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大和撫子さまのお仕事  作者: 小茶木明歌音
第五章
269/346

舞姫




 十の御社の大広間にて、十の御社の住人及び朔月隊が片手に酒を持ち、それは始まる。


「それじゃあ、改めまして」

「「「「「おかえり! 蘇芳!!」」」」」


 蘇芳の帰還を祝う宴会が。

 皆、陽気に笑い、飲み、食い、そして踊る。

 久しぶりに帰ってきた賑やかな十の御社の雰囲気に蘇芳からは自然と笑みが零れていた。


「皆、心配をかけてすまなかった……そして、本当にどうもありがとう」

「礼には及ばん! 儂らかて蘇芳にはいっつも世話になっておるからのぅ!」

「無事帰ってこれて何よりだぜ」


 槐と火蓮からの嬉しい言葉に蘇芳は思わず照れ笑いをする。


「というわけで!」

「イツモのコレどーぞデース!」


 空と鞠がどどんっと置いたのは――。


「丼山盛りご飯と!」

「Bigミソsoupデース!」

「おいおい、空と鞠、こんな代わり映えしねぇ飯で蘇芳が喜ぶわけが……」


 火蓮が蘇芳を見れば、すでに白飯を頬張っていた。

 火蓮の視線に蘇芳の顔がみるみる赤く染まっていく。


「いやすまん……撤回する」

「蘇芳……お主、七の御社で飯を食っていなかったのか?」

「い、いえ、頂いてはおりましたが……味気なくて……」


 俯く蘇芳を見て、槐と火蓮は思わず蘇芳の背を叩いた。


「大変だったのぅ……」

「遠慮せずいっぱい食べろ……」




 一方、別の場所では幽吾と狛秋が真面目な顔で会話をしていた。


「姫神子様の暴挙を止めてくださり、ありがとうございました」

「礼を言われるようなことはしてないよ。夢見がちなお姫様の夢を破壊してきただけだから。むしろ七の神子を崇拝している君にとって僕らは憎むべき相手だと思うんだけど?」

「……自分は……姫神子様を崇拝するあまり、視野が狭かったように感じます」

「ふぅん、随分としおらしいね」

「この御社でたくさんのことを学びましたので」

「……そっか」


 少し晴れやかな狛秋の笑みを見て、幽吾も笑った。


「皇太子殿下の命令で今回の人事はなかったことになるから、君もいずれ七の御社に帰れるよ」

「……少々残念ではありますが、命には従いますのでご安心ください。それに……姫神子様は確かに間違っていたかもしれませんが、それでも自分はあの方を……崇めております。自分は姫神子様に返しきれない恩があるので……」

「……そうだったね……七の御社職員(きみたち)はそうだよね」


 幽吾は知っているのだ。七の御社職員達の境遇を。


「戻りましたら、少々姫神子様に厳しくしようとは思いますが」

「存分によろしくね」

「はい」


 狛秋の目が真剣なものだったので、幽吾は安心して酒を一口飲んだ。




 さらにここは別の場所――大広間ではない別室。

 花組の女神達と紅玉が向かい合っていた。


「あの……わたくしはこれから何をさせられるのでしょう?」

「うふふっ、無謀をしたお仕置きよ!」


 しかし、そう言う仙花の顔は実に楽しそうで達成感に満ち溢れていた。

 その後ろでは睡恋と紀梗が頬を赤く染めてうっとりとしている。


「これが、お仕置きなのですか?」

「そうよ! 十の御社と朔月隊の夢のこらぼお仕置きよ!」

「作戦及び『ぷろじゅーす』は世流さんで」

「着付け準備は私達花組です」

(どんなお仕置きですか……?)


 するとそこへれながやって来た。


「連れてきた」

「やあ、姉君。お仕置きの準備は万端のようだね」


 れなが連れてきたのは、男神の要だった。


「まあ、要様。どうしてこちらに?」

「……いい加減、種明かしをしてもいいんじゃないかと思ってね。今宵はその絶好の機会だと思ってさ」


 要が差し出した「それ」を紅玉は驚いて見た。


「きっと清佳もそれを望んでいるよ」

「…………」


 紅玉は「それ」をしっかり受け取った。


「さあ、行こうか、姉君。お仕置きの時間だよ」




 大広間宴会場では世流が声を張り上げていた。


「さあさあ皆様ご注目あれ! 今宵の宴のメインステージ! お仕置きの時間よぉっ!!」

「「「「「いえ~~~~いっ!!」」」」」


 全員拍手で盛り上がる中、蘇芳だけが頭に疑問符を浮かべていた。


「お仕置きって……誰の?」

「勿論、紅ちゃんよ!」

「っ!?」


 今更になって気づけば、紅玉の姿がどこにもない。


「まっ、待て! 紅に何をさせるつもりだ!? まさかここの給仕を一人で任せるという虐めに匹敵するような嫌がらせではないよな!?」

「ちょっと、ワタシはそこまで鬼じゃないわよ」


 頬を膨らませた後、世流はニヤリと笑う。


「紅ちゃんにお仕置きになって、且つ蘇芳さんへのご褒美となり、尚且つ朔月隊と十の御社の夢のコラボお仕置きよ!」

「どんな仕置きだ……?」

「というわけでカモン!」


 世流の合図とともに楽器組が演奏を始める。

 ゆったりとした和楽器の音色が奏でられる中、美月と焔が襖を開けた。


 すると、そこに立っていたのは美しい着物を身に纏った女性――その顔に着けているのは見覚えのある狐面だ。


 蘇芳は思わず目を見開き、三年前の「秋の宴」の事を思い出していた――。







 予定していた演者達が来られなくなってしまったが、急遽代役が立てられたそうで、予定より少し遅れて演舞が始まる。


 そして、誰もが舞台上に目が釘付けになってしまう。

 何故ならば、くるりくるりと巧みに舞踊傘を操り優雅に舞うのは、美しき神子として名高い三十五の神子の清佳なのだから。

 清佳の美しい舞に誰もがうっとりと見惚れ、溜め息を吐く。


 しかし、その一方で蘇芳は、清佳ではなく、もう一人の存在に目が釘付けになっていた。

 金と黒の舞踊扇子を片手にひらひらと舞う狐面を付けた謎の舞姫。

 指の先まで洗練された繊細な舞に蘇芳はすっかり魅了されていた。


 清佳と二人で舞う姿はなお美しいが、目で追うのはつい狐面の舞姫ばかり。

 勤務中であるのにもかかわらず、思わずぼうっと見つめてしまう。


「……あの~、蘇芳さん……見過ぎですよ」


 その声に蘇芳はハッとして振り返ると、隣に立っていた二十七の神子こと藤紫が呆れた顔で自分を見つめていた事にやっと気付く。


「しっ、失礼したっ! つい、思わず、見惚れてしまって……!」

「あははは……」


 実に、言い訳になっていない。


「清佳ちゃんはすごい美人だから、見惚れるのも仕方ないとは思うんだけど……」

「あ、いや、清佳殿のお噂は紅殿から聞いて知ってはいたのだが……もう一方の方は存知あげなくてだな」

「…………うん?」

「実に美しい舞を踊る方だ。身体の動きから指の先まで、実に繊細な舞で思わず目が逸らせないでいた。あれほど美しい所作をできる者が紅殿以外にもいるとは思わず……あっ、いや、もちろん清佳殿も素晴らしい舞を踊られていたのだがな……!」


 実に、言い訳になっていない。清佳の幼馴染である藤紫を前にして、思わず別の人を褒めてしまうなど……。

 我ながら見苦しいと蘇芳は自覚する。


「ぷっ! くくくっ……!」

「え?」


 蘇芳は思わず目を見開いた。

 見れば、腹を抱え、身体を震わせて藤紫が笑いを堪えている。いや、堪え切れず、笑い声が零れていたが。

 何故笑われているのか、蘇芳には全く分からなかった。

 しかし、藤紫は可愛いと評判の顔に笑みを浮かべて言う。


「蘇芳さん、君は鋭いのか鈍感なのか……いや、やっぱり鈍感なのかな?」

「え? はい?」


 その言葉の意味もやっぱり分からない。

 藤紫はにっこりと笑みを深めるばかりだ。


「簡単に渡すつもりなんてないから覚悟しておいて」

「うん? は、はあ?」


 ますます言葉の意味が分からなくなるだけだった。




 今にして思えば、自分は何て愚かなのだろうと蘇芳は思う。

 自分で口にしていたではないか――見惚れる程の美しい所作をできる者が紅玉以外にもいるとは思っていなかった、と。







 ゆっくりと狐面を外せばそこに現れたのは、淡く化粧を施した紅玉だった。


(何故、気づかなかったのだろう……)


 楽器組の演奏に合わせて、紅玉は舞う。

 かつて見た狐面の謎の舞姫と同じように繊細な動きでふわりふわりと舞う。


 今更になって気づいた己が恥ずかしくなると同時に、紅玉から目が逸らせなくなってしまう。

 三年前のあの日と同様、魅了されてしまっていた。


(なんて、美しい……)


 紅玉は更に舞う。

 扇子を巧みに操り、ヒラヒラと舞う。

 着物の袖をふわりふわりはためかせて舞う。

 女も男も子どもも神も、魅了させて舞う。


 そして、やがて曲が終わりを告げ、紅玉の舞も終焉を告げる。


 大広間中に拍手が響き渡る中、紅玉は手にしていた扇子を畳み、蘇芳の目の前へゆっくりと進む。

 そして、蘇芳の前で膝を付くと、三つ指を揃えた。


「今宵、お相手をさせて頂きます、紅玉と申します」


 深々と頭を下げた後、蘇芳を見上げた。

 ほんのり化粧を施された頬が更に赤く染まり、淡く口紅を乗せた唇が言葉を紡いだ。


「か、可愛がってくださいまし」


 紅玉がコテンと小首を傾げれば、蘇芳の顔がみるみる真っ赤に染まった。


(かっ……可愛すぎる……っ!!)


 蘇芳は口元を手で覆って悶えてしまう。




 そんな二人を周囲はニヤニヤと笑みを浮かべながら見守った。


「ひゅーひゅー!」

「いいぞいいぞー!」

「もっとやれ~~!」


 水晶は密かに世流に向かって親指を立てて賞賛を贈る。


「うみゅ、世流ちゃん、ぐっしょぶ」

「うふふっ、お褒めいただき光栄よん」


 世流もまた満足げに親指を立てて応えていた。





<おまけ:清佳の悪戯>※三年前の秋の宴の舞台裏


 予定されていた演目の演者達が来られなくなり、急遽清佳が舞を披露すると申し出てくれた。

 紅玉はその申し出をありがたく受け入れ、急ぎ準備に取り掛かっていた。

 蜜柑と一緒に清佳の着付けと化粧を施していく。


 流石は美女と名高い清佳だと化粧をしながら紅玉は思う。

 美しい着物で着飾り、ほんのりと化粧を乗せれば、そこにいたのは大輪の花のような美しい舞姫だった。

 紅玉も蜜柑も思わず見惚れる程の艶姿である。


「清佳ちゃん、綺麗……!」

「ありがとう、蜜柑ちゃん」


 準備が整った事にほっとしながらも、我ながら素晴らしい出来に紅玉も満足気だ。

 すると、清佳は驚くべき事を言い出す。


「じゃあ、今度は紅ちゃんも着替えましょ!」

「……はいっ!?」

「せっかくなんだから、久しぶりに二人で踊りましょう」


 確かに、かつて紅玉も清佳と一緒に舞踊を習っていた事がある為、決して踊れないわけではない。

 しかし、実力のある清佳の隣で踊るなんて畏れ多く、それに……。


「清佳ちゃん、それは許されませんわ。わたくしは〈能無し〉ですもの」


 〈能無し〉である自分が晴れの舞台に立つ事など許される筈が無いと思ってしまう。

 しかし、清佳は折れなかった。


「だったら、この会場にいるみんなに悪戯をしちゃいましょう」

「い、いたずらですか?」

「紅ちゃんは顔を隠して、髪の毛もちょこっと染めて、謎の舞手として踊ってもらうの」


 清佳がそう言って差し出したのは「狐の面」だった。


「絶対ね、みんな良い感想を述べてくれるはずよ。普段から紅ちゃんの事を〈能無し〉だって悪口言っている人達も。それを陰から笑ってやりましょ。普段お前達が貶している紅ちゃんはこんなに素晴らしい女性なんだぞ~って」

「あらまあ、ふふふっ」


 清佳の悪戯めいた美しい微笑みに、紅玉も思わず釣られて笑ってしまう。


「わかりましたわ。一緒に悪戯しちゃいましょう」

「そうこなくっちゃ!」

「じゃ、私も紅ちゃんのお着替え手伝う」

「ありがとうございます、蜜柑ちゃん」


 三人はこっそりとくすくすと微笑み合いながら、悪戯の準備を始めるのだった。


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