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大和撫子さまのお仕事  作者: 小茶木明歌音
第六章
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逃亡




 今、紅玉を奪われるわけにはいかない。


(ここで紅と引き離されてしまったら、紅は間違いなく……!)


 この神域では〈能無し〉に対する風当たりは非常に悪い。

 どんなに白いものも簡単に黒に変えられてしまう……〈能無し〉はあまりにも弱い存在だ。

 その先に待っているのは恐らく尋問と言う名の拷問……紅玉が自ら罪を認めるまで繰り返される生き地獄だ。


 最悪の予想が過り、思わず紅玉を抱き込む手に力が入る。

 蘇芳は更に殺気を込めて宮区警備部を牽制した。


(いっそここでまとめて……!)


 物騒な考えが頭を掠めたその時だった。




『あんたが捕まったら誰が紅さんを守るのさ?』




 頭に響く聞き覚えのある声に蘇芳はハッとする。


『約束したんでしょ? 姉さん達と。だったら最後まで貫けよ』


 振り返れば、声の主――文が鋭く睨み付けていた。


『隙作ってあげるから。全力で逃げなよ』


 そして、文は雛菊に合図をした。






『こおおらああああああああああああああああっっ!!!!』

「んぎぃっ!?」

「んぎゃあっ!?」


 頭の中を響くような怒声に宮区職員達は思わず耳を押さえたが、全く意味がなかった。

 怒声は脳内を揺さぶり、眩暈を起こし、宮区の職員達は次々と膝を着いてしまう。


 これは、異能だ――そう理解した瞬間にはすでに遅く、目の前の大きな影が動いていた。


「まっ、待て……!」


 筋骨隆々の身体を持っているとは思えない程、蘇芳は素早く跳躍していた。

 近くの木に飛び移ると蘇芳はあっという間に見えなくなってしまう――紅玉を連れて。


「おっ、追え!」

「ず、頭痛が……!」

「め、まいが……!」


 宮区の職員達は頭の中に響き渡る怒声のせいで動くことができない。

 しかし、この怒声の元凶に宮区警備部はすぐに気付いていた。


「神獣連絡部、雛菊っ! 貴様、何のつもりだっ!?」


 雛菊の異能「以心伝心」――相手の心の声を聞くことができ、自分の心の声を相手に伝えることができる。直接、頭の中に響かせて。


「宮区の邪魔をするとは! 貴様、処罰を受けたいようだな!?」

「――【音量増大】」

「うぎゃああああああっ!!??」


 ただでさえ頭に響く大音量の怒声がさらに増幅し、視界が揺れるほど脳内に響き渡った。

 あまりもの苦痛に耐えきれず、宮区警備部達はついに地へ倒れ伏していた。


「ね、ねえ、文……こんなことしてホントに大丈夫?」

「まあ……ぶっちゃけ大丈夫じゃないよね」

「うえええっ!?」

「捕まって長いお説教されて良くて謹慎減給処分。悪ければ懲戒免職かもね」

「やれって言ったのは、あんたでしょ!」


 きっと文には何か考えがあったからこそ雛菊も思い切った行動に出たのだ。

 しかし、何も考えもなしとなると話は別だ。

 雛菊にだって生活がある。


「ちょっとどうしてくれんのよ!?」

「うるさいよ。だから、欠勤してもらうって言ったでしょ」


 文はそう言いながら文字を書いた紙を宮区警備部に投げ付けていた。


「【鈍足】」


 最後に言霊を込めれば準備完了だ。


「よし、ずらかるよ」

「へっ?」


 文は雛菊の手首を掴むとその場から脱兎の如く逃げ出した。


「まっ、待て! 逃すな! 追え!」

「たっ、隊長! 何故か、足が重たくて……!」

「速く、動けない……!」

「おのれぇっ! 言霊使いぃぃいいっ!!」


 文の言霊によって動く速度を極端に遅くされ、宮区警備部は立つのもやっとの状態だ。

 挙げ句言葉までもが遅くされ、その様はまるで――。


「うみゅ、亀か」


 水晶の言葉に吹き出したのは一体誰だったか。

 空か、鞠か、紫か、はたまた神々が。


 するとそこへ現れたのは――。


「皆の者控えおろう!」


 その声に振り返れば、そこに立っていたのはなんと驚くべく人物だった。

 若竹色の髪と澄んだ水のような青い瞳を持つ――。


「四の神子、武千代(たけちよ)様のお成りである!」


 四の神子こと武千代――皇族神子の一人である。

 予想外の人物の登場に水晶達は目を剥くしかない。


「武千代様の御命である。十の御社神子補佐役の空、及び神子護衛役の鞠、貴様らの身柄を拘束させてもらう!」

「えっ!?」

「What's!?」


 突如飛び出した驚きの言葉に水晶が思わず前へ出る。


「待って。空と鞠は聖女の呪いとは全く関係ないわ。身柄を拘束される理由が分からないわ」

「……全く関係ないとは言い切れませんよ、十の神子」

「何故そう言い切れるの?」


 己をキッと睨み付ける水晶をじろりと睨み返して武千代は言う。


「――朔月隊」


 その名が呼ばれ、空と鞠は息を呑んだ。


「空と鞠の両名は影の一族の秘密部隊『朔月隊』の隊員なのです。そして、〈能無し〉も。秘密部隊の隊員であれば藤の神子と何かしら繋がっていると疑っても過言ではないでしょう」

「……その『朔月隊』が藤の神子や聖女の呪いと関係があると言うの?」

「〈能無し〉の関係者はむしろその可能性があると考えた方がいいでしょう。本来ならば〈能無し〉の妹であるあなたの身柄も拘束させてもらいたいところなのですが……」

「…………」


 肌を刺すようなピリピリとした空気が辺り一帯に漂う。


「……今は『朔月隊』の捕縛が優先です。今頃他の隊員達も捕縛されていることでしょう」


 息を呑んだのは空か鞠か、はたまた水晶か――。


「大人しくしてもらいましょうか、空と鞠。尊い人の命がかかっているのですから」


 武千代が合図を送った瞬間、彼の側にいた護衛役達が一気に動き出し、空と鞠を囲った。


「空! 鞠!」


 水晶の叫びも虚しく二人は護衛役達に捕縛される――はずだった。


「うわっ!?」


 その護衛役達の方が弾き飛ばされていた。

 竜の翼が彼らを吹き飛ばしたのだ――空の背中から生える竜神の眷属の証である翼が。


「なっ……!?」


 驚きの声を上げたのは護衛役達だったのか、武千代だったのか――。


 空は縦長の瞳孔が走った瞳でギッと武千代を睨んでいた。


「今捕まるわけにはいかないっす!」

「このっ! 大人しく捕まって――うわああっ!?」


 叫びとともに護衛役達の身体に草木が絡み付く。

 まるで生きているかのように動く草木に護衛役達も武千代も目を剥いてしまう。


「邪魔しないで」


 そう言ったのは背中から虹色の薄羽を生やした幻想的な容姿をした鞠――その姿はまさしく妖精そのもの。

 真の姿を現した空と鞠に、誰もが戸惑いを隠せない。


「な、なんだコイツら!? 人間じゃない!」

「さては邪神の手先……!?」

「なら尚更のこと捕らえろ!」


 しかし、その瞬間、護衛役達は吹き飛ばされていた――竜神の蒼石の手によって。


「お父さん!」

「空! 鞠殿! 来い!」

「待って! 行く前にお迎えいかないと……!」


 蒼石は空と鞠を抱えると即座に転移してしまった。

 あっという間に姿を消してしまった三人に武千代達は焦る。


「おっ、追え! 探せ! 逃がすな!」


 バタバタと駆けていく護衛役達を余所に、武千代は水晶を鋭い視線で見つめ続ける。


「この責任、どう取ってもらいましょうか?」

「任務に失敗したからって責任転嫁しないでもらえる?」

「かの竜神の監督責任はあなたにあると思いますが」

「あら? あなた、神子だからって神様を縛ることができるとお思い? 神子はあくまで神様とこの国との架け橋を担っているだけ。神様を監督だなんて随分と烏滸がましいわね」


 水晶の言い分に反論できず武千代の顔が歪む。

 しばし双方睨み合っていたが、先に視線を外したのは武千代だった。


「覚えていなさい、十の神子。私だって愛する人の為ならば……どんな手段も厭いません」


 そう言い残し、武千代は去っていった。


 宮区の関係者がいなくなり、ようやっと落ち着きを取り戻したところで成り行きを見守っていた紫は盛大に息を吐き出した。


「ど、どうなることかと思った……!」

「うみゅ、ゆかりん、大丈夫?」

「あははぁ……正直腰抜けそう……神子ちゃんはすごいね。皇族神子様相手にしても堂々としていて」

「まあね。激おこのお姉ちゃんに比べたら、あんなんちっとも怖くないわ」

「……確かに」


 絶対零度の怒りの微笑みを浮かべた紅玉を思い出してしまい、水晶と紫は揃って身震いをした。


(それにしても……愛する人、ね)


 武千代が去っていた方を見つめながら水晶はある噂を思い出していた。


 四の神子の婚約者候補に聖女が選ばれたらしい。

 それも四の神子たっての希望で――。


「ねえ、神子ちゃん……」


 不安げな声が聞こえ水晶は意識を戻す。

 振り返れば紫が心配そうな顔をして遠くを見つめていた。


「さっき皇族神子様が言っていたよね……みんなを捕まえるって……蘇芳君達も大丈夫かな……」

「……うみゅ、大丈夫」


 否、そう言いつつも不安はある。

 果てしなく心配ではある。

 水晶だって……。


 だが――。


「私達はみんなを信じて待つだけよ」


 戦いの火蓋は切って落とされたのだから。




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