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大和撫子さまのお仕事  作者: 小茶木明歌音
第五章
267/346

朔月隊総司令官




 桜姫の部屋を飛び出し、逃走を試みるが、バタバタと足音が迫ってきていた。


「捕らえろぉっ!!」

「〈能無し〉! 覚悟しろぉっ!!」


 その数、ざっと五、六人。

 紅玉は脇差しに手を掛けようとしたが――。


「きゃっ!?」


 突如身体が宙に浮いた瞬間、襲い掛かってきた職員達が一気に吹き飛ばされていた。

 はっと見れば、蘇芳が軽々と自分を抱えており、強烈な蹴りを放った後だった。しかも、蹴りの圧だけで職員達を吹き飛ばしたようだ。

 流石は神域最強である。


「蘇芳様……!」

「貴女に守られるだけでは嫌だからな」


 そう言って微笑むと、蘇芳は紅玉の頬に口付けた。


「っ!?」

「しっかり捕まっててくれ!」


 蘇芳は駆け出した。

 人一人を抱えたとは思えない程の速さで。

 向かい来る職員を蹴って吹き飛ばしたり、跳んだり、踏んだり、避けたりして屋敷の外をひたすら目指す。


「撃て! 撃て撃て!」

「相手は神域最強だ! 多少傷付けても問題ない!」


 そんな声が聞こえ、蘇芳は殺気を撒き散らす。

 すると、職員達が怯み、態勢が崩れる。


 自分はいくら傷付こうが構わないが、紅玉に危害を加えることは絶対赦せなかった。

 蘇芳は咄嗟に壁を蹴り破っていた。

 轟音をたてて、壁に穴が空く。


 周りが唖然としている中、蘇芳はその穴から紅玉を抱えたまま飛び降りて外へ脱出した。


「おっ、追えっ!!」

「はっ!」


 そんな声を聞きながら蘇芳は屋敷から急いで離れる。


「あっ、来た来た。お~い」


 戦場と化している庭園の真ん中で手を振るその人物――幽吾を見つけ、蘇芳は駆け寄る。

 そこでようやっと紅玉は地上へ下ろしてもらえた。


「紅ちゃん、蘇芳さん誘拐おめでとう~。いや~蘇芳さん、貞操の危機だったね~」

「幽吾殿、冗談を言っている場合では……!」


 その時だった。

 伝令役の小鳥が幽吾の元に舞い降りたのは。

 その嘴に加えているのは巻物だ。


「やっと来た~。もう遅いって」


 巻物を受け取ると、幽吾は叫ぶ。


「朔月隊! 攻撃止め! 集合!」


 その一声で庭園から屋敷から仲間達が飛び出してきた。


「覚えておけよぉ! お前ら!」

「轟、それ、負け犬の台詞とちゃう?」

「少し暴れすぎたか……?」

「鞠ちゃん! 集合っす! 行くっす!」

「マリ、あのカミサマ、ぶんナグるデース!」

「鞠ちゃん、私の事はもういいから……!」

「いえ、焔様。良くありません」

「しかし、ここは一旦退いて、ギャフンと言わせてやりましょう」

「ちょっと世流さん、敵惹き寄せすぎ。調子に乗りすぎ」

「あはは~……ごめ~ん」


 全員無傷ではあるが、大分草臥れていた。


 集合した朔月隊の周りに七の御社の職員と神々が取り囲む。


「貴様ら! 七の御社での狼藉、赦されると思うのか!?」

「うんうん、赦されないよね~、普通なら」


 幽吾は巻物を開くと、中に書かれている術式を発動させた。


「皆の者、控えおろう!」


 幽吾が叫び跪くと、朔月隊も全員跪いた。


 真珠に支えられ、なんとか庭園までやってきた桜姫は術式の渦の中、現れた人物に目を剥いてしまった。

 現れたのはなんと――。


「つ、月城お兄様……!?」


 皇太子でもある一の神子だった。

 一の神子の登場に動揺が隠せない七の御社の職員達だったが、直ぐ様朔月隊同様に跪き、桜姫と神々は深々と頭を垂れた。


 月城は辺りを見渡し、幽吾に目を向けると言った。


「朔月隊隊長、幽吾」

「はっ」

「皇太子として……及び朔月隊総司令官として礼を申す。大変ご苦労であった」

「皇太子殿下のご命令とあらば、我ら朔月隊、喜んで命に従うまで」


 月城と幽吾の会話にほとんどの者達が頭に疑問符を浮かべる中、真珠だけハッとした。


「まさか……!」


 真珠の呟きに肯定するように月城ははっきりと告げる。


「七の御社の制圧を命令したのは、この私だ」


 七の御社関係者から動揺とざわめきが生まれる。


「おっ、お兄様……! 何故……!?」


 桜姫に至っては礼儀も忘れ、真っ青な顔で月城を見つめていた。

 月城は真剣な表情で桜姫を見つめると言い放つ。


「桜、そなたは私達の可愛い姫で私達の妹だ。だからこそ、過ちは私が正さねばならない」

「あ、過ち……? 何で……? どうして……っ?」

「桜……私は一度言ったはずだ。そなたは確かに桜色の神力を持つ我が一族にとって大切で特別な姫神子だ。だがらと言って何をしても許される訳じゃない。決して逃れられない理由を作り上げ相手を縛り付ける行為は最早罪に等しい。恥を知りなさい」


 冷酷に告げる月城の言葉に桜姫はついに堪えきれずに涙をぼろぼろとこぼす。


「だっ、だって、お兄様……! この国の未来の為を思うならば、私と彼は婚姻を結ぶべきなのよ!」


 桜姫は思い出していた。

 蘇芳と初めて会った時のことを――それは七年前の己の誕生日会でのことだった――。




 筋骨粒々の大きな身体、凛々しすぎる眉、つり上がった瞳――精悍過ぎる盾の一族の次男坊で初代盾再来と呼ばれる男のその佇まいはまさに仁王か軍神か。

 挙げ句、表情は無で、一言も喋らない。

 皇族への挨拶でも無言のまま、頭を垂れるだけだった。


 桜姫はそんな暗い表情の彼の事が気になり、自然と目で追っていた。

 すると、来賓達もまた彼に視線を向け、何かを囁きあっている……。


 桜姫はこっそりと聞き耳を立ててみた。


「まあ、ご覧になって。あれが噂の初代盾再来」

「なんとまあ恐ろしい姿……仁王か軍神かと呼ばれているそうだけど、あれは最早化け物よ」

「ええ、ええ、まさにそう。何せ、盾の一族の現当主と次期当主を殺しかけたのですって」

「まあ! つまり自分の祖父と父を? なんておぞましい……!」

「あんな化け物が四大華族だなんて……」

「ああ恐ろしい。皇族様に早く首輪を着けてもらって欲しいわ」


 なるほど、と桜姫は思う。

 どうやら精悍すぎる彼の姿は一部から恐怖を与えてしまうのだろう。

 そして、彼が実の祖父と父を殺しかけたというおぞましい話が更に彼を恐ろしくさせているのだろう。


 しかし、彼は盾の一族。

 古の時代より皇族を守り抜いてきた盾なのだ。

 精悍過ぎる容姿は必要なものである。

 祖父と父を殺しかけたという話も、きっと盾の一族の激しい修行の末に生まれた少し誇張された話だろう。

 皇族の盾ならばそれくらいして然るべきだ。

 何も恐れることはない。


 だが、彼が人々から恐れられていることもまた事実。

 ならば、姫である己がしてあげられることはただ一つ。


 誰からも愛される桜色を所有する姫である己が初代盾再来と婚姻を結べば、人々も彼を認め間違いなく祝福してくれるだろう。

 それは彼にとっても善き話になることに違いない。

 第一に、特別な姫である己には相応しい特別な盾を――彼はまさしく適任だ。


 誰もが笑顔になれる大団円な未来に十二歳になったばかりの桜姫は屈託のない笑みを浮かべた――。




「私と婚姻を結べば、彼を恐ろしいと言う者も居なくなり、誰もが祝福をし、彼もまた幸せになれる! まさにこの国の誰もが笑顔になれる素晴らしい大団円になります!」


 桜姫はただ純粋に誰もが幸せになれる未来を描いていた。


「それなのに……! それなのに……! どうして後から現れた〈能無し〉のお姉様に奪われなくてはいけないの!? 私が、私が先に見つけていたのに……! あの方は私のモノになるべきなのに……! それがこの国の未来のためなのに!」


 ただひたすら純粋に……。


「それなのに! どうしてぇっ!?」

「――桜」


 低い声が響き渡り、桜姫は身体を震わせてしまう。

 何故なら月城が今まで見たことがない冷たい視線で己を睨んできたからだ。


「桜……いい加減になさい」

「お、おにい……っ」

「それはそなたの真意ではないと、前にも言ったはずだ」

「っ!!」




 誰からも愛される桜色を所有する姫である己が初代盾再来と婚姻を結べば、人々も彼を認め間違いなく祝福してくれる――化け物である彼を姫である己が愛すれば、人々は誰もが褒め称えるだろう。なんて慈悲深い姫君なのだろう、と。


 それは彼にとっても善き話になることに違いない――化け物と蔑まれる彼もきっと喜ぶだろう。化け物を受け入れてくれる桜色の姫と結ばれることを。


 特別な姫である己には相応しい特別な盾を――私は桜色を所有する特別な姫。称えられ、守られるべき存在なのだから。




 ただ純粋に、化け物を愛することができる美しき心を持つ尊き姫の未来を思い描いていたのだ……。




「桜……そなたが、そなただけが特別だという考えはもう捨てなさい。そなたは決して特別な姫なんかではない。そなたはただの驕り高い姫だ」

「おっ……お兄様……っ!」


 己の存在が否定され、ずっと信じてきたものが打ち砕かれ、桜姫は涙が止まらない。止められない……。


「畏れながら皇太子殿下! 発言を御許し頂きたく!」


 透かさず叫んだのは真珠だった。

 桜姫の瞳に希望の光が灯る。


「……そなたは、桜の補佐役だな。発言を許可しよう」

「桜姫様は決して平凡な神子とは違います! 神に愛されし桜色の神力をお持ちの大変素晴らしい神子様でございます! それだけはどうかご理解頂きたく――!」

「例え神に愛される神力を持っていたとしても、人格が伴わねば何も意味はなさない」


 月城はきっぱりと告げると、桜姫を睨んだ。


「桜、その首の紋章はどうしたのだ?」

「こっ、これは……っ! 〈能無し〉のお姉様に付けられたものです……!」

「しかし、その紋章は我が皇族神子のみが使用できる術式だ。一職員に扱える術式ではない」

「っ……!」


 桜姫は何も言えなくなってしまう。


 月城はふと紅玉に視線を向ける。


「十の神子補佐役の紅玉よ。面を上げよ」

「はい」


 顔を上げた紅玉を見て、月城はふと表情を和らげた。


「なるほど、十の神子の守護か……そなたは妹に愛されているのだな」

「……!」


 月城の言葉で紅玉は初めて気づいた。

 自分はずっと水晶に守られていたのだと。

 真珠の術や桜姫の術が跳ね返されたことを思い出す……。


(晶ちゃん……っ!)


 水晶もまた自分を決して見捨てなかったことに、じわりと涙が溢れてきてしまう。


「桜……そなたは紅玉に命令術を使用して、跳ね返され自らが術にかけられた。そうだろう?」


 月城の冷たい声に桜姫はビクリと身体を震わせた。

 真実である上に言い訳の余地もない。

 出てくる言葉は全てしどろもどろだ。


「わっ、私は……だって……っ、だって、〈能無し〉の――」

「黙れ、桜!!」


 月城の怒鳴り声に桜姫はついに言葉を失う。


「先程から聞いておれば〈能無し〉などと! この神域に〈能無し〉という名の人間はおらん!!」


 月城が本気で怒っている。

 優しいお兄様が本気で自分を叱っている。


 その事実に桜姫は全身が凍り付き、涙が止まらなかった。


「武源」

「はっ、殿下」


 神力を渦巻かせて現れたのは月城に使える四神の一人――玄武の化身の男神であった。


「七の御社の職員を部屋に閉じ込めておけ」

「承知しました」


 玄武の化身は早速命令通りに動き出す。

 その間、七の御社の職員達は黙ったままだった。


「白夜、朱花」

「「はっ、殿下」」


 次に現れたのは同じく月城に使える四神――白虎の化身の男神と朱雀の化身の女神だ。


「七の御社の神々の捕縛をしておけ。変な真似を絶対させるな」

「「承知しました」」


 同じ神ではあるが、月城に使える四神は神の中でも上位の存在だ。

 桜姫に使える神々もまた黙るしかなかった。


「七の神子、そなたの身柄はこの者に預かってもらう――竜星」

「はっ、殿下」


 月城の一声で青龍の化身である男神が連れてきたのは、銀混じりの真っ白な髪と冷酷な印象の切れ長の青い瞳を持つ一人の男性だ。

 紅玉も見覚えのある人物である。


「三十八の神子であり、『法の一族』でもある飛瀧だ」


 月城の言葉で紅玉は思い出す。よく蘇芳の兄である八の神子や幽吾の兄である十八の神子と一緒にいた三十八の神子である事を。

 彼もまた四大華族であることを薄々予想していたが、まさかこのような形で会うとは紅玉も思ってもみなかった。


 飛瀧は冷たい表情で桜姫を見下ろした。


「随分と傲慢にお育ちになったようですな、姫神子様は」

「……面目無い」

「いえ、こういう時こそ我が『法の一族』のお役目ですから」


 飛瀧の言葉に紅玉が頭に疑問符を浮かべていると、蘇芳が小さな声で囁く。


「……『法の一族』は皇族に忠誠を誓いながら、如何なる場合においても最優先で法を準ずる一族なんだ。故に皇族を唯一罰することができる一族でもある」


 蘇芳の説明に驚きながらも納得をする。

 皇族を裁く存在がなければ、それはただの独裁者になるだろう。

 『法の一族』の存在があるからこそ、皇族は高潔でいられたのだろう、と。


「お覚悟ください、姫神子様。ご安心ください。お心を入れ換えるまで、私はいつまでも付き合いますので。ええ、いつまでも」


 飛瀧の言葉に桜姫は震え上がっていた。


「頼んだぞ」

「御意」


 三十八の神子がスッと手を挙げれば、桜姫の周りには黒衣を纏った神々が取り囲んでいた。


「連れていけ」

「あっ、いやっ! いやあっ! 真珠! 真珠っ!!」


 泣き喚きながら連れて去られる桜姫を真珠はただ黙って見ていることしかできない。


「七の神子補佐役、あなたにもいろいろ聞かせてもらいましょうか。姫神子様をたっぷり甘やかしてくれたみたいですからねぇ」

「…………」


 真珠もまた三十八の神子に連行されていく――最後に鋭く紅玉を睨み付けながら。




 こうして、七の御社は完全制圧されたのだった。





<おまけ:世流の幻術に囚われた職員と文の言霊に磔にされた職員>


「んむぅ~~……むにゃむにゃ……へへ、良い夢だぁ~~……」

「ひひっ……ふひひっ……さいこー……」

「んふっ……ぬふふふふ……あ、そこは……ああ~~……」


 世流の幻術香でさぞかし良い夢を見ている職員達が幸せの寝言を呟くのを、文の言霊に磔にされた職員達が冷ややかな目で見下ろしていた。


「いいよな、こいつら……お気楽で」

「俺もそっちの方が良かった」

「……なあ、この磔、いつまで続くんだ?」


 結局、玄武の化身の男神に助けられるまで、職員達はそのままだったという。


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