装いだ。余計な飾りは一切付けず、動きやすさを重視している。


「……本当に、この装いでよろしいので?」

「ええ。恐らく今日は……戦いになるだろうから」


 真剣な水晶の表情に仙花は思わず息を呑む。


「今日はお付きとして槐と紫を連れていくわ。他の者達は祈りの舞台で待機していて」

「「「「「神子様の仰せのままに」」」」」


 見送ってくれる十の御社の神々に背を向け、水晶は御社を出て向かう。


「槐、紫……行くわよ」


 裁判が開催される大鳥居広場へ――。




*****




 大鳥居広場へ辿り着くと、そこには昨日まで無かった建物がそびえ立っていた。

 恐らく神術で造り上げた臨時的なものだろうが、外装は非常に立派なもので、西洋文化を取り入れた煉瓦造りの建物だった。


(……〈能無し〉を裁く為にここまで力を入れるとはね……)


 皇族神子達の力の入れ方に感心しながら、水晶は建物の中へと足を踏み入れる。


 中央本部の職員に案内され、辿り着いたのは、これはまた西洋文化を取り入れた大法廷だった。

 一番奥の最も高い座席は裁判長席。その前にあるのは陪審員席だろう。

 法廷内の中央にあるのは証言台、左側には原告側の席、右側には被告側の席がある。

 そして、法廷をぐるりと囲うようにして傍聴人席があった。


 もうすでにその傍聴人席には、多くの神子や神が集っていた。

 各々会話をしていたようだったが、水晶が姿を表した瞬間、ピタリと会話が止み、一斉に突き刺すような視線が水晶に集中する。


 無理もない。

 今回の裁判の被告人は水晶の姉である紅玉なのだ。

 未だに行方を眩ましている〈能無し〉の――。


 しかし、水晶はそんな視線にも臆せず、姿勢を正し、前を向いて歩みを進める。


「よくもまあノコノコと顔を出せたものね……」

「被告人が身内だというのにあの態度……」

「図々しいにも程があるわ……」

「どうせあの子もグルなんでしょ……」


 棘を一切隠そうとしない陰口にも、水晶は下を向かない。

 ただ真っ直ぐ前を見据えたまま、指定の席に座った。

 そんな堂々とした水晶の振る舞いに、槐は感心し、紫は感動を覚える。


 しかし、それでも陰口は減らない。消えない。


「きっとあの子もあの女と同じ……」

「卑しく卑怯者の〈能無し〉……」

「きっと他にも悪事が明らかに……」

「悪女め」

「禍を招く女」

「〈能無し〉なんて神罰が下されてしまえ」


 思わず水晶の握る手に力が入り、爪が掌に食い込んでしまう。

 ふと、前に誰か立ち、影が射したので顔を上げれば、そこにいたのは――。


「ご機嫌よう、〈能無し〉の妹神子」


 四十の神子こと胡蝶――妖艶な笑みを浮かべて嫌味を隠そうとしないその態度は相変わらずだ。

 いつもであれば、その嫌味も軽く返せるところだが、今日の水晶は虫の居所が悪く、思わず光の宿らない冷たい視線で睨み返してしまう。


「まあ、なんですの? その態度。挨拶くらいしたらどうなの? まったくあなたの神子補佐役は一体どんな教育をしていたのかしら……って、ああそうでしたわね。その補佐役が問題なのでしたわね。失礼しました」

「……」


 水晶が何も言い返さないことをいいことに、胡蝶は更に笑みを深めて、口を開く。


「そう思えばあなたも運が悪いことですわね。同情致しますわ。何せ、あなたの補佐役はただの補佐役ではなくて実の姉なんですもの。拒絶したくてもできないですわよねぇ」

「…………」

「でも、もう安心なさって。本日の裁判で〈能無し〉は裁かれ天罰が下されます。そうすればあなたにもやっとまともな補佐役が付きますわ」

「……………………」

「実の姉だからと言って気に病む必要はありませんわ。本日をもって縁を切ってしまえばいいのですもの。あんな極悪人など生きているだけであなたの枷でしか――」

「――黙りなさい」


 背筋がゾッとするような声が聞こえた瞬間、胡蝶は声が出せなくなる。息もできなくなる。

 まるで全身が凍り付くような神力の圧の中でなんとか視線だけ動かせば、水晶が白縹の神力を撒き散らし、水色の瞳をギラリと光らせて、静かでありながら全てを凍らせるような怒りを湛えていた。

 自身より半分以上年下の少女の凄まじい力に胡蝶は恐怖しか浮かばない。


「……もういっぺん、私の大事な姉を侮辱してみなさい……全身氷漬けにして、あなたの御社に未来永劫飾ってあげるわ」

「ひっ!?」


 突き刺すような氷の言葉に胡蝶は弾かれたように腰を抜かし、「ひぃ、ひぃ」と情けない悲鳴をあげて地面を這いつくばりながら、命辛々といった感じで逃げ出した。

 それでも怒りのおさまらない水晶はジロリと周囲を睨み付ける。

 すると、誰も水晶と視線を合わそうとはせず、先程まで吐いていた悪口もピタリと止んでいた。


「神子、気を鎮めい。深呼吸じゃ」

「…………」


 槐に肩を叩かれ、水晶はゆっくり、ゆっくり呼吸を繰り返す。

 やがて暴れ狂いそうになる白縹の神力を抑え込み、落ち着きを取り戻した。


「……ごめん」

「気にせんでええ。儂かて腸煮えくり返りそうじゃ」

「ちょっと! 槐様まで暴走するの止めてくださいよ……!?」


 紫が真っ青な顔で必死に言った。


 少し無駄に神力を放出したせいで疲れたようだ。

 水晶は背もたれに身体を預け、ふぅと大きく溜め息を吐いた。


 そんな水晶の隣に座る者が現れる。


「ここ、失礼するわよ」

「! 藍ちゃん……」


 二藍の緩く波打つ肩より長い髪と猫のようなつり上がった青緑の瞳を持つ、二十七の神子こと藍華。


「ここ、空いているんでしょ? なら座っても問題ないでしょ?」

「……でも、藍ちゃん、座席は神子の番号順で指定のはずだよ」


 つまり藍華が今座るべきなのは九の神子のはずだ。


「九の神子には変わってもらっているから安心して」

「でも……怒られちゃうんじゃ……」

「いいわよ。九の神子も十一の神子も喜んで譲ってくれたわよ」

「でも、藍ちゃん……」

「~~~~もうっ! 仕方なくここにいてあげるって言っているのっ! いいじゃない! 自分の好きな席に着いたって!」


 藍華は怒ったようにそう言うと、頬を赤く染めてぷいっとそっぽを向いてしまった。


「つまりは晶ちゃんのことが心配で心配で仕方がないって意味ですよね?」


 その言葉とともに十一の神子の席に座ったのは――。


「鈴太郎……!」

「僕らもここにお邪魔しますね」


 へらりと笑みを浮かべる鈴太郎の後ろには男神の時告と護衛役の実善と補佐役の慧斗もいた。


「藍ちゃん、自分の気持ちはきちんと言葉にして素直に伝えた方がいいですよ」

「べっ、別に私はここにいたくているわけじゃ――!」

「――自分の気持ちを伝えられずに永久に後悔するより、ずっといいですから」


 その言葉を聞いた瞬間、藍華は勿論、水晶もハッとさせられてしまう。

 何故だか分からないが、深い思いが込められているような気がしたから。

 鈴太郎の笑みがあまりに哀しいものに見えたから……。


 藍華は唇を噛み締めると、水晶の手を握る。


「……私、も……信じているから……」

「え……?」

「……紅のこと……信じてる」


 視線は相変わらず合わないものの、頬を赤く染めるその姿は嘘偽りなどなかった。


「……藍ちゃん、ありがと」

「勿論、僕らも信じていますよ。紅玉さんのこと」

「鈴太郎もありがと」


 鈴太郎だけでなく、実善と慧斗と時告も微笑みかけてくれる。


「我々もこちらに失礼させていただくよ」


 凛とした声でそう言ったのは、肩より短い銀混じりの黒髪と冷静さを窺える切れ長の深海色の瞳を持つ、四十六の神子補佐役である燕だった。

 そして、その後ろにいるのは、三つ編みにした小麦色の髪とまんまるな緑色の瞳を持つ四十六の神子こと小麦と、耳の横辺りだけ竜胆色に染まったほぼ漆黒の髪とわずかに茶色が混じった漆黒の瞳を持つ神子補佐役の陽輝だ。


「水晶ちゃん……っ」


 小麦は水晶に駆け寄ると、瞳からポロポロと涙を零してしまう。


「だっ、大丈夫だよぉっ……ふ、不安だけど、こっ、紅玉さんはっ、絶対にっ、悪くないもんっ……」


 水晶の手をぎゅうっと握り、必死に励まそうとしてくれる小麦の姿に水晶も思わず貰い泣きしそうになってしまう。

 一向に泣き止まない幼馴染を陽輝が涙を拭いながら背中を擦る。


「小麦、落ち着けって。晶ちゃん、俺も信じているよ。俺達だけじゃない。兄貴もみぞれ姉さんもみんな信じている」


 陽輝の言葉にハッとなってそちらを向けば、二十五の御社のみぞれが微笑んで小さく手を振ってくれていた。

 その近くに立つ大瑠璃も親指を立てて微笑んでいる。


「ついでに八の御社もな」


 ハッとなって振り返れば、八の神子の金剛が笑顔で手を振っていた。

 その補佐役の肇も微笑んで会釈してくれる、


「安心しな、晶ちゃん。俺の可愛い弟は絶対紅ちゃんを守ってくれるさ」

「うん、知ってる」

「ははは、流石信頼度が高いな」

「当然。約束したんだもの」


 姉を守り抜くと。

 大事にすると。

 泣かせないと。


「可愛い弟が味方をしているんだ。その兄貴が味方にならないわけにはいかねぇな」

「……大丈夫なの?」


 蘇芳もそうだが、金剛もまた四大華族の一つである「盾の一族」だ。

 皇族に忠誠を誓っているはずの……。


「関係ねぇよ。おじさんはおじさんが信じているものを信じるさ」


 ニッと笑った金剛の存在がどれほど心強いことか……。

 緊張で冷たくなっていた身体が温かくなっていく。


「お団子はいらんかね? 美味しい美味しいお団子だよ」

「よもぎさん!?」


 紫の驚いた声に振り向けば、そこにはよもぎが団子を番重に載せて首から提げて売り歩いていた。


「ほぅら、晶ちゃん、美味しいお団子お食べ。可愛い笑顔を見せておくれ」

「よもぎばあちゃん……」


 差し出されたよもぎ団子を震える手で受け取る。

 そう、震えているのだ。

 姿勢を正し、毅然とした態度でいても、胸に巣くう不安と恐怖は消えなかった。

 身体は震え、全身は凍り付いていくように冷たくなっていく……。


 だから、だからこそ嬉しくて堪らない。

 嬉しくて、嬉しくて……安心して、涙が溢れそうになる。

 味方がこんなにもいてくれることが、こんなにも姉を信じてくれる存在がいてくれることが、ありがたくて、嬉しくて、安心して……。


「……ありがと、みんな」


 水晶は精一杯微笑んだのだった。




*****




 脚をもつれさせながらなんとか自分の席に戻った胡蝶はぜえぜえと荒い呼吸を繰り返していた。

 その様子を周囲が冷ややかな目で見つめる中、彼は近づいていく。


「お隣失礼するよ」


 その声に胡蝶が顔を上げれば、そこにいたのは――。


「風雪様、そこは三十九の神子の席です。あなたは三十五の神子でしょう」

「カタイコト言いっこなし。交換してもらったしさ」


 ニコニコと笑いながら、風雪は遠慮なく胡蝶の隣に座った。


「君とは腹割って話したいし」

「……あたくしには話すことなんてございませんことよ」

「君が一体何をしたいのか俺には分からない」

「っ!」


 風雪の声色が変わったことに気付き、チラリと視線を向ければ、風雪は真剣な表情で胡蝶を見つめていた。


「君の目的は? 何の為に十の神子を挑発した?」

「…………」


 胡蝶は何も言おうとしない。

 風雪から視線を外し、完全に無視してしまう。

 そんな胡蝶の態度に風雪は溜め息を吐いて追及を止める他なかった。


「……俺には、君が分からないよ……四十の神子」


 できたのは無視する胡蝶の横顔を見つめることだけだった。




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