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大和撫子さまのお仕事  作者: 小茶木明歌音
第六章
277/346

「秘密」

本日二回目の投稿です。

閲覧順にご注意ください。




 ああ、本当に……本当にその通りです……。


 わたくしが犠牲になれば良かったのに。

 素晴らしい才能を持ち、国を守る神子として望まれていた幼馴染み達(みんな)ではなく、特別秀でたところもない凡庸のわたくしが死ぬべきでしたのに。


 何故わたくしは誰も守れなかったの?

 何故わたくしは何もできなかったの?

 何故わたくしは一人生き残ってしまったの?


 死にたい……死んでしまいたい……

 無能なわたくしなんて……

 〈能無し〉のわたくしなんて……


 わたくしが死ねばよかった…………











「生きてくれ……」


 紅玉の耳に悲痛な声が届く。


「生きるのを諦めないでくれ……」


 全身がぬくもりに包まれる。


「紅殿……っ!」


 自分を呼ぶ声に胸が締め付けられていく。

 涙が零れ落ちる。


 紅玉はゆっくりと声のする方へ手を伸ばした――。




**********




 紅玉はゆっくりと意識を浮上させた。

 身体がまだ重く、怠くて堪らないが、酷い眠気は治まっているようだった。

 部屋が暗く、今が何時かわからない。


 ふと、手が温かいことに気付き、ゆっくりと首を動かした。

 そこには己の手を握ったまま、祈るように項垂れている蘇芳の姿があった。

 長いこと視た夢の中で、死を願っていた自分を呼び戻してくれた愛する人が。


 蘇芳色の短い髪と太く節くれ立った指と筋骨隆々の大きな身体が見えた。


「……すお……さ、ま……」


 蘇芳の身体がビクリと震え、弾かれたように顔を上げた。

 その顔色はあまりにも悪く、金色の瞳は揺れていて、ああとても心配させてしまったのだと悟る。


「紅……っ!」


 蘇芳は覆い被さるように紅玉を覗き込むと、頬や髪を撫でていく。

 そして、紅玉の漆黒の瞳を見つめると、ほっとしていた。


「よかった……っ! 目を覚ましてくれて……」

「……ごめんなさい……心配をかけてしまって……」


 頬を撫でる蘇芳の手にそっと己の手を重ねながら、紅玉は思い出す。


 海の命日に、突然倒れてしまった時のことを。

 酷い眠気に襲われ、指一本も動かせなくなってしまったことを。

 そして、それが決して初めてではないことを……。


「…………これが、わたくしの『秘密』なのですね」

「……ああ、そうだ」


 いつからだろうか……。

 日中にもかかわらず、突然眠気に襲われるようになったのは。

 立ち眩みのような症状に倒れそうになったこともあった気がする。


 そして、あの夜……蘇芳を七の御社から取り戻した夜、改めて蘇芳との強い愛を誓い合い、初めて結ばれようとしていたその時も……紅玉は突如意識を失ってしまったのだ。

 それが理由で、蘇芳は紅玉と結ばれることを止めた……紅玉を想うからこそ。


 だが、大事な時に意識を失ってしまった事に紅玉は真っ青な顔で泣いて謝罪しだしたので……蘇芳はその時に打ち明けたのだ。


 紅玉に隠していた「秘密」を。

 紅玉と紅玉の幼馴染に関わる重大な「秘密」を。


 その「秘密」はあまりに驚愕で衝撃的で、紅玉が受け止めきれるものではなかった――。

 だが、蘇芳は紅玉が落ち着いて受け入れるまで、ずっと傍にいて抱き締めてくれた。

 だから、紅玉はその「秘密」を受け入れる事ができたのだ

 そして、今もこうして冷静でいられる。


 紅玉の顔に自然と笑みが零れた。


「……どうして笑うんだ?」

「蘇芳様が、愛おしくて」

「貴女は……っ! もっと自分のことを考えてくれ……っ!」


 だが……顔を苦しげに歪ませて紅玉を心配する蘇芳に申し訳なさを感じながらも、どうしても勝るのは蘇芳が愛おしいと思う気持ちだった。

 今も、先日の夜も、今までも……蘇芳が紅玉を愛しているからこそしてきてくれた全てが、嬉しくて、嬉しくて、愛おしくて、紅玉の胸がいっぱいになっていく。


「わたくしは今でも自分の事しか考えていませんのよ。こうして蘇芳様を独り占めできて嬉しいって」

「……紅……」


 今もこうして自分の手を握って離さないでいてくれることが嬉しくて堪らない。

 蘇芳にはとても心配させてしまっているというのに……。


「……酷い、女でしょう?」

「……いや」


 蘇芳は紅玉に覆い被さると、額、頬と口付け、最後は唇に口付けた。


「ん、ふぅ……っ」


 口付けはやがて深いものに。

 舌と舌を絡ませ合う深い口付けに紅玉は身体を震わせてしまう。

 それでも蘇芳は口付けを止めなかった。


 やがて蘇芳が唇を解放すれば、二人の唇を銀の糸が繋いでいた。

 そして、目の前には頬を上気させた愛おしい蘇芳の艶めかしい顔があって、紅玉は身体を熱くさせてしまう。


 蘇芳はするりと紅玉の頬を撫でると、そっと囁く。


「そんな貴女も愛おしい」


 トクリと心臓が幸せの音を奏でる。

 トクトクと鼓動を感じながら思う。


(わたくしは、幸せ者です……こんなに愛されて)


 ホロリと零れ落ちた涙を蘇芳が拭ってそっと頬に口付ける。

 甘い労りにますます涙が止まらない。


「俺を……信じてくれるか?」

「はい、勿論です」


 蘇芳は右小指を紅玉の右小指に絡ませた。


「約束する。必ず貴女を救ってみせる」


 同じ場所に刻まれた二人の紋章が淡く光ると、二人の身体は自然と惹かれ合い一つになる。


「蘇芳様……っ、蘇芳様……! ずっと傍にいて……! 怖いの……っ!」

「大丈夫だ、紅……俺はここにいる。ずっと貴女の傍に……」


 きつく抱き締め合い、何度も誓い合う。確かめ合う。

 互いの想いと存在を……。







 部屋のすぐ外で聞き耳をたてている存在達に、蘇芳は気づけなかった。





<おまけ:あの日の夜の事>


「紅……紅……愛している、紅」

「わたくしも、愛しています……っ」


 蘇芳様の金色の瞳がギラギラと揺らめいていて、赤く染めたお顔がとても色っぽくて、深い口付けに頭がクラクラしてしまいます……。


 その瞬間、心臓が、ドクンと跳ねました。


(あ、ら……?)


 グラリと、視界が、揺れる……?

 ドクン、と心臓が……痛い……?


(な、に……こ、れ…………?)


 意識が、暗く…………。











「紅っ!!」

「っ!?」


 ハッと目を覚ませば、目の前には真っ青な顔をして蘇芳様がいて、わたくしは蘇芳様に抱き起されていて……。


「……え?」


 状況が理解できません。


「良かった……意識を取り戻したんだな……」

「わ、たくし……」


 全身が冷えていく思いでした。

 わたくし……わたくし……よりにもよってこんな大事な時に……


 意識を失って眠っていた?


 愛する人と結ばれようとその時に……愛する人の腕の中で……よりにもよってこんな時に……?


 ぶわりと、涙が溢れるのを止める事なんて出来なかった。


「紅っ!?」

「あぁぁ、ぁっ、ごっ、ごめん、なさいっ、ごめんなさっ……!」

「紅、いいんだ……いいんだ、紅。貴女は悪くない」


 蘇芳様は抱き締めてそうおっしゃってくれるけれど、わたくしはわたくしが赦せない……!


「やぁっ……! ごめんなさいっ、ごめんなさいっ……! こんなっ、こんな、だっ、大事な時に、わっ、わたくし……!」

「紅、紅……落ち着いて。ほら、落ち着いて。ゆっくり息をするんだ」


 泣き過ぎて過呼吸気味のわたくしの背中を蘇芳様が優しくポンポンと叩いてくださる。

 でも、今はその優しさすら辛くて堪らない。

 こんな、こんな、最低な女のままでは……わたくし、わたくし……!


「きっ、きらいにならないでぇっ……! みっ、みすてないでぇっ……! はっ、はなれていかないでぇっ……!」

「誰が嫌いになるものか! 見捨てなどしないし、離れない! 俺には貴女だけだ!!」

「うっ、ぅぅ、ぅぁああっ、すおうさまっ、すおうさまぁっ……!」


 子どものように情けなく泣きじゃくるわたくしを蘇芳様はいつまでもぎゅうっと抱き締めてくださった。

 わたくしが泣き止むまでずっと…………。







 やがて落ち着いたわたくしに、蘇芳様は重たい表情で言った。


「……紅……最近、このような事が増えていないか? 急激に眠くなったり……いつの間にか意識が飛んでいたり……」

「え……?」

「……今こそ、話さなければならないようだ……貴女に隠していた『秘密』を。貴女と貴女の幼馴染に関わる重大な『秘密』を……どうか、聞いてくれないか?」

「…………」


 真剣な表情の蘇芳様に、わたくしは頷いた。


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