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大和撫子さまのお仕事  作者: 小茶木明歌音
第六章
283/346

神力測定検査~後編~




 その者は、ゆらり、ゆらりと、一歩一歩近づく……。


「てっちゃ! おはにゃ!」

「おー、うまく撮れたな。じゃあ、次は動画を撮ってみるか」

「どーが!」


 仲良く戯れる幼き兄妹の背後にそっと、そっと……。


「いいか、動画を撮るにはまずここのスイッチを切り替えて」

「すいち!」

「んでここを押すと録画が始まって動画が――」


 ゴッ!――という鈍い音とともに、鉄斗の言葉はそこでぷつりと途絶えた。

 そして、鉄斗はそのまま前のめりに地面に倒れ伏す。


「……てっちゃ?」


 突然倒れた兄の身体を晶子は揺する。


「てっちゃ? てっちゃ?」


 兄は起きない。

 ふと見れば、頭から赤い何かが滲んでいる。


「てっちゃ! てっ――っっっ!?」


 突然何かに口を塞がれて晶子は目を見開いた。

 気付けばそこにいたのは、真っ黒などろどろとした化け物だった。


「んんーーーーっ!! んぅっ!! んんんんっ!!」


 必死の抵抗も虚しく、晶子は黒いどろどろとした腕に絡み付かれ、身体が浮いていた。

 黒いどろどろした何かはそのまま晶子を拐う。

 気を失った鉄斗には目もくれず、晶子だけを。


「んんーっ!! んんっ!! んんーーーーっ!!」


 手足をバタつかせて抵抗する。

 必死に抵抗する。

 髪を振り乱して抵抗する。

 靴が脱げても抵抗する。

 手からお気に入りのおもちゃが離れても抵抗する。


 だが、抵抗しても、しても、身体は囚われたままで逃れることなどできない。

 涙がじわりと溢れてくる。

 このまま連れていかれてしまうと、恐怖が全身を支配していく。


 怖い。

 怖い怖い。

 怖い怖い怖い!

 怖い怖い怖い怖い!!


(てっちゃ……!)


 兄の姿はもう見えない。


(おねぇちゃ……!)


 朝見送った大好きな姉の笑顔が思い浮かぶ。


(たしゅけて! たしゅけてぇ! おねぇちゃあっ!!)




 その時だった――。




「その手を離しやがれクソヤロォ!!」


 ベチャリという泥が飛び散るような音がした瞬間、晶子の身体は解放された。

 そこにいたのは真っ黒い何かに脚を振り下ろすありさの姿だった。


「晶子!!」


 ありさは晶子の腕を引き真っ黒い何かから奪い返した。


「晶ちゃん!!」


 聞き覚えのある声にハッと顔を上げれば焦った表情の姉の紅子の姿が目に入り、晶子は瞬間泣き出してしまった。


「うああああっ!! おねぇぢゃああああっ!!」

「晶ちゃん……! 晶ちゃん……! 良かった………無事で……!」


 胸に飛び込んできた妹を紅子は迷わず抱き締めたのだった。




**********




 突如襲いかかっためまいに千花はふらつく。


(え……?)


 そして、目の前の光景を信じられない思いで視ていた。




 紅子の弟が何かに殴られ倒れ付し、紅子の妹が何かに連れ去られていく。

 黒いどろどろとした化け物の何かに――。




「千花?」


 名前を呼ばれハッとすれば、美登里が心配そうに見つめていた。


「大丈夫? 疲れたの?」

「え……えっと……」


 今のは現実ではなく夢なのか……?

 千花は頭が混乱していた。


 しかし、異変に気づいたのは千花だけではなかった。


 突如、歩いていた果穂が立ち止まったのだ。


「果穂ちゃん?」

「果穂、どうした?」


 紅子とありさが心配そうに声をかけてくれるも、果穂に答える余裕などなかった。


 頭の中に感情が一気に流れ込んできたから――。




【ウラヤマシイ】

【ホシイ】

【ウラヤマシイ】

【ホシイホシイ】

【ネタマシイ】

【ホシイホシイホシイ】


 吐き気を覚える程の醜い嫉妬が――今さっきまでここにいた誰かの感情が――過去の記憶が。

 その人が見つめていたのは、まだ幼いながらも美少女と名高い……。




「果穂! しっかり! どうしたのさ!?」

「あっ……!」


 ありさの叫び声で果穂はやっと我に返る。

 しかし、今見た光景に果穂は寒気が止まらない。

 だけど、言わずにはいられなかった。


「しょ、しょ、こちゃん……」

「しょこ?」

「べっ、べにちゃんの、いもうとの、しょうこちゃん……」

「え? 晶ちゃん?」


 まさか己の妹の名が出てくるとは思わず紅子は驚いてしまう。

 そして、驚いていたのは紅子だけではなかった。


「まさか……果穂ちゃん、あなたも何か見たの?」


 千花の言葉に果穂が頷けば、千花も顔色を悪くして紅子を見る。


「紅ちゃん! 鉄斗君と晶子ちゃん、ここに来ているの!?」

「え、ええ、今日は検査があるから遅くなりますよって晶ちゃん伝えたら、迎えにいくと言って聞かなくて……それでてっちゃんと一緒に迎えに来てくれる予定なのですが……」

「二人が! 二人が危ないの!」

「っ!?」


 何故、どうして、そんなことがわかるの?――そんな疑問より紅子は可愛い弟と妹の方が心配だった。


「二人を探さなくては……!」

「わかるわ! こっち!」


 駆け出した千花に紅子は走って追いかける。

 果穂も少し遅れて飛び出した。

 完全に話についていけない灯とありさと美登里だったが、三人を放っておくことなんてできず、後を追い掛けた。




 やがてたどり着いた体育館の外れ。

 それを最初に発見したのは千花と紅子だった。


「てっちゃん!!」


 頭から血を流して地に倒れ伏している弟を見つけた瞬間、紅子は真っ青になって駆け寄った。


「てっちゃん! てっちゃん!? しっかりして! てっちゃん!!」

「紅、落ち着いて! 頭を怪我しているからあまり揺さぶっては駄目よ!」


 後から追い付いた美登里が冷静に怪我の処置をしていく。

 震えて今にも倒れそうな紅子を支えていた灯はある痕跡を視ていた。


(な、に……この黒いどろどろ……)


 鉄斗の周りにベットリと付いたソレは、地面にもベットリと痕を残して、人気のほとんどない体育館裏へと続いていた。


「しょ、ちゃ……しょうちゃんは、どこ……?」


 紅子の震えた声に灯はハッとして、体育館裏へ続く道を見た。


「ありさちゃん! そっち!」

「わ、わかった!」


 ありさは一瞬驚きながらも灯の指示に従い、体育館裏へと駆け出し、そして顔色を変えた。


「その手を離しやがれクソヤロォ!!」


 叫んで駆け出したありさを灯達も追う。

 角を曲がった先にいたのは、真っ黒いどろどろとした身体を持つ醜い何かだった。

 ありさがソレに拳を振り下ろせばベチャリという泥が飛び散るような音がした。

 瞬間、黒いどろどろしたモノの間から見えたのは小さな身体――。


「晶子!!」


 ありさがその小さな身体を真っ黒い何かから引っ張り出す。

 現れたのは晶子だった。


「晶ちゃん!!」


 叫んで駆け出す紅子を見た瞬間、晶子は大声で泣き出した。


「うああああっ!! おねぇぢゃああああっ!!」

「晶ちゃん……! 晶ちゃん……! 良かった……無事で……!」


 晶子の無事に安堵した紅子だったが――。


「あんた達逃げて!!」


 叫ぶ声にハッと顔を上げれば、ありさが黒いどろどろに巻き付かれていた。


「このっ!! くそっ!!」

「ありさ!!」

「美登里、来んな!! こいつ……っ!」


 ありさの窮地を見た紅子の行動は素早かった。


「果穂ちゃん、晶ちゃんをお願いします!」

「えっ!?」

「千花ちゃん、果穂ちゃんと誰か助けを呼んできてくださいまし!」

「わ、わかったわ……!」


 晶子を果穂に預けると、紅子は駆け出していた――ありさの元へ。


「はああああっ!!」


 ベチャリ――泥を蹴るような手応えだったが、効果はあったようでありさが黒いどろどろから解放された。


「さんきゅ、紅!」

「いえこちらこそ」


 二人で黒いどろどろと向かい合う。


「なにコイツ?! 化け物?」

「恐らく、その類いかと……ただ、わたくしはそれらが一切見えないはずなのですが……」


 そんな疑問がふと浮かぶが、その原因を考える余裕もなさそうだった。

 黒いどろどろの動きが明らかに変化したのだ。

 腕のような部分を長い触手に変え、何本も伸ばし出す。

 素早く己を捕らえようとする触手の攻撃をありさと紅子は軽い身のこなしで避けていく。


 しかし――。


「きゃあああっ!!」


 悲鳴に振り返れば、助けを呼びに行くはずだった果穂と千花の前に黒い触手が伸びて巻き付いていた。


「やめてぇっ! 離してぇ!」

「やだ! なにこれぇ!?」

「果穂ちゃん! 千花ちゃん!」

「待って、今……!」


 灯と美登里が助けに駆け寄るが――。


「灯! 美登里! それに触るな!」


 ありさの叫びも虚しく二人もあっという間に触手に巻き付かれてしまう。


「うわっ!?」

「なっ! 振りほどけない……っ!」

「灯ちゃん! 美登里ちゃん!」


 触手の攻撃を避けるのが精一杯で灯達へ近づくことすらできない。


「このヤロォッ!!」


 ありさが黒いどろどろの本体に向かって飛び出した。


「はああああっ!!」


 拳を本体に振り下ろすが、瞬間的に黒いどろどろは身体を変化させてありさの拳を避ける。

 そして、その隙にありさを触手で捕らえてしまった。


「くそぉっ! 離せぇっ!!」

「ありさちゃんっ!!」


 ありさに気を取られていたせいで紅子は背後から伸びる触手に気がつかなかった。


「紅ちゃん!!」


 灯の叫ぶ声も虚しく紅子も触手に巻き付かれた――はずだった。


「えっ?」


 思わず驚きの声を上げてしまう。

 何故なら触手が紅子に巻き付こうとした瞬間、まるで泥のように溶けてしまったのだから。


 何故――と考えるのは後回しだ。

 紅子の判断は早かった。


 即座に黒いどろどろの本体へ向かって駆け出す。

 触手が何本も伸びてくる。

 しかし、それらは全て己に触れればすぐに溶けて消えてしまった。


 ならば、紅子のすることはただ一つ。


(本体の動きを止める!!)


 紅子はありさ達を捕らえる触手の大元の本体の腕を掴んだ。

 叩くか、蹴るか――だが、それでは攻撃が浅いだろう。


(ならば――!!)


 紅子は躊躇いなく、そのどろどろの腕に噛み付いた。


【キィャァァァァアアアア!!!!】


 聞いたこともない金属が擦れるような高い絶叫をあげて黒いどろどろが悶え苦しむ。

 ありさ達を捕らえていた触手が緩んで全員解放される。

 それでも紅子は噛み付く歯に力を込め続けていた。

 まるで本当に人の腕を噛んでいるそんな感覚だった。


 その感覚に気を取られて、気づくのが遅れてしまった。

 黒いどろどろとしたモノの恐ろしい殺気に。


「紅ちゃんっ!!」


 灯の叫ぶ声した瞬間、紅子は――…………。


 紅子は…………………。







 わたくしは…………どうしたのでしたっけ…………?


 覚えて、いない…………いえ、覚えて、います…………。


 寒くて、眠たくて、寒くて…………。


 それで…………それで…………わた、くし、は……………………。


 わた、くしは……………………。







 …………………………………………。





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