拘束
あけましておめでとうございます!
今年もよろしくお願いします
朔月隊が神隠しされ、現世へ逃れ、地獄に堕ちた。
捕縛対象を次々と逃してしまい、これ以上失態を見せるわけにはいかない宮区警備部はついに本気を出す。
現世へ続く大鳥居を完全封鎖。
神獣連絡網は使用禁止。
そして、全職員、全神子に通達した。
「神子管理部所属、紅玉、及び神域警備部所属、蘇芳を捕らえよ! この二人は藤の神子に通ずる裏切り者である! 神域の聖女、真珠様のお命を救う為になんとしてでも二人を捕らえ、呪いの解呪方法を聞き出さなければならない! 紅玉と蘇芳を捕らえよ! また如何なる理由があろうとも庇い立ては赦さない! もし二人の庇い立てをするならば、共犯とみなし捕縛する! これは皇族神子様からのお達しでもある! 裏切り者の紅玉と蘇芳を捕らえよ!」
通達を受けて早速捜索へ動き出す者――。
「〈能無し〉と神域最強を探せ!」
「この神域のどこかにいるはずだ!」
「裏切り者を赦すな!」
「三年前の事件を繰り返すな!」
戸惑いを隠せない者――。
「紅玉さんはそんな人じゃないわ!」
「紅ちゃんが神域を裏切るはずがない!」
「蘇芳さんだって!」
「何かの間違いだ!」
しかし、どんなに叫んだところで皇族神子命令とあっては逆らうこともできない……。
あらゆる人間の感情が渦巻く中、紅玉と蘇芳は徐々に追い詰められていく――。
「こっちへ逃げたぞ!」
「逃がすな!」
「探せ! 探せ!」
バタバタと追手が去っていく足音を聞き届けながら、蘇芳は必死に気配を殺した。
その腕に紅玉をしっかり抱えながら。
逃走を始めてどれ程の時間が経っただろうか……。
もう途方もない時間を逃げ続けていて、精神的に消耗しているのを蘇芳は感じていた。
しかし、ここで捕まるようなことがあれば、事態は間違いなく最悪の結末を迎えるだろう。
想像しただけでゾッとし、無意識に紅玉を抱える腕に力が入ってしまう。
「紅、もう少し辛抱してくれ……!」
そう声を掛ければ、紅玉は力なくコクンと頷く。
その顔はかなり青褪めており、息も浅い。
挙げ句、夏の盛りだというのに身体が酷く冷えていた。
蘇芳は紅玉の背中や頭を撫でて擦り、少しでも己の熱を分け与えようとぎゅうっと抱き締める。
「紅……大丈夫だ……安心してくれ……貴女のことは俺が必ず守る」
そう囁けば、紅玉がきゅっと蘇芳の服を握り返してくれる。
蘇芳は気力を取り戻すことができた。
次の場所へと移動しようとしたその時だった。
誰かが来る気配を察知し、蘇芳は再び気配を殺した。
「紅ちゃん!」
聞き覚えのある声に紅玉の身体が跳ねる。
「紅ちゃん! 蘇芳さん! 絶対に出てきちゃダメッ!!」
毛先だけが青い漆黒の髪と青と黒が混じった瞳を持つ長身の女性――二十二の御社の神子補佐役の慧斗が悲痛な面持ちで叫んでいた。
「紅ちゃん! 私はっ! 私は紅ちゃんのこと信じているからっ! だからっ! 何としてでも逃げてっ!!」
慧斗の声が響く。
自分達の事を案じてくれている存在がいることに嬉しく思いながら、命令違反といえる行動をしている慧斗が心配になってしまう。
すぐにでも前へ飛び出し、止めたい程に。
「そこの職員! 何をしているの!?」
気の強い女性の声が響き渡る。
現れたのは、青緑煌めく不思議な光沢と色合いを持った黒髪と薔薇色の瞳を持つ妖艶な雰囲気を纏った女性――四十の神子の胡蝶だった。
「あなた、今、何と言いましたの?」
胡蝶は乱暴に慧斗の服を引っ張る。
「あなたが〈能無し〉と接触しないか、あたくしに見張られていると言うのに、〈能無し〉を庇うような言動をするなど! ふざけるのは大概になさい!」
そう叫ぶと同時に、胡蝶は慧斗を突き飛ばしていた。
地面に倒れ込む慧斗を見て、紅玉は息を呑んでしまう。
「よいですか!? そのような発言をまたなさった場合、あたくしも容赦致しませんわ! あなたを人質に〈能無し〉を誘き寄せることだってできるのですからね!? なんなら今ここであなたを殴り付けてもよいのですよ!?」
胡蝶の言葉に慧斗は何も言い返せなかった。
悔しさに歯を食い縛り、地に爪を立てることしかできない。
そんな慧斗を見て、胡蝶は「フンッ」と鼻を鳴らす。
「今後〈能無し〉を庇うような言動は一切許しませんからね」
そこへ駆け付けたのは、柑橘色を混ぜた黒い髪と橙と黒が混じった瞳を持つ二十二の御社の神子護衛役を務める実善だった。
「けーと!!」
地面に座り込む慧斗と彼女を冷たく睨み付ける胡蝶を見て、実善は何があったかおおよそを察した。
「……二十二の神子にも伝えなさい。あなた方の大事なお友達の〈能無し〉を守りたいのなら黙ってあたくしの指示に従いなさい、と」
そう冷たく言い放つと、胡蝶はくるりと向きを変え、立ち去っていった。
胡蝶の背を睨み付けることしかできず、実善は顔を歪めることしかできない。
「……胡蝶様ぁ……」
震えた涙声に実善はハッとして慧斗を見れば、大粒の涙をこぼしながら慧斗が胡蝶を見つめていた。
「胡蝶、様……っ、ど、して……どぉして……」
さめざめと泣くことしかできない慧斗の肩を抱き寄せることしか実善にはできない。
慧斗にとって四十の神子である胡蝶は特別な存在だと聞いていたから――胡蝶を責めることもできないし、理解してもらえないことが悲しくて仕方ないのだと……。
「けーと……今は耐えよう。信じて待とう」
頭をくしゃくしゃと撫で付ける実善に、慧斗は頷くことしかできなかった。
事の行く末を見守っていた蘇芳と紅玉だったが、足早にその場から立ち去った。
あまり長居をすると会いにゆきたくなってしまうから。
罪悪感に押し潰されそうになってしまうから。
(慧ちゃんっ……ごめんなさい……っ、ごめんなさい……っ)
それでも溢れる涙が止められない。
胸が、息が、苦しくなっていく。
「っ、紅!」
紅玉の異変に気づいた蘇芳は慌てて足を止め、紅玉の背中を擦った。
「落ち着け、紅。ゆっくり息を吸ってから吐くんだ……そう、良い子だ」
優しい声で言われた通りにすれば、呼吸が次第に落ち着いていく。
優しい温もりにすり寄れば、安心感を覚えて、紅玉はほっとする。
蘇芳も呼吸が穏やかになった紅玉を見てほっと息を吐くも、同時に紅玉の精神が限界を迎えているとも感じていた。
(せめて、どこかで休息を取れたら……っ!)
神域で追われる身となってしまった現状、安息の地などこの神域にはないだろう。
現世への道も閉ざされ、仲間の朔月隊も頼れる状況ではない。
知り合いの神子達に頼るのはもっての他だ。先程の光景を見てしまえば改めてそう思う。
(どうすれば……っ!)
音が鳴るほど歯を食い縛る。
その音を間近で聞いていた紅玉はぼんやりとしながら蘇芳を見つめた。
「……す、お……」
その時だった――。
「っ!?」
蘇芳が気づいた時にはすでに術式が展開された直後だった。
辺り一帯に張り巡らされたのは糸――それはまるで蜘蛛の巣のように張り巡らされ、蘇芳と紅玉を捕らえていた。
(しまった!!)
即座に糸を切ろうと試みるが、神力で編まれた糸は素手で切れそうにない。
かといって燃やそうとすれば紅玉にも被害が及ぶ。
(油断した!!)
己の失態を悔やみながら、せめて紅玉だけでも守ろうときつく抱き締める。
「抵抗しないでね。うちの神子補佐役の糸の異能は下手に抵抗すると傷付けちゃうからさ」
人の良さそうな笑みを浮かべながら現れたのは、鮮やかな檸檬色の髪と海のような青い瞳を持つ絵に描いたような優男。
その人物には見覚えがあった。
かつて、彼と神域図書館で出会った時の事を思い出された。
「あなたは……っ!」
「お久しぶりだね、神域最強くんに紅玉ちゃん」
三十五の神子の風雪が手を振りながら蘇芳の前に立ちはだかった。
そして、その後ろに控えるのは彼の補佐役らしき女性と護衛役らしき女性。
補佐役らしき女性の手からは糸が伸びており、辺り一帯に張り巡らされた異能の糸は彼女のものだと分かった。
「じゃ、早速で申し訳ないけど、大人しく捕まってもらおうか」
にっこりと笑みを浮かべる風雪を、蘇芳は紅玉を抱き締めながらギロリと睨むことしかできなかった。