ツイタチの会~書類との戦い その壱~
さあ、書類地獄回です。
皆さん、頑張ってください。
ここは神域の中心部――宮区。その中にある七の御社である。
七の御社の主にして大和皇国の絶世の姫君こと桜姫が書類を手に声を上げていた。
「まあ! 真珠! これは本当なの!?」
「ええ、姫神子様。本当でございます。五の神子様が姫神子様の為ならばと自ら動いてくださったのです。また四の神子様にも無理を承知で願い出たところ、ご協力を頂けまして」
桜姫に仕える神子補佐役の真珠が美しく微笑みながらそう伝えると、桜姫は頬を紅潮させて喜びに震える。
「まあっ! 素晴らしいわっ! ふふふっ! 後で咲武良お兄様に感謝しないと! それにしても武千代お兄様まで動いてくださるなんて……! 真珠は武千代お兄様に愛されているわねっ!」
「畏れ多い事でございます」
「でも、それだけ真珠が素晴らしい人ってことなんだわ!」
「畏れ入ります」
「ああっ! 楽しみだわぁっ!」
桜姫は愛らしく笑いながら、くるくると踊るように喜びを露にした。
そんな桜姫に真珠は心苦しそうに伝える。
「ですが、通達は明後日となりますので今しばらくお待ちください」
「まあ、明日ではダメなのね……残念だけど、我慢できるわ」
桜姫は書類をまじまじと見つめる。
「だってこれはもう決定事項だもの」
「はい、姫神子様、どうかお待ちください。時が過ぎれば、全てはあなた様のお心のままに……」
その書類に書かれてあったのは、「蘇芳」の名前であった……。
**********
神域坤区内にある神域図書館別館。その中にある歴史史料室には神域の歴史について書かれた書籍が大量に保管されている。
そして、更にその奥にある禁書室に保管されているのは、神域内で起きた事件や犯罪に関するもの資料や証拠品や報告書だ。
かつては管理が杜撰だったこの禁書室に、この度ついに管理人が配属される事になった。
「はいは~い。というわけで、中央本部人事課兼朔月隊隊長兼禁書室管理人の幽吾だよ~。今回もツイタチの会、元気にいってみよ~~」
鉛色の髪を持ち、その瞳の色を知る者が誰もおらず、相変わらず何を考えているのか分からない飄々としているこの男――幽吾。
へらへらと笑って右拳を天へ突き上げていた。
「相変わらず訳わかんねぇノリで始めるな」
脱色した薄茶の髪の前髪の二房だけがまるで雷が落ちたかのような鮮烈な山吹色。同じ色の瞳はつり上がっており、短い眉に剥き出しの犬歯。そして、頭に三本の角を持つ鬼の先祖返りである轟が呆れながら言った。
「まあまあ。幽吾君ここ最近忙しかったから、皆に会えて嬉しいのよ」
轟を宥めるように言ったのは、花魁の如く色香を纏った美人。毛の先を淡く黒く染めた長く艶やかな一斤染の髪と色気溢れる紫色の瞳を持つ――名を世流。
ちなみに美人ではあるが正真正銘の男である。
「あ? 何で忙しいんだよ? 神子管理部部長の側近の役目は終わったんだろ?」
「えっと……ほら……幽吾君の部署の『夏の宴準備組担当』が……『あの男』だったから……」
「あ」
それだけで轟は察した――踏んではいけない地雷を踏んでしまった事も……。
「バン!」と机を叩きつけて幽吾が立ち上がる。
「ホントにねぇ~! どこぞのど阿呆なせんっぱいっのおかげででさぁ~! なぁ~んでヤツの仕事がこっちに回ってこなきゃなんないのかなぁ~っ!? あはははっ! ムカついたから地獄の鬼神君達にお願いして、穴という穴をありとあらゆる拷問器具で埋めてもらうようお願いしてきたからちょ~っとは気が紛れるけどさぁ~! あははははははっ!!」
「「えげつな……」」
轟と世流をはじめとする朔月隊は思わず青褪めてしまった。
しかし、同情する者は誰もいない。
「……幽吾さん、お気持ちはお察ししますが、言葉にはお気をつけくださいまし。空さんがいますから」
「せんぱ~い、聞こえないっす~?」
紅玉に耳を塞がれ、空だけはキョトンとしていた。
「ところで……幽吾の先輩というと彼じゃないのか? 例の矢吹と親しかったという鷹臣」
そう言ったのは、焔という女性だ。銀朱の髪と赤と橙の入り混じる瞳を持ち、正しく名前の通り燃え盛る炎のような色合いである。
以前、耳元と髪の毛と首元を飾っていた黒曜石はなく、代わりに鮮やかな橙の石が煌めいている。
「「はい、その通りでございます」」
左右相対の美しい仕草で答えたのは瓜二つの美しい相貌と青みがかった髪を持つ双子の兄弟だ。
瑠璃紺の瞳を持つのが右京、江戸紫の瞳を持つのが左京という。
「鷹臣は、この神域で唯一見つけた矢吹と親しいと思われる職員でございます」
「そして、限りなく『謎の女』の正体を知る人物かと……」
「謎の女」――その一言に誰もが息を呑んでしまっていた。
矢吹という人物は、「禁術」を生み出した術式研究所の所長であり、現在朔月隊が追っている「謎の女」と呼ばれる存在と関係のある人物である。
しかしながら、矢吹は神域管理庁職員として働いていた時代から、嫌われ者の曲者だったらしく、親しい人物など誰もおらず、同時に「謎の女」の存在もずっと不明であった……。
ところが、その矢吹と親しいと思われる人物が目撃されており、調査した結果、鷹臣の存在が浮上したのだ。
矢吹と親しい関係にあった鷹臣であれば、矢吹のかつての想い人でもあった「謎の女」の正体を知っているのではないか――そう予測した。
紫がかった黒い髪と鮮やかな菖蒲色の瞳を持つ三角の獣耳と二股に割れた尻尾が特徴的な猫又の先祖返りの美月が尋ねる。
「なあ幽吾さん、鷹臣から何か聞き出せたん?」
「『謎の女』に関する情報を鷹臣は持っていましたか?」
銀色の長い髪と木賊色の切れ長の瞳を持つ黒い羽を生やした天狗の先祖返りの天海も緊張した面持ちで幽吾を見つめた。
天海だけではない……朔月隊の誰もが固唾を呑んで幽吾を見つめている。
幽吾は息を大きく吐くと首を横に振った。
「残念だけど……あいつ、拷問受け続けているにもかかわらず全然吐かなくてさ」
全員の口から同時に出たのは落胆の溜め息だった。
「Oh no……! クヤしいデース……! せっかくジョーホーgetしたのに……」
「何で吐かないっすかね……? 自分にとって都合の悪い情報とかっすかね?」
「…………」
幽吾は嘘を吐いた罪悪感にほんの少し駆られる。
しかし、真実を言う訳にはいかないのだ。
思い出すのは、同じ四大華族であり知の一族の令嬢であるあざみからの情報だ……。
「気をつけなさい。アンタ達が追っている存在はアンタ達が思う以上に残忍で狡猾で極悪よ」
危機迫る表情と言葉だった――。
「この神域でその名を口にしたら全てが筒抜けよ。鷹臣はホント運が良かったとしか言えないわ。地獄にいた方がいっそ安全ね。間違いなく殺害対象よ」
挙句、鷹臣はその名を口にしなかったからこそ、今まで生き延びる事ができていたという――。
「言ったら最後……アタシもアンタも消されるから。むしろすでに目を付けられていると思ってもいい。秘密部隊の存在も、そのメンバーも、全員狙われていると思って十分警戒して。相手はそれくらい平気でやる」
その正体は結局明かされぬまま――…………。
「…………――ご――ねえ、幽吾!」
幽吾は思わずハッとする。
見れば文がぶすっとして睨み付けていた。
「……ちょっと聞いてる?」
「ああ……ごめんごめん。何?」
「……せっかくの情報源から肝心の情報引き出せないのなら、これからどうするのさ?」
文の質問は尤もだ。
だからこそ今回のツイタチの会は禁書室で行うことにしたのだ。
それも、あざみからの情報である――。
「本日のツイタチの会は『謎の女』に関する情報を徹底的に探そうと思いま~す」
幽吾が指を鳴らせば、現れたのは地獄の鬼神……そして、彼らの手には大量の書類の山々。
目の前に積み上げられていく書類の山を朔月隊はポカンとして見つめた。
「え?」
「えっ?」
「えっ??」
そして、幽吾はにっこりと微笑んで言った。
「とりあえず過去の事件資料から怪しい女をぜ~んぶピックアップだぁっ!」
「「「「「ええええええええっ!!??」」」」」
鬼神が若干憐れんだ目で見つめていた。
*****
「ちょっと轟君! 寝るなぁ! 寝ると死ぬわよ!?」
「お、おれさまは……もうダメだ……ふ、ふうかのことは、まかせた……っ! がくっ」
「轟くぅぅぅぅんっ!!」
「轟君も世流君も、下手な芝居する前にさっさと書類と向き合ってくださ~い」
幽吾は次から次へと書類に目を通していく。
『三十二の神子殺害事件』
概要
太昌十四年師走二十二日、午後七時頃、二十七の御社で発生。
その当時、二十七の御社に二十七の神子の藤紫(以下、表記を藤紫と統一)の他、三十二の神子の蜜柑(以下、表記を蜜柑と統一)も泊まりに来ていた。
上記の地獄、藤紫の私室から藤紫と蜜柑のものと思われる悲鳴が聞こえてくる。二十七の御社配属職員三名(神子補佐役 英充、神子護衛役 細隆、生活管理部 萌)と蜜柑側近の女神が駆け付けるが、藤紫の私室が封印されており、誰も立ち入る事ができない状況。八の御社配属職員二名(神子護衛役 蘇芳、神子補佐役 紅玉)も駆け付け、封印の破壊を試みるも不可能であった。
しかし、突然封印は破壊し、八の御社配属職員二名が真っ先に突入し、その後すぐに二十七の御社配属職員も突入。
そこには首を切りつけられ血を流し畳の上に倒れている蜜柑と、返り血を全身に浴びている藤紫がいた。
現場状況を考え、藤紫が蜜柑の殺害をしたと判断。藤紫の捕縛をしようとするが、藤紫側近の男神が藤紫を連れて逃走する。英充と細隆が追跡を試みるも、転移の神術を使用され見失ってしまう。
蜜柑はその場で死亡が確認される。
藤紫は夜通しの捜索が実施されたものの、発見には至らなかった。
作成者
生活管理部 巽区配属 萌
「さっちゃん……俺、読解力が無いみたいっす……」
「空君、それは何の報告書ですか?」
「色欲の神子についての報告書っす。でも、難しい単語が多すぎてよくわからないっす。『複数名と関係を持つ』ってどういう意味っすか?」
「空君、その単語は一、二のポカンで忘れましょうね~?」
「う?」
「まったく……どこぞの親馬鹿竜神のせいで、空にほとんど書類を見せられないじゃん」
どんどん積まれていく書類の山に文は頭を抱えた。
『元二十九の神子 七花についての報告書』
神子の名
七花
神子就任日
太昌十三年霜月一日に二十九の神子に就任する。
就任理由
前二十九の神子が病で急逝。同年に邪神大量発生事件もあった事から早急な神子就任が求められるも、「神の託宣」で新しい神子が見つからなかった為、急遽中央本部の推薦で神子就任となった。
経過報告
就任当時、年齢十七歳。中央本部職員の親戚の令嬢とのこと。
少々自己中心的な発言や振る舞いが見られ、女性職員を指導係として置くも、女性職員への辺りが強く、男性職員を配備する事にした。
男性職員や男神の言う事は大人しく聞くが、横柄な態度は改善されなかった。
それでも神子としての務めは果たしていたので、そのまま様子を見る事にした。
太昌十四年神在月十八日、当時十八歳であった七花本人から「神の花嫁」になったと報告があり。
「神隠し」される事が無いよう、見張りの強化や七花本人に直接説明するも、七花は立腹し聞く耳を持たない状態であった。
しかし、同年師走三日、他の神子との諍いを起こした後、御社で待機してもらっていたが、御社職員から二十九の御社内で邪神が現われたと報告を受ける。同時に七花と二十九の御社の神々全員の行方が分からなくなる。
邪神殲滅後、再度二十九の御社を調査した結果、邪神は二十九の御社の神々の成れの果てであり、七花はその邪神達に喰われてしまったようだ。残された血痕も七花のものであると証明され、死亡と判断された。
その後の捜査で判明した事だが、また二十九の御社の男神全員と肉体関係にあったようだ。また男神だけでなく、神子補佐役や神子護衛役といった側近の男性職員複数名とも関係を持っていた事が二十九の御社職員が証言により判明。
何故今まで証言しなかったのかというと、七花の異能「口封じ」により真実を話す事ができなかったらしい。七花の死亡でその異能の力から解放され、真実が話せるようになったようだ。
これらの事から、何かしらがきっかけで二十九の御社の男神達は七花が複数名の男と肉体関係を持っていた事を知り、嫉妬や憎悪などの負の感情に囚われ邪神へ変貌し、七花を喰い殺したものだと推定される。
この事件を「色欲の神子の因果」と呼び、今後このような事が起きないよう対策を徹底していく。
作成者
神子管理部 坤区配属 二石
「うっ……うぅ……こ、こんなの……酷過ぎる……」
「天海君、耐えられない内容であれば私にくれ」
「す、すみません……焔先輩……」
「……それにしても、もう本当にロクでもない奴らが多いな……」
「焔様、怒りが抑えられないようでしたらこちらに渡してください」
「……すまん」
「……おやおや……こちらはロクでもない神子が関与していましたか……」
「右京! そういうのは俺が見るからっ!」
天海と焔と右京がそれぞれの分担を分け合いながら書類を次々と処理していく。
『鎌鼬の悲劇』
概要
太昌十三年卯月一日入職の女性職員(神子管理部配属予定)の音木が〈神力持ち〉であった為、身柄を即刻中央本部預かりとした。期間は音木の異能発現まで。
音木の身柄を預かった管理責任者は中央本部事務課事務長の兵造である。
音木の異能が仮に危険なものだった時に備え、音木を中央本部地下避難室十号に隔離した。
同年卯月十七日、兵造が出勤していない事を同課職員が気付き捜索。
地下避難室十号に行くと、全身をバラバラにされた状態で倒れている兵造を発見。傍には音木がおり、笑い声を上げて発狂している状態だった。
職員が駆け付けた事に気付いた音木は職員を異能で攻撃してきた。音木は異能を発現させており、見えない刃を生み出す事ができるようだった。
更に犠牲者を生み出しかねない緊急事態だった為、音木に応戦するも音木の異能は強力でさらに二人犠牲者が出てしまう。
応戦を一旦中止し、音木を地下避難室十号に閉じ込め、応援を呼ぼうとするも、音木が避難室入り口を破壊。退避しながら威嚇射撃を続けるが、音木には通用せず、更に一名犠牲となる。
中央本部一階まで上がってきたところを応援職員が囲むも、音木は怯む事無く異能を発動させ、複数人殺害及び大勢の負傷者を出し、中央本部の建物も一部破壊する。
彼女の動機は中央本部への憎しみによるもの。何日も兵造から性的暴行を受け続けてきた音木は、兵造及び黙って見ていた中央本部職員を殺してやると叫び続ける。
そして、音木の周囲に邪神が集まり出し、音木は自らを生贄として喰わせ、邪神を強化してしまう。中央本部は邪神の集まる巣窟となり、全員退避する。
これが「鎌鼬の悲劇」の始まりである。
作成者
中央本部 事務課 久春
「ヤマトモジVery very difficultデース! マリExplosion! ドッカーンデース!」
「鞠ちゃん、落ち着いてぇなぁ……大和人のウチかて爆発しそうや……」
「あらあら鞠ちゃんと美月ちゃん、お疲れなら書類をわたくしにくださいな」
「ベニちゃん……っ!」
「ああもう紅ちゃんは天使やぁっ!」
「紅ちゃ~ん。あんまり後輩ちゃんを甘やかしちゃ駄目だよ~」
幽吾の指摘も虚しく、紅玉の前に書類が積み上がっていった。
『三十五の神子神隠しについての報告書(訂正版)』
概要
太昌十四年師走三日午後一時半頃、三十五の神子の清佳(以下、表記を清佳と統一)が男神と外出する。
午後四時頃、竜神の背に乗って三十五の神子が帰宅。しかし、一緒に外出していた男神が重傷であった。
八の御社神子補佐役の紅玉もおり、事態の報告を聞く。
清佳は誘拐事件に巻き込まれ、犯人の攻撃を男神が受けてしまい重症になったとの事。
即刻、男神の治療の為に「祈りの舞台」へ男神を運ぶ。
しかし、傷が深く治療が困難。男神は消滅寸前であった。
同行していた竜神が、清佳が男神の「神の花嫁」である事に気付き、男神に神力を注ぐよう助言する。しかし、その場合命の保証は出来ないと警告もしていた。
紅玉は清佳に止めるよう進言するも、清佳は迷う事なく、男神に自分の神力を注いだ。
その結果、男神の傷は完全回復し、清佳は意識不明の危篤状態になる。清佳を救う手立ては残されていなかった。
そこへ現れたのは二十七の神子の藤紫(以下、表記を藤紫と統一)と三十二の神子の蜜柑(以下、表記を蜜柑と統一)。三十五の御社に竜神が降りたのを見て、駆け付けたとの事だった。
そして、藤紫が男神に清佳を「神隠し」し、神界へ連れて行くよう進言をする。神界へ行けば清佳の命が救われるからである。
神子管理部である紅玉と三十五の御社職員は止めるが、神子と神の意向に逆らう事ができなかった。
結果、男神は清佳を連れて神界へと旅立ち、清佳は神隠しされた。
処分
三十五の神子補佐役 ねね 御社配属から参道町配属へ異動
三十五の神子護衛役 芳日出 御社配属から参道町配属へ異動
三十五の御社生活管理部 登与子 御社配属から参道町配属へ異動
作成者
神子管理部 坤区 ねね
<おまけ:一応彼女は知の一族のお嬢ちゃま>
幽「……やばい……集中力が持たない……」
右「流石疲労を感じますね……」
左「一旦休憩しますか?」
幽吾の脳裏にふとよぎったのは、不敵な笑みを浮かべた知の一族のお嬢ちゃまの性格悪そうな笑みだった。
あ「こ~んなのも読み終える事ができないの~? あたしなら半日で全部目を通せるわっ!」
幽吾の中で何かが燃える音がした。
幽「あのお嬢ちゃまには何が何でも勝つ。そんな訳で休憩はまだ先」
右・左「「かしこまりました」」
紅「……あらあらぁ……」