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大和撫子さまのお仕事  作者: 小茶木明歌音
第六章
289/346

皇族神子達




 ここは七の御社――。

 桜の木の扉が特徴的な神子の執務室で、五の神子は叫んでいた。


「これだけ探しても見つからないとはどういうことだっ!?」


 怒りと苛立ちを露にし、咲武良(さきむら)は机を叩きつけて叫ぶ。


「もっ、申し訳ありません……!」

「只今、全神子、全職員に通達し、紅玉の行方を全力で追っています。見つかるのは時間の問題かと……」

「その通達を出して一体何時間経っていると思っている?!」


 全神子、全職員へ通達を出したのは日が頂点に昇る前。

 そして、今はその日が間もなく沈む頃。

 これだけの時間と膨大な人員を割きながら、紅玉と蘇芳を見つけることができないでいた。


「指揮を取っているのは神域警備部部長の維斗矢(いとし)であろう!? 『盾の一族』とあろう者が何をやっているのだ!?」


 咲武良の苛立ちは募るばかりだった。


「……咲武良、少し冷静になりなさい」

「だが! 武千代!」

「焦っても仕方のないことです。それにもうすぐ日が沈みます。捜索は難航するでしょううし、邪神も出現する可能性があります。各々通常通り業務に戻ってもらい、また日が昇ってから捜索を再開すれば良いでしょう。これは四の神子命令です」

「……っ、わかり、ました……四の神子に、従います……」


 武千代に睨まれ、咲武良は渋々引き下がった。

 そして、武千代は配下の職員達に告げる。


「全神子、全職員に通達を。本日の捜索は一旦打ち切り、明日の朝より捜索を再開すると」

「はっ!」


 バタバタと走り去っていく配下の職員達を見送ると、武千代は思案する。


「恐らく……あの〈能無し〉はどこかの御社に潜んでいるのかもしれないですね」

「まさか! 裏切り者がいるということですか!?」

「……そういうことになりますね」


 武千代の言葉に桜姫は愕然としてしまう。

 咲武良もまたギリリと歯を食い縛っていた。


「なんて愚かな……っ! 神域の聖女の命が掛かっているというのに……っ!」

「まったくです」


 武千代は桜姫と咲武良を振り返って見つめる。


「聖女真珠は神域に生きる我々にとって命の恩人と言っても過言ではありません。『藤の神子乱心事件』の際、その身に呪いを受けながら神域を守る為に邪神の浄化をしてくださった尊い方です。なんとしてでも彼女を救う義務が我々にはあります」

「ええっ! その通りですわ!」

「して、武千代、明日はどう動く?」


 武千代は真剣な表情となると、はっきりと告げる。


「明日は〈能無し〉と親交のあった神子達の御社内の立ち入り捜索をしましょう」

「そのようなことをして許されるかしら……?」

「今は緊急事態です。それに一の神子、二の神子、三の神子が謹慎中の今、最高責任は四の神子である私にあります」


 かつて一の神子、二の神子、三の神子は〈能無し〉である紅玉に肩入れをしたことがあり、一の神子は朔月隊の最高司令官でもある。故に今は皇族神子の監視下に置かれ、謹慎となっていた。


「聖女真珠を救う為です。何としてでも従っていただきます」

「武千代お兄様……!」


 真っ直ぐな武千代の姿勢に桜姫は感動を覚えていた。


「武千代お兄様は、ほんっとうに真珠を愛していらっしゃるのね」

「かっ、からかわないで頂けますか?」


 武千代は首まで真っ赤にしており、桜姫は思わず微笑んでしまう。


「あなたの采配に従おう、武千代。私は皇太子達の監視をしている菜種(なたね)にこの事を伝えてくる」

「頼みます、咲武良」


 咲武良は小さく頭を下げると、執務室を退出した。

 咲武良を見送ると、桜姫は武千代を見つめて言った。


「武千代お兄様、どうか真珠の傍に付いていてあげて。真珠もその方が喜びますわ」

「し、しかし、彼女とはまだ婚約していませんから……」

「『まだ』ですけど、いずれそうなるのですから」


 桜姫はそっと武千代の背中を押した。


「女性は誰だって愛する人に傍に居て頂きたいものですもの……」

「桜姫……」


 切ない表情を浮かべる桜姫の言葉は酷く説得力があり、武千代はいつしか動かされていた。


「ありがとう、桜姫……あなたも辛い立場にあるだろうに……気を遣って頂いてすみません」

「いいのです! これも真珠の為ですわ!」


 そして、武千代は頭を少し下げると執務室を退出していった。

 武千代もいなくなり、執務室に一人になると桜姫は一気に表情を失くした。


「…………うらやましい…………」


 ぽつりと呟いた言葉に反応を示す者は誰もいない。


「……うらやましい……っ!」


 掌に爪が食い込む程、拳を握り締めてしまう。


「……うらめしい……っ!」


 脳裏に過るのは神域最強の盾に守られる〈能無し〉の姿――。


「……狡いですわ……っ!」


 血を吐くように呟いた恨みの言葉とともに桜色の美しい髪もほんの一瞬血のような赤に染まっていた。




**********




「お前のせいだ」


 誰かが言う。


「お前のせいだ」


 誰かが責める。


「〈能無し〉のせいだ」


 誰かが非難する。


「お前が」

「〈能無し〉が」

「守られてばかりで」

「弱いくせに」

「何も出来ないくせに」

「不幸を招く存在め」

「可哀相に」

「〈能無し〉と一緒にいるから」


 ざわざわざわざわ――たくさんの声が紅玉を囲んで、責めて、追い詰めていく。

 耳を塞いでも、目を閉じても、全身を悪意がまとわりついて離れない。


「アナタガ シネバ ヨカッタノニ」


 悍しい声にハッと顔を上げれば、そこにいたのは真っ黒いどろどろの化け物。

 ニタリ嗤ったそれはどろりと溶けて、紅玉の首に掴みかかる。

 視界いっぱいに黒いどろどろの化け物が覆い被さっていく。


「シネ シンデシマエ キエテイナクナレ!!」


 強く悍しい憎悪が紅玉を覆い尽くす。

 息ができない。

 意識が真っ黒に塗り潰されていく――。




 このまま目を閉じ眠りについてしまおうか…………そう思った。







 ――生きてくれ。







 かつて言われた言葉を思い出し、紅玉はカッと目を見開く。


「まけっ、られ、ないっ……」


 己を覆い尽くしていた黒い化け物を押し返す。


「わた、くしはっ……生きるのですっ……!」


 下を向かず、真っ直ぐ前を見る。

 その瞳に宿る色は漆黒でなく煌めく紅色だ。


 黒い化け物が戸惑い、どろどろが大きく揺れ動く。


「わたくしはっ! 生きたいっ!!」


 目映い紅色の光が弾けた瞬間、辺り一帯が真っ白な空間に染まる。

 何もない空間に身体が放り出され、落ちていく。

 黒いどろどろの化け物も落ちていく。

 紅玉もどこまでも、どこまでも、落ちていく――。


 必死に伸ばした手を誰かが掴んだ気がした。

 その手は一つではなくて、五つあって、紅玉はハッと見上げる。


 眩しい光の先にいたのは――……。




 ずっと会いたくて。

 もう一度会いたくて。

 もう一度話したくて堪らなくて。

 お礼を言いたくて。

 仲良くしてくれたこと、手を引っ張ってくれたこと、全部、全部伝え切れなくて。

 泣きたいくらい大好きな、大好きな――。




「――――」


 白く塗り潰されていく意識の中、はっきりとその声は届いていた――。




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