表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大和撫子さまのお仕事  作者: 小茶木明歌音
第六章
287/346

朔月隊の分断




 残った右京と左京は大勢の宮区警備部達に囲まれていた。


「大人しくしてもらおうか! 遊戯管理部、右京! 及び、左京!」


 向けられる武器の数々に右京も左京も怯むことない。

 それどころかにっこりと微笑んでいた。


「おやおや、左京。どうやら彼らは我々がこのまま大人しく捕まると思っているようですよ」

「それはそれは、右京。非常に面白くてお臍で茶が沸かせそうですね」

「「あーはっはっはっは」」


 双子の馬鹿にした態度に宮区警備部達は苛々とする。


「貴様ら! 自分の立場がわかっているのか!?」

「ええ、ええ。わかっていますとも」

「僕らは所謂お尋ね者でこれから捕らわれようとしていると」

「「な~んにも罪を犯していないと言うのに」」

「貴様ら朔月隊は史上最悪の神子こと藤の神子の幼馴染である〈能無し〉の仲間だ。藤の神子とも繋がっている可能性は否定できない。藤の神子と縁があるだけでそれは罪と言えよう」


 高らかに宣言する警備部に右京と左京は思わず笑みをひきつらせてしまう。


「これも全て神域の聖女を救いたいと願う七の神子様のご意志である! また三の神子様、四の神子様、五の神子様、六の神子様も貴様らの捕縛に協力をしてくれている! これらは全て、朔月隊が悪である証明となる!」

「……ここまで来ると最早病気……」

「洗脳と言っても過言ではありませんね……」


 警備部の言葉の数々に右京と左京はゾッとしてしまう。


「大人しく縄につけ!」

「そう言われて」

「簡単に捕まるわけには」

「「まいりません」」


 右京と左京が武器を手に立ち向かおうとしたその時――強い風が吹き荒れ、宮区警備部職員達をなぎ倒していく。


「うわああああっ!?」

「なっ、なんだ!?」


 異常に強い風の元凶を探れば、それはすぐに分かった。

 すぐ真上にいたのは――。


「ひっ、ひぃっ!!」

「りゅっ、竜!?」


 蒼き鱗を持つ巨大な竜がそこにいたのだ。


「うっちゃん!」

「サッチャン!」

「「空君! 鞠ちゃん」」

「遅くなってごめんっす!」

「Are you all right!?」


 蒼き竜の背からひらりと降り立ったのは空と鞠。

 捕縛命令がかかっている朔月隊の隊員である。

 警備部職員達はすぐにでも動きたかった。

 しかし、目の前に降り立った蒼き竜が警備部職員を威嚇して決して近寄らせてくれない。

 あまりにも圧倒的存在の前に職員達も震え上がることしかできなかった。


「聞け! 宮区の職員達!」


 高らかに響くのは空の声。

 蒼き竜の前に立ち、宮区警備部達を真っ直ぐ見据える。


「我らは朔月隊、神域の影に生きる極秘部隊である! 神域の為に戦い続けた我らに宣戦布告したこと、後悔するだろう!」


 瞬間、蒼き竜が雄叫びをあげ、大地が震動する。

 その轟音に宮区警備部はすっかり戦意を喪失してしまった。誰も動けない。動くことができない。


「覚えておくがよい! 我らは決して屈しない! 諦めないと!」


 再び蒼き竜が吠えれば、今度は天から光が差し込む。

 辺り一帯に強い神力が満ち、神秘的な空気が漂う。


「――さらば」


 その一言を最後に空と鞠と右京と左京、そして蒼き竜が光に溶け込み、やがて姿を消してしまう。

 ハッとした時にはもうすでに手遅れだった。


「しまった! 神隠しだ!」


 神隠し――神が神の故郷である神界へ人を連れ去ること。

 神界へ連れ去られた人は誰一人戻ってきたことはない。

 そして、人が神界へ行く術もない。


 朔月隊の空、鞠、右京、左京はこの日を境に姿を消してしまったのだった……。




*****




 ここは大鳥居広場。

 神域と現世を繋ぐ大鳥居が存在する場所である。


 カツカツカツと軽快な靴音が響き、ガラガラと大きな荷物を引きずって、洋服を身に纏い、帽子を被った美しい人が颯爽と大鳥居へと歩いていく。


「そこの職員、止まりなさい! 現在緊急命令につき、誰も神域から現世へ通すなという命令が出ている。こちらでしばし待機をお願いしたい」


 大鳥居警備の職員がそう言えば、美しい人はゆったりと顔を上げ、妖艶な笑みを浮かべた。

 その艶かしい香りと笑顔に職員は一目で囚われてしまった。


「あら、ごめんなさい。でも、ワタシ、急いでいるの。良かったら、見逃してもらえないかしら?」

「そっ、それは、ちょっと……命令が……」


 ふわり――甘い香りが濃厚になる。

 くらり――頭が、眼前が揺れた。


「……ダメなの?」


 目を潤ませてしゅんとした美しい人の甘い声が響く。

 ふわふわり――甘い、甘い香りが思考を奪っていく。


「ねえ、お願い……何でもしてあげるから」

「な、なんでも……?」

「ええ、何でも」


 するり――細く滑らかな美しき人の指が肌を優しく撫でていく。


 甘美なる響きに全てが囚われる。

 感じるのは甘い香りだけ……。


「ねえ、だから、お願い――」


 ゆらゆらと潤んだ瞳がじっと見つめて告げた。


「ちょっとの間、寝てて頂戴」


 甘える声が響いた瞬間、職員はガクリと意識を手放し、その場に倒れ込んでしまった。

 甘美な夢を視ているのだろう。その表情はだらしなく緩みまくっている。


「よおしっ! 落ちた! 楽勝!」


 瞬間、美しき人がその容姿にそぐわぬ低い勝利の雄叫びを上げた。挙げ句、拳まで握っている。


「相変わらずえげつない異能」

「あら、文君」


 振り返ればそこにいたのは呆れた顔をした文とポカンとしている雛菊だった。


「二人とも無事で良かったわ」

「話は後にして。さっさと逃げるよ、世流さん」


 美しき人――改め、世流はにっこりと笑って頷いた。







 バタバタバタ――大鳥居広場に宮区警備部が駆けつける。


「くそっ! 遅かったか!」


 大鳥居の前で倒れ伏す警備の職員の姿を見つけ、舌打ちをした。


「朔月隊の何人かが現世へ逃れた可能性がある! すぐに手配しろ!」

「はっ!」


 しかし、そう言いつつも、現世の警察は協力してくれないだろうとも思う。

 何せ朔月隊の容疑はあくまで可能性であり確証はない。

 挙げ句、殺人などの凶悪犯罪を起こしたわけでもない。


 すなわち現世へ逃れた朔月隊は今最も安全な場所へと逃げ込んだということだ。


「くそっ!!」


 悔しさに思わず地に拳を打ち付けることしかできなかった。




 後程の調査で明らかになったことだが、現世へ逃れたのは世流、文、雛菊の三名だ。

 そして、三人の行方を知る者など誰もいなかった。




*****




「絶対逃がすな!」

「撃て! 撃て撃て!!」


 神力弾が雨のように降り注ぐ中、地獄の番犬はひたすら駆ける。

 焔と美月を乗せて。


「番犬君! 頑張ってくれ!」

「次の神力弾来るで!」


 その直後、神力弾が激しさを増す。

 そして、ついに地獄の番犬の足元に神力弾が直撃し、番犬は大きく体勢を崩してしまった。


「わあああっ!?」

「きゃああっ!!」


 そして、背に乗っていた焔と美月は地面へ叩きつけられる。

 身体を打ち付けた痛みで動くことができない。


「焔ぁっ!」

「美月!」


 そこへ駆けつけたのは轟と天海だ。

 二人もまた追手から逃げている最中で、四人をたくさんの宮区警備部の職員が取り囲んでいた。


「もう逃げられないぞ、朔月隊!」

「大人しくしてもらおう!」


 多勢に無勢――最悪の状況に轟は舌打ちをした。


「誰が大人しく捕まるか!」


 その時だった――ゾッとする気配が辺りに満ちたのは。


「ああっ!?」


 響いた美月の悲鳴に振り返れば、美月は地から伸びる巨大な手に身体を捕まれていた。


「美月っ!!」

「助けて! あま――!」


 天海が必死に手を伸ばすのも虚しく、美月はそのまま地の闇へどぷんと引きずり込まれてしまった。

 あまりにも衝撃的すぎる光景に天海も轟も焔も、そして宮区警備部もゾッとするばかりだ。


「うわあああっ!!」


 恐怖も冷めやらぬ中、響いた焔の悲鳴に振り返れば、焔もまた巨大な手に身体を捕まれ、闇に引きずり込まれようとしていた。


「焔ぁっ!!」

「轟! 逃げ――」


 どぷん――焔もあっさり闇へ飲み込まれてしまった。

 その恐怖の光景に宮区警備部から悲鳴が上がる。


「ぐあっ!?」

「天海!?」


 慌てて振り返れば天海も巨大な手に身体を握り潰されていた。

 呻き声とともに黒い羽根が無惨に散らばる。


「と、どろきっ……!」

「天海ぃっ!!」


 轟が伸ばした手は天海に届くことなく、天海も闇にどぷんと引きずり込まれてしまった。


「な、んで……っ!?」


 打ち拉がれる轟の足元に闇か迫る。

 しかし、轟に戦意など残されていなかった。


 闇から腕が伸び、身体を拘束されても、轟は抵抗しなかった。

 俯いたままずぶずぶと闇へ沈んでいく。


「おっ、おい!!」


 思わず宮区警備部が声をかけたが、轟もあっさり闇に沈んでしまった。

 立て続けに四人もの人間が闇に引きずり込まれた恐ろしい光景に宮区警備部は震え上がる。


「あ~あ……飲み込まれちゃった」


 その場の空気に合わない楽しそうな声が響く。

 現れたのは一匹の烏――そして、黒い羽根を撒き散らし、姿を現したのは幽吾だった。


「きっ、貴様!」

「朔月隊、幽吾!!」


 幽吾はにっこりと不適な笑みを浮かべ、高らかに叫ぶ。


「やあやあ、宮区職員の皆々様。いかがでしたか? 罪人達への裁きの瞬間は?」

「ざ、罪人……?」

「裁き、だと?」

「そう。我ら朔月隊は今やすっかりお尋ね者。そして、僕はその朔月隊の隊長。朔月隊の不祥事は僕の責任。だから、僕自らの手で裁きを下したのですよ~」


 にこにこにこ、楽しそうな笑顔とは裏腹に、言っていることは非常に物騒である。


「さあさあ、皆々様、どうぞご覧あれ。これより朔月隊隊長である僕への裁きが下ります。きちんと皆様の目で見て、きちんと上へご報告ください」

「……は?」


 幽吾の言葉に誰もが首を捻った瞬間、幽吾の背後に地獄の門が現れる。

 そして、扉が開かれた瞬間、何本ものおぞましい腕が幽吾の身体を捕らえた。


 バキッ! ボキッ!――何かが折れる音に誰もが息を呑み、思わず悲鳴を上げる。

 しかし、そんな中でも幽吾はニィッと笑う。


「よく、見ておけよ……これが断罪の瞬間さ」


 幽吾の顔も手の中に包まれ見えなくなった瞬間――。


 グシャッ!!――何かが折れて潰された音ともに、辺りに夥しい量の血が飛び散った。

地面にボタボタと血溜まりがあっという間に出来ていく。


 あまりにも凄惨な光景にあちこちから悲鳴が上がり、腰を抜かし、中には堪えきれず嘔吐する者までいた。


「……ゆ、ゆうご……」


 宮区職員がふらりと手を伸ばしたが、幽吾を握り潰した手達が地獄の門に吸い込まれるようにして消え、バタンと扉が閉まってしまった。

そして、扉は溶けるようにして消えてしまう。


 残された宮区職員達は呆然と地獄の門が消えた虚空を見つめた。

 その下に目を向ければ、大量の血溜りが残されていて、これが夢ではなく現実であると思い知らされる。


「…………皇族神子様に、報告だ」

「…………はっ」


 誰もが、幽吾、轟、天海、美月、焔が、もうこの世にいないという後味の悪い事実を噛み締めることしかできなかった。




年内更新は本日が最後となります。

今年もご閲覧頂き、ありがとうございました!

今年も気になるところで切ってしまい、申し訳ありませんが、来年からの更新を楽しみに、良いお年をお過ごしください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ