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大和撫子さまのお仕事  作者: 小茶木明歌音
第五章
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桜姫の願い

しばらくおまけはお休みです。

話の長さも短かめの日が続きます。




 皇太子との約束の日――。

 桜姫は蘇芳と真珠を引き連れて一の御社へやって来ていた。


「ごきげんよう。一の神子、月城殿下。この度はご予定を合わせて頂き誠にありがとうございます」


 御社の謁見の間にて、桜姫は深々と頭を下げ、膝を折った。

 蘇芳と真珠とその後ろで跪き、深々と頭を下げていた。


 そして、一の御社の主である月城は謁見の間の上座に鎮座し、じっと桜姫を見つめる。


「構わぬ。桜、要件を申してみよ」

「はいっ!」


 桜姫は莓色の瞳をキラキラ輝かせて言った。


「どうかご許可願います。私と『盾の一族』次男の蘇芳との婚約を」


 蘇芳は息を呑んでしまった。


「私は皇族の姫、そして蘇芳は四大華族の血筋。私と蘇芳が結ばれるのは当然の理だと思います。皇族にとっても有益な婚姻となるに違いありません。勿論、陛下や両親や伯母上にも報告と許可をもらう必要があります。ですが、まずは皇太子である殿下にご許可を頂きたく思います」


 桜姫の言葉が毒のようにじわじわ身体を蝕んでいく。

 息が苦しい。心臓が凍りつきそうだ。指の先が氷のように冷えて動かなくなっていく。




 だが、現実は変えられない。


 彼女は皇族が誇る至高の姫君。

 彼女が望めば、皇太子だって……。


 桜色を持つ姫が幸せである事は絶対的に約束されているものなのだから。


 絶望で目の前が真っ暗になっていく――……。




「それは、許可できない」

「え?」

「っ!?」


 その言葉に桜姫だけでなく、蘇芳も驚いて思わず顔を上げていた。

 月城は輝く金色の瞳でじっと桜姫を見つめると言った。


「確かに我が皇族と四大華族との婚姻は双方にとって有益になる。だか、私は、双方が望む婚姻を結んで欲しいと考える。例え皇帝陛下やそなたの父上が許しても、私は断固反対する。一方に望まない婚姻を強要してはいけない」


 蘇芳は驚きを隠せない。

 桜姫も愕然とするあまり言葉も出ないようだ。


「話は以上かな? ならば下がりなさい」

「お待ちください! 皇太子殿下! 発言のご許可を!」


 声を張り上げたのは聖女である真珠だ。


「許可しよう」

「この方は桜色を有する特別な姫君でございます! 我が国に幸福をもたらす存在です! 姫神子様を悲しませるようなことになればこの国に悲劇が見舞われてしまいます!」

「だからと言って甘やかし過ぎは良くない」


 きっぱりと月城は告げる。


「……私も……私だけではない。皇族全員で桜を甘やかしすぎてしまったと大いに反省している」


 そして、月城はじっと桜姫を見据えた。


「桜、そなたは確かに桜色の神力を持つ我が皇族にとって特別な姫だ。だが特別だからって何をしても許される訳じゃない」

「っ!!」

「そなたのわがままで縛り付けてはいけない。解放してあげなさい」


 その瞬間、苺色の瞳から宝石のような涙が溢れて零れ落ちた。

 桜姫は縋るように月城を見つめる。


「おっ、お兄様……っ! わっ、わたしはこの国のためを思って……っ!」

「……桜……話は終わったはずだ。それに、それはそなたの真意ではない」

「っ!!」


 桜姫はその場に崩れ落ちた。

 月城は少し憐れんだ目で桜姫を見つめたが、謁見の間を出ていってしまった。


「わ、私はぁっ……!」

「姫神子様! お気を確かに!」

「私はこの国のために完璧な神子でなくてはならないのにぃっ!!」


 堰を切ったように涙と嗚咽が零れていく。

 真珠が寄り添って必死に慰めるも、桜姫は泣くのを止められない。


 蘇芳はようやっと動かせた手足を動かして、立ち上がる。


(……皇太子殿下のおかげで助かった……)


 ほっと息を吐く一方で蘇芳は得体の知れない恐怖を覚えていた。


(俺は……十の御社に帰ることができるのか……?)


 不安になる気持ちをぐっと抑え込む。


(いや、帰るんだ。必ず。紅の元に、俺は……)


 蘇芳が決意する一方で、主のいなくなった謁見の間に桜姫の泣き声が響き続ける。


「お兄様……っ、酷い……! 酷いわ……っ!」

「ああ姫神子様、どうか泣かないで」


 未だに泣き続ける桜姫をじっと見ていると、真珠と目が合った。

 何か言いたげな真珠の視線から逃れるように、蘇芳はすっと視線を外した。


(俺は、桜姫を慰めるつもりはない。絶対に)


 蘇芳が己の手で涙を拭ってやりたいと思うのはただ一人。


(俺が愛するのは紅だけだ)


 そんな蘇芳を真珠は見つめ続けた――……。




**********




 酷いわ……。

 酷いわ、お兄様……。


 桜はこの国で最も愛される花。

 春に淡い桜色が大地を染める時、この国の民達は誰もが喜び、誰もが魅了し、誰もが幸福を感じる。


 だからこそ、桜色を有する姫は最も愛されるの。

 姫の笑顔は誰をも喜ばせ、誰をも魅了し、誰をも幸福にさせる気高き存在なのだから。


 それなのに、どうして……。

 どうしてなの、お兄様……。

 私が悲しめば、この国が不幸になってしまう。

 私はこの国の為に幸せにならなくてはいけないのに……。




【――ナラバ、オモウママニスレバイイ――】


 どろりとした何かが私を包み込む。


【アナタノオモウママ、ノゾメバイイ。トリモドセバイイ。アナタハ、アイサレルベキヒメナノダカラ】


 どろどろと私の心に纏わり付く甘美な言葉……。


 ああ、それこそ、私が聞きたかった言葉……言って欲しかった言葉……。


【ソシテ、ニドトウバワレナイヨウニシテシマエバイイ】


 ええそうよ。

 最初からそうすれば良かったのだわ。

 だってだって、あの方は……最初から私のモノだったのだもの。


【ソウ――イイコダ――コッチニオイデ――】


 どろりとした真っ黒い何かが飲み込んでいく――。







 ――だめ。




 だめです――駄目!

 それに身を委ねては駄目!

 駄目! だめだめだめ!!

 お願い! 戻ってきて!!







 瞬間、まばゆい紅色の光が弾けた――!




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