神力測定検査~前編~
誤字報告ありがとうございました!
時代が正環から太昌へ移り変わった頃、神域では神子の高齢化が問題視されていた。
新しい神子の成り手を求め、「神の託宣」が繰り返し行われたが、なかなか新しい神子が見つからなかった……。
そこで神域管理庁が神子の成り手を見つける為に試験的に実施したのが、「神力測定検査」だ。
神力の強さを神術で可視化し、現世から神力の強い子どもを見つけ、将来神子の成り手として目星をつけておくというものである。
あくまで試験的に開催したので、検査対象年齢は中学三年生のみとし、開催地域も一部の地域限定としていたが、当時それなりに話題に取り上げられたものだ。
何せこの大和皇国で神子という存在は大変尊ばれる存在であり、誰もが憧れる存在であり、多くの人間が神子に選ばれたいと密かに願っていた。
そして、太昌六年九月十七日、この日試験が行われることになっていた某中学校でも――……。
「もしかしたら今日の試験の結果によっては神子に選ばれるかもしれないって」
「そしたら神域で超優雅な生活が送れるんだって~」
「神子って祈りを捧げるだけの仕事だから楽でいいよな~」
「俺、神子になりてぇ~。美人の女神様に囲まれて生活してぇ~」
憧れの神子になれるかもしれないと子ども達があちらこちらできゃっきゃっと沸き立っていた。
そんな騒がしい同級生達の会話に耳を傾けながらある女子生徒が眉を顰める。
「ばーか。神子の仕事が祈りを捧げるだけの楽な仕事なわけねぇだろうが。あいつらほんっと考える脳がねぇだろ。ばーかばーか」
「……ありさ、そういうことは口にしない。あと言葉が汚い」
「何よ。言わないだけで美登里だっておんなじこと思っているくせに」
強い瞳が印象的なありさと呼ばれた女子生徒は、後の十の神子となる海。
そして、眼鏡をかけた知的な印象の美登里という女子生徒は、後の四十六の神子となる葉月だ。
「私は後先考えて考えて行動しているだけ。ありさと違って」
「んだとぉっ!?」
「ま、まあまあ二人とも……喧嘩はダメだよ、ねっ?」
「「ふんっ」」
二人を優しい声で諭したのは果穂――後の三十二の神子となる蜜柑だ。
「男の神様って超イケメンらしいよ~」
「マジ~!? じゃあ、神子になれたら逆ハーじゃん! 神子になりた~い!」
未だ姦しく沸き立つ同級生を果穂の隣で見ていた容姿の整った女子生徒が呟く。
「……ほんと、ばかばっか」
「……え? 千花ちゃん、何か言った?」
「えっ!? う、ううん、何も……」
千花――後の三十五の神子となる清佳だ。
「にしてもいつその検査始まるんだよ。予定では放課後すぐって話でしょ?」
「話聞いていなかったの? ありさ」
美登里は呆れたように溜め息を吐きながら言う。
「この検査、神力と神術を使うから通常では現世で行うことができないの。だから、神域管理庁の人が検査会場となる体育館とその周辺を一時的に神域と同じ環境にするために準備をするから時間がかかるって言っていたでしょう?」
「……そうだっけ?」
「あなたって子はほんっと人の話を聞かないわね……っ!」
あっけらかんとするありさに美登里の苛々が募る。
「あ、でっ、でも、私もその説明じゃ、ちょっと理解できなかった、かな? 神力とか神術とかよくわかんないもん」
果穂が助け舟を出したおかげか美登里は徐々に落ち着いていった。
思わず果穂はほっと息を吐いていた。
「……ところで、紅ちゃんと灯ちゃんは何しているの?」
千花は会話に加わらず机に向かって作業をしていた二人を振り返って尋ねると、二人は顔を上げて笑顔で答える。
「「今日の授業の復習」」
「真面目か!?」
思わずありさが叫ぶ。
「時間が空いているのならその時間が勿体ないと思いまして。せっかくなら、と」
「ボクは紅ちゃんがやるなら一緒に~と思って」
紅――本名、千石紅子――後に十の神子補佐役となる紅玉。
灯――後の二十七の神子である藤紫だ。あの「藤の神子乱心事件」の主犯である……。
「二人ともえらいね。私もやろうかな」
「どうぞどうぞ」
「私もやろうかしら」
「わあい、果穂ちゃんと千花ちゃんもやろやろ~」
教科書を開き出した果穂と千花を横目に、ありさは美登里に尋ねる。
「ね、ねえ、美登里。あんたも復習する~とか言い出さないよね? 裏切らないよね?」
ありさは勉強が苦手……もとい嫌いだ。
復習なんてやりたくないのだ。
「……心配しないで、ありさ」
「さっすが美登里! わかってるぅっ!」
はしゃぐありさに美登里は持っていた本を突き出して見せる。
「私は復習なんてとっくに終わっているから。今は予習」
「裏切り者ぉっ!!」
「安心してありさ。仲間外れなんかにしないわ。さあさ、楽しい楽しいお勉強をしましょ~」
「いやだ! 予習も復習もやりたくない! 勉強は嫌いだぁっ!」
「そんなこと言っていると、受験失敗するわよ!」
「うるさいっ!」
その時だった。
「五組~。検査の準備が整ったから名前の順に並んで体育館向かえ~」
担任教師の一声に即座に反応したのはありさだった。
「ほらほら! 検査に行っくぞ~!」
あっという間に去っていってしまうありさに美登里は溜め息を吐く。
「……ありさめ、逃げたわね」
「ま、まあまあ」
「私達もさっさと検査終わらせちゃいましょう」
「うんうん、行こ~」
「お勉強なら検査が終わってからでもできますし」
紅子の言葉に美登里はニヤリと笑う。
「検査終わったら逃がさないわよ、ありさ」
不敵な笑みを浮かべる美登里に四人は思わず苦笑いを浮かべるのだった。
*****
検査会場である体育館の前にある少年と幼き少女の姿があった。
「あ? なんかまだ検査やっているっぽいな……姉貴、まだ終わってないかもな」
てっちゃんこと鉄斗――紅子の弟だ。
「てっちゃ、てっちゃ」
「ん? 何だ? しょーたろー」
「おねちゃ、どこ?」
その鉄斗の足元でコテンと首を傾げている少女は、しょーたろーこと晶子――紅子の妹であり海の後に十の神子となる水晶だ。
「ん~、お姉ちゃんはまだ用事が終わらないみたいだな~。よし、その辺でゲームしながら待つか」
「げぇむ!」
「兄ちゃんが作ってあげたゲーム機は写真も動画も撮れるからな。それで遊んで待ってようぜ」
「しゃしんー! どーがー!」
仲良さそうに手を繋いで敷地内を歩いていく二人の姿をじっと見つめる影がいるなど、幼き兄妹が気づくはずもなかった。
*****
その頃、体育館の中では検査の真っ只中だった。
見たこともない不思議な紋様の上に乗ると、全身が淡く光り、それで神力の量が分かると言う。
多ければ多いほど強く光り、少ないと弱く光る。
実に分かりやすい検査方法だった。
「はい、次の人」
故に検査はサクサクと進む。
検査が終わった生徒は帰宅していいということだったので、どんどん人も減っていく。
やがて三年五組に順番が回ってくる。
「はい、次の人」
「お願いしまーす」
若干やる気の無さげな声で検査表を提出したのは、ありさだ。
ありさは検査をさっさと終わらせようと紋様の上に乗る。
次の瞬間、ありさの身体から強い光が発し、辺りがざわつき出す。
「んなっ!? なんじゃこりゃあっ!?」
ありさも驚き戸惑う。
「これはすごいな! 今日一番の強さだな!」
快活な笑顔の男性検査員がニカリと笑って言った。
「すごい……!」
「今日一番だって……!」
「流石ありさ……!」
同級生達も口々に呟く。
すると、別の場所からまた歓声が湧く。
「……っ!」
「こちらも強い反応だな……!」
紋様の上に立っていたのは美登里だった。
「すごい……! 流石学年首席……!」
ありさと美登里、親友達の中から強い神力を持つ者が現れて紅子は驚いてしまう。
「すごいです……ありさちゃんと美登里ちゃん……!」
「うんっ」
隣に立つ灯もどことなく誇らしげだ。
しかし、驚きはこれで終わらなかった。
「はい、次の人」
次に乗った者達からも強い光が発せられる。
「えっ……!?」
「なっ、なにこれ……っ!?」
千花と果穂は驚き戸惑うが、辺りからは歓声が湧く。
「すごい……! 今日だけで四人も……!」
「これは素晴らしい」
検査員達も驚きが隠せないようだ。
勿論、紅子も驚くと同時に嬉しさも溢れていた。
「果穂ちゃんと千花ちゃんもすごいです……!」
「他の生徒達は……まあ普通っていったところだから、やっぱりあの四人は特別なんだね」
周囲で進んでいく検査を眺めながら灯が言った。
「はい、次の人」
紅子と灯が呼ばれ、前へ進み出る。
検査表を提出し、床に描かれた紋様の上に足を乗せた。
次の瞬間、灯の身体から強い光が発していた。
「また!?」
「すごい! 五人目だ!」
検査員から思わず拍手が飛び出していた。
「うちの学校から神力が強い人が五人も出るなんて!」
「すごすぎる……!」
同級生達も興奮し、きゃっきゃっとはしゃいだ。
「……あら?」
最初にそれに気づいたのは誰だったのか。
視線が次々と灯から反対側へ移っていく。
ふと、周囲の変化に気付き灯もそちらを向いた瞬間、目を剥くことになってしまった。
紋様の上に立つのは紅子。
そして、身体から発せられる光はほんのわずか。
恐らく……いや、今までで見た光の中で最も弱いものだった。
まるで蛍の灯火のような儚い程の。
「……ぷっ」
思わず嘲笑を漏らしたのは誰だったのか。
しかし、それを始まりにどんどん嘲笑は伝染していく。
「見て。なにあの弱々しい光」
「今までで一番酷い」
「大したヤツじゃないってことだよ、やっぱり」
「所詮は一番を取れない出涸らしだもんな」
聞こえてくる声に、嗤いに、紅玉は困ったように笑いながら目を伏せた。
それを見た灯がカッとなったその時だった。
「人の事を言える程、君達はよっぽど優秀なんだね」
「……えっ?」
「君は何か一番を取っているのか? 隣の君は? そちらの君は?」
飴の付いた棒を銜えたスラリと背の高い女性検査員が嘲り陰口を叩いていた同級生達の前に立って言い放っていた。
「……い、いや……一番は……」
「ほう。自分に誇れるものがないくせに随分と偉そうだ。ああ、その点では一番なのかな?」
「なっ、なんだと!?」
「そのくせ自分が貶されると怒鳴るとは。私はただ君がさっきしていたことと同じことをしているだけだというのに」
「っ!」
女性検査員の言葉に同級生は何も言えなくなってしまう。
「自分の言動で他者がどれほど傷付くのかきちんと考えてから行動をしなさい。幸い君達は子どもだ。まだやり直しがきく。大人になってからでは治すのは難しいからね」
女性検査員はそう言いながら、ある女性検査員を睨み付けていた――最初に嗤ったその女性検査員を。
睨まれた女性検査官は居心地が悪くなったせいか、顔をふいと逸らしていた。
そして、背の高い女性検査員は紅子に近づくと、その頭を撫でる。
「神力の値だけが全てじゃないさ。努力の数が多い人間の方がアタシは好きだよ。だから、キミはキミらしく真っ直ぐに頑張りな」
ニカリと笑った女性検査官はとても輝いていて綺麗だと、紅子は思った。
検査を終えた紅玉に真っ先に駆け寄ってきたのは涙目の果穂だった。
「紅ちゃん、大丈夫?」
「あの人達の言うことなんて気にすることないわ、紅ちゃん」
千花も柳眉を顰めて怒ったように言う。
「そうだ、気にすんな、紅。後であいつらぶん殴ってやるから!」
「……ありさ、殴ると面倒だから止めなさい」
握り拳を作って不敵な笑みを浮かべるありさに、美登里が溜め息を吐きながら言った。
「ありがとうございます。でも、わたくしなら大丈夫ですから」
紅子は笑顔で答える。本心で。
検査の結果も、嗤われたことも、紅子はもう何とも思っていなかった。
「あーあ、ボクが真っ先に助けたかったのに……見知らぬ人に助けられちゃった」
少しむくれながら灯は紅子の腕にしがみつく。
「……紅ちゃん、本当に大丈夫?」
「はい、本当に大丈夫ですわ。それに……」
紅子は思い出す。
先程の女性検査員の言葉を――。
「進路について考える良いきっかけになりましたから」
「…………」
真っ直ぐ澄んだ紅玉の漆黒の瞳を灯はじっと見つめ、思わずその手を握っていた。
「ずっと、一緒だよ」
「え?」
「どこにも行かないで。ボクとずっと一緒にいて。大人になっても、おばあちゃんになっても」
「ふふっ、はい。わたくし達はずっと一緒です。だって、幼馴染で親友ですもの」
灯を安心させるようにきゅっと手を握れば、灯は安心したように……しかし、泣きそうな顔で笑っていた。
その時だった。
千花の身体がふらついたのは……。