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大和撫子さまのお仕事  作者: 小茶木明歌音
第六章
276/346

蜜柑と歌留多と始まりと

最終章開始です。

最後までよろしくお願いします。




 わたくしの幼馴染の一人――三十二の神子の蜜柑(みかん)ちゃんは心優し過ぎる性格が災いして、大変気が弱く、わたくし以上に泣き虫な女性でありました。

 (うみ)ちゃん、葉月(はづき)ちゃん、清佳(さやか)ちゃんと幼い頃から一緒だった親友達を亡くし、悲しかったのはわたくしだけではありません。

 蜜柑ちゃんや藤紫(ふじむらさき)ちゃん……お二人も勿論大変悲しんでいました。


 だけど、わたくしは立ち止まってなんかいられません。

 わたくしにはまだ守るべき存在がいるのですから。


 藤紫ちゃんは……非常に心の強い女性に育ちました。

 真っ直ぐな瞳で「皆の分まで頑張らないと」というお言葉を聞いた時は心を打たれたものです。


 でも、蜜柑ちゃんは……とても、とても悲しみに打ち勝つなんてできませんでした。

 わかります。とてもとても悲しいです。

 大好きな親友で、幼馴染で、ずっと一緒で……。

 それを突然三人も失ってしまったのです。

 立ち直れと言われる方が無理な話です。


 だからこそ、蜜柑ちゃんには支えが必要だったのです。

 神域管理庁の職員として――いえ――彼女の幼馴染として。


 海ちゃんが亡くなった直後も、葉月ちゃんが急逝した直後も……わたくしは蜜柑ちゃんに会いに行きました。

 お咎めを受けないようにきちんと担当区の職員に許可を貰ってから。


 そして、清佳ちゃんが神隠しされて、この世を去った直後も……わたくしは蜜柑ちゃんに会いに行ったのです。




「蜜柑ちゃん、御加減はいかがですか?」

「ありがとう、紅ちゃん……いつもごめんね」


 柔らかい色合いの茶色の髪を緩く編み、鮮やかな蜜柑色の瞳を持つ蜜柑ちゃんがか細い声で微笑みながら答えます。

 ですが、その目は腫れており、身体も痩せて、憔悴しきっているのは一目瞭然でした。

 蜜柑色の瞳から涙が今にも零れ落ちてしまいそうです……。


 本当に蜜柑ちゃんは繊細過ぎる女性です……ですから心配になってしまいます。

 いつか潰されてしまうのではないかと。


 だから、わたくしは少しでも彼女の支えになりたい。

 少しでも悲しみを紛らわせられる存在でありたい。


 そう思いながら、そっと蜜柑ちゃんの手に触れます。


「これくらいはさせてくださいまし……わたくし達は幼馴染みなのですから」


 瞬間、蜜柑ちゃんの瞳から大粒の涙が零れ落ちてしまいます。


「ごめっ……ごめんねっ……泣き虫で……いっつも、いっつも……!」

「気にならないでくださいまし。わたくし、蜜柑ちゃんのお優しいところが大好きですわ」


 笑ってみせれば、蜜柑ちゃんはますます顔を歪めて涙を零し、抱き付いてきます。

 勿論わたくしはぎゅうっと抱き締めてあげます。

 昔から誰かが泣いている時はぎゅうっと抱き締めてあげる――わたくし達幼馴染達の約束なのです。


「わっ、私もっ……! 私もっ、紅ちゃんが大好きだよ……っ」

「ふふふっ、ありがとうございます」


 額を寄せ合えば、ようやっと蜜柑ちゃんが笑ってくださいます。

 ほら、あなたは笑うとこんなに可愛いのですから。

 だから、どうか笑ってくださいまし。

 あなたの笑顔をいつまでも守らせてくださいまし。




*****




 さて、蜜柑ちゃんも少し元気を取り戻したようですし始めましょう。

 わたくしと蜜柑ちゃんのちょっとした遊戯を。

 蜜柑ちゃんが元気になれるとびきりのおまじないを。


 向かい合うわたくしと蜜柑ちゃん――そして、その間にずらりと並ぶのは歌留多でございます。


 そんなわたくしと蜜柑ちゃんを見守るのは蜜柑ちゃんに仕える女神様とわたくしの尊敬する先輩の蘇芳(すおう)様。


 そして、女神様が詠う。


「朝露の――」


 その言葉でわたくしは手を動かしましたが――。

 バシン!――と畳を叩く音が響き渡り、取り札が蘇芳様の膝前まで吹き飛びました。

 ほんのわずかに蜜柑ちゃんの方が速かったようです……お見事。

 蘇芳様は驚きに目をぱちくりとさせています。あらまあ、可愛らしい。


(おっと、いけません。集中集中……!)


 蜜柑ちゃんは先程の涙は何処へやら……今や覇気に満ちた真剣な表情で歌留多と向き合っています。

 そのお姿はまさしく女王と言った貫録でございます。

 あの蘇芳様も蜜柑ちゃんの変貌に開いた口が塞がらないようです。


 さあ、わたくしも集中です……!


 女神様が再び詠う。


(くれない)の――」


 バシン!――取り札が再び吹き飛びます。

 今度は僅かにわたくしの方が速かったようです!


 蜜柑ちゃんが悔しげに眉を顰めていらっしゃいますが、すぐに気持ちを切り替えていました。


 さあ、わたくしも次の詠に集中です。

 勝負はまだこれからなのですから――!











 結果は蜜柑ちゃんの勝利でした。

 流石、歌留多界期待の若き女王様です。

 あと少し……というところでいつも負けてしまいます。


「やっぱり蜜柑ちゃんはお強いです」

「そんな……紅ちゃんだって強いわ。結局『(くれない)』の札は一枚も取らせてもらえないもの……」

「ふふっ、得意札ですから」


 蜜柑ちゃんに歌留多を教わって初めて覚えたのが「(くれない)」の句が入る詠でしたから。

 これだけは譲るわけにはまいりません。


「紅ちゃん以外の人からなら『(くれない)』の札は取れるのに……今度は目指せ『(くれない)札一枚』ね!」

「はいっ」


 良かったです。蜜柑ちゃんが大分元気になられて。

 蘇芳様と女神様をそっと伺えば、お二人も安心されたように微笑んで頷いてくださいます。


 きっともう大丈夫ですわ。


「そう言えば、今日の歌留多は愛用のものではございませんのね?」

「え……ああ、うん。ちょっと、ね。新しいのを出してみたの」

「どうりで。いつもより鋭く飛ぶと思いましたわ」

「ふふっ、ほんとにねっ」


 弾き飛ばした札が、蘇芳様のお顔の真横に突き刺さった時は思わず二人で笑ってしまいましたもの。


「さて……長い時間お邪魔してしまって申し訳ありません。わたくし達はそろそろ」

「ううん。私の為にいつもありがとう」

「いえいえ、わたくしが蜜柑ちゃんに会いたいだけですから――」






 そうです……そう言って立ち上がろうとした直後でした……。

 視界が揺れて歪んだのは。






(あ、ら……?)

「紅殿!!」


 ぐらぐら揺れる視界の中で、蘇芳様の焦った声が聞こえて、それで……。


「紅殿! 紅殿!? 大丈夫か!?」

「え……? す、おう、さま……?」


 やっと視界がはっきりしてきたと思えば、目の前に蘇芳様がいて、わたくしは蘇芳様に抱きかかえられていたのです。


「急に倒れたんだ……覚えていないのか?」

「え、ええ……?」


 何も、全く、覚えていませんでした……。

 愕然とした記憶があります……。


「紅ちゃん、大丈夫!?」

「み、蜜柑ちゃん、すみません……驚かせてしまって……」


 せっかく蜜柑ちゃんが元気を取り戻したばかりだと言うのに、余計な心配をかけさせてしまうなど……なんて情けないことでしょう。


「無理しないで! ごめんね、具合悪いのに……」

「いえ、体調は悪くないのですが……」


 でも……まだ頭が揺れている上に瞼が重たくて堪らなかったのです。

 この当時、蘇芳様に叱られて、きちんと睡眠をとっていたにもかかわらず……。


「とりあえず一旦八の御社へ帰って休もう」

「えっ! す、蘇芳様! わっ、わたくし歩けます! 自分で歩きますから!」

「駄目だ! 大人しく運ばれろ!」


 蘇芳様は、もうこの当時から過保護でいらっしゃいましたわ。

 当時配属先であった八の御社までわたくしを抱えて運んでくださる程に。

 蘇芳様の身体の大きさと抱き止める腕の強さに、わたくし安心感を覚えていましたわ……きっとわたくしはこの時から……いいえ、ずっと前からもう……。


「三十二の神子、大変申し訳ありませんが、本日はこのままで失礼します。御無礼を御赦しください」

「いえ……! 紅ちゃんの事をお願いします……」


 ああ、覚えています……。

 この時の蜜柑ちゃんの顔色は酷く悪くなっていたのです。


「ごめんなさい、蜜柑ちゃん……余計な心配をさせてしまって……」

「謝らないで、紅ちゃん! 元はと言えば私、が……!」


 蜜柑の瞳から涙が溢れて零れ落ちる……そんな顔をさせたくないのに……。


「蜜柑ちゃん」

「べっ、べにちゃん……っ、ごめんっ、ごめんねぇっ……!」


 そう……わたくしの手を握って謝罪を繰り返す蜜柑ちゃんの姿が、何故か赦しを乞うような痛ましい姿に見えて……わたくしの記憶から離れない。


「蜜柑ちゃん、どうかそんなにご自分を責めないで。わたくしまで悲しくなってしまいます」

「紅ちゃん……」

「また元気になったら必ず会いに来ますから」

「うん……待ってる……」


 そして、わたくしは蜜柑ちゃんの手を離した。

 この時離してはいけなかったのだと、後悔する事になるとも知らずに。


「それでは、失礼する」


 蘇芳様に抱えられたままわたくしはそっと蜜柑ちゃんに手を振りました。

 未だ涙をボロボロ零しながら見送る蜜柑ちゃんの姿は、今思い出しても切なくなってしまいます……。


(体調を戻したら、謝罪をしなくては……)






 だけど、わたくしが蜜柑ちゃんに会えたのはこれで最後になってしまったのです。

 その日の夜、蜜柑ちゃんは二十七の御社で無惨にも喉を切り裂かれ、命を落としてしまったのだから……。




**********




 三十二の神子の蜜柑を殺害した容疑をかけられた二十七の神子の藤紫は逃走した。

 神子であったとしても殺人は大罪だ。

 即座に神域中の職員に緊急命令が下った。


 「三十二の神子を殺害した二十七の神子の藤紫を確保せよ」と――。


 その緊急命令とともに職員達に演説をするのは、この国の至高の姫君こと桜姫(さくらひめ)だ。




「たとえ神子であったとしても、殺人は決して赦してはいけない大罪です。その罪は償うべきです」


 ドクリ、ドクリ――己の心臓が嫌な音を立てているのが、苦しい程に分かる。


「ですが、彼女達は大変仲の良かった幼馴染み。二人の間に何があったのか、私には想像がつきません。ですから私は信じております。これは些細なすれ違いが生み出した悲劇なのだと」


 違う、違う――叫びたくても、叫べない現状に、息が浅くなる。


「二十七の神子、藤紫! 私の声が聞こえているのならどうか自首を! 私はあなたの償いの手助けをします! あなたの苦しみと悲しみをともに背負いましょう!」


 違う、違う。

 殺してない、殺してなんかいない。

 藤紫ちゃんは蜜柑ちゃんを殺すはずがない……っ!


「神域に仕える全ての皆々様にお願いです。どうか藤紫を見つけて、どうかその苦しみから救って差し上げて! それができるのはあなた達だけです!」

「「「「「はっ!!」」」」」


 七の神子の言葉に職員達から歓声と拍手と熱気が沸き上がる。

 直ぐ様行動をする者、作戦を立てる者、桜姫を称える者、次から次へとみんな行動を始めていく。


 紅玉(こうぎょく)は一人絶望するしかなかった。


 違うと声を上げられないこの状況に。

 藤紫が蜜柑を殺していないと否定すらも許されない。


 守りたいのに守ってあげられない。

 助けたいのに助けてあげられない。

 このままではまた失ってしまう……。

 焦りが、恐怖が、身体をどんどん冷たくしていく。


「紅殿落ち着け、落ち着くんだ……!」


 蘇芳が紅玉の身体を支えながら必死に呼び掛けてくれる。

 だか、紅玉の絶望は消え去ってはくれない……。


 ふと視線を上げれば、目の前にいたのは桜姫だった。

 この世の美しさと愛らしさの全てを詰め込んだ至高の姫君は大きな苺色の瞳に宝石のような大粒の涙を湛えながら、言い放つ。


「全てはあなたのせいよ……〈能無し〉のお姉様」


 ドクリ――心臓が嫌な鼓動を立てる。


「あなたさえいなければ、あの素晴らしい神子のお姉様達は今も神子としてご活躍されていたに違いないのに……〈能無し〉のあなたと関わった事でこうなってしまったの」


 目頭が熱い。

 息ができない。

 胸が苦しい。

 心臓の鼓動がどんどん速くなっていく。


「ああなんてっ、なんて不幸で可哀相な神子のお姉様達っ……あなたが代わりに犠牲になれば良かったのにっ」


 心臓が一突きされ、ぐらりと世界が歪んだ。


「紅殿っ!!!!」


 蘇芳の声を聞いたのを最後に、紅玉の意識は黒く塗り潰されてしまった……。




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