神域最強 対 朔月隊
「我ら朔月隊、神域最強戦士に喧嘩を売ります」
現れた朔月隊に蘇芳は少し驚きつつも、次の瞬間ギッと鋭く睨み付けた。
「何人かかってこようが関係ない」
辺り一帯にビリビリと肌で感じる程の緊張感が漂う。
「……みんな、悪いけど、後は任せたよ」
「「「「「仰せのままに!」」」」」
幽吾が離脱し、蘇芳の前に立つのは残り十人だ。
「全員退ける」
「覚悟しやがれ! 蘇芳っ!!」
その声と同時に飛び出したのは轟だ。
愛用の金棒を振り回し、蘇芳へと振り下ろす。
しかし、蘇芳は轟の金棒を片手で――しかも素手で受け止めた。
「無駄だ」
だが、轟はニィっと笑ったままだ。
その瞬間、蘇芳の死角から空と右京と左京が突撃した。
しかし、蘇芳は焦ることなく、掴んでいた金棒を轟ごと振り回す。
「おわっ!?」
「うわっ!」
背後に迫っていた空と轟がぶつかる。
しかし、それでも右京と左京は止まらない。
「「はああああっ!!」
右京が斧槍を、左京が槍を蘇芳に突き出す。
しかし、蘇芳はそれすらも素手で止めた。
「軽い!」
「「うわっ!?」」
右京と左京もまたあっさりと遠くへ投げ飛ばされてしまう。
「【数倍増】!」
文の言霊が響いた瞬間、鞠と天海と焔の身体が淡く輝く。
「これでどう!?」
「いきます!」
「逃さない!」
鞠の矢が、天海の羽が、焔の弾丸が、倍の数となり蘇芳に降り注ぐ。
しかし、蘇芳は巨体な身体とは思えない非常に素早い動きで鞠の矢と天海の羽を叩き落とし、焔の弾丸を紙一重で避けていく。
そして、蘇芳は矢と羽と弾丸の霰をあっさりと乗りきってしまった。
それは最早神業と言える所業だろう。
「嘘でしょ……っ!?」
流石の文も驚きに目を見開く。
「素早さならうちも負けへんで!」
「素早いなら少しでも足止めをすれば!」
美月が駆け出した瞬間、世流はふぅっと息を吐く。
「【幻術香】」
瞬間、甘ったるい香りに蘇芳は包まれる。
そして、耳には甘ったるい声が響く。
「【イイ子ねぇ。そのままじっとしていてねぇん】」
いつしか蘇芳の目の前には爪を立てた美月の姿が――。
「隙あり!」
鋭い爪が蘇芳に振り下ろされる。
「効かん」
「きゃあっ!?」
「きゃあっ!」
美月の腕をあっさりと掴まえた蘇芳は勢いそのままに美月を世流へと投げつけた。
「どんなに立ち向かってこようが無駄だ」
「まだまだっす!」
空が再び蘇芳へ突撃していくのを見て、右京と左京が祝詞を唱え始める。
「【氷結せよ 槍の如く 全てを貫け】――」
「【沈黙せよ 鎖の如く 捕らえて呑み込め】――」
右京と左京の詠唱を邪魔されないようにと、世流も空に加勢し、二人で蘇芳の足止めをし、文と焔が補助に回る。
近距離と中距離からの止まない攻撃の嵐に、蘇芳は右京と左京に近づけない。
「【氷の槍】!」
「【闇の鎖】!」
双子の神術が絡まり合いながら蘇芳に襲いかかる!
「これでどうっ!?」
しかし、土煙の中から蘇芳は立ち上がった。
神術のせいで身体中傷だらけではあったが、その傷もすぐに回復していく。
「この程度の威力、何ともない」
「これでも効かないの……!?」
流石の文も愕然としてしまう。
「まだまだぁっ! 妖怪組の本気を見やがれっ!」
轟の一声で美月と天海も動く。
「「「妖力解放!!」」」
轟、美月、天海の身体が変化していき、山吹色の雷を纏った鬼、紫色の毛並みを持つ妖艶な猫又、純白の羽を持つ天狗となった。
「私も本気なんだから!」
鞠も花緑青に淡く光る不思議な力を纏いながら、大きく息を吸い込めば、耳の先は尖り、花緑青の瞳の中に花の結晶がキラキラと輝き、背中にふわりと虹色の輝く薄い四枚の羽根を持つ妖精となっていた。
そして、轟と美月は目にも止まらぬ速さで駆け出し、天海と鞠は高く宙へ飛ぶ。
「雷鳴撃!!」
「下弦爪!!」
「羽雨!!」
「【MARIEL LFSYDE PHIALA】!」
雷を纏った拳が、閃光のような爪が、純白の羽が、花緑青に光る矢が、蘇芳に襲いかかる!
だが――。
「その程度」
「のわっ!?」
「きゃあっ!?」
蘇芳は轟と美月の手ををあっさり掴むと、宙へ投げ飛ばす。
「うわっ!?」
「きゃっ!?」
そして、宙を飛んでいた天海と鞠に激突し、四人揃って墜落してしまった。
「遅い!」
「っ!?」
更に蘇芳は即座に足を踏み込むと、一気に空、世流、右京、左京、文、焔の間合いに入り込み、次々と地へと沈めていく。
急に目の前に現れた仁王の姿に六人は為す術などなかった。
気づけば庭園の上に立つのは蘇芳だけで、朔月隊は全員地に倒れ付していた。
「うっ……つ、よすぎる……」
「さ、すが、神域最強の名は伊達じゃないわね……っ……」
「くそっ……!」
誰もが息は絶え絶え、起き上がるのが精一杯だ。
そんな朔月隊を蘇芳はギロリと見下ろした。
「これ以上戦っても無駄だ。降伏しろ」
覇気の籠った低い声に誰もが戦意を喪失しかけた――……。
「まだっす!!」
ふらふらになりながらも、空は立ち上がっていた。
「まだまだっす! 絶対諦めねぇっす! 俺は……もう黙って見ているだけなのは嫌っす!」
空の脳裏に過るのは快晴のような笑顔の母の、血にまみれた最期の姿……。
「一人で無茶して、それで二度と会えなくなるのはもう嫌っす! 俺は! 先輩も蘇芳さんも大好きっす! だから、絶対! 絶対! 絶対! 失いたくないっ!!」
空の言葉に紅玉は目を見開いた。
「そうよ……っ!」
鞠もふらつく身体を叱咤しながら立ち上がっていた。
「私だってそう! 異国の異種族の私を家族のように受け入れてくれて守ってくれた紅ちゃんと蘇芳さんが困っているなら、私は力になりたい! 例えどんなに危険なことでも!」
鞠の言葉に紅玉の瞳が揺れる。
「おおっし! ガキどもが諦めてねぇのに俺らがくたばるわけにはいかねぇっ!」
「そうね! ここで倒れたら男が廃るわ!」
轟と世流が不敵な笑みを浮かべながら立ち上がった。
「僕らも、紅様と蘇芳様には返しきれないご恩があります」
「それにお二人が大好きですから、座ってなどいられません」
右京と左京もよろよろとしながらも立ち上がって微笑む。
「絶対諦めへんで!」
「蘇芳先輩、覚悟してください」
「私達は絶対に負けない……!」
「まったく、意地っ張りも大概にしてよね」
美月も、天海も、焔も、文も強い信念で立ち上がった。
もう倒れている者は誰一人いない。
蘇芳は再びギロリと睨み付けた。
「何度立ち向かってきても同じだ」
蘇芳が拳を握って構えたその時だった――。
「轟さん正面、空さん右方向、左京君左方向、美月ちゃんは三人のフォロー、世流ちゃんは後方から援護してください!」
響いた声に全員驚いて振り返った。
「右京君は前線を術で補助及び攻撃、天海さんと鞠ちゃんは空中から援護して蘇芳様を足止めしてください!」
声を張り上げて指示をしていたのは今まで戦いを傍観していた紅玉だった。
「紅……!」
朔月隊だけでなく、蘇芳も戸惑いが隠せなかった。
紅玉は朔月隊の傍までやってくると、蘇芳を見て困ったように微笑んだ。
「……ごめんなさい、蘇芳様……わたくし、やっぱり守られるだけは嫌なの……貴方と一緒に戦いたいの!」
「……っ……」
蘇芳は目を閉じて溜め息を吐く。
その表情は僅かに柔らかく微笑んでいた。
しかし、目を開けた瞬間、鋭い覇気を纏わせて真っ直ぐ紅玉を射貫いた。
「ならば、俺を倒してみろ!!」
一気に間合いを詰めようとした蘇芳を轟が迎え撃ち、足を止める。
「させるかぁっ!」
「さっちゃん、いくっすよ!」
「はい!」
轟に続き、空と左京も蘇芳に立ち向かう。
正面、左右からの絶え間無い攻撃に流石の蘇芳も防戦一方になりだした。
三人の攻撃の隙をつこうにも、その隙を素早い美月が一切見逃さない。
更にその美月を援護するように世流の鞭が飛んでくる。
「させへんで!」
「ワタシもいること忘れないでね!」
蘇芳は思わず歯を食い縛ると、足元から神力の圧を感じ、咄嗟に身を翻した。
右京の捕縛神術だ。
「天海様、鞠ちゃん! 足止めをお願いします!」
「わかった!」
「任せて!」
雨のように降り注ぐ羽と矢の攻撃に蘇芳は避けるしかない。
「ちっ……!」
思わず舌打ちが出る程に蘇芳は追い詰められ始めていた。
それを見て、紅玉は動く。
「文君、貴方は焔ちゃんを極限まで神力の強化を」
「了解」
文は直ぐ様紙に文字を書いていく。
「焔ちゃん、貴女が攻撃の要です」
「わ、私!?」
まさかの紅玉の発言に焔は戸惑うが、紅玉は真っ直ぐ見つめて告げる。
「貴女は元神子様です。蘇芳様をも圧倒させる力をお持ちですわ」
「だ、だが、私は……」
かつて怒りに任せて神力を暴走させ、恩人の命を奪った己の罪の記憶がふと過る……。
「大丈夫です」
凛とした声にハッと顔を上げれば、紅玉が柔らかく微笑んでいた。
「大丈夫です。だって貴女は己の罪としっかりと向かい合い、努力し続けてきましたもの。もう感情に任せることなく、神力をきちんとコントロールができます」
紅玉は知っている……焔が誰よりもあの日を悔いていることを。
二度と過ちを起こさないように誰よりも神力の鍛練を積んできたことを。
「だから、その力をどうかわたくしの為に使って。あの意地っ張りで一人で抱え込んで突っ走ってしまう仕方のない人を、どうか止めて」
泣きそうな紅玉の顔を見て、焔は決意して己の耳飾りを外した。
罪を犯してから決して外すことのなかったそれを。
黒い石から橙の美しい石に変えても尚、外そうとしなかったそれを。
少しでも神力を溢れさせれば痛みが伴う神力制御装置として、そして己の罪の証として着け続けてきた耳飾りを、焔は自らの手で外した。
「仰せのままに!」
そして、焔は膨大な神力を繊細に編み込みながら術式を書き始めた。
庭園の外れでそんな焔の決意を見た幽吾は嬉しそうに笑っていた。
己を捕らえようとする捕縛術に、雨のように降り注ぐ矢と羽に、蘇芳は完全に防戦一方だ。
その中で焔の様子に気付き近づこうにも、轟達が決して先を通そうとしない。
その間にも焔の術式が着々と完成していく。
「【駆け抜けろ 灼熱を放て 燃やし尽くせ】!」
「【神力強化】!」
文の言霊が焔を包み込み、銀朱の光が更に強く増す。
それと同時に焔の術式が完成した。
「【火焔獅子】!!」
銀朱の火焔が巨大な獅子となって庭園を駆け、あっという間に蘇芳の眼前まで迫った。
蘇芳は呑み込まれまいと火焔の獅子を素手で押し止めようとしたが、神力を封じられているせいで防御の神術を組めず、力で押されていく。
「はああああああああっ!!」
「ぐぅっ!!」
焔が力で押し切り、蘇芳は火焔の獅子に呑み込まれてしまった。
庭園に灼熱の火焔が一気に広がっていく。
やがて火焔と熱さは消えていった……。
ハッとなって火焔が消えた場所を見れば、そこには蘇芳が倒れ伏していた。
――が、蘇芳はピクリと身体を動かし、むくりと起き上がった。
「う、そでしょ……!?」
「焔の火焔でも立ち上がるのかよ……!」
朔月隊は再び戦闘態勢を取る。
しかし、紅玉はしゃなりしゃなりと蘇芳の傍へ歩み寄っていった。
「先輩?」
「ベニちゃん?」
空と鞠が訝しげな声を上げても、紅玉は歩みを止めない。
やがて蘇芳の前までやって来ると、蘇芳の傍へしゃがみ込む。
全身至るところに火傷を負っていた蘇芳だが、その傷も自然治癒能力でほぼ治癒されていた。
思わず泣きそうな顔をした紅玉を見て、蘇芳は困ったように笑う。
「気にするな。傷痕も残らないだろう」
「……ごめんなさい……」
「ふふっ……貴女に裏切られるとはな」
「……ごめんなさい……」
瞳一杯に涙を溜めていく紅玉の頬を蘇芳は撫でる。
「……貴女の事は俺が守りたい。俺一人が守りたいと思っていた。だが、貴女がそういう人だということを忘れていた時点で俺の負けだ」
「……っ……」
「完敗だ」
ほろりと涙が零れ落ちたと同時に紅玉は蘇芳に抱き付いていた。
ぽろぽろと涙が止まらない。
「ごめんなさい……! わたくしのために戦ってくださったのに……!」
「こら、勝ったんだから泣くな。ほら、ゆっくり息をして……そうそう、良い子だ」
ポンポンと紅玉の背を優しく撫でながらあやす蘇芳に言葉に、固まっていた朔月隊が動き出す。
「えっ? エッ? マ、マリたち……」
「勝った、っすか?」
困惑の声を上げた空と鞠に蘇芳は大きく頷く。
「ああ、そうだ。朔月隊、見事な連携だった。俺の負けだ」
敗北宣言をする蘇芳に、全員ポカンとしてしまう。
「な、なんかいいのか? 全然勝った気しねぇぞ?!」
「まあいいじゃない! 勝ちは勝ちよ!」
「そうでございますね」
「我々の勝利でございます」
「めっちゃ疲れたわ……!」
「お、俺も……」
臨戦態勢から解放され、次々と疲労感で座り込んでいく朔月隊にその男が近づく。
「いや~、みんなご苦労さん、ご苦労さん」
へらりと笑みを浮かべた幽吾が。
「……真っ先に退場した人に言われたくないんですけど?」
「いやいや文、そんなこと言わないでよ。最初のあのすんげぇ術相殺しただけで僕の役目は終わったも同然でしょ。かなり働いたよ~」
「そうなんだけどさ……」
何故だかその言い方にイラッとしてしまう。
「それにしても、焔、よくやったね~」
勝利の立役者である焔に幽吾が肩を叩いた瞬間だった。
「もえつきた……なにもかも……」
「え?」
焔はそう呟くと、ふらりと身体を傾けバタリと倒れてしまった。
「ええええ!? 焔ぁっ!?」
「ちょっ! 焔!?」
「焔ちゃん!!」
「ほむちゃーん!!」
慌てふためく朔月隊とは打って変わり冷静な声が響く。
「うみゅ、あんなすげぇ術いきなりぶっぱなせば誰だって失神するわ」
「しょ、晶ちゃん……」
「とりあえずみんなあがって。身体を回復させて」
水晶の一声で全員動き出したのだった。
<おまけ:そう言えばずっと蚊帳の外だったね>
「ねっ、ねえっ!」
響いた声に蘇芳と水晶と朔月隊は振り返った。
「あの、この状況、誰か分かるように説明して! 朔月隊って何なの!? っていうか空くんと鞠ちゃんのその格好なに!?」
「「「「「……あ……」」」」」
うっかり忘れていたが、紫は何も知らない男であった……。