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大和撫子さまのお仕事  作者: 小茶木明歌音
第六章
291/346

『三十五の神子神隠し』に関する最初の報告書




 やがて夜になった。

 ののから本日の捜索は一旦打ち切りとなったと報告があり、蘇芳はほっと息を吐いた。


 だが、明日の朝からまた捜索が始まり、たとえ三十五の御社内が安全だとしても気が抜けない状況は続く。


 だからこそ、紅玉には少しでも休んでもらいたい……そう思った。




 ふわり、ふわり――漆黒の髪を撫でて寝台に横にさせれば、紅玉はあっという間に夢の住人となった。

 すやすやと眠る紅玉の顔を見て、愛おしさが募り、そっと頬を撫でる。


 蘇芳は静かに瞳に神力を込めて、紅玉を視た。


(また……減ってしまった……)


 ののから逃亡している間の状況を聞いた。

 捕縛命令が出た朔月隊の隊員は全員行方不明。

 現世へ逃亡した者が二名、神隠しされた者が四名、地獄に落ちた者が五名。

 地獄に落ちた五名は生存も絶望的だと言われた。何せ惨殺された場面を多くの宮区職員達が目撃しているのだから……。


 これだけでも紅玉の心労が大きいというのに、紅玉と親しい神子――鈴太郎や藍華(あいか)、みぞれや小麦(こむぎ)は皇族神子の息のかかった者に見張られ続け、御社に軟禁状態にあるらしい。

 特に妹である水晶への圧力は相当強く、ほぼ人質状態だそうだ。

 皇族神子がいつ強硬手段に出てもおかしくない、と言われた時には紅玉が取り乱し、宥めるのが大変だった。


(……くそっ!)


 じわじわと紅玉を追い詰めるやり方が非常に気に入らない。

 そうまでして紅玉を精神的に追い詰めたいようだ。


(……つまりは、あちらも余裕がないということだな……)


 だが、同時に不安にも思う。


(……今後、更に強硬手段に出てくるかもしれない……)


 自然と眉間に皺を寄せてしまう。


(なんとしてでも、紅を守らなくては……っ!)


 そして、蘇芳はそっと身を動かし、紅玉の唇へゆっくり……。


「……無抵抗の婦女子に口付けをするのは少々不埒かと」

「っ!!??」


 危うく叫びそうになったのを堪える方が必死だった。

 蘇芳が慌てて振り返れば――。


「のの、どの……っ」

「今晩は」

「俺もいまーす」


 背後にいたのは、ののと風雪だった。

 気配に敏感な方だと自負しているが、二人の気配には全く気付けず、蘇芳は愕然としてしまう。


(た、鍛練不足……っ)

「いや~……俺は別にいいんじゃないかと思ったんだけどね~……恋人同士なんだしさ」

「この非常事態に、しかも他所の御社で不埒なことをするなんて非常識です」

(……ごもっとも)


 返す言葉もない。


「……まあ、説教はこの辺にしておきまして、お話があり、馳せ参じました」

「……話?」


 すると、ののは蘇芳に書類を差し出してきた。

 蘇芳はそれを受け取り、目を通すと、目を剥いてしまった。


「これは……!」

「……『三十五の神子神隠し』に関する最初の報告書です」

「……ああ、覚えている……前三十五の神子の神隠しを先導した主犯として、紅に名が挙げられた報告書だ……!」


 忌々しい記憶が蘇る。

 かつて前三十五の神子である清佳の神隠しがあった際、その神隠しを先導した主犯として、紅玉が捕縛された事を。

 中央本部が〈能無し〉である紅玉に全責任を押し付けようとした事を。


「何故、これを貴方が持っているんだ?」

「……この報告書を書いたのは……前三十五の神子補佐役だった私の妹なのです」

「っ!?」


 蘇芳は慌てて報告書作成者の名前を見た。

 「ねね」――その名前には聞き覚えがあった。


「……貴方の妹君は、清佳殿の神子補佐役だったのか」

「はい……『藤の神子乱心事件』で殉職しましたが……」

「…………」


 寂しげに語るののの姿を見て、蘇芳はねねの姿を思い出した。実に、ののに良く似ていると。

 そして、ねねとは最悪の場面で会ったと……。




 紅玉が主犯として捕らわれた後、藤紫や蜜柑、空の母の(はる)や蒼石の協力を得て、紅玉の無実を掴み取った蘇芳は紅玉を解放してもらう為に坤区にある尋問室へ突撃した。

 尋問室の中を見た瞬間、蘇芳は腸が煮えくり返る程、怒り狂いそうになった。


 何故なら紅玉は乱暴に縛り上げられ、無抵抗の状態で数人の女性職員に囲まれて、拷問されていたのだから。


 頬を赤く腫らし、髪を乱暴に引っ張られている紅玉の憐れな姿を見た瞬間、蘇芳は殺気を撒き散らし、部屋にいた女性職員全員を昏倒させてしまった。

 しかし、そんな事よりも紅玉を救う方が蘇芳にとっては大事だった。

 もし駆け付けるのが遅ければ、紅玉は更にもっと酷い暴力を受けていたと思うと、ゾッとした。


 紅玉を救い出すのに必死であまり印象はないが、かつて昏倒させた女性職員の中に確かに彼女はいた。

 腰を抜かしていたが、唯一気を失わず、蘇芳を怯えたように見つめていた女性職員が……。




 思えば、あの女性がねねだったのだろう。

 今は亡き前三十五の神子補佐役……。

 故人を悪く言うつもりはないが、蘇芳の中では紅玉の拷問に加担した時点で、ねねへの印象は最悪だ。


「……妹は……悔いていました……紅玉さんに対する酷い仕打ちを……妹に代わり謝ります。申し訳ありませんでした」

「…………」


 頭を深々と下げるののを複雑な思いで蘇芳は見つめる。

 ねねの事は決して赦せない。

 だが、彼女の姉であるののを責める理由はない。


「……のの殿、頭を上げてくれ」

「……ただ、姉として一つ言い訳をさせてください。あの当時、妹は……妹達は命令を無視できる立場ではなかった」


 その言葉に蘇芳はハッとする。


「妹達は何がなんでも紅玉さんから自白させるよう上から命令され、逆らえなかった……〈能無し〉みたいになりたいのか、と脅されて……」

「……っ!」


 行き場のない怒りが沸々と込み上げてくる。

 拒否のできない命令が下されていたことも勿論、紅玉が陥れられようとしていた事実にも。


 ぐっと歯を食い縛り、怒りを堪えると、蘇芳はののを見る。


「……その話は、妹君から直接?」

「はい……あの子は心から悔いていましたから……」


 ののは思い出す。

 己の膝に縋って、涙ながらに罪の告白をした妹の痛ましい姿を……。


「……赦してくれとは言いません。妹が紅玉さんにしたことは決して消えることのない事実。ですが、せめて妹に代わり罪滅ぼしをさせてください」

「罪滅ぼし……?」

「私は何があっても、紅玉さんの味方であり続けましょう。例えそれが命令違反であったとしても」


 そして、ののは深々と頭を下げ、もう一度「申し訳ありませんでした」と言うと、くるりと向きを変え部屋から出ていった。


「……心底真面目でしょ? うちの補佐役ちゃん」


 張り詰めた空気から一転、柔らかな声が響く。

 視線を移せば、風雪が微笑んで部屋の扉を見つめていた。


「俺が君達を密かに助けたいってうちの子達に相談した時、真っ先に協力するって言ったの、ののちゃんなんだよね。でも……そっか。そういう事情があったんだね……」


 風雪は少し苦笑すると今度は紅玉を見つめる。


「ホント……〈能無し〉ってこの神域では生きにくいね……」

「……そう、だな……」


 改めてそう思う。

 今までずっと傍にいて守ってきた。

 守ってきたつもりだった。

 それでも、手の届かないところで身体を傷つけられ、傍にいても言葉の暴力に晒され、ゆっくり、じわじわと、紅玉の心は削られた……。


 だが――。


「それでも紅は負けなかった……決して挫けなかった……いつも笑顔を絶やさず、でも歯を食い縛って立ち向かっていった」


 二度と悲劇を繰り返さない為に。

 今度こそ大切なものを守る為に。

 血塗られた悲劇の真実を掴む為に。


「だから、俺は……紅に惹かれた……紅の傍にいて、全身全霊で守りたいと思ったんだ……心から、愛しているから……」


 掌で紅玉の頬を包み込めば、柔らかな温もりが伝わり、心まで温かくなる。

 蘇芳は思わず微笑みを溢していた。


「……あのさ、俺がここにいること、忘れてない?」

「っ!?!?」


 蘇芳はギョッとして風雪を振り返った。


「……声に、していたか?」

「声にしていたよ~思いっきり。愛を」


 完全に、無意識であった。

 蘇芳は頭を抱えて蹲りたくなった。


(入りたい……穴があったら入りたい……!)

「いいじゃん、いいじゃん。むしろちゃんとそういうのは直接言ってやりなよ。女の子っていうのは言葉で伝えてあげた方が喜ぶからさ」


 風雪は真剣な表情になると蘇芳をじっと見つめた。

 只ならない風雪の気配に蘇芳もハッとなる。


「さっきの話を聞いてさ、俺、改めて思った。蘇芳さん、何があっても紅玉ちゃんを離しちゃダメだ。絶対に」


 はっきりと告げられた風雪の言葉に蘇芳は思わず息を呑む。


「君達二人が引き剥がされたら最後、紅玉ちゃんに待ち受けているのは間違いなく地獄でしかない。あっちはどんな手を使ってでも紅玉ちゃんを陥れるだろうね……」


 風雪は思わず眉を顰めると言った。


「……紅玉ちゃんの尋問、対応した職員が女性で良かったって思ったくらいだからさ」


 その可能性に蘇芳は思わず息を呑んでしまった。

 それはあまりにも恐ろしい可能性だったから。

 もし、あの時、あの場所にいたのが、女性ではなく男性だったら…………?


「……君達が立ち向かっているのは想像以上に悍しい存在だ……自分の目で見て確かめようとせず、ただ話に聞いただけで〈能無し〉を悪だと決めつけ、その〈能無し〉を倒すことで正義に酔いしれ、圧倒的数で〈能無し〉を叩き潰そうとする、そんな人達……」


 腹の奥底が煮えくり返るような不気味な感覚に蘇芳は身体を震わせる。


「……どんなことがあっても。絶対に。君は紅玉ちゃんの傍にいて守ってあげるんだよ」


 蘇芳に再度言い聞かせると、風雪は静かに立ち去っていく。

 パタンと扉が閉まると、部屋には再び静寂が訪れ、蘇芳と紅玉の二人きりとなる。


(……わかっている……言われなくても、わかっている……)


 それでも、ののの昔話を、風雪の言葉を再度胸に刻まなくてはならない――そう思った。


(油断をすれば……取り返しのつかないことになってしまうかもしれないから……)


 するりと紅玉の頬を撫でながら、蘇芳は恐れる。


 この温もりが奪われてしまうことを。

 愛おしい人の微笑みが消えてしまうことを。

 愛する存在が永遠に失われてしまうことを。


「守る……守ってみせる……」


 紅玉の額に己のそれを寄せ、祈るようにして誓う。何度も誓う。


「何があっても、貴女の事を守る……だから……」


 目を閉じて、蘇芳は希う。


「生きてくれ……紅……」




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