幼馴染会 その弐
※梅五郎視点
「ではでは! 幼馴染会開催! かんぱーい!」
「「「「「かんぱーい!」」」」」
鉄殿の音頭で飲み会が始まった。
……と言っても、参加者のほとんどが車や二輪車で来ている為、酒を飲んでいる人は一人もいなかったが。
それでも一気にわいわいと賑やかになる。
笑顔に満ち溢れる楽しい雰囲気は好きだ。
「せっかくの休みだってのに、急に予定を合わせてもらって悪かったな、金城」
「いえ」
千歳殿が申し訳なさそうに言うが、こちらとしては全然問題なかった。
紅が会いたそうにしていたからな。
「ところで皆さんはどこで自分の事を?」
「出所はアキだな」
アキ殿……って確か!
「文君のことですわ」
「文殿……っ!」
情報の出所に納得するしかない。むしろそこしかないか……!
「わざわざ電話で連絡してくれたんだぜ」
と鉄殿。
「俺も」
「俺も」
「あたくしも~」
「勿論、小生も」
結局幼馴染会全員に伝達済みじゃないか!
個人情報とは!?
「……紅さんがようやっと自分の幸せに目を向けてくれたって全員ほっとしているのですよ。紅さんが一人生き残ってしまった事を深く悔いているとここに入る全員が周知しておりましたので」
「っ」
里津貴殿の飄々としながらも重みのある言葉に紅が肩を揺らした。
「確かに俺達は大切な家族を亡くして悲しかった。未だにその悲しみは癒えていない。だが、それは紅子さんのせいではない。紅子さんが責任を感じる必要性などない……そう何度言っても、紅子さんは聞かずに一人我武者羅に走ってしまったがな……」
碧殿は苦笑いを浮かべていた。
きっと無茶をする紅を何度も止めたのだろう……。
その責任は紅にはないと分かっていても、強く止める事は敵わなかった……。
彼らがその幼馴染の家族達だったから……。
「だから、俺達は嬉しいんだ。紅ちゃんがようやっと自分の幸せを見つけて、他の誰の為でもなく、自分の為に生きようとしてくれる事に」
嬉しそうな新殿の言葉に、紅の瞳が揺れる……。
「いいか、紅。アンタは一人でいろんなものを背負い過ぎだ。アンタが背負ってるモンは全部アタシら家族が背負うモンだ。アンタが責任を感じる必要も、アタシらがアンタを責める理由もこれっぽっちもない」
千歳殿の偽りのない笑顔から紅は視線が逸らせない。
「……ねえ、紅ちゃん、もういいんじゃないかしら。あなたが背負っているもの全部下ろしても。あなたが幸せになって欲しいと、あたくし達全員願っているのよ」
穂奈美殿が柔らかい声で伝えると、紅は俯いてしまう。
彼らの言葉はその通りだと思う。
幼馴染達の死は紅のせいではない。
紅は紅の道を歩むべきである。
むしろもっと早く強く言うべきだったと思うくらいだ。
しかし、後悔に苛まれていた紅が彼らの言葉を聞かず、家族を失い悲しみに打ち拉がれていた彼らが言葉不足だった事もあり、すれ違ってしまったのだろう……。
ままならず、歯痒いものである。
だけど、ようやっとこうして紅は自分の幸せを選んでくれた。俺を愛してくれた。
紅はもう苦しみから解放されていい……そう思う。
だけど、俺は知っている……。
彼女が抱える決意は、高がその程度で覆ることがないのだと。
ほら……紅が真っ直ぐ俺を見つめてくる。
分かっている。分かっているよ、紅。
思わず微笑んで小さく頷く。
「碧さん、新さん、千歳さん、穂奈美さん、里津貴君……今までご心配お掛けしてしまってごめんなさい。そして、ありがとうございます…………でも、ごめんなさい」
貴女の決意を俺は分かっている。
「この痛みも苦しみも背負いたい……そして幸せにもなりたい。わたくし、我が儘なのです」
紅は困ったように笑う。精一杯の我儘を言う。
そんな貴女が愛おしくて堪らない……。
「どうか私を信じて見守って頂けませんか?」
ならば俺は貴女のその決意ごと抱き締めて愛するまでだ。
しばらく黙っていた全員だったが、やがて碧殿が苦笑いを浮かべて言った。
「まったく……大したものだよ。君は……」
まったくもってその通りだと、俺も思う。
悔しい程強く、切ない程に頑固で……愛おしい……俺の恋人。
せめて俺と一緒にいる時だけでも、幸せにしてあげたいと、切に願う。
*****
宴も酣になってきた頃、少しうとうとしていた紅が、ついに俺に寄りかかって眠ってしまった。
電車の中でもぐっすりだったし、久々にはしゃいで疲れたのだろう――恐らく……。
(……そうだ……ただの疲れだ……そんな事はあるはずない……)
頭を過ぎる考えを振り払いつつ、俺は紅を起こさぬようにそっと彼女の頭を自分の膝の上に乗せた。
「おやおやおや、紅さんはお疲れですかねぇ?」
「珍しい……姉貴がこんなに無防備に寝るなんて……」
里津貴殿と鉄殿の少し驚いた声を聞き流しながら、俺はそっと紅の顔にかかる髪を整える。
さらさらと手触りの良い髪は……嫌な事を少し忘れさせてくれた。
「金城さん、アキは元気か?」
「そうだな……特に変わりはない、と思うが……」
碧殿の質問にそう答えるしかない。
働いている場所がそもそも違うので毎日顔を合わせていないが、最後見かけた時は相変わらずぶっきらぼうな態度で挨拶された。いつも通りに。
「……アキは俺達遺族の中で唯一、姉の果穂さんの死の理由に納得できていない子だから……何か変な事をしないようによろしく頼む」
碧殿の言葉にハッとする。
うっかりしていたが、文殿も言わばこの幼馴染会の一員。
そして、彼の姉の果穂殿こと前三十二の神子の蜜柑殿は……殺されて亡くなった……。
優しい笑顔を浮かべていた蜜柑殿の……変わり果てた姿が頭を過ぎる……。
そして、姉の遺体と対面した時の文殿の暗い表情も……。
「わかりました」
俺にできる事は少ないかもしれない。
それでも精一杯力になりたいと思う。
「アキちゃんはお姉ちゃん大好きだったものね~。ツンツンしているアキちゃんとおっとりちゃんの果穂ちゃんの姉弟コンビ、可愛かったわぁ~」
穂奈美殿が懐かしげにうっとりと話す。
……少し想像できてしまった……確かに可愛いな。
「碧ちゃんトコの三兄妹も可愛かったけど~、私的にはやっぱり紅ちゃんと晶ちゃん姉妹が一番萌えよね~。おっきなおっぱいに顔を埋めてよだれを垂らす美少女……っ! ああ堪らん……!」
「……金城さん、気にしないでください。これが姉の通常運転ですので」
水晶殿……当時からそんな風だったのか……。
ところで、穂奈美殿は酒を飲んでいないよな……?
「そういや、幼馴染会で一人っ子なのは灯だけだったな」
「……いや……実は灯さんには姉となる人がいたんだ」
「えっ、マジで?」
碧殿の言葉に新殿だけでなく、俺も驚いてしまう。
そして、口ぶりから察するに…………。
「生きていれば、新と同い年のはずだ……残念ながら生まれてすぐ亡くなったが」
「そうだったのか……」
と言ったと同時に、やはり……という思いも浮かんだ。
碧殿は更に話を続ける。
「俺の母親と灯さんの母親は生まれ故郷が同じで嫁ぎ先も近所だったことから家ぐるみの付き合いだったからよく覚えている。灯さんの母親の憔悴は本当に酷かった……」
自分で生んだ子を呆気なく失ったというその喪失感は……きっと言葉で表す事ができない程の深い悲しみだろう……。
「あたくしもよく覚えているわ。光ちゃんを亡くしたせいで志村さんのママ物凄く痩せちゃって。でも、その後すぐ新ちゃんが生まれて大分元気になっていったのよね~」
すると、穂奈美殿は感慨深そうに新殿を見る。
「そんな新ちゃんも昔は天使ちゃんみたいに可愛かったのに、今はこ~んなにムキムキに育っちゃって~」
……天使ちゃん?
「……お、おい……まさか……赤ん坊の俺に女の格好させていたのって……」
「ともちゃんママよ」
「うおおいっ!! 志村ババア!!」
新殿、可愛がってもらっていた相手に対してそれは失礼……!
「……というか、女の格好とは……?」
「碧ちゃんママとともちゃんママの故郷って、ちょっと変わった風習の残る土地なのよ~。昔取材で訪れた事があるんだけど、例えば生まれたばかりの男の子の赤ちゃんに女の子の格好をさせたり、逆に女の子の赤ちゃんに男の子の格好をさせたり、双子で後から生まれた方を兄や姉と呼んだり、生まれた赤ちゃんに敢えて変な名前をつけて呼んだり」
「か、変わった風習だな……」
「生まれた子どもが神様に気に入られてしまってすぐに連れていかれないようにって昔はおまじないをしていたそうよ~。未だにその風習が残る土地もあるわけ」
「なるほど……」
「だから、こうして新ちゃんに女の子の服着せていたわけ~」
そう言って穂奈美殿が見せてくれたのは、女の子の可愛い服を着ている新殿の赤ん坊時代の写真だ。
「なんで穂奈美がその写真持っているんだよっ!?」
「だって~この頃の新ちゃん、可愛いんだも~ん」
「その写真寄越せぇっ!」
「や~よ」
すると、穂奈美殿の手から写真を奪っていった人がいた。
その人は写真を見て切なげに笑う。
「……ヨソの家の子まで写真撮って可愛がるなんて、愛情深くてイイ人じゃん……可愛がってもらっただけありがたく思いな」
千歳殿のその言葉にギクリとしたのは新殿か穂奈美殿か、はたまてその場にいた全員か……。
そして、俺もその言葉の意味を知っている。
三年前……前三十五の神子が消えた事を説明した紅に、泣き叫び怒鳴り散らしながら激しく掴みかかった女性を思い出していた……。
「千歳殿……貴方の母上は未だ紅のことを……」
その質問に千歳殿は苦笑いを浮かべる。
「アタシは勘当されていて会ってないから分からないけど……あの女の事だから未だに紅を恨んでいるよ、絶対。あの女はいつだって千花が一番だったから……」
「いや、一番は違うか」とポツリと呟くと、千歳殿は新殿に写真を差し出す。
「自分に無償の愛情をくれる人に対して感謝しな。アタシはアンタが羨ましいよ」
「…………」
新殿は先程とは打って変わって、大人しく写真を受け取っていた。
そして俺も……千歳殿の言葉に改めて思う。
俺にとって、紅は本当にかけがえのない存在なのだと……。
そっと紅の頭を撫でる。
「……………んぅ…………」
あ、紅が起きてしまった。
ゆるりと身体を起こすも紅はまだぼんやりとしている。
「姉貴、起きたか? 普段ちゃんと寝てんのか?」
「おそようございます、紅さん。いやはや珍しいものが見られましたのでこちらとしても大変面白く拝見しました」
珍しがるな。
面白がるな。
見るな。
紅はまだ眠そうにぼーっとしている。
「紅、大丈夫か? まだ眠いんじゃないのか?」
「……すおうさま……」
「ん?」
微笑みかけてやれば、紅がぽふりと俺の胸に倒れ込むので俺は受け止めた。
すると、紅はへにゃりと笑って頬を擦り寄せてくる。
「ふふふっ……だぁいすき……すおうさまぁ……」
「……っ……」
どうしてくれようか……この可愛すぎる恋人を……っ!
理性が試されている……っ!
「あ? 合体する? 合体します? こちらとしては全然問題ありません。むしろバッチコイです。っていうか是非取材を。現生で拝める取材ほどリアリティーな文章が書けますので、手始めに服を剥くところから是非」
「やめろっ!!!!」
頼む! 幼馴染会!
この変態女を止めてくれ!!
ええい! ニヤニヤするな!
というかその弟! 写真を撮るなぁっ!!
<おまけ:撮った写真>
里「紅さんとのツーショット写真欲しいですか?」
梅「!!」
里「欲しいですか~? 欲しいですよね~? 大人しくしていればたくさん撮ってあげますよ~~。おまけで紅さんの寝顔も撮って差し上げましょう~~。そして、欲しいものを現像してプレゼントしますよ~~」
梅「……………………た、頼む」
里・穂「まいどあり~~」
鉄(あ、釣られた)
鉄「ところでそんな写真何に使うんだよ」
里「我が姉の仕事の資料となるのです。要は姉の萌えエネルギーですな」
穂「ぎゅふふっ……かわいこちゃんとムキムキ君がイチャイチャしているの堪らん……っ!」
鉄「あーー…………」
里「こうでもして姉の御機嫌を取らないと、締めきりに追い詰められて逃げ出されても敵いませんので」
鉄「……ご苦労さん」