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大和撫子さまのお仕事  作者: 小茶木明歌音
第六章
293/346

皇族神子による御社捜査





 翌朝、早速皇族神子は〈能無し〉捜索へ動き出した。

 真っ先に立ち入り調査を行ったのは、十の御社だ。


 宮区神域警備部が無遠慮に十の御社へドカドカと入り込み、あちこちひっくり返して〈能無し〉を探す。


「ああっ! ちょっ! そこはないもないですって! ってそこぉっ! ばら撒かないでよ! 誰が片付けると思ってるのぉっ!? っていうか壊すなああああっ!!」


 紫の悲痛な叫びが響き渡るのも気にせず、宮区警備部は探す、探す。

 ありとあらゆるものを崩して、壊して、探す、探す。


 しかし、〈能無し〉も神域最強も見つかることはない。


「武千代殿下、ここにはいないようです」

「……そうですか」


 武千代は柳眉を顰めながら、こちらを冷たい視線で睨み付ける十の神子と向かい合う。


「〈能無し〉はどちらへ?」

「……知らないわ」


 本当だ。

 水晶は紅玉達がどこへ行ったかなど知らない。

 しかし、それでも武千代は疑う。


「二十二の御社か? 二十七か? それとも二十五? 四十六か?」

「私は本当に何も知らないわ」


 凛とした水色の瞳に、武千代は苛立ちを覚える。

 脳裏によぎるのはその身を呪いにおかされ、命の危機に立たされている聖女真珠だ。




 昨夜、彼女の元へ訪れた武千代を、青白い顔でふわりと微笑んで出迎えてくれた健気で清らかな存在。


「どうか、無理をなさらないで……この呪いは私の誇りです……だって、大切な神域を守ることができたんですもの」


 儚い声でそう言った真珠の尊き心に武千代は心打たれた。

 なんとしてでも真珠を救わなくてはならない――改めてそう思った。




 そう、多少の無茶をしてでも…………。




「神子ぉっ!!」


 槐の叫びと同時に武千代の神術が発動していた。

 若竹色の神力の鎖が水晶を縛り上げる。


「うっ……!」

「神子!」

「神子様ぁっ!」


 水晶に駆け寄ろうとした神々を武千代に使える神々が阻んだ。


「十の御社の神々よ。決して動かないでください。この神子の命は私の手の中同然なのですから」

「おぬしっ! 自分が何をしているのかわかっておるのかっ!?」

「ええ、勿論です。これはあまり褒められた行為ではないでしょう……しかし、こちらも人の命がかかっているのです」


 武千代は鎖で縛られている水晶を捕まえると宣言した。


「彼女を人質に〈能無し〉を誘き寄せます。それでも〈能無し〉が現れないのであれば、彼女を犠牲にしてでも聖女の呪いを解く」


 藤の神子乱心事件のせいで神域中に発生した大量の邪神。

 それをかつて全て祓ったのは、その当時召喚されたばかりの神子――水晶だ。


「あなた程の清廉な神力があれば、真珠さんを救うことも可能でしょう」

「……無理よ。私にできるのは邪力を祓うだけ。呪いなんか解けないわ」

「やってみなければわからないでしょう。呪もまた邪と同じですから」


 武千代が転移の術式を書き始めたその時だった。


「殿下ぁっ!!」

「っ!?」


 武千代は目を剥いた。目を剥くしかなかった。

 何故なら先程まで捜索をしていた宮区警備部の職員達が全員武千代の身体を取り押さえていたのだから。


「なっ!? 何をする!? 離せ! 離しなさい! これは命令です!」

「いいえ! 殿下! 我々は離しません!」

「そして、このままあなたを連れて宮区へ帰還します!」

「はあっ!?」


 急に訳の分からないことを言い出した配下達に武千代は大混乱である。

 水晶もまた目の前で起きている光景にさっぱり訳が分かっていなかった。


「……あのさ、僕も一応十の御社の職員だってこと忘れていませんか?」


 その声とともに武千代の前に立ちはだかったのは紫だ。

 その柳眉を吊り上げて、珍しく怒っていた。


「うちの神子様を人質に取られて、はいそうですかって渡す御社配属がどこにいるとお思いで?」


 紫は鎖で縛り上げられた水晶を武千代から奪い返すと、槐に託す。

 いつもとは違う紫の雰囲気に水晶も槐も他の神々も困惑しきりだ。


「皇族神子様だろうと関係ない。僕は十の御社職員として神子様を守る」

「あなたはっ! 自分が何をしているのかわかっているのか!? これは皇族神子への反逆だ!」

「皇族神子反逆以前に、あなたは水晶様を生け贄にしようとしたでしょう。それは人道に反する行為だと思わないんですか?」


 紫の指摘に武千代は思わず言葉が詰まってしまう。

 そんなこと、武千代が一番わかっている。

 しかし、真珠を救う方法がそれしかないのであれば、例えどんなに批判をされようとも武千代は覚悟の上だった。


「これも全て神域の聖女を救うためだ!」

「その為にいたいけな神子様を生け贄にしてもいいと? それこそ三年前、神域の邪神を全て祓ってくれた英雄である水晶様を犠牲にしてもよいと?」

「黙りなさいっ!」


 紫に掴みかかりたくても、武千代の身体は宮区警備部にしっかり押さえ込まれ動くこともままならなった。


「こらっ! 宮区警備部! 僕を離しなさい!」

「なりません!」

「これは命令だ!」

「できません!」

「僕の命令が聞けないと言うのか!?」

「聞けません! 紫様の命令ですから!」

「……は?」


 宮区警備部の発言に、武千代は目を点にさせた。

 そして、よくよく自分を押さえ付けている者達を見れば、その目はうっとりと紫を見つめていた。


 武千代は慌てて紫を見た。

 武千代の記憶が正しければ、この男の異能は「魅了の瞳」――その瞳で見つめた者を忽ち虜にしてしまうという力……ただし女性限定の。


「ど、どういうことです……?」


 ここにいる宮区警備部はほぼ男性職員ばかりだ。

 しかし、その全員が紫の虜になっている。


「…………いやあ…………僕もまさか男相手にできるとは思っていなかったので」


 ようは、つまり――。


「女の子は喜んで! ですけど、男を魅了させるなんてイヤだから本気出したことなかったんですよね……あはは」

「なっ……!」

「……うみゅ、本気出してなかっただけなんかい」


 まさかの事実に武千代は愕然とし、水晶は思わず呆れた。


「第一にですねぇ……」


 紫はワナワナと震えるとカッと目を見開いた。


「いろいろ好き勝手に散らかした挙げ句、その後片付けはお前らがやれって、ホントふざけんなよ宮区警備部! ちゃんと後片付けしてから帰れ!」

「「「「「はいっ! 紫様!」」」」」

「うみゅ、本気出したその理由!」


 流石の水晶も愕然である。

 先程の感動をちょっと返して欲しいくらいだ。


「はい、そんなわけで四の神子様のお帰りで~す」

「なっ! 離しなさい! 離せ! 警備部! 離しなさああいっ!!」


 宮区警備部にあっさり運ばれていく武千代の叫ぶ声はあっという間に聞こえなくなってしまった。


 残されたのは武千代に使える神々だけだ。

 紫は臆することなく神々を振り返った。


「どうぞ、お引き取りを。四の御社の神々よ。あなた方の主人は宮区へお帰りですよ」

「……フッ……まさかの貴殿のような力の持ち主がいるとは……我が主も運の無いことよ」


 四の御社の男神はそう呟くと、紋章を書く。

 そして、転移の神術が発動し、四の御社の神々はあっという間に転移していなくなってしまった。


「……………………だはぁ~~っ! 疲れた……っ!」

「ご苦労じゃったのぅ、紫」


 十の御社の関係者しかいなくなった瞬間、紫は崩れ落ちるようにして倒れた。


「うぅ……皇族反逆罪だ……神反逆罪だ……いつか絶対報復される……もう引き籠ろう、そうしよう……」


 先程の堂々とした勢いはどこへやら。

 身体を縮めた姿はいっそ滑稽だ。


 しかし、紫の機転で水晶は助かったと言っても過言ではない。


「ゆかりん、あんがとね」

「いやいや……言ったでしょ。僕だって十の御社配属なんだよ。神子ちゃん害されて黙っているわけにはいかないよ」


紫はポンポンと水晶の頭を優しく撫でた。


「……それにしても、皇族神子様も手段を選ばなくなってきたね……よっぽど切羽詰まっているのかもね、聖女様は」

「……そう、ね……」

「……紅ちゃん達……無事逃げ切れるといいけど……」

「……………………」


 不安は尽きることはなく、水晶は祈ることしかできない。

 それが歯痒く感じるも、水晶ができることは……。


「……えっちゃん、御社の結界を強化。何としてでも身の安全を確保するわ」

「わかったわい」


 早速動き出す神々を見送りながら水晶は決意する。


(私は私の身を守る。囮になって、お姉ちゃん達の足を引っ張るわけにはいかないわ。何としてでも、みんなが帰ってくるまでは)




*****




 一方その頃、四十の御社の主こと胡蝶は下された命に目を剥いていた。


「抜き打ちで全御社に立ち入り捜査を実施するのですか?」

「ええ、その通りです」


 胡蝶にその命を下したのは七の神子の桜姫その人だ。


「神域中のありとあらゆる場所を捜索しても紅玉も蘇芳も見つかりません。どこかの御社に身を隠していると考えるのが妥当です。ですが、特定の御社だけを捜索するだけでは生温いです。全御社を捜索しなければ見つからないでしょう。真珠がそう助言してくれたのです」

「……なるほど……確かに」


 胡蝶が賛同してくれたので、桜姫は得意気な表情となる。


「そこで胡蝶。あなたにも御社捜査の協力をして欲しいの。私達皇族神子だけでは手が回らないから……」

「承知しました、姫神子様。胡蝶の名に懸けて、必ず〈能無し〉達を見つけてみせます」

「頼もしいですわ! 艮区の御社は武千代お兄様、巽区の御社は咲武良お兄様、坤区の御社は私が担当しますので、胡蝶には乾区の御社をお願いしたいのです」

「承知しました」




*****




 その知らせに風雪は目を剥いた。


「はああああっ!? 抜き打ち捜査!?」

「はい。三十二の御社から連絡が。すでに捜索隊は三十三の御社の捜査も終えているそうで」

「うち、間もなくじゃん!」


 ののから告げられた言葉は衝撃的で、風雪は朝食を放り出していた。

 そして、その足で向かったのは客間。

 勢いよく扉を開ければ、朝食を食べていた蘇芳と紅玉が驚いて振り返っていた。


「ごめん! 今すぐ逃げる準備をして!」


 風雪の切羽詰まった声に蘇芳はハッとした。


「神子様! な、七の神子様がっ!」

「っ!! ……遅かった……っ」




 三十五の御社の入り口を七の神子率いる宮区職員軍団が取り囲んでいた。

 最早、紅玉と蘇芳が逃げる余地などない。




「くそっ! ……ごめんね……もっと警戒すれば……」


 それでも打開策を考えようとする風雪の姿に、関係のない三十五の御社の関係者を巻き込んでしまったことに、紅玉は罪悪感が沸き上がる。

 心に黒いドロドロが生まれ……自分だけが犠牲になれば、と…………。


(いけませんっ)


首を振って、紅玉はその考えだけは打ち消す。


(皆様が必死になって守ってくださっているのに、わたくしが皆様を裏切ってどうするのです……! 諦めてはだめです!)


 しかし、だからと言って現実が変わったわけではない。




「三十五の御社の神子、風雪、応じなさい! さもなくば入り口を破壊してでも突入致します!」




 桜姫の物騒な言葉が中まで響いてくる。

 残された時間は最早無い。


(…………いっそ、ここに来ている者、全員蹴散らすか…………)


 蘇芳にはそれができるだろう。

 神域最強なのだから。

 だが、蘇芳達を匿ってくれていた三十五の御社の関係者を危険にさらすことには変わりない。

 三十五の御社関係者を人質に取られれば、紅玉は黙っていないだろう。


 今、紅玉を奪われるわけにはいかない。


 紅玉を抱き締める腕に力が入ってしまう。

 蘇芳は焦る。


(どうすれば……っ!?)


 その時だった。

 ヒラリと窓から何かが入り込んできたのは。


 ハッとなって見れば、それは紙人形だった。


「え……紙人形……?」


 戸惑う風雪の手の上にそれは乗る。

 よくよく見てみると、紙人形には文字が書いてあった。


「…………は?」


 その文を読んで、風雪はいよいよ顔を青くさせた。




『三十五の御社に紅玉と蘇芳がいるのは分かっています』




「全員、突入!!」


 その瞬間、桜姫の一声で三十五の御社の門が破られた。




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