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大和撫子さまのお仕事  作者: 小茶木明歌音
第五章
271/346

桜色の変化

※注意※

前半、少しだけ品のない発言があります




 翌朝、台所にて紫が機嫌良さそうに鼻歌を歌っていた。


「せっきはん、せっきはーん、ふんふんふーん」


 御釜を覗けば、真っ赤な米粒がピカピカに立っており、紫は満足そうににんまりと笑った。


「随分とご機嫌だな」

「あ、狛秋くん、おはよう。今日は随分と早いね」

「客人と同じ部屋で寝たからな……落ち着かなくて早くに目を覚ましてしまった」


 狛秋の部屋は、元は客室用の部屋の一つだ。

 昨晩喜びのあまりしこたま飲んでしまった朔月隊は結局十の御社に泊ることになったので、狛秋が自分の部屋の一部を貸したのだった。


「まさか成人になっても尚、寝相が悪いヤツと暑苦しく抱きついてくるヤツと変な笑い声を上げながら寝るヤツだとは思わなかったからな……」


 どうやら昨晩は相当大変だったようだ。


「だから、僕と同じ部屋で寝ようって言ったのに~」

(それはそれでなんとなく変な目に遭いそうな気がして怖い……)


 そんな心内を隠しつつ、狛秋は御釜を覗いた。


「朝から赤飯とは……」

「そりゃそうだよー! 僕はこの日を待ち望んでいたからね!」


 呆れ顔の狛秋の一方で、紫は嬉々とした表情で言う。


「マジ、あの二人に何度ヤキモキさせられたことか! まだカップルじゃないのに、何で僕はリア充爆発しろと叫ばねばならなかった!? だけど酸味の強すぎるあの恋路を見るのも今日でおさらばだよ! 蜂蜜砂糖ぶっかけでもバッチコーイ! 思う存分リア充爆発しろって叫んでやるよぉっ! もうジレジレの恋路を見るのはごめん被るよおおおおっ!!」

「そ、そうか……」


 紫の若干狂気染みた叫びに、狛秋は思わず一歩引いてしまっていた。


「あら、おはようございます。早いですわね」

「えっ?」

「えっ?!」


 聞き覚えのある声に振り返れば、そこにいたのは間違いなく紅玉だった。

 いつも通り着物と袴姿で絶賛仕事開始といった感じである。


「ちょっ! ちょちょちょ! 何で紅ちゃんがここに!?」

「……はい?」

「作晩はお楽しみだったんでしょ? え、もしかして蘇芳君と一回しかシてないの? あっ、もしかして蘇芳君のアレが入らなかったとか? ちゃんと楽しめた? なんならお薬あげようか? もっと楽しめる系のお薬」

「あらあらふふふっ。いやですわ、紫様。朝から低俗な発言だなんて……蹴り飛ばしますよ?」

「すみません!! ごめんなさい!!」

(土下座はやっ)


 狛秋も目を剥く程の速さであった。

 だがそれよりも何よりも、狛秋も目の前にいる紅玉の事が気になって仕方がない。


「紅玉……その、昨晩は蘇芳と一緒に床を共にしたん、だよな?」

「え、ええ……そう、ですよ……」


 紅玉の頬が赤く染まったので、それは間違いないと確信できたのだが……。


「なら、その……身体とか、大丈夫なの、か?」


 男の自分がこのような質問をしてもいいのか憚られたが、心配なものは心配なのだ。

 何せ相手は仁王か軍神かと言われるあの蘇芳なのだから。体格差とか体力差とかいろいろ……。


 しかし、次の瞬間、狛秋と紫は目を剥くことになった。


「え、ええっと……その…………みっ、皆様のご想像しているような事までは致しておりませんから……」

「え?」

「は?」

「でっ、ですから! 致しておりません! そっ、そういうことは、きっ、きちんと正式にこんいんをむすんでからで……」


 どんどん小声になっていく紅玉の言葉に、狛秋は「あっ」と思い出す。


(そうだった。相手は真面目一辺倒の血族の者だった)


 納得してしまう狛秋の一方で、紫は物凄い形相になっていく。

 ご自慢の紫水晶の瞳が転がり落ちそうな程目を見開いてしまっている。


「な、なので、昨日は、い、一緒に、横になって眠っただけですので……その……」


 紅玉の言葉を聞き終えるより先に、紫は物凄い勢いで勝手口から飛び出していた。

 飛び出した瞬間、その人物の姿が見え、紫は迷わず突撃していく――庭園で日課の鍛練をしている蘇芳の元へ。


「すぅおぉおくんのぉおっ! どあほおおおおおおっ!!」


 突撃しながら殴りかかる紫の拳を蘇芳はあっさりと避けた。


「意気地無し! 根性なし! ヘタレ! 据え膳食わないでどうする!? ばかああああああっ!!」

「言い訳はしない」

「カッコつけたところでぜんっぜんっカッコよくないからああっ!!」

「ああもう! 紫様! お止めなさい! 止めなさいったら!!」


 紅玉が間に入って紫を止めるも紫の怒りは治まらないようだ。

 夜番の神々も現れて、庭園は騒々しいことになっていた。


「………とりあえず、赤飯よそっておくか」


 紫の気遣いは少し無駄になったが、蘇芳が帰ってきてめでたいことには変わりないのだから。

 そう思いながら、狛秋はしゃもじを手に取った。




**********




 ここは、三十八の御社――。


 昨晩から忙しく動き回っていた飛瀧だったが、日が昇った頃にようやっと落ち着き、執務室の椅子に座り、ふぅと溜め息を吐いた。


 すると、転移の術式が現れ、その人物は現れる――皇太子殿下、月城が。

 飛瀧は直ぐ様立ち上がり、頭を下げる。


「殿下」

「良い。楽にせよ」


 月城の許しが得られ、飛瀧は顔を上げる。


「……此度の件、迷惑をかけたな」

「それが我々、『法の一族』の使命でございます。それに、殿下こそ夜通し、姫様の悪行の揉み消しや異動の取り消しなどでお忙しかったでしょう」

「そもそもは身から出た錆よ。桜可愛さに甘やかしてしまった我々もいけなかったからな」


 何時の世も、完璧である存在などいないのだ。


「そなたら『法の一族』は過ちを犯した皇族に裁きを与えられる唯一の存在。これからも頼りにしているぞ」

「はっ」


 朝日の差し込む窓から月城は庭園を見下ろす。

 そこには強い結界に閉じ込められ、正座をしたまま俯く桜姫の姿があった。

 少し離れた位置には真珠もいる。


「……桜の様子はどうだ?」

「未だ納得されていない御様子です。つい先程まで泣いて喚いておられましたが、今は憮然とされております」


 飛瀧の言葉に月城は溜め息を吐いてしまう。


「……昔は心優しい子であったはずなのに……」


 わずか四歳で異能を開花させ、恵まれない子ども達をその手で救った従妹の姫をとても誇らしく思ったのが、つい先日のように思い出せる。


「何時の間にあんな我が儘に育ってしまったのだろうな……」


 月城の言葉を聞きながら、飛瀧はそっと月城の傍に寄り言った。


「……殿下、お知らせしなければならないことが……」

「何だ?」

「……桜色の神力を持つ者に見られる色の変化について……覚えておいででしょうか?」


 飛瀧の質問の意図を訝しげに思いながらも、月城は答える。


「……『その桜色が、より淡く染まれば穏やかな恵みが与えられ、強く濃く染まれば大いなる繁栄が齎される』……皇族や四大華族の間で言い伝えられている伝承だ。勿論覚えている」

「はい。過去の記録を見ても、桜色の神力保有者にはその変化のどちらかが見られるはずです」


 そして、飛瀧は非常に言いにくそうに告げる。


「……ですが、桜姫様に見られる色の変化がどちらとも異なるのです」

「……どちらの色とも異なる……?」


 再び月城は桜姫に目を向ける。


 憮然と俯く桜姫の美しい桜色の髪の毛が、ほんの一瞬強い赤が帯びたのを月城は見逃さなかった。


「い、まのは……!?」

「……恐らく、姫様の身に起きている色の変化と思われます。淡い桜色でも濃い桜色でもなく、まるで血で染めたような桜色……」


 衝撃的な言葉に月城は飛瀧を見た。

 飛瀧は冷静な表情でさらに告げる。


「殿下……あの色を放っておいてはなりません。今、姫様は憎しみと嫉妬に囚われております。このままでは姫様が破滅を齎す力に目覚める事になるでしょう。一刻も早く、姫様のお心をお救いせねば」


 その言葉に月城は頭が痛くなった。

 国を背負う皇族として、破滅を齎す力は避けなければならない。

 国を守る為にどうするべきなのか考えて――苦渋の決断を下さなければならないと悟る。


「……飛瀧……私にまたあの二人を引き裂けというのか……」


 月城の脳裏に過るのは、つい昨夜再会を果たし、抱き締め合う恋人達の姿だ。


「法に反していなければ自分は何も言いますまい」

「……そなたは冷酷だな……」

「自分は『法の一族』で判決者です。全ての事柄を客観的に見て、法に反していないか判断し、判決を下す者です」

「そうだな……そなたはそうであろうな……」


 月城は瞼を閉じ、しばらく思案する……。


 決断を下さなければならない。

 国の為を思うならば、恋人達を再び引き裂き、憎しみに囚われている桜姫を救い出すのが優先すべきだ――頭ではそう分かっている。


 だが、どうしても月城にはその決断が下せなかった。


 月城は桜姫から目を逸らすように窓に背を向けた。


「……桜の解放のタイミングはそなたに任せる。私は……他に良い手立てがないか調べることにする」

「……それが殿下のご決断であれば、私はそれに従うまで。私ももう少し調べてみましょう」


 飛瀧が深々と頭を下げるのを見届けながら、月城は再び転移の術を使い、自分の御社へと帰っていった。


(……お優しい方だからな……あの二人の仲を引き裂く事は出来ないだろうな)


 決断を迫られ、苦しげに表情を歪めた月城の顔を思い出す。


(だが、国を守護する者としては些か甘い判断だな)


 国を守る為ならば、恋人の仲を引き裂く事など大した犠牲ではないと飛瀧は思う。


(……妹に言えば、殴られて絶縁されそうな考えだがな)


 だがそれでも、守るべきは桜色の神力を持つ者の平穏であると思ってしまう。

 この国にとって桜色の神力は大変特別なのだから……。


(今世は皇族から桜色の神力を持つ者が現われて良かった。四大華族から桜色の神力を持つ者が生まれた日には血が流れるからな……)


 過去の文献を見ても、桜色の神力を持つ者が四大華族から生まれた世は壮絶だったようだ。

 桜色の神力を巡って命のやり取りが影でいくつも繰り返され、その悍しい事件の中には皇族の血筋の者が手を引いていた事もある程なのだ。


(……さてと、桜姫の様子をもう一度見に行ってみるか)


 飛瀧は庭園へと足を向ける事にした。













 赦さない。

 赦さない赦さない。

 赦さない赦さない赦さない。

 赦さない赦さない赦さない赦さない。


【ユルサナイ、ユルサナイ、ユルサナイ、ユルサナイ】


 あの方は私のものなのに。

 あの方の愛は私が授かるべきなのに。

 どうして。

 何故。


【ムカシカラ、ワタシノジャマバカリヲシテ】


 私は桜色の神力を持つ姫なのに。

 何で。

 どうして。

 どうして私がこんな苦しい思いをしなくてはならないの。


【メザワリダ、イマイマシイ、ハヤクキエテイナクナレ】


 絶対に赦さない――〈能無し〉――!!


【ゼッタイニ、コロシテヤル、ノウナシ】







 ふわりと桜姫の身体から血のような赤い神力が舞い上がるのを真珠は見た。


「……っ、姫神子様……っ!」


 結界に閉じ込められ、顔は俯いたままで表情が伺い知れない。

 しかし、その細い身体は震えていた。


「姫神子様……もう少し……もう少しの辛抱ですから……!」


 真珠は祈るように小さく呟いたのだった。





<おまけ:狛秋の部屋にて>


狛「おい、お前達、朝だぞ、起きろ」


轟「う~~~~……飲み過ぎた……頭いってぇ……」

世「う~~ん……まだねむぅい……」

右「天海様のお熱、なかなか下がりませんね」

左「昨晩の恥ずかし熱がまだ下がらないとは……あのお二人の熱さはとんでもないですね」

天「うぅ……りあじゅう……あつすぎる……はずかしい……」

文「……ぐぅ」

狛「おい、寝たふりするな……ん? 人事部がいないな……」

幽「呼んだ?」

狛「うわっ!? 背後から急に現れるな!!」

幽「あはは~。ごめんごめん。顔洗いに行ってたんだ~」


狛「……そういえば、お前、寝ている間ずっと笑っていたんだが、なんか夢でも視ていたのか?」

幽「え~~? 知りたい?」

狛「……いや、やっぱりいい」


 狛秋は思う。

 こいつらと仲良く交流できる紅玉ってすごいなぁと。


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