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大和撫子さまのお仕事  作者: 小茶木明歌音
第五章
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【番外編】髪結い

※蘇芳が十の御社帰還後かつ紅玉が倒れる前の話


紅玉も蘇芳も休日という設定なので、仕事中に何やっているんだというツッコミは無しでお願いします(笑)




 それは穏やかな昼下がりの事だった。

 廊下を歩いていた蘇芳は、可愛らしい笑い声を耳にした。


「うふふっ」

「ふふふっ」


 とてもとても楽しげで、とてもとても可愛らしい笑い声。

 蘇芳は耳が非常に良いので、その笑い声の主が誰だかすぐに分かった。


(睡恋殿と紀梗殿か)


 十の御社の花組の女神二人である。

 淡い桃色のふわふわした髪にお団子を二つ結った愛らしい女神と淡い紫色の真っ直ぐな髪の一部分だけ二つに結った可愛らしい女神。

 どことなく雰囲気が似た女神二人は、好みもよく似ている上に同じ花の女神という事で、いつも一緒に行動する事が多かった。

 故に、「双子女神」だと言われる事もしばしばだ。


「紅姉様、とてもお可愛らしいですわ」

「本当に、紅姉様、良くお似合いです」


 そんな二人が笑い合っているだけなら、平和だなぁと思いながら通り過ぎただけだろう。

 しかし、その二人の口から愛する恋人の名前が聞こえてきたのなら、話は別だ。


 蘇芳は思わず二人の声が聞こえる方へ向かっていた。


「睡恋殿、紀梗殿」


 二人の声が聞こえてくる部屋の扉を叩けば、すぐに扉が開き、睡恋と紀梗が現われた。


「まあっ、蘇芳さん! 丁度いい所に!」

「是非見てくださいな!」

「ふえっ! 睡恋様っ、紀梗様っ!?」


 紅玉の慌てる声も可愛いなぁと思いながら、睡恋と紀梗に手を引かれて部屋に入った瞬間、蘇芳は思わず目を見開いた。


「蘇芳さん、どうです? 紅姉様、とってもお可愛らしいでしょう?」

「御髪を私や睡恋とお揃いっぽくしてみましたの」


 そこにいたのは、いつもの癖一つない真っ直ぐな髪型の紅玉ではなかった。

 紀梗よりは緩く、睡蓮よりは落ち着いた、ふわりと巻かれた髪。

 その上半分は編み込まれ、花が飾られて、大変華やかである。

 確かに一見すると、睡恋と紀梗と非常によく似た髪形だが、大人の紅玉に合うように一工夫されており、よく似合っていた。


 しかし、当の紅玉本人は、大変恥ずかしそうに顔を赤くし、視線をうろつかせてしまっている。

 一方で、蘇芳は蕩けるような笑みを浮かべていた。


「紅、良く似合っている……!」

「あのっ! 恥ずかしいので、見ないでくださいまし……っ!」

「何故だ?」

「みっ、みそじ間近が睡恋様や紀梗様のような愛らしい髪型など似合うはずなどありませんわっ!」


 思わず顔を隠そうとする紅玉のその肩を、蘇芳はそっと抱き寄せ、逃げられないように確保してしまう。

 そして、耳元で囁く。


「何故? こんなに可愛いのに」

「かわっ……!?」

「もっとよく見せてくれ、紅」

「う、うぅ……」


 蘇芳に捕らわれ、懇願されてしまっては、紅玉も無視するわけにはいかず、恐る恐る顔を上げた。

 すると、蘇芳の金色の瞳が蜂蜜のように甘く蕩ける。


「ああ……可愛い……なんて、可愛いんだ、紅」

「お、お世辞でも嬉しゅうございます……」

「世辞なんかであるはずがない。貴女は本当に可愛い」


 蘇芳はそのまま紅玉を腕の中に閉じ込め、ぎゅうっと抱き締めた。

 ふわふわと巻かれた髪を指で梳き、その滑らかな感触をしばし楽しむ。


「……しかし、睡恋殿と紀梗殿に妬いてしまうな」

「え……何故?」

「貴女の髪を美しく飾れる事が羨ましくて、貴女の髪に触れた事が憎たらしい……」


 蘇芳は改めて己が非常に狭量な男だと自覚してしまう。

 しかし、それでも妬いてしまうのだ。


「……貴女は俺だけのものなのに……」

「……っ!」


 耳元で囁かれた低い声に、紅玉はゾクリと背筋を震わせ、顔を真っ赤に染めた。

 そんな紅玉が愛らしくて、蘇芳は蕩けるように微笑む。


「紅」

「は、はいっ……!」

「睡恋殿達に髪結いを習っておくから、今度は俺に結わせてくれ」

「ふえっ!?」

「……駄目か?」

「うっ……!」


 眉尻を下げて、小首を傾げて懇願する蘇芳に、紅玉の胸は激しくときめいてしまう。

 その姿はまるでシュンとする大型犬のようで、紅玉が無下にできるはずもなかった。


「い、いいですよ」

「本当か? ありがとうっ!」


 蘇芳は、それはそれは嬉しそうに微笑んで、紅玉をぎゅうぎゅうと抱き締めた。

 そんな嬉しそうな蘇芳を見ている内に、紅玉もいつしか胸の奥が温かくなっていく。


(……蘇芳様がお可愛らしい)


 そう思った瞬間、紅玉は目の前にあった蘇芳の頬に口付けていた。

 すると、今度は蘇芳の顔が燃えるように真っ赤になった。


「べっ! べべべっ、べにっ!?」

「あらあら、ふふふっ」


 先程まであんなに自分を翻弄していた蘇芳が、今度は逆に翻弄されてしまっている。

 なんと、まあ――。


「お可愛らしい」

「ふ、不意討ちは、止めてくれ……っ!」

「だって蘇芳様がお可愛らしいのですもの」


 ころころと笑いながら、紅玉は蘇芳の頬や頭を撫でる。

 恥ずかしそうにしながら、しばらく大人しくしていた蘇芳だったが、紅玉の手を取ると、指と指を絡ませた。

 そして、己の額を紅玉のものと重ね合わせ、じっと紅玉の漆黒の瞳を見つめる。


 金色の蕩けた瞳と漆黒の潤んだ瞳が交り合い、やがて引き寄せ合うように唇と唇が重なり合った。

 触れ合いだけの可愛らしい戯れだったが、それでも二人は互いの愛を、唇を通して確かめ合う。


 紅玉の息が限界を迎えるまで、あと少し。

 ふと、我に返り、いつの間にか双子女神達がいなくなっていた事に気付くまで、あと…………。





<他かぷ地雷過激派女神>


 蘇芳が紅玉しか見えなくなった辺りから、睡恋と紀梗は部屋から退出していた。

 しかし、扉の隙間からこっそりと二人の戯れを見守っていた。


 それこそ今目の前で長い口付けを交わし合っているその時も――。


(きゃああああああっ!! もう尊いっ! 紅姉様がお可愛らしくて、なんてまあ尊いっ! 口付けの時に未だに息を止めてしまっている紅姉様、本当に尊いっ!!)

(獣になりかけている己を必死に律する蘇芳さんも、なんてまあ尊いっ! 本当は紅姉様をめちゃくちゃにしたくて仕方ないのに、必死に耐えている蘇芳さん、本当に尊いっ!!)

((すなわち二人とも尊いっ!!))


 睡恋と紀梗は互いの手を握り合って、感涙する。


(蘇芳さんが七の御社に連れ去られた時はどうなるかと思ったけど、本当に良かったわ……!)

(紅姉様と蘇芳さんが別の人と結ばれる事なんてあり得ないもの!)

(まったくよっ! 朔月隊が動く前に、私達が七の御社に殴り込みに行くところだったわ!)

(ええ本当に! 丸く収まって良かったわ!)


 言葉は交わさずとも、思う事は同じで、睡恋と紀梗は激しく頷き合いながら、しばらくの間、紅玉と蘇芳の戯れを見守っていたのだった。




 いや、覗きは止めなさい、女神ども!



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