幼馴染会 その壱
※梅五郎視点
ガタゴトと電車に揺られ、紅の実家のある駅へと向かう。
「あまり何もない土地ですよ」と、紅は笑って言っていたが、その穏やかな街並みは首都に近い忙しない町に比べて、俺にとってはずっと好ましいと思った。
隣で俺の肩に頭を寄せて眠る彼女のように……。
やがて列車は待ち合わせの最寄り駅に到着した。
「えっと……てっちゃんが迎えに来ているはずなのですが……」
携帯電話を見ながら紅が辺りをキョロキョロと見回す。
俺も鉄殿を探してみるが、見当たらない……。
その時だった。
「お~いっ!」
聞き覚えのない声に振り返ると、こちらに手を振って歩いてくる女性の姿があった。
明るい金色に髪を染め、顔は華美に化粧を施し、黒革の上着を纏い、両脚にピッタリと沿った下衣と革の長靴を履いた派手な印象の女性だ。
紅の知人か? いやまさか……。
「まあ、千歳さん。お久しぶりです」
「紅ぃ~! 久しぶり~! 元気~?」
……紅の知人だったようだ。
「千歳さん達とはお店に直接待ち合わせだと思っていたのですが……」
「鉄から、紅が彼氏を連れてくるって聞いたからさ、いち早く見たくて鉄と一緒に来た! あははははっ!」
随分と豪快な女性だなぁ……。
「梅五郎様、紹介させてください。千歳さんです」
「どうも~!」
「初めまして、金城です」
「千歳さんは千花ちゃんのお姉様なのです」
「っ!?」
千花殿といえば……前三十五の神子の清佳殿……!
絵に描いたような清楚な美人で美しい舞い手としても有名なあの清佳殿の姉君!?
賑やかで派手な印象のこの女性が……!?
「うんうんっ! イイ反応だねぇ~!」
「い、いや、失礼した……!」
「いいんだよ~! 千花の姉って言ったら、ほぼヒャクパーそんな反応だからね~! あははははっ!」
心の広い千歳殿に感謝するしかない……。
そして、俺は紅の知人に対して大変失礼な態度だった。猛省しなくてはならない。
「ごめん! 姉貴、待たせた!」
「あら、てっちゃん」
ようやっと現れた鉄殿は息を切らして走ってきたようだ。
「駅前ロータリーは停められねぇから、ちょっと離れたところに車置いてきたんだ」
「まあ、そうでしたの。わざわざすみません……」
なるほど。鉄殿は車で迎えに来てくれたらしい。
「梅五郎様、こちらがわたくしの弟の鉄斗です」
「ど、どうも~」
「どうも」
一度秘密裏に顔を合わせたからな……互いに気まずい。変に笑ってしまう。
「てっちゃん、この方がお世話になっている職場の先輩で……その……お、お付き合いさせて頂いている方、です……」
鉄殿と千歳殿、あまりニヤニヤしないで頂きたい。
ああほら、紅の顔がみるみる真っ赤に……。
「初めまして。紅子さんとお付き合いをさせて頂いている金城梅五郎です。お見知り置きを」
深々と頭を下げてしっかりと挨拶をした。
今回の宿泊は紅のご家族への挨拶も兼ねているからな。いくら顔見知りでもきちんと挨拶をせねば。
「あの~、金城さん。金城さんは今幸せですか~?」
「はい、幸せです」
「だってさ。良かったな~、姉貴!」
「てっちゃんっ!」
紅が怒った声を上げたので、肩を抱き寄せて宥める。
紅の鉄殿に対するこの雰囲気……水晶殿に対するものと似ているな……。
改めて鉄殿は紅の弟なのだなと感じた。
「ほらほら、立ち話もなんだから、さっさと店行こ~!」
千歳殿が意気揚々と歩き出す……鉄殿が来た方向とは違う方へ。
「あら? 千歳さんも一緒に車に乗るのでは?」
「え? ああ、アタシは自分の子に乗っていくから」
そう言って鍵をヒラヒラと見せつけて千歳殿は颯爽と去っていった。
ふむ、なるほど。千歳殿は自分の車に乗ってきたのだろう。
その後、鉄殿の車に乗って目的へ向かってしばらく走っていたら、窓の外を一台の大型二輪車が華麗に追い越していった。
その二輪車を指差して鉄殿が言う。
「……あれ、千歳さんだから」
「えっ!?」
「まあ、未だに現役なのですか? 見事な乗りこなしです!」
「…………」
何の現役かは聞かないでおこう……。
千歳殿の出迎え付きで店に到着した。
店の雰囲気としては、遊戯街の店に近い印象だな……。
鉄殿が予約をしていたらしく、すぐに中へ案内される。
案内された部屋で待っていたのは二人の男性だった。
強い瞳が印象的な男性二人だ……ご兄弟だろうか。
そして、何やら既視感が……。
「おお! 紅ちゃ~ん! 元気にしてたか~!?」
「新さん、ご無沙汰しております」
新と呼ばれた明るい声の男性が紅に手を振りながら近づいてくる。
それにしても、紅ちゃんか……。
「相変わらず紅ちゃんは淑やかさんだなぁ!」
新殿の手が紅の肩に触れようとしたのでギッと睨み付ける。
瞬間、新殿は怯んで手を引っ込めた。
紅はそんな事に気付く様子もなく、俺に微笑みかけながら紹介をしてくれる。
「梅五郎様、こちらは碧さんと新さん。ありさちゃんのお兄様達です。碧さんが上のお兄様で、新さんが下のお兄様です」
「ありさ殿の……!」
なるほど、やはりご兄弟であったか。そして、感じていた既視感に納得する。良く似ていたから……その瞳が。
ありさ殿……前十の神子である海殿の勇ましき瞳が頭を過ぎる……。
すると、もう一人の兄君である碧殿が立ち上がり、徐に俺に手を差し伸べてきた。
こちらも強い瞳が印象的だが、新殿より冷静さが伺え、侮れないと直感する。
「初めまして、ありさの兄の碧と申します。紅子さんとは幼馴染で小さい頃から妹のように可愛がってきました」
真っ直ぐ逸らさない瞳に、包み隠さない宣戦布告である……。
俺も負けるまいと手を握る。
「金城です。紅子さんとお付き合いをさせて頂いております。以後お見知り置きを」
きつく握られた手が俺をまだ認めようとしない気持ちだと如実に表れていた。
だがこちらにも負けられない理由があるんだ。
場の空気はまさに一触即発。
「ごるぁっ!!」
「ゴンッ!」という鈍い音が二つ鳴り響いたと思ったら、千歳殿の鉄鎚が碧殿と新殿の脳天に振り下ろされていた。
「初対面の相手を威嚇すんじゃねぇ! 謝れ!」
「す、すまん……!」
「なんで、俺まで……」
碧殿も新殿も痛みで悶えてしまっている。
お、恐るべし千歳殿の拳……!
すると、そこへ人がやって来た。
「遅くなりました」
「おー! リツ! 久しぶりだなぁ!」
「どもども」
鉄殿がリツと呼んだ若い男性が眼鏡のつるを持ち上げながらニッと笑った。
雰囲気から察するに鉄殿と近しい関係だろうか。
そして、この眼鏡の雰囲気はあの方を彷彿とさせる……。
じっと観察していたせいか、そのリツ殿と目が合った。
「はあはあ、どもども。あなたが紅さんのボーイフレンド様ですか。どもども初めまして、美登里の弟の里津貴と申します」
やはり、美登里殿の血縁者であったか。
前四十六の神子である美登里殿こと葉月殿。彼女も眼鏡が良く似合う知的な女性であったな。
「金城です。初めまして」
「いやはやいやはや……かれこれ想像していたのとは斜め上をゆきますなぁ~。まあ紅さんの好みは全く想像ができなかったのですが、まさかこの手のタイプが来るとは。いやはやいやはや世の中は実に予測不可能で面白い」
「…………」
随分とまあ……その……言動に特徴がある方だな……。
「すんません、梅五郎さん……リツはちょっと変態なんです」
「失礼な。小生は人間観察が趣味なだけであります」
「アハハハハ、ヘンタイはちっと黙れ」
きっと鉄殿は里津貴殿に苦労させられてきたのだろうな。目がやや遠い……。
「第一に、当家で一番変態なのは……」
「ひゃああっ!!??」
「紅!?」
紅の悲鳴に慌てて振り返ってみると、そこには紅に絡み付くように抱きついている長い黒髪の女性がいた。眼鏡をかけて、その顔はニヤニヤと不気味に笑っている。
「うふふっ、うふふふふっ。ふにふに柔らか~。ああいい匂い。堪ら~ん」
「紹介します。当家一の変態の姉、穂奈美です」
里津貴殿の説明は酷いが納得だ……!
「職業、官能小説家です」
「っ!?!?」
気付けば穂奈美殿の手が危うい方向へ……!
「初めての彼氏ができたかわいこちゃ~ん。あなたはまだ処女? そ~れ~と~も~?」
「やっ! やめてくださいっ! 穂奈美さんっ!」
「やめろっ!!」
必死になって穂奈美殿から紅を奪い返した。
紅の幼馴染はどうしてこう人物像が濃いんだ!?
<おまけ:幼馴染み会の年齢>
碧「俺と穂奈美は同い年だ」
穂「学年で言えば、梅五郎ちゃんの一個上ね~」
千「アタシは碧と穂奈美の二個下だ。金城の一個下の学年だな」
新「俺は更にその一個下だな」
鉄「で、俺と里津貴が同い年」
里「紅さんの二個下の学年になりますな」