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大和撫子さまのお仕事  作者: 小茶木明歌音
第五章
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名前を呼んで




「撃ち落とせぇっ!!」


 突如、怒号と共に銃声が鳴り響いた。


「っ!?」

「何事ですの!?」


蘇芳だけでなく、桜姫も驚いて音が鳴り響く方を振り返った。

窓の外から銃声と怒号が聞こえてくる。


「逃すな! 撃て! 撃て撃て撃て!!」


 怒号は更にけたたましく、銃声は更に激しく鳴り続ける。


「い、一体何……!? 邪神……!?」


 その瞬間――。


 ガシャァァアアンッ!!!!


「きゃああああっ!?」


 窓硝子が割れ、破片が飛び散った。

 桜姫は思わず寝台の中に潜り込んでしまう。

 一方で蘇芳は冷静に辺りを観察する。


(銃弾が当たって割れたのか? いや、七の御社の職員はこの部屋を狙わないだろう……なら何故?)


 そう思っていると、床の上で何かがもぞもぞと動いているのが見えた。

 よくよく目を凝らして見ると、そこに動いていたのは、ふわふわの黄色い羽毛を真っ赤に染めた小さな小鳥――少しヒヨコの容姿に似た……。


「っ!!」


 それが紅玉のひよりだと気づいた瞬間、蘇芳は直ぐ様駆け寄り掌の上に乗せると、治癒の神術をかけた。


「ひより殿、何故ここに……?」


 宮区では神獣連絡網は禁止されている。

 紅玉に別れを告げる為に神獣連絡網を使用することを特別に許可してもらったが、その直後に南高は宮区から追い出されてしまった。


 小鳥一匹すら進入を赦されない宮区に、ひよりは小さな身体を必死に羽ばたかせてやってきたらしい。


 一体何故……?


 そう思っていると、ひよりが傷付いた小さな身体を必死に起こして、銜えている紙を差し出していた。

 蘇芳がそれを受け取ると、ひよりは役目を果たして安心したように蘇芳の掌の上で気を失った。

 ひよりに息があることを確認してほっとしつつ、蘇芳は渡された紙切れを開いた。


 瞬間、蘇芳は目を見開いてしまった。




『諦めないで。どうかわたくしの名前を呼んで。貴方を拐いにゆきます』




 胸が締め付けられる。

 嬉しくて、嬉しくて……腹立たしくなった――一度でも紅玉を裏切ろうとした己自身が。


 外が一気に騒々しくなる。

 悲鳴のような叫び声と何かが暴れるような音が響き渡った。


「なっ、何事ですかっ!?」


 桜姫が窓の外を見やれば、ゆうらりと巨大な鬼神の影が横切って、桜姫は「ひっ!」と息を呑んでいた。


 しかし、蘇芳はそんなことにも気付かない。

 ただひたすら手紙を見つめ続ける。

 己の愛する人が書いた一文字、一文字を、何度も読み返す。


「紅っ……!」


 騒々しさがさらに増していく中、蘇芳が思うことはただ一つだった。


 蘇芳は手紙と気を失ったひよりを胸に抱くと、桜姫を振り返って跪いた。


「七の神子、やはり自分は貴方の命令に従うことはできません」


 蘇芳のはっきりした声と言葉に桜姫は恐怖を忘れ、動揺した。


「何故!? どうして!? あなたは私の命令に背く事はできないはずよ!?」

「それでも、自分は己の身を貴方に捧げることができません」


 桜姫はカッとなった。


「どうして!? どうしてわからないの!? あなたにとって、私と結ばれることが最も正しい選択で、この国にとって大いなる実りとなる婚姻になるの!! あなたにはその義務があるの!!」

「……例えそうであったとしても、そこに自分の幸せはありません」

「っ!!」


 蘇芳はゆらりと立ち上がった。


 騒々しさはどんどん増していく。

 屋敷の中からも足音や怒号や轟音が響き渡っており、どんどんこちらへ近づいてくるようだった。


「例え身勝手だ、無責任だと罵られようとも……俺が愛するのはただ一人」

「や、やめて……っ! 言わないで! 行かないで!」


 桜姫が泣きそうな顔で必死に手を伸ばすが、蘇芳は可哀想だとは思わなかった。


「俺は、紅を愛している」

「いやあっ!!」

「俺は、貴方のモノではない」

「聞きたくない! 聞きたくないっ!!」

「俺の全ては、紅のものだ」

「ふざけないでっ!」


 強い桜色の神力が蘇芳を捕えようと渦を巻く。

 執念と束縛の力が宿った神力は恐らく相手の心も飲み込んでしまうだろう――そう察した。


「あなたはっ! 私のモノよぉっ!!」


 流石は桜色の神力を持つ至高の姫君……冷静に蘇芳は思う。

 だが、恐怖などなかった。

 蘇芳の耳にハッキリと声が届いていたから――。




『蘇芳様ぁっ!! わたくしの名前を呼んでぇっ!!』




 蘇芳は迷わず叫んだ。


「俺はここだ! 紅子ぉっ!!」


 その瞬間、風が巻き起こる――!


「きゃああっ!!」


 風圧に飛ばされ、桜姫は寝台の上へと倒れ込んだ。


 そして、蘇芳の目の前にふわりと降り立ったのは、漆黒の長い髪と漆黒の強い瞳を持つ己の愛する存在――。


「蘇芳様っ!」

「紅っ……!」


 誰よりも会いたかった存在にようやっと会えて、蘇芳は無我夢中で抱き締めていた――。




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