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大和撫子さまのお仕事  作者: 小茶木明歌音
第五章
254/346

ツイタチの会~書類との戦い その弍~

書類地獄回再び。

さあ、皆さん、頑張ってください。




 噂は巡る――瞬く間に巡る――。




「なあ、知っているか? 桜姫に婚約者ができたらしいぜ」

「あの神域最強の戦士がお相手だってさ」

「その為にわざわざ七の御社に異動したって話らしいわよ」

「まあ素敵……!」

「でも、あんな可愛くて綺麗な桜姫のお相手があんな仁王だなんて……」

「まさに美女と野獣」







 文月の末に開催となった「ツイタチの会」でも話題はその噂からだった。


「っざけんじゃねぇよっ!? あの馬鹿みたいな噂! ああ腹立つ! マジ情報の発信源出てこいやってんだうらぁっ! んな話ガセに決まってるだろうが、ああっ!?」


 野太い声で怒鳴るのは、轟ではなく世流だ。花魁の如き美人の。


「おい世流、落ち着け……」

「うーん……相変わらずすごいな~。あの声帯」


 轟は逆に大人しかった。世流が怖くて。

 幽吾に至っては感心する部分がおかしい。


 世流の他にも、空と鞠も御冠だ。


「世流さんの言う通りっす! その変な噂を流したヤツを取っちめてやりたいっす!」

「マリもマリもー! ハリヤマにしてヤルデース!」

「空きゅんと鞠ちゃんも落ち着きぃや」


 美月が宥め役に回るが、空と鞠の怒りは治まりそうにない。

 その一方で珍しく天海も不機嫌を露にしていた


「空と鞠の気持ちは尤もだ。蘇芳先輩が誰を想っているか、俺達はずっと傍で見守ってきたんだから」

「天海様のおっしゃる通りです」

「真実を真実だと叫べない現状が、歯痒く悔しいです」


 右京と左京も悔しげに顔を歪ませていた。


「紅玉先輩、大丈夫ですか?」


 焔が心配そうに紅玉の様子を伺う。

 紅玉は眉を顰めて少し下を睨みつけた何も喋ろうとしない。


(やっぱり……好きな人が違う女性と噂になっていれば、怒って当然だろう……)


 焔がそう思った時だった。


「美女と野獣だなんて失礼ですわ。蘇芳様はとても整った顔立ちの方ですのに。野獣だなんて表現は似合いませんっ」


 紅玉はむぅっと頬を膨らませてしまう。


「…………」

「…………」

「…………」

「……いや怒るとこ、そこ?」


 文はすっかり呆れていた。


「あははっ、紅ちゃんらしいね~。でもま、とりあえず時間がないからちゃっちゃと調べよう~。何せ明日は『夏の宴』だし」


 幽吾がそう言うと、鬼神が資料をドサリと置いた。

 山のように積み上がった資料に朔月隊は思わず溜め息を吐くのだった……。




*****




「あれ……?」

「どうしました? 空君」

「これ、陽輝(ようき)君のことっすよね?」

「そうですね。陽煇君ですね」

「陽煇君……こんな目に遭っていたっすか……」

「……ねえ、その陽煇っていうのは空と左京の知り合い?」

「はい。同年代のお友達です」

「ふぅん……」


 左京に差し出された資料に文は目を通した。




『現世管理棟から連れ出された少年を保護した経緯についての報告書』


 概要

 太昌十五年弥生二十六日十三時頃、艮区参道街にて犬を連れた少年を保護した。

 話を聞くと、神子になった友人に会う為に神域管理庁へやってきたが、面会ができるのは家族のみと言われて、一人で案内された部屋で待機していたとの事。恐らく現世管理棟と思われる。

 そこへ見知らぬ男性(中肉中背、約五十代前後)がやってきて、特別に神子に会えるよう手配すると言われ、一緒についていき神域へ入る。しかし、男性が態度を急変。無理矢理捕らえようとしたので抵抗。連れていた犬の助けもあり、逃げ出す事に成功。彷徨い歩いていたところを当職員に発見される。

 更に詳しく話を聞けば、友人の神子は年末に神子に選ばれたばかりの子で性別は女性。年齢は少年と同じ十四歳ということで、四十六の神子の小麦(以下、表記を小麦と統一)ではないかと推測。少年を小麦の元へ連れていく事にする。


 同日十三時二十分頃、四十六の御社に到着。すると四十六の御社には小麦と小麦の家族の他、中央本部人事課の萬代(ばんだい)がいた。しかし、その萬代こそが自身を騙して捕らえようとした男性だと少年が証言する。

 更に小麦からは、萬代は少年に会わせてあげると言って小麦を密かに連れ出そうとしていたらしい。

 即刻、萬代を捕縛し、神域警備部に連絡する。


 取り調べの結果、萬代は小麦を密かに連れ出し、神子に弱みを作らせそれを握り神子を自分の思うように操ろうとしていたようだ。

 少年は小麦を釣る為の餌として捕らえようとしたが逃げられてしまった。現世管理棟から迷い込んだ少年として保護され、いずれ自分に連絡が来ると思って放置していたらしい。

 これは明らかな神子反逆罪であり、誘拐罪である。

 また四十六の御社には神子補佐役も神子護衛役もまだ就任していない状態だったが、これも萬代の手によるものだったと判明した。


 作成者

 神子管理部 艮区配属 紅玉




「幽吾君、何か探しているの?」

「う~ん……あのお嬢ちゃま、禁書室に調べに来ているはずなんだよね~。で、何かを見つけたと思うんだ~」

「何かって何?」

「それを探しているんだよ~」

「おーい、幽吾。多分これじゃねぇか?」

「何でわかるの~?」

「なんか、あの女の手紙が入っていたぞ」

「え?」


 幽吾は手紙を開いた。


『やっと見つけたの? ぷぷぷっ、おっそ~い!』


 幽吾の頭の中で何かが切れた。


「あんのド生意気お嬢め!!」

「……あの女、性格わりぃよな……」

「よくもまあ紅ちゃんとお友達になれたわね……」


 轟と世流は、顔は美人だが、中身が性悪の女を思い出しながら、資料を調べ出した。




『神の殺戮事件』


 概要

 正環二十年師走二十四日二十二時頃、娯楽街付近を巡回していると血塗れの人間が倒れ込みながら助けを求めてきた。娯楽街の「艶花(つやはな)」の従業員だと言った男性職員は店内で神が人を大量に殺していると言うとその場で息絶えてしまう。

 すぐに応援を呼び「艶花」に駆けつけたところ、中にいた従業員と客が血塗れで倒れているところを発見。その場で全員の死亡が確認される。更にその店の地下でも被害者を発見。そして、容疑者と思われる神が女性を抱えて立っていた。

 神は平然とした顔でこの店の人間を全て殺したのは自分だと自白を始める。何故殺したのか動機を問えば、抱えている女性が恋仲で、その恋人を大勢の人間に汚される羽目になり守る事ができなかったと話す。しかし、神は己が犯した重大さも自覚していた。自分は裁きを受けなければならないと言う。女性を安全なところに避難させたところで神の足元がぽっかりと穴が開き、中から手が伸びてきて神を捕らえた。そして、そのまま神は穴の中へと引き摺り込まれてしまった。


 この目撃証言を別の神に話したところ、人殺しを犯した神は輪廻転生の理から外れ、消滅する運命らしい。恐らく地獄に落ち、地獄の業火に焼かれ消滅したのだろうとのこと。


 被疑者である神の恋人であった女性というのは「艶花」の女性従業員である花桃(はなもも)だった。そして「艶花」では月に一回、女性従業員一人が複数人の男性客に対し、体を使って奉仕するという行事があるとのことで事件当日はその行事の日だった。花桃はその日の行事の担当者だったとのこと。


 神に殺害された人間は「艶花」の従業員及び客、合わせて五十人程。被害者の中に二十八の神子もいた。被疑者の神は二十八の神子に仕える男神であった。


 作成者

 神域警備部 乾区配属 維斗矢(いとし)




「これは……」

「焔先輩、何かありましたか?」

「……いや、この事件は私も覚えているんだ。私も戦ったから」

「焔先輩が神子時代の事件か……」

「藤の神子乱心事件よりも前にこんな事があったのですね」

「右京君は知らなかったのか?」

「あの女は本当に保身しかしない女でしたので」

「あ……」


 清々しい程の恐ろしい笑顔の右京を横目に、天海は資料に目を通した。




『鎌鼬の悲劇による邪神大量発生における神子の行動報告書』


 概要

 太昌十三年卯月十七日九時頃、中央本部にて邪神が大量発生し、各所へ飛散。原因は中央本部内で起きた「鎌鼬の悲劇」であると推測される。「鎌鼬の悲劇」については別紙報告書を参照。

 一の神子(月城)より非常事態宣言発令。全神子に邪神殲滅の命令、全職員に戦闘命令が下される。


 詳細報告

 同日九時五十分頃、艮区にて邪神が三十程出現。神域警備部職員では対応しきれず待避。運良く十の神子(海)が現れ、邪神を殲滅してくれた為、被害は建物だけで人的被害はなかった。


 同時刻頃、巽区と乾区でも邪神が大量出現。巽区では十九の神子(焔)と二十二の神子(晴)、乾区では四十の神子(胡蝶)が邪神を殲滅。こちらも人的被害はなかった。


 同時刻頃、坤区では職員が邪神の押さえ込みに成功。その場に居合わせた三十五の神子(清佳)が邪神を殲滅。被害は四区の中で最も少なかった。


 しかし、その後も各所で邪神が出現。神子が殲滅及び浄化に当たっているが、五時間経過しても邪神出現が減る気配はなく、重症者など人的被害も出始める。


 十六時頃、夜の戦闘を避けるべきだと判断した二十七の神子(藤紫)から邪神殲滅作戦の内容が伝えられ、一部の神子と職員は従って行動することに。


 作戦の内容は以下参照。

 艮区、職員の手は必要なし。八の神子(金剛)及び十の神子(海)のみで対処が可能。職員は乾区の援護をせよ。

 巽区、二十七の神子(藤紫)の命令に従え。

 坤区、三十五の神子(清佳)の援護をせよ。

 乾区、邪神を殲滅しつつ四十六の神子(葉月)の創った神術を各所の神子に伝達せよ。


 結果は以下の通り。

 艮区、二名の神子のみで邪神をほぼ殲滅。

 巽区、職員と神子どちらにも被害なく邪神殲滅。

 坤区、職員が怒涛の勢いだった。

 乾区、新神術が完成し徐々に邪心出現頻度が最も低くなる。


 その後、各所にも新神術が伝達され、邪神の発生頻度がぐんと下がるも、二十八の神子((あかざ))が邪心発生元凶である元を叩かなければ戦いは続くと分析。その元である邪神は中央本部から各所へ飛散してしまった為、特定が困難であった。

 しかし、三十二の神子(蜜柑)が神域全土に出現した邪神の明確な場所を全て把握しており、邪神発生元の特定に成功。

 無事邪神発生元を浄化することができ、十七日の夜に邪神が再び出現する事は無かった。


 卯月十八日には一の神子(月城)より邪神大量発生の非常事態が終結したと伝えられる。


 作成者

 神子管理部 那由多(艮区代表) 英充(ひでみつ)(巽区代表) ねね(坤区代表) 志津子(しづこ)(乾区代表)




「……『藤の神子乱心事件』……」

「ベニちゃん……ムリしないでくだサーイ」

「その資料、読むの辛いんやったらウチらで調べとくで?」

「いいえ……ちゃんと読んでおきたいの。ちゃんといろんな方向から見て、真実を追求しないと」

「……マリもガンバってシリョーよみマース!」

「ウチもやったるで!」


 紅玉と鞠と美月は箱から大量の資料を取り出し、それらを読み出した。




『藤の神子乱心事件』


 概要

 太昌十四年師走二十四日五時頃、三十二の神子殺害容疑で手配されていた二十七の神子を発見。即座に追い掛け、二十七の御社まで追い詰める。

 藤紫に自首を勧めるも話を聞き入れてもらえず、戦闘となる。その際、藤紫が放った呪いを胸に受けてしまう。受けた瞬間、激しい痛みと苦しみが伴った。

 藤紫は最早神子としての誇りを捨て、人の命を奪う事を喜びとしてしまった狂人と成り果ててしまっていた。

 藤紫をなんとか止めようと術を模索しようとしたが、藤紫が大量の邪神を喚び寄せてしまう。

 私は藤紫の乱心を止める為、持つ神力の最大限を使って邪神を殲滅させた。

 一匹残らず邪神を殲滅されてしまった藤紫は怒り散らし、再び邪神を召喚し、自らを邪神の世界へ引き摺り込ませてしまう。

 藤紫がいなくなった後、神域全体から嫌な気配が感じられるようになる。一刻も早く経緯を知らせに行きたいが、邪神を殲滅させた反動と身体に受けた呪いのせいで身体が動かなかった。

 そこへ援護にやってきた神域警備部の職員にすぐに概要を説明するが、その後すぐ神域各所で邪神が大量発生するようになる。

 一の神子より非常事態宣言発令。全神子に邪神殲滅の命令、全職員に戦闘命令が下される。


 呪いについて

 藤紫が使用した呪いの術は紋章が書きかえられた禁術であった。

 呪いの紋章は胸部に残り、少しずつ命を削るものであり、数年後に確実に死ぬものだ。

 呪言は「死に逝きなさい、邪魔ばかりするお喋り女、あらゆる真実を口にする事も決して赦さない」

 解呪も禁術が故に困難であろうとのことだった。


 作成者

 神子管理部 坤区配属 真珠



 報告書を捲った瞬間、紅玉は思わず身体を震わせてしまった。

 そこには「呪いの紋章」が大きく描かれていたのだから。


(真珠様の「呪いの紋章」を書き写したのでしょうね……)


 報告書に挙げなければならない重要案件だ。

 それでもその紋章を見ているだけで気分が悪くなりそうだった……。


(……本当に、灯ちゃんがこんな恐ろしい事を……?)


 実際被害者は存在するし、こうして「呪いの紋章」も記録に残されている以上、否定のしようが無いが……紅玉はどうしても信じられないし、信じたくなかった。


(何かきっと……見落としている部分があるのかもしれない……)


 紅玉は一縷の望みに懸けながら、報告書を再度読み直した……。





<おまけ:元号>


轟「げっ、この資料、正環のかよ。ふっるいな~」

世「正環二十年っていうと……三十一年前?」

幽「あはは~、この中で一番上の僕ですら生まれてな~い」

鞠「ベニちゃん、『ショウワ』『タイショウ』ってWhat'sデース?」

紅「大和皇国では年の前に称号を付ける習わしがあって、新しい皇帝陛下が即位する度に代わるのですよ」

右「確か、僕らが生まれた三年後くらいに新しい皇帝陛下が即位されて『太昌』に年号が変わったんですよね」

焔「そうか、右京君と左京君は正環生まれなんだな」

左「はい、ギリギリ正環世代です」

空「俺と鞠ちゃんは丁度太昌元年生まれっすよ」

文「えっ、空と鞠、太昌生まれなの?」

天「もう太昌世代がこんなに大きくなったのか……!」

美「天海、それおじいちゃんみたいやで」


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