神力測定検査の思い出
書類を調べ始めて二時間程経った頃、幽吾が顔を上げて言った。
「なんか分かった~?」
「「「「「う~~~~ん…………」」」」」」
全員黙り込んでしまう中、文が書類を捲りながら溜め息を吐く。
「これ意味あるの? 大概書かれているのもう処分済みの人ばっかじゃん」
「いやわからないよ~。例えば何の変哲もないモブの目撃者が実は『謎の女』でした~とかあるかもしれないじゃん」
「そんな簡単な話あるわけないでしょ。馬鹿じゃないの?」
そう言いつつもまた次の書類に目を通していた文は、ふと気付く。
「……ねえ、これ、こんなところにあって大丈夫なの?」
「……はい?」
「これ……どう見ても現世の書類だよね……真名がいっぱい書いてあるんですけど」
「は?」
幽吾は顔色を変えて文が差し出した書類を受け取った。
そして、それに目を通せば驚くべき事に大量の人の真名や連絡先などが書かれた個人情報が書かれていた。
瞬間、幽吾の身体から鉛色の神力が漏れだし、全員ギョッとしてしまう。
「あンのクソハゲデブ親父ども~っ! こ~んな機密書類をしかも神域に隠していたとはマジでイイ度胸していやがりますな~! よ~し! 早速地獄に堕してやろ~っと! ちょっと行ってくるね~!」
「幽吾君幽吾君! ちょっと一旦落ち着きましょう!?」
「そんな近所の店に買い物行く風に言うな! 逆にこえぇわっ!」
世流と轟が必死に押さえ付けている横で、紅玉はその例の書類に目を通す。
「……あら……これ……わたくしの中学校……?」
「what's?」
「なんやて?」
何かの間違いかと思い再度目を通すも、紅玉は確信する。
「間違いありません。これ、わたくしの出身中学校の名前です」
「「ええええっ!?」」
鞠や美月だけでなく、焔も驚いてしまう。
「何で紅玉先輩の中学校の名前がそんなところに……!?」
「……いや、他にもいろんな学校の名前が書いてあるぞ」
天海が指摘した場所を見れば、他にも中学校の名前がたくさん書かれてあった。
「本当ですね……そして、その下にはたくさんの人の名前……」
「これ、もしやその中学校の生徒達の名前でしょうか?」
双子がそう言った瞬間、紅玉は驚き固まってしまう。
「……果穂ちゃん……?」
「っ!?」
紅玉の呟きに反応したのは文だけだった。
文は紅玉が見ていた書類を取ると一気に目を通す。
そこには間違いなく己の姉の名前が書かれてあった。
「……姉さんだけじゃない……ありささんも美登里さんも千花さんも灯さんの名前もある……勿論……紅さん、あなたの名前も」
「っ!」
空は思わず立ち上がっていた。
「何で先輩達の名前が書かれた書類がこんなところにあるっすか!?」
「……………………これ、もしかして」
文はある考えに辿り着いていた。
つい先日「それ」について話したばかりだったので、「それ」がすぐに頭に過ったのだ。
「神力測定検査……」
文の言葉に幽吾はハッとする。
「そっか……それはあの検査に関する書類か……」
初めて聞く名前に真っ先に手を挙げたのは空だった。
「幽吾さん、その神力測定検査って何ですか?」
「今から十一年前、当時の神域管理庁が現世で実施した神力の強さを測定する検査の事だよ」
「あ……!」
幽吾の言葉に紅玉は思い出す。
十一年前、自分もその検査を受けた事を――。
「もうすでに十一年以上前から神子になり得る存在は減少の一途を辿っていた。現役の神子も高齢化が進んでいたしね。そこで中央本部は当時公立中学に通う三年生の子どもを対象に神力の強さを測定する検査を試験的に実施したらしい。でも、結局その検査自体に批判が殺到してそれ以来検査が行われる事はなかったけど」
「そんなのがあったっすか……」
すると、書類をずっと漁っていた焔が顔を上げる。
「恐らく、これが神力測定検査に関する書類全てだな……」
「かなりの量、だな……真名もいっぱい書いてある……」
あまりの量に天海は思わず絶句してしまう。
即ち、それ程の真名が書かれた書類を、禁書室とはいえ神域に放置していた事になる……。
「よ~しっ! レッツごうも~んっ!」
「「幽吾っ!!!!」」
今にも禁書室を飛び出しそうな幽吾を世流と轟が必死に押さえる。
焔がまとめた書類の一番上……その書類の作成者を見た瞬間、紅玉は思わず息を呑んでしまった。
「怜璃主任……!」
「……ベニちゃん、Whoデースか? レイリさん?」
紅玉の脳裏に過ったのは、鮮やかな青緑の前髪と、赤と青の左右違う色の瞳を持つ溌剌とした笑顔を浮かべた女性の姿だ。
「怜璃主任は、前任の艮区の主任で……わたくしの上司だった方です……」
紅玉の説明は過去形であった。
それだけで誰もが察した。
「……藤の神子乱心事件で殉職された方です……」
優しい人だった。
優しさの中にも厳しさもある人だった。
ニッと笑った顔が素敵で…………。
カチリ――頭の中で何かが嵌まった音がした。
(ああ……そうか……)
そして、紅玉は十一年前の神力測定検査の時の事を思い出していた。
それは紅子が中学三年生の頃の話だ。季節は夏の終わり頃。
紅子達中学三年生の子どもを対象に「神力測定検査」というものを受ける事になった。
やって来た神域管理庁の関係者が学校の敷地内に特殊な術を張り、その中で検査が行われた。
不思議な紋章の上に立たされ、次々と検査を受けて行く子ども達……。
ありさ、美登里、千花、果穂、灯が検査を受けた時はどよめきが生まれた。
どうやら神子になり得る可能性のある神力値を叩き出したらしい。
しかし、紅子の時は逆の意味でどよめいた。
あまりにも神力値が低かったのだ。
検査を担当していた女性から嘲笑が漏れる程、酷いものだったらしい。
ちょっぴり恥ずかしくなってしまう紅子の前に現れたのは、飴の付いた棒を銜えたスラリと背の高い女性であった。
「神力の値だけが全てじゃないさ」
そう言って女性は紅玉の頭を撫でる。
「努力の数が多い人間の方がアタシは好きだよ。だから、キミはキミらしく真っ直ぐに頑張りな」
ニッと笑った女性はとても綺麗だった。
紅玉は今になって気付いた。
己の元上司が十一年前に出会った女性だったと。
気付けなかったのは、出会った当時は神力に髪も瞳も染まっていなかったから。
(わたくしの進路を決めるきっかけをくださった方……わたくしの道標となってくださった方……)
叶うのならもう一度会ってお礼を言いたいと思っていただけに、気付いてしまった真実に切なくなってしまう。
シュンとしている紅玉の背中を鞠と美月が優しく撫でた。
幽吾は一息吐くと、周りを見渡して言った。
「そろそろ皆も疲れた頃だし、今日は一旦解散しようか」
「そうね。そうしましょ」
「おっしゃ、片付けるぞー」
その声で全員が書類を片付け始めた時、空ははたと気づいた。
「あれ……この神力測定検査、俺の知り合いの職員さんがいっぱい携わっていたんすね」
「おやおや?」
「どれどれ?」
空の一言に双子も書類を覗き込むと、すぐに納得がついた。
「本当ですね。大瑠璃様や肇様、若葉様もいらっしゃいますね」
「この方は知り合いではございませんが、神域では有名な方ですね」
「あ、全員神子管理部っす。検査は中央本部じゃなくて神子管理部がやっていたっすかね」
すると、空の手から書類が取り上げられる。
「こらこら、美少年達。早く片付けするよ~」
「お~っす」
「「承知で~す」」
そそくさと片付けを始める三人を見ながら幽吾はやれやれと肩を竦めた。
**********
「はあ~しばらく書類は見たくないなぁ……」
禁書室での「ツイタチの会」から戻ってきた幽吾はそんな事をぼやきながら仕事机の上を見る。
そこには一枚の書類が置いてあった。
「…………はあ?」
そして、それに目を通した瞬間、幽吾は即座に課長の元へと向かった。
「課長、これはどういう意味ですか?」
幽吾が突き出す書類を見た瞬間、課長は肩を竦める。
「まんまの通りだ」
「あまりにも急過ぎませんか?」
「仕方ないだろ……」
課長は極力声を小さくすると言った。
「四の神子様と五の神子様の推薦だ。覆しようがない」
「……っ!」
まさかの皇族神子の名前に幽吾は黙るしかなかった。
しかし、納得はできず、書類がぐしゃぐしゃになる程握り締めてしまっていた。
(…………嫌な予感がする…………)
<おまけ:ちゃんとやっておかないと書類地獄の森になりますよ>
轟「おい! この事件の資料を箱に入れたの誰だ!? ぐちゃぐちゃだぞ!?」
美「それ、元々ぐっちゃぐちゃやってん。こっちもそうや」
鞠「ダカラ、セーリセートンしてマースNow」
空「これ、大した物入っていないのに箱一個も使ったら場所取っちゃうっすよ」
世「内容確認して箱いらないのなら、箱必要そうな事件に使っちゃいましょう」
右「こちらの事件の資料は箱ぎゅうぎゅうなので、そちらの箱使いたいです」
左「おや、この書類、別の事件の書類が混じっていますね」
天「これはそっちの事件の書類だな」
文「書類までぐっちゃぐちゃじゃん。いい加減にしてよね」
焔「そこに置いてある書類は右から新しいものから古いものへ年代別で並べているから混ぜないでくれ」
紅「さらに日付順に並べておきましょう。それから一目で見て分かるようにファイリングとラベリングをしておきます」
焔「そもそもなんで今までこのように片付けてこなかったんだ?」
紅「後から調べる時とか困りますのに……」
幽「……君たちみたいに、真面目で几帳面な人間が中央本部にいれば良かったんだけどね~……」