表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大和撫子さまのお仕事  作者: 小茶木明歌音
第五章
261/346

救いの一片




 紅玉はハッと目を覚ました。


「あ、あら……?」


 辺りをきょろきょろと見渡せば、そこは十の御社の洗濯室ということは分かった。

 そして、自分は取り込んだばかりの洗濯物の上に倒れて寝ていたらしい……。


(あらいやだ……! 仕事中にうっかり眠ってしまうなんて……!)


 急な夕立で洗濯物を慌てて取り込んだところまでは覚えている。

 幸いそんなに濡れなかったので、畳もうとこの洗濯室まで運んだのだが……そこでぷっつり記憶が途切れていた。


(いやですわ……歳でしょうか? 最近、こんな事が増えているような……)


 思わず狼狽えてしまう、


「紅玉」

「っ!?!?」


 だからこそ、そんな時に声をかけられてしまって身体をびくつかせてしまった。


「こんなところにいたのか」

「はっ、はくしゅうさまっ! ごきげんうるわしゅう!」

「は?」


 紅玉の態度に疑問に思いながらも、積まれている洗濯物の山を見て狛秋は何をすべきか察した。


「手伝う」

「あ、ありがとうございます」


 黙々と二人で洗濯物を畳んでいく。

 日の光をたっぷり浴びた洗濯物からはほのかな日の香りがして思わずほっとしてしまう。


(このお日様の香りで眠気に誘われてしまったのですかね……)

「……紅玉、は……」


 狛秋が突如話しかけてきたので、紅玉は顔を上げて狛秋を見た。

 狛秋は畳む手はそのままに言葉を続ける。


「紅玉は、何故神域管理庁に入職した?」

「え? ええっと……」


 狛秋の突然の質問に戸惑いつつも、紅玉は答えた。


「わたくしの幼馴染が神子だったので。彼女達を守りたくて神域管理庁に入職しましたの」

「そうだったのか」

「ええ……でも結局、誰も守ることができませんでしたけど」

「…………」


 自嘲的に呟く紅玉の声と己を嗤う笑みは、あまりにも痛々しいものだと狛秋は思った。


「狛秋様は? 何故神域管理庁に?」

「俺は…………」


 狛秋は畳む手を止めると言った。


「……救われたんだ。姫神子様に」

「七の神子様?」


 狛秋は小さく頷いた。


「神子は祈りによって現世に平穏をもたらす存在だ」

「ええ。存じ上げております」

「例えば、自然災害。あれも神子の手によって抑えられるものだ。自然災害で本来命を落とすはずだった者達も、神子の祈りによって救われた者が多い」

「……心当たりがあります。わたくしの同期に一人いますので」


 ふと思い出すのは二十二の御社に勤める女性にしては背の高い己の同期で友人。

 彼女は言う……神子の祈りがなければ間違いなく自分は濁流に飲まれて命を落とすところだったと。

 神子には返しきれない恩があるのだと……そう言っていた。


「まさか、狛秋様も?」

「俺の場合は自然災害ではなかったがな」


 狛秋はそう言うと、徐に袖を捲った。

 瞬間、紅玉は思わず目を見開いた。


 そこにあったのは、赤黒く爛れた夥しい抉れた傷痕。


「……狛秋様……その傷は……?」

「……火傷の痕だ。実の父親につけられたものだ」


 驚きで何も言えなくなってしまう。


「これなんて序の口だ。背中にはもっと酷い痕が残っている」

「…………まさか…………」


 信じられないが、考えられる事は一つしかなかった。


「俺は父親に虐待されていた」


 はっきりと告げられた現実に紅玉は絶句してしまう。


「会社でそこそこ地位のある人だったせいか、人を見下し蔑み、気に入らない事があればすぐに暴力を振るう……人として最低な父親だった。母も母で、自分で働いて稼ごうとせずそんな父に依存するだけの女だった。そんなゴミみたいな家庭の中で、俺は妹を守ることに必死だった」

「妹さんがいらっしゃるのですか……!?」

「安心しろ。妹も無事だ。時々叩かれることもあったが、俺のような傷跡は残っていない」


 ほっとしつつも、狛秋の傷は未だ残っている事実に、幼い狛秋が実親から受けてきた仕打ちに、紅玉は眉を下げてしまう。

 狛秋は袖を直しながら話を続ける。


「地獄のような日々が永遠に続き、いつか死ぬとあの当時はずっと絶望の淵にいた……だが、ある日、俺達は救われることになった……七の神子様のお力によって」

「それは一体どういうことですか?」


「今から約十五年前……当時四歳の桜姫様は神子ではなかったが、皇族に生まれた御子様は皇族神子を受け継ぐ事が決定している。桜姫様も生まれながらにして皇族神子になることを約束されていた方だ」


 「神の託宣」により選ばれる八から四十七の神子とは異なり、一から七の神子は皇族の血を引く者から選ばれるのだ。


「その為、四歳で初めて神域に足を踏み入れることになり、その時に大和皇国で最も神聖とされる桜色の神力を持ち、異能を開花させたんだ」

「桜姫様の異能……『救いの一片(ひとひら)』ですよね?」


 「救いの一片」――助けを求める誰かの元に救いの桜の花びらを届ける――というもの。


「桜姫様の異能で作られた花びらはただの護符なんかよりよっぽど守りの力が強いものだ……俺は桜姫様のその花びらに救われたんだ」

「……届いたのですね……狛秋様の助けを求める声が、桜姫様に……」


 狛秋は小さく頷いた。


「父は外面だけは良い人だったから、周囲にいた大人達は誰も俺の助けを求める声を聞いてなんかくれなかった。親戚も、近所も、先生も、母親も……っ!!」

「…………」


 実の母親にすら見捨てられる……どれ程の絶望だったであろう……。


「……そんな中、姫神子様だけが俺の声を聞き届けてくださって、俺に救いの花びらを届けてくださった。そして、俺達は姫神子様の花びらのおかげで無事に保護されたんだ」

「そう、だったのですね……」

「……姫神子様は、その後わざわざ俺達に会いに来てくださった……そして、傷だらけの俺の手を握ると微笑んで言ったんだ……」




「よく、がんばりましたね」




 幼き桜姫の微笑みを思い出して、狛秋の視界が歪んだ。


「俺は、救われたんだ……桜姫様に……だから、今度は俺が七の神子様を守りたい……だから、神域管理庁に入職したんだ」

「…………」


 紅玉には、狛秋の気持ちが痛い程分かる。

 紅玉もまた守りたかった人達に救われてきたのだから……。


 洗濯物を畳み終え、洗濯室から外へ出る。

 もう雨はあがっていて、夕日が見えた。

 湿度の高い風が頬を撫でる。


「七の御社にいるのは皆、姫神子様に救われた者達ばかりだ。俺同様、姫神子様に恩義を感じている」

「それほどにまで桜姫様の功績が素晴らしいということですね」

「ああ、そうだ。姫神子様は本当に素晴らしい御方だ…………だからこそ、俺は盲目的になっていたのかもしれない…………」

「え?」


 すると狛秋はじっと紅玉を見つめた。


「……今回の件に関して言えば、姫神子様は――」


 その時だった――ひゅっと風を巻き起こし現れたのは、ひより――。


『ぴよぴよっ! スオウからデンレイです』

「え……! 蘇芳様……?」

「!」


 神獣連絡網が禁じられているはずの宮区の蘇芳からの伝令に紅玉も狛秋も驚いてしまう。

 紅玉はひよりを手の上に導くと、伝令を取った。


「はい、紅玉です」

『…………紅…………』


 その声は恐ろしく沈んでいた。

 紅玉の胸に過ぎるは不安……。


「蘇芳様……何かありましたか?」

『……紅……俺は……俺は……』


 絞り出すような蘇芳の声にますます心配になる。

 その時だった。


『紅、俺は……貴女を裏切る』

「……え?」

『俺の事は忘れてくれ』


 衝撃的な言葉が伝えられたのは。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ