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大和撫子さまのお仕事  作者: 小茶木明歌音
第六章
281/346

伝言





 焔は頬を赤く染めて頭を下げていた。


「迷惑をかけた。すまない」

「まーた無茶やらかしたのかと思ったじゃん。急に倒れられるのホント困るんですけど~?」

「す、すまない」


 チクチクと小言を連ねる文に焔はますます身体を縮こまらせてしまう。


「まあまあ文、小言はその辺にしてあげなよ」

「そーデース。ホムラさんのおかげでマリたちVictoryデース!」


 幽吾と鞠の説得に、文はぷいっと顔を背けてしまった。


「でも、ただの神力切れでよかった……」

「ほむちゃんもうっちゃんとさっちゃんもいっぱい食べてな!」


 天海と美月がそう言って見つめる先で山盛りの菓子が次から次へと消えていく。


「右京、それ僕がとっておいたものなんですが」

「早い者勝ちですよ、左京」


 神力切れを起こした焔よりも、右京と左京の方がもりもりと菓子を頬張っていた。

 双子の食べっぷりに世流は半ば呆れ顔だ。


「……相変わらずびっくりするくらい食べるわね……恐ろしい」


 双子の驚異的な食欲は知っていても驚くものは驚いてしまうのだ。

 ふと、轟が幽吾を見る。


「そういや幽吾は食わなくていいのかよ? 蘇芳の術を相殺して一発で消費しきったくせに」

「うん、僕は大丈夫だよ~。地獄の罪人達の生気を吸っているから」

「……え?」

「冗談だよ」

「冗談に聞こえねぇ……」


 やりかねない、この男なら……。


 すると、そこへ空がやってきた。


「皆さん、応接の間で蘇芳さんが全部話してくれるそうっす」

「Wao! オーセツのマ、デース? ダイダイテキになってマース」

「紫さんや神様達も蘇芳さんから話を聞きたいって。みんなで応接の間に集まって待っているっすよ」


 神を待たせていると聞き、焔と双子が慌てて菓子を口に詰め込み出す。


「ゆっくりでいいっすよ……というのも、先輩がまた具合悪そうで」

「エッ!? ベニちゃん、ダイジョブなの!?」

「うん……蘇芳さんがついてくれてるっすけど……でも、顔色はずっと悪いままっす……」


 シンと静まり返る部屋で轟が呟く。


「……三年前みてぇだな」

「え……三年前って、あの……?」


 三年前のあの事件――藤の神子乱心事件。

 当時二十七の神子であった藤紫が三十二の神子であった蜜柑を殺害し、その後神域を混乱の渦へと招いたあの事件だ。


「紅、あの事件のときも今みてぇに具合悪くして倒れたんだよな……」

「そう言えば……そうだったわね……」


 世流もその件はよく覚えていた。

 本当は紅玉の見舞いに行きたかったが、神域内に邪神が溢れだしたせいで、それどころではなくなってしまったが。


「てっきり幼馴染が殺されたり殺人の容疑者になったりで、精神的にやられているかと思ったけど……もしかして何かあんのか?」

「何かって、何?」

「……わからねぇ」


 しかし、そう言いつつも轟は思う。


「だけど……イヤな予感はする……」


 轟の声が響き渡り、再び部屋はシンと静まってしまう。


「……とりあえず食べ終わったら応接の間に行こう」


 幽吾の言葉に全員頷くしかなかった。




*****




 十の御社の応接の間の入口に辿り着くと、紫が待機していた。


「あ、来た来た。皆さん、もうお待ちだよ」


 そう言って紫が扉を開けると、十の御社の神々がずらりと並び、いつも神子が座る上座には水晶と蘇芳の姿、そしてその蘇芳の膝に頭を乗せてぐったりと横になっている紅玉の姿があった。


「先輩!」

「ベニちゃん!」


 真っ先に空と鞠が駆け寄ると、紅玉は瞼を震わせゆっくりと目を開けた。


「……そらさん、まりちゃん……」

「先輩、さっきよりも顔色悪いっすよ……!?」

「ベニちゃん、ムリしないで……!」


 空と鞠だけでなく、水晶も今にも泣きそうな顔をして見つめていたので、紅玉は心配かけさせまいと精一杯微笑む。


「……ごめんなさい……大丈夫ですよ……とても眠いだけだから」

「大丈夫なわけないだろう」


 するりと頬を撫でられ、紅玉は声の主を見る……己の頭を守るように膝の上に乗せ、ひたすら労るように撫で続ける蘇芳を。

 蘇芳もまた泣きそうな顔で紅玉を見つめていた。


「今は身体が辛いはずだ。頼むから大人しく休んでくれ……っ」

「……はい」


 懇願するように言われてしまっては大人しく従うしかない。

 身体も本当に辛かったのか沈むように蘇芳に身体を預けてしまう。


「……やっぱ似ているな……三年前と」


 ポツリと呟いた轟の言葉に蘇芳は眉を顰めながら言った。


「……ああ、その通りだ。紅の今の症状は……三年前と同じ症状だ」

「え……『症状』って……」


 それはつまり「原因」があるというと言っているようなものだ。


 辛そうに横たわる姉から視線を外し、蘇芳を真っ直ぐ見つめると水晶は言った。


「教えなさい、蘇芳。あなたは一体何を隠しているの?」

「…………」


 目を閉じて、しばらく黙っていた蘇芳だが、ゆっくりと目を開け、顔を上げ、周りを見渡す。

 水晶、空、鞠、紫、幽吾をはじめとした朔月隊、そして十の御社の神々――紅玉を心配する多くの仲間達と向き合って蘇芳は言葉を紡ぎ出す。


「紅は――」


 その時だった。


「待って」


 全員驚いて声の主を見た。

 声の主は十の御社の神の一人、(かたる)だった。


 すると、語が常に持ち歩いている本が浮かび上がり、勝手に開く。

 そして、その開いた頁から萌黄色(もえぎいろ)に輝く術式の紋章が飛び出した。

 しかし、紋章は飛び出しただけで何も起こらない。


「え? 術式?」

「でも、発動、しない?」

「それに、この色って……」


 神域では人それぞれ神力の色が異なり、同じ色を持つ者はいない。

 そして、萌黄色の神力を持つのは……。


「……語……何が起こるの?」


 水晶の声に語は頭を下げた。


「話の腰を折ってごめんなさい。でも、どうやら蘇芳さんが話を始める前にやらなければならないことがあるようです」

「やらなければならないこと?」


 語は頷くとハッキリと言った。


「二十二の神子を……鈴太郎(りんたろう)さんを呼んでください」




*****




 神獣連絡網で呼び出しをして数分後、十の御社にその者の姿があった。

 焦げ茶色の縦横無尽にあちこち跳ねまくった髪と鮮やかな花萌葱(はなもえぎ)の瞳、そして顔よりも印象的な丸眼鏡をかけた二十二の神子こと鈴太郎が。

 その後ろには銅色の艶やかな髪を持つ男神の時告(ときつぐ)もいた。


「急な召集に応じてくれてありがと、鈴太郎」

「いえいえ」


 鈴太郎は急な呼び出しにもかかわらず、「語が呼んでいる」と説明しただけで全てを察したようで「すぐ行きます」と言って本当に来てくれたのだ。

 文句一つも言わずに。


「……あなたは、この紋章が何なのかわかっているの?」

「はい、これは僕に託された使命ですから」


 鈴太郎は宙に浮かび上がる紋章を見ながら微笑んだ。


「この紋章は一体何?」

「この紋章は『伝言の術』の紋章ですね。条件を満たすと仮発動し、神力を加えることで完成させる未完成の術です」

「未完成の術……?」


 鈴太郎の説明に水晶は驚いてしまう。

 本当にそのような術があるのならばそれは非常に難しい術であることに違いない。

 まるで蜘蛛の糸で布を織るような……この紋章は、非常に綿密に組み合わされ計算され尽くしたものということだ。


 水晶はできないと思う。

 神域最強の蘇芳にも難しいことだろう。

 神でもそのようなことでできる者がいるかどうか……。


「……そんなこと、可能なの?」

「まあ皆さん、薄々お察しかもしれませんが……」


 そう言って鈴太郎はチラリと語を見る。

 語が静かに頷いたのを見て、鈴太郎は言った。


「この紋章を創ったのは葉月さんなので」

「は、づきちゃん……?」


 萌黄色の神力を見て「やっぱり」という思いと、今は亡きはずの前四十六の神子であり大切な己の幼馴染である葉月の存在を感じさせる紋章に、紅玉は戸惑いを隠せない。


「紅玉さん、お忘れですか? 葉月さんは『術式理論』という異能をお持ちで新しい神術を創ることを得意としていました。世流君達を救った神術も葉月さんが創ったんですから」


 亡き恩人である葉月に救われた日は今だって忘れることはない。

 世流は思わず瞳を潤ませてしまう。


「葉月さんは……自分の死期を悟った時に未来への伝言を語様に託したんです。条件付きで発動する紋章を創って」

「……流石は元祖神術のスペシャリスト。自分が死んで尚、そんな術を遺しておくなんて」


 複雑でありながら完璧に編み込まれた紋章を見て幽吾は感嘆するしかない。


「そして、僕は……葉月さんに遺志を託されました。未来に残した伝言を来るべき時が来たら伝えて欲しい……紋章を完成させて欲しいと」


 鈴太郎は立ち上がると、紋章へ近づく。


「……僕も……葉月さんが一体何を残したのか知りません……だけど、葉月さんは……いえ、葉月さん達は、何かとても大切な事を隠していたみたいです」

「大切な、事……」


 その言葉に、紅玉は心当たりがあった。

 まさか――と思いながら蘇芳を見上げれば、蘇芳は静かに頷いた。


「葉月ちゃんじゃなくて……葉月ちゃん達って……鈴太郎君、それどういうこと?」

「てか何でそんなことがわかるんだよ?」


 世流と轟の疑問に鈴太郎は紋章を指して答える。


「……この紋章の祝詞に書いてありますから……『海、葉月、清佳、蜜柑、藤紫――五人の罪を明らかにする者へ』……って」

「つ、罪!?」

「い、一体、先輩の幼馴染さん達は何をしたって言うっすか……!?」


 鈴太郎の言葉の衝撃に誰もが驚きざわめく。


「……そりゃ驚きますよね……僕も驚いています。でも、詮索よりも先に、当人からの言葉を聞くことにしましょう」


 鈴太郎は紋章に手を翳し、神力をゆっくりと注ぐ。

 やがて紋章は淡い花萌葱色に輝き神力が巡っていき、術が発動する。


 ふわりと神力が渦巻いて現れたのは――。


「は、づきちゃん……」


 肩より短く綺麗に切り揃えた大地のような茶色の髪と眼鏡をかけた女性――幻ではあったが、それは間違いなく己の幼馴染の葉月の姿であった。


 目を閉じていた葉月はやがてゆっくりと目を開く。


『まずは、鈴太郎……私の神術を発動させてくれてありがとう』


 葉月の声に鈴太郎はふわりと笑う。


寿之葉(ことのは)……私の術の紋章を守り続けてくれてありがとう』


 元主に懐かしい名で呼ばれ、語は思わず歯を食い縛り、いつも手にしている本を抱き締めていた。


『そして……蘇芳さん……この伝言が発動したということは、あなたが今でも紅の隣にいてくれて、あなたが紅をとても大切に想ってくれている証拠。私達の代わりに紅を守り続けてくれて本当にありがとう』


 まさか葉月から自分の名が呼ばれるとは思わず、蘇芳は目を見開いて葉月を見た。


『この伝言術の発動条件……それは蘇芳さんが紅を守る為に、紅の秘密を多くの人に明らかにしようとする時』


 誰もが驚いて葉月の言葉を聞く。


『……それは同時に、私達の罪を明らかにすることでもあるわ……そんな役回り、あなたに任せるわけにはいかない。これは私達の責任……だから、私はこの伝言を残すわ』


 葉月は目を閉じてゆっくりと語り出す。


『私達の罪を……紅の秘密を……太昌六年九月十七日に行われた神力測定検査で何があったのかを』




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