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大和撫子さまのお仕事  作者: 小茶木明歌音
第五章
268/346

紅玉の我儘




「……さて」


 月城は未だ跪く朔月隊を振り返った。


「我が朔月隊、ご苦労であった。もう楽にして良いぞ」

「は~い。いや~、ず~っと跪くのも疲れるよね~」


 しかし、立ち上がったのは幽吾だけで他の朔月隊は未だに立ち上がらない。

 すると――。


「……あの……コータイシ……デンカ……」

「何だ?」

「楽にしていいってことは……叫んでもいいってことだ、すよね?」


 相変わらず奇妙な敬語で轟が言った。


「構わない。楽にせよ。叫んでも結構だ」

「んじゃあ、遠慮なく……」


 そして、轟は立ち上がると、幽吾の胸座に掴みかかっていた。


「朔月隊の総司令が皇太子だなんて聞いてねぇぞおおおおっ!!??」

「あっれれ~? そうだっけ~?」

「聞いてない! 聞いてないわ! まさか皇太子だなんて誰が想像できるかごるああああっ!!」


 世流まで低い声で怒鳴り出す。


「えへへ、ごっめ~ん」

「謝って済むなら朔月隊はいらねぇんだよぉっ!!」


 轟が幽吾をガクガクと揺さぶっている中、他の朔月隊からも不満の声が上がりだした。


「燃やすっ……燃やすっ……! あとで絶対燃やしてやる……っ!」

「焔、落ち着いて。後で呪っておくから」


 文がさらさらと何かを書き出すのをやんわりと宥めながら、空は右京と左京を見る。


「うっちゃんとさっちゃんは知っていたっすか?」

「いえ……」

「初耳です……」

「ミツキちゃんタチは?」


 鞠が美月と天海に問うが、二人もまた似たような反応だった。


「寝耳に水やで……」

「…………」


 天海に至っては衝撃が過ぎて呆然としていた。


 また蘇芳も驚きしかなかった。

 皇太子が朔月隊の総司令であったこともだが、幽吾以外の誰もがそれを知らなかったこともだ。


「もしや、紅も知らなかったのか?」

「……ええ、全く……!」


 紅玉は思わず額を押さえた。


「幽吾さんが四大華族で、総司令の名前を曖昧にしている時点で気づくべきでした……! 不覚です」

(いや、それは無理な話では……)


 誰が想像できただろうか。

 神域管理庁非公認の部隊が、まさかの皇太子直属の部隊だったなんて。


「そう、私が朔月隊の総司令である。よって、そなたらは私の命令に従って七の御社の制圧を実施した。見事任を遂行してくれたこと感謝する。大変ご苦労であった」


 月城は堂々と言い張るが、幽吾以外は未だに頭に疑問符が飛び交っている。


(だから、命令ってなんのこっちゃ?)

(むしろ朔月隊(こっち)が七の御社に喧嘩を売ったんですけど……)

(しかもその理由は完全に私的感情なのですが……)


 各々複雑な思いを抱えながら、全員、幽吾を見た。


「あれ? 言っていなかったっけ?」

(((((聞いてない)))))


 全員、仲良く心の声が揃う。


「今回の任務は総司令の命令で動いていただけ~。つまり僕らは無罪放免。なんてったって命令だし~。ねっ、世流君」

「へっ?」


 突然話を振られても、世流には何の事かちっとも分からない。

 すると、幽吾は不敵に微笑むと、そっと囁いた。


「『お願い』――使わせてもらったからさ」

「あ」


 その一言で世流は全て察した。

 かつて得た「一つお願いを聞いてもらえる」権利を今回使用したのだと。

 いつの間にとか、勝手にとかよりも、思い浮かぶ言葉は「なるほどね」だった。

 改めて月城を見れば、どことなく苦笑いを浮かべているようにも見えた。


「そうだな。これは私の命令だからな。そなたらに一切の責任は問わないと約束をしよう」


 月城はそう言うものの、つまりこれは皇太子を脅して捏造された命令だろう。

 とんでもない事実に朔月隊は思わずゾッとした。


「よかったね~みんな~。総司令が全責任をとってくれるってさ~。あははは」

「少しは悪びれた顔をしろぉおおっ!!」

「焔様、どうか落ち着いて……!」

「どうどうにございます……!」


 幽吾に殴りかかる寸前の焔に双子がなんとか押さえる。

 そんな光景を見た文が溜め息を吐く。


「焔が説教したところで幽吾が反省するわけがないよ。怒り損だよ」

「おい、世流……良かったのか? あれ、お前の権利だろ?」

「まあ……どっちにしても使い道に困っていたし、ここが使い時でしょ」


 しかし、まさか皇太子に全責任を取ってもらう為に利用されるとは轟も世流も思わなかった。

 実に微妙な空気が流れる。


「天海、大丈夫? おーい?」

「…………」


 ちなみに天海は未だ呆然としたままだ。

 流石の美月も心配になる程だ。


「幽吾さん、すごいっす……! 見事な作戦勝ちっす……!」

「マリ、ソンケーヨー!」

「空さん、鞠ちゃん! あれは真似しちゃダメ! 真似しちゃ絶対ダメです!」


 純粋無垢な空と鞠の反応に紅玉は真っ青な顔で首を横に振り続けた。


 そんな朔月隊の様子を見て、月城はクスリと笑う。


「そなたらは仲が良いのだな」

「はい~。みんな愉快な仲間達ですよ~」


 幽吾の嬉しそうな笑みに月城は少し驚いてしまう。

 そして、改めて朔月隊は善き部隊だと思った。


「さて……蘇芳」

「っ!」


 月城に名前を呼ばれ、蘇芳は驚きながらも直ぐ様頭を下げる。


「桜が迷惑をかけたな。すまない」

「いえ……! 殿下に非はございません……!」

「……しかし、申し訳ない……そなたの異動は取り消せないだろう」


 続いた言葉に蘇芳だけでなく、朔月隊も目を剥いた。


「Why!?」

「何でっすか!?」


 その質問に答えたのは、月城ではなく、幽吾だった。


「……そっか……今晩、七の御社(ここ)であった事を、全て無かった事にする為、か……」

「どういうことだよ?」


 轟の疑問の声に答えたのは、薄々察した文だった。


「要は……朔月隊による七の御社制圧を隠す為に、今晩七の神子がしようとしていた事も全て隠蔽するってことでしょ?」


 月城は申し訳なさげに俯いた。


「……すまない……我儘に育ちすぎてしまったが、桜はあくまで神子。しかも皇族神子だ。後任が現段階でいないのだ。今、神子を一人でも失うわけにはいかないのだ」


 つまり、だ――幽吾が言う。


「七の神子の罪は一切問われずお説教で終わり。まあ法の一族が存分にしごいてくれるから猛省はするだろうけど……蘇芳さんの異動取り消しまではいかないってこと」

「そんなぁっ!」

「くそっ!!」

「せっかくみんなで頑張ったのに……」

「このままでは蘇芳先輩は、また……」


 朔月隊から悲痛な声が次々と上がる。

 紅玉もまた唇を噛み締めて俯いてしまう……。


 ふと――月城が意味深な笑みを浮かべてこちらを見ていることに気付く……。

 そして、紅玉は思い出した。




「そなたの我儘、聞くのを楽しみにしている」という皇太子の言葉を――。




「――皇太子殿下! 畏れながら発言の許可を」

「許可しよう」

「わたくしの願いを聞いて頂きとうございます。どうか、蘇芳の七の御社への異動を取り消し、十の御社へ戻してください」


 全員ハッとする。

 紅玉の「お願いを聞いてもらえる」権利がまだ残っていたことに。


 しかし――。


「その願いは聞き入れられないな」

「えっ!?」

「私は申したはずだ。そなたの我儘を聞くのを楽しみにしていると」


 月城はニッコリと楽しそうに笑う。


「そなたのその言い方は些か業務的な内容だな。申してみよ、そなたの心からの我儘を。本心を」


 月城の真意に気付き、紅玉は真っ赤に頬を染めた。


「えっと……っ……その……!」


 視線を彷徨わせ、思わず蘇芳をチラチラと見ながら、紅玉は言った。


「す……蘇芳様がお傍にいないことが寂しくて堪らなくて……七の神子様のお傍にいらっしゃることが嫌なのです……っ! わたくしの元に帰してくださいっ……!」


 紅玉の言葉に今度は蘇芳が頬を赤く染めた。

 嬉しい。嬉しくて堪らない。

 今すぐ抱き締めたくて仕方がなかった。


 一方で月城は満足そうににっこりと笑っていた。


「そう愛らしく乞われたら、聞かないわけにはいかないな」


 ますます真っ赤になって俯く紅玉の肩を蘇芳はそっと支えながら、軽く月城を睨み付けた。


「畏れながら殿下、彼女をからかうのは止めて頂きたく存じます」

「おやおや。これはこれは失礼した」


 しかし、尚も月城は楽しそうにくすくすと笑っていた。


「さて、冗談はこれくらいにしておこう。全ては私が責任を持つ。思う存分蘇芳を拐うがいい」

「おっしゃあっ!」

「やったあっ!」


 朔月隊から割れんばかりの喜びの声が上がる。

 紅玉も嬉しさで笑みが溢れた。

 そして、次の瞬間、強い力で抱き締められていた。


「紅……っ、紅……!」

「蘇芳様」

「ありがとう……っ、紅……!」


 ずっと求めていたぬくもりをようやっと取り戻すことができて、紅玉はそっと蘇芳を抱き締め返しながら、涙を零した。




**********




 蘇芳を無事に誘拐した朔月隊は意気揚々と十の御社へ向かっていた。


 その途中で紅玉は「あっ」と思い出した。


「そう言えばわたくし、十の御社と縁を切って出てきてしまったのでした」

「はっ!? え、ええ、縁を切るっ!?」


 穏やかではない話に蘇芳は取り乱す。


「だって、喧嘩を売る相手が相手でしたので、十の御社に迷惑をかけてはいけないと思いまして」


 それはそうなのかもしれないが……第一に助けに来てもらった分際で、挙げ句物凄く今更なことだが……。


「なんという無茶を……っ!」

「いやいや、蘇芳さん。これは無茶じゃなくて最早無謀だよ」


 そう言ったのは幽吾だ。


「朔月隊とも縁切って、一人で七の御社殴り込みに行くつもりだったもんね」

「う……」

「思い返しても無謀だな、紅」

「う……」


 轟にまでジロリと睨まれ、紅玉は慌てて言い訳を口にする。


「あ、あの時はもう必死で……! それに正面突破は不可能と思っていましたから、こっそりと入れる場所を探そうと」

「紅様、無謀は無謀です」

「反省してくださいませ」

「う……」


 温厚な右京と左京にまでチクリと言われてしまえば、言い訳などもう言えなかった。


「す、すみません……」

「まあまあ。結局朔月隊の誰一人として紅ちゃんを見捨てる気なんてなかったから、結果オーライでしょ」


 紅玉を庇うように言った世流に文が溜め息を吐く。


「……世流さんは紅さんに甘すぎます」

「そう言う文も紅ちゃんのこと見捨てる気なかったくせにぃ~」

「うるさいよ、美月」


 素直ではない文の反応に美月は思わずくすくすと笑ってしまう。


「私達は紅玉先輩に返しきれない恩があるからな。手を貸すのは当然だ」

「それに蘇芳先輩を助けたいという気持ちも同じだったから。迷いなんてなかった」


 焔と天海の言葉に蘇芳はジンとする。


「それに、晶ちゃんも先輩を見捨てる気更々なかったっすから!」

「ショウちゃん、ベニちゃんにシールドしてくれマシター!」


 空と鞠の言葉に紅玉は困ったように笑ってしまう。


(まったく、あの子ったら……)


 そうこうしている内に十の御社の門の前へと辿り着く。

 空が門を叩けばゆっくりと門が開いた。


「ただいまっすー!」

「I'm home!」


 すると、ひゅっと風を巻き起こして紅玉に擦り寄ったのは――。


「ひより!」

『ぴよっ! ぴよぴよっ!』


 紅玉に甘えるように淡い黄色の羽毛を擦り付けてくるひよりにもう怪我はなく元気そうであった。


「怪我が治ったのね! 良かったわ……! ごめんなさい、ひより……貴女に酷い怪我をさせてしまって……」

『ぴよぴよっ』


 ひよりは紅玉を慰めるように更に羽毛を擦り付けた。

 すると、蘇芳の元にも南高が飛んできた。


「南高……!」

「チチッ」


 己の掌の上に止まった小鳥の羽毛を人差し指でそっと撫でてやれば、南高は嬉しそうに擦り寄った。


「……心配をかけてすまなかった」


 すると、屋敷の中からぞろぞろと住人達が現れる。

 真ん中に立つのは水晶だ。


「晶ちゃん……!」

「…………」


 水晶はこちらを見ると真っ直ぐ歩いてくる。

 その表情は非常に冷たいものだった。


「しょ、晶ちゃん?」


 戸惑う紅玉の横をすり抜けて水晶はその者の胸座を引っ掴むと右手を勢いよく振った。


 ぱっちーんっ!


 風船が破裂したような音が響き渡り、紅玉も朔月隊も、そして頬をはたかれた張本人である蘇芳も目を丸くしてしまう。


「……お姉ちゃんを泣かせた罪、ビンタ一つで赦してあげる」


 水晶の言葉に蘇芳はハッと目を見開く。

 思わず紅玉を見れば、頬を少し赤く染め戸惑った様子でこちらを見ていた。


 紅玉を泣かせてしまった――その罪悪感に蘇芳は頭を下げるしかない。


「二度と、紅を裏切らないと誓います」

「……次は絶対赦さないから。ちょんぎってやるから」


 水晶は物騒な事を言い放ち蘇芳の胸座から手を離すと、くるりと向きを変え、十の御社の住人達の方へ戻っていく。

 そして、再度振り返ると、そこには冷たい表情の水晶はおらず、いつも通りの柔らかい表情の水晶がいた。


「じゃ、改めて……おかえり、すーさん」

「おかえり!」

「おかえりなさい!」

「蘇芳、おかえり!」


 水晶が言えば、十の御社の神々からも次から次へと蘇芳を出迎える声が上がった。

 ふわりと胸が温かくなっていくのを蘇芳は感じる。


「おかえりなさいっす、蘇芳さん!」

「オカエリヨー!」

「蘇芳くん、おかえり!」


 空と鞠と紫も笑顔で蘇芳を出迎えた。

 そして――。


「蘇芳様」


 紅玉もまた微笑んで蘇芳の手を握って、出迎えてくれる。


 ああ、なんて、なんてささやかな事がこんなに幸せなのだろうか……蘇芳は強く思う。


「おかえりなさいませ、蘇芳様」

「ただいま……っ!」


 蘇芳はとびきりの笑顔を浮かべてそう言っていた。





<おまけ:蘇芳お出迎え準備>


紫「紅ちゃん達がもうすぐ帰ってきますよー!」

水「うみゅ、えっちゃん、傷口塞がってる?」

槐「血は止まっておるが、流石に傷口は塞がっておらんようじゃぞ」

水「うみゅ……前髪で隠そう。せんちゃん、手伝って~」

仙「は~い、任せて~」


鋼「おい、年少組、身体はもう大丈夫なのか?」

年少組「「「大丈夫!!」」」

真「だから俺達もお出迎えするからなっ!」

雲「仲間外れは嫌ですぅ~!」

れ「する。絶対」

鋼「おお、そうか。なら良かった――ってなるわけねぇだろうが馬鹿!! 神力枯渇寸前で消滅しかかったんだぞ!! ガキどもは部屋で寝て休んでろ!!」

年少組「「「うわ~~んっ!!」」」

狛(……面倒見が良いな)


紫「はい、皆さん! 念の為、気付けにもう一杯どうぞ!!」

神々「「「「「ゴクゴクゴク……ぷはぁっ! 美味い!」」」」」

紫「それでは皆様、ご一緒に……宴会の準備頑張っていきまっしょう~~!!」

神々「「「「「おお~~~~っ!!」」」」」

狛「!?!?」


紫「はい、お酒の準備~!?」

神々「よぉしっ!」

紫「はい、おつまみの準備~!?」

神々「よぉしっ!」

紫「はい、獣組の確保~!?」

神々「よぉしっ!」

紫「さあさあ、これも楽しい宴会の為ですよ~! 皆様頑張りましょ~っ!」

神々「「「「「おお~~~~っ!!」」」」」


狛(切り替えが早過ぎてついてゆけない……)


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