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大和撫子さまのお仕事  作者: 小茶木明歌音
第五章
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清廉なる神域、その理由




 書類を調べ続けて一時間程経った頃、轟が天を仰いだ。


「あーーーー……づがれだ……」

「目が霞む……」


 世流も目をぎゅっと瞑ってしまう。


「目ぼしい情報は見当たらなかったな……」

「これといって怪しい人もいませんでしたね……」

「こっちも駄目ですね……」

「ねえ、ホントにこれ意味あるの?」


 焔も双子も文も思わず溜め息を吐く。


「……今日はここまでにしよう。明日は宴だし、みんな忙しいだろうからね」


 幽吾の一声に全員ほっと息を吐いてしまっていた。


「では、お片付けをしましょう」

「俺も手伝うっすよ、先輩!」

「マリもー!」

「年代順に並べればええんやろ?」


 比較的元気のある空と鞠と美月が率先して動いた。

 紅玉も書類を手に立ち上がろうとしたその瞬間――。




 ぐらり――視界が歪んだ――。




(あら……?)




「紅玉先輩!!」


 天海の大きな声に紅玉はハッと我に返る。

 気付けば天海が真っ青な顔で自分を支えていた。


「だ、大丈夫ですか!? 急に倒れるから……!」

「え……?」


 覚えがない……。

 確かに視界が歪んだ気はしたが、まさか支えがないと立っていられない程とは思っていなかった。


「ベニちゃん!」

「先輩! 顔色悪いっすよ!?」

「大丈夫です……きっと貧血気味なのかもしれませんわ」


 きっと時期的なものだろうと紅玉は思う。

 それでも仲間達は心配そうに紅玉を見つめてくるので、逆に居たたまれなくなってしまう。


「本当にもう大丈夫ですから、ほらぁ」

「おめぇの大丈夫は信用ならねぇ! 大人しく座っていやがれ!」


 轟は怒鳴ると、紅玉が片付けようとしていた書類を奪い去ってしまった。


「あ、お仕事……」

「紅玉先輩は座っていてください!」


 あの気の弱い天海にまではっきりとそう言われてしまえば、紅玉は逆らえなかった。


「天海君、太昌十三年の書類はこっちに置いてくれ」

「轟様、太昌十四年の書類はこちらでございます」

「太昌十一年はどちらですか?」

「それ、俺に頂戴」

「太昌十二年の書類はウチにちょうだーい」

「太昌じゃなくて正環の書類は何処に置けばいいかしら?」

「古いのは一旦こっちに置いてくださいっすー!」

「マリたち、ナラべマース!」


 仲間達が手際良く片付けていくのを紅玉はただ黙ってみているしかなく、ますます居たたまれなくなるが、動こうとすると全員ジロリとこちらを睨んでくるので苦笑いを浮かべるしかなかった。


「…………あら?」


 だから、傍目から見て初めて気付いたのだ。その違いに……。


「紅ちゃん、どうしたの?」

「いえ……本当にここ一、二年の神域は平和でしたのねって」

「うん?」


 紅玉が指差した先は年代別に積まれた書類や資料箱の山だ。

 年が古いもの程山が大きく、新しいもの程山が小さかった。それも極端に。


「思えば、『藤の神子乱心事件』が起きた太昌十四年から前は事件が多かったですけど、それ以降は大きな事件はあまりなかったですものね」

「そう言えばそうだったね」

「最後の大事件と言ったら……空さんのお母様の事件でしょうか」

「そうだね。あの日以来、神子も職員も命を落とした人はいないからね」


 はたと、違和感に気付いた。

 それは些細だが、一度気付いてしまったら見逃せないものだった。


「……そう……そうなんだ」

「はい?」

「あの日以来……誰も死んでいないんだ。特に職員で限定するなら藤の神子乱心事件以来、一人も殉職者はいない」

「あっ……!」


 幽吾の発言に首を捻ったのは天海と美月と文だ。


「えっと……それの何が問題なんですか?」

「平和でええやないの」

「そんな毎日しょっちゅう人が死んでいたら神域はどれだけヤバイところなのさって……」

「――ヤバイところだったんだよ」

「「「えっ」」」


 幽吾は山積みになった過去の事件の書類を叩く。


「『藤の神子乱心事件』より以前の神域はほぼ毎日邪神が現れて当然だった。大量発生と呼ばれる程大した数じゃないけれど、それでも邪神を祓えない職員にとっては一匹でも脅威だった。故に殉職者もそれなりの数だ」


 天海と美月と文は「藤の神子乱心事件」以降の就職だ。

 かつての神域の状況を知らないのは無理もない。


 一方の紅玉はそれなりに知っていた。

 かつての入職時配属先だった八の御社では神子の邪神退治に何度も同行していたのだから……。


「勿論かつての神域が邪の温床だったせいもある。遊戯街の前身である娯楽街は最悪と言える土地だし、選ばれた神子にも問題があったのは否定できない」


 心当たりのある世流と右京と左京が顔を顰めていた。


「……おい、幽吾……アイツだけじゃないかもしれねぇぞ……」

「アイツ?」

「神狂いの那由多」


 轟の言葉にハッとしたのは空と鞠だ。


「那由多みたい神子を陥れようとした人がいるかもしれないって話っすか!?」

「神のお告げを聞いて画策した人がいるかもしれないってこと!?」


 鞠に至ってはいつもの口調が消えている程動揺している。


「……わかんねぇ……でも、何か嫌な感じがする……あー……このカンジどっかで感じた覚えがあるんだよな……!」


 思い出せそうで思い出せない……そんな歯痒さに轟は髪を掻き乱した。


「……かつて、何故こんなに事件が多かった理由はわからないが……何故ここ一、二年が平和なのかは何となくわかるぞ」


 焔の言葉に全員驚き振り返る。


「え? それってどういうこと?」

「私はこれでも一応神子だったからな。昔の神域の状況は知っているから……監獄から出た時に感じたあの感動は忘れられない……」


 昨年の夏、長らく閉じ籠っていた監獄から出た焔は、神域に足を踏み入れた瞬間、涙をこぼしたことを思い出す。

 勿論、久しぶりに日の光を浴びたからという理由もあるが、それよりもっと感動した理由は――。


「今の神域はとても清廉で澄んでいるんだ」

「清廉で……澄んでいる……?」

「ああ……三年よりも前の神域は、どんなに浄化をしようと祈っても祈っても、浄化しきれない程汚れていた……だが、今の神域は見事なくらい美しく澄んでいるんだ。空気というか土地そのものが。だから、邪神が生まれにくくなっているんだと思う」


 焔の言葉に納得すると同時に、紅玉は心当たりがありハッとする。


 三年前、「藤の神子乱心事件」の災禍の中、突如神域に舞い降り、その身に宿る強力で清廉な神力で全ての邪神を祓った存在がいた――。


 そして、その存在は紅玉が誰よりも知る人物だったからだ。


「晶ちゃん……っ!」


 焔は大きく頷いた。


「紅玉先輩、あなたの妹さんは大変素晴らしい神子だと思います……故に悪意にも狙われやすい」


 その言葉に紅玉の心臓が嫌な音をたてていく……。


「紅玉先輩」

「っ!」

「守りましょう。我々の力で。あなたは一人ではありません」

「焔ちゃん……」


 紅玉はふと周りを見る……。

 全員笑顔で自分を見てくれていた。

 それがどんなに安心することか……。


「ありがとうございます」


 思わず笑みが零れる。




 そして、改めて決意する――。

 悲劇は絶対繰り返させないと。




**********




 七の御社では桜姫が「太陽の恵み儀」を執り行っていた。

 太陽に祈りを捧げ、神力の補充をする大事な日課である。


 桜姫の身体から輝く桜色の神力がふわりふわりと舞い、辺り一帯へ溶け込み神力が満たされていく――。


 桜姫は祈りを終えると舞台からゆっくり降りてくる。

 そんな桜姫に手を差し伸べるのは真珠だ。


「流石は姫神子様でございます。本日も大変お美しい桜色の神力。昨今神域が大変平和なのは姫神子様のお力の賜物でございます」

「いいえ、真珠。私だけではなく、お兄様達皇族神子のお力が大きいと思うわ」

「その中でも姫神子様は特別素晴らしいということでございます」

「まあ、真珠ったら」


 美しく微笑み合う二人の会話に蘇芳はうんざりしていた。


 真珠は事あるごとに桜姫を誉め称え、桜姫も謙遜を見せながら己が誉れ高い存在である事を自負している。


(よくも飽きもせずやっていられるものだ)


 確かに桜姫の神力は大変美しい。

 しかし、力の質だけで言うならば……。


(水晶殿の神力の方が圧倒的に素晴らしいな)


 好物の芋の菓子をポリポリと頬張りながら祈りの舞台に上がろうとする水晶の首根っこを捕まえて怒鳴る紅玉――思わず思い出してしまった光景に頬が緩む。


「まあ! 蘇芳様もそう思ってくれるのね!」

「……え」


 キラキラと嬉しそうに顔を輝かせる桜姫の声に蘇芳がキョトンとしていると、真珠が言う。


「蘇芳は桜姫が素晴らしい神子だと思って微笑んでいたのですよ」

「うふふっ、嬉しいわ!」

「…………」


 否定する気力もなかった。

 嬉しそうに絡み付いてくる桜姫を振りほどける訳もなく、蘇芳は無表情で立ち尽くす。




 十の御社に帰りたくて仕方がなかった……。





<おまけ:とある日の十の御社での「太陽の恵みの儀」>


水「んじゃ、いっちょ神力補充してきま~す」

紅「晶ちゃん」

水「うみゅ?」

紅「日傘を差すのは構いません。暑いですから。今日はお菓子を持っていない事は褒めましょう。偉いです……ですが、何故ゲーム機は持ったままなのですか!?」

水「これ、太陽光発電タイプのてっちゃんお手製のゲーム機。晶ちゃん、これから『太陽の恵みの儀』。どっちも太陽光で補充するヤツ。一石二鳥でウィンウィン」

紅「ゲーム機はその辺の日向に置いて充電すればよいでしょう!?」

水「だってだってぇ~、これは晶ちゃんの宝物なのぉ~。お兄ちゃんが作ってくれた大切なものなのぉ~。片時も離したくない~~」

紅「そんな言い訳が姉に通用すると思ったのですかーーっ!?」

水「うみゅーーーーっ!!」


 そんな姉妹のやり取りを見つめていた狛秋は思った。

 もしこれが自分だったのなら、間違いなく狛秋は水晶に言い包められていたに違いないと。


狛(やはり十の神子の補佐役は……あの女でないと務まらないな……)


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