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大和撫子さまのお仕事  作者: 小茶木明歌音
第五章
243/346

お泊まりでぇと その肆

※紅子視点




 お腹も満たされたところで向かった先は、この熊屋敷で一番人気の乗り物の「鋼熊(はがねぐま)」です。

 この熊屋敷が誇る四大絶叫高速車両の内、一番人気がこちらでございます。

 クマゴロー君達の御住いにある鋼山と呼ばれる絶叫満点の山に遊びに来たよ。爆走熊列車に乗って、さあ出発だ――というお話から始まる乗り物です。


 今日も今日とて楽しげな悲鳴が響き渡っております。


「梅五郎様はジェットコースターも初めてですよね?」

「ああ……あんな高さから落ちるのか……すごいな」


 梅五郎様が見つめる先には物凄い高さから物凄い速さで降下していく爆走熊列車が――。

 今日も凄まじい速度でございます。


「ジェットコースターは年齢制限や身長制限があるのです」

「小さい子どもは乗れないのだな」

「はい。でも、わたくし達は大人ですから大丈夫です」

「…………紅」

「はい?」

「俺はこれに乗れなさそうだ」

「えっ?」


 梅五郎様が指差した先を見れば、そこには身長制限の看板が……。


『身長、百四十センチから百八十五センチまで』


「あ…………」

「…………なんか、すまん」


 梅五郎様の身長は百九十三センチでした……。







 気を取り直しまして!

 次にやって来たのも、熊屋敷が誇る四大絶叫高速車両の一つでございます。


「ふむ、『羊旅館の恐怖』か……」

「こちらは、身長制限は百センチから上限はございませんので梅五郎様も乗れますわ!」

「ふふっ、ありがとう」


 先程のような過ちはもう許されませんもの。


 従業員さんの案内で列に並びます。

 やはり人気の乗り物というだけはあって大分混んでいるようです。


 こちらの「羊旅館の恐怖」は、ヒツジロー君のご先祖様が経営していた廃旅館の探検中に恐怖の昇降機に閉じ込められちゃったぞ。恐怖の一時をあなたは乗り越えられるか!?――というお話から始まります。


「紅の幼馴染達もこれに乗ったのか?」

「ええ。全員で仲良く。でも実は、ジェットコースターが大丈夫なのは、わたくしとありさちゃんと千花ちゃんだけなのです。美登里ちゃんと果穂ちゃんと灯ちゃんはあまり得意でなくて……」

「そうなのか」

「でも、いつもありさちゃんが無理矢理引っ張って乗って……結局、全員で全ジェットコースターは制覇しちゃうのです」

「流石は……海殿だな」


 でも、世の中には本当に駄目な人もいらっしゃいますから、強引に乗せるのはいけない事ですよ……。


「梅五郎様は大丈夫かしら……?」

「どうだろうな。何せ生まれて初めて乗るからな」


 ちょっと心配ですけれど、梅五郎様のお顔はワクワクしていらっしゃいます。


「駄目だった時は介抱でもなんでも致しますので!」

「はははっ、頼もしいな。その時はよろしく頼む」

「はいっ、お任せください」


 でも、きっと梅五郎様なら大丈夫な気が致します。







 そんな事を思っていた自分を殴りたくなってしまいました。







 終了後、梅五郎様のお顔が真っ青になっていたので、それはもう慌てましたとも!

 慌てて肩を貸して、とりあえず一旦外に出て、近くの長椅子に座ってとにかく休憩をしなければと必死でした。


「す……すまん……予想以上に……身体に合わなかったようだ……」

「あまり喋らないでくださいましっ。飲み物飲みますか? 少し横になりますか?」

「いや……少し、肩を貸してくれ」

「勿論です!」


 言われるがまま、梅五郎様の枕になります。

 ずっしりと肩に重みがかかって、梅五郎様の体調がいかに悪いのかを思い知らされます。


 ああ……大変申し訳ない事をしてしまいました……。


「紅……紅……貴女は悪くないから……」


 うぅ……こんなときでもお優しい……。


「手を……握ってくれないか?」

「勿論です」


 するりと梅五郎様の掌に自分の掌を重ねて、そっと指を絡ませます。


「ちょっと休めば……良くなるから……貴女の話を聞かせてくれないか……?」

「お話……?」

「幼馴染達の話でいいから……」


 そう言われて、思い当たる話がありました。


「灯ちゃんが……皆の中で一番ジェットコースターが苦手だったのですけれど、特にこの『羊旅館』が一番苦手で……」

「…………」

「あの日も、ありさちゃんに無理矢理引き摺られて皆で乗って、そうしたら灯ちゃんが乗り終わった後に具合を悪くされてしまって……」


 そう言えば、その時休んだのもこの長椅子だったかしら……。


「わたくしが灯ちゃんの介抱をしている間に、みんなが食料を調達してくるって言うので一旦別れたのです」

「…………」

「待っていたら携帯電話に……『お店が混んでいるからしばらく帰れない。そこで待っていて』って連絡が入って。わたくしはただひたすら待つだけだったので構わなかったのですけれど、灯ちゃんの具合が一向に良くならなくて……何か飲み物を飲みますか? って聞いたら、膝を貸して欲しいって言われて、それで……」


 その時でした。

 梅五郎様が突然動いたと思ったら、あっという間にお顔が目の前にあって、唇に柔らかな感触が――。


「っ!?!?」


 ちゅ……と音を奏でて離れていく梅五郎様のお顔は何故か少し不機嫌で――ってそうじゃなくてっ!!


 わたくしは慌てて辺りを見渡してしまいます。

 幸いなこと、ここが「羊旅館」の出口に程近い場所だったので、あまり人通りが多くなく、誰かに見られた……という気配は無さそうでした。

 ほっと息を吐くと、梅五郎様を睨みつけてしまいます。


「梅五郎様! いきなり何を……!」

「……膝を、貸したのか?」

「えっ?」

「灯殿に……膝を貸したのか?」

「え、ええ……貸しました……横になりたいというので……」

「…………」


 あら? あらあら?

 梅五郎様のお顔がみるみる不機嫌に……。

 わたくし、何か変な事を言ってしまったかしら……?


「……紅」

「は、い」

「貴女の膝を貸して欲しい」

「え?」

「貴女に膝枕をして欲しいんだ。今すぐじゃなくていいから。帰ってからでいいから」


 梅五郎様が真っ直ぐに甘えた事を言うなんて珍しい……ですが、そんなところも可愛らしいと思ってしまうのです。


「ふふっ、勿論いいですよ」


 梅五郎様がわたくしに甘えてくれる事が嬉しい。

 いつもわたくしばかりが甘やかされてばかりだから……。


(どうか、どうか……もっとわたくしに甘えて……)


 肩に頭を乗せて寄りかかる梅五郎様の頭に頬を寄せながら小さく祈るのでした。




「でも、恥ずかしいからあまり人が多いところであんな事しないでくださいまし」

「……すまん……」




*****




 てっちゃんとの待ち合わせの時間もあるので、お土産屋さんが混む前に買い物を済ませる事にしました。


 さてと……お土産、どれくらい買っていけばいいかしら……。


「えっと、まずは実家にと、十の御社、朔月隊に遊戯管理部……」


 お土産用のお菓子の箱を次から次へと籠へと入れていきます。


「二十二の御社に二十七の御社……あと八の御社」

「兄貴のところには必要ないぞ、紅」


 あら、一つ棚に戻されてしまいました……。


「そう言えば、梅五郎様は何か欲しいものはありませんの?」

「そうだな……」


 すると、梅五郎様はじっとわたくしを見つめました。

 真っ直ぐな綺麗な瞳にドキリとしてしまいます。


「貴女と揃いの何かが欲しいな」

「まあ……っ」


 まあどうしましょう……! どうしてわたくしの恋人様はこんなにも可愛らしいのかしら……!?

 そんなの、わたくしだって欲しいに決まっております!


「ど、どういったものがよろしいでしょうか?」

「そうだな……できれば仕事中に着けていても許されるものがいいな。常に身に着けていたい」

(かっ、可愛い……っ!)


 わたくしを悶え殺す気でしょうか!?


 ああ……えっと、そうじゃなくて……仕事中に着けていても許されるもの……。

 ふと思い付いたものを手に取りました。


「えっと……ブレスレットとかでしょうか。あんまり派手なものではなくて控えめなもので」

「どれだ?」


 梅五郎様が背後から抱き締めるようにわたくしの手元を覗き込んできました。

 ちっ、近い……! お顔が……!


「……うん、これがいいな。仕事中に着けていても差し支えないし、意匠も気に入った」

「良かったです……っ」


 わたくしの状況は精神衛生的にちっとも良くありませんけど。

 ですからお顔が近いですっ!


「赤い石がまるで紅玉みたいで貴女を思わせるな」

「……っ……!」


 嬉しそうに笑う梅五郎様は本当にお可愛らしい。

 元々優しく笑う方ですけど、こんな風に蕩けるように幸せそうに笑う顔が一番好き……。

 ますますこの方への愛おしさが募ってゆきます。


「赤は貴方の色でもありますわ。梅に蘇芳……どちらも貴方の色です」

「ふふっ、では貴女とお揃いだな」

「はいっ、お揃いです」


 梅五郎様は一度ぎゅっと抱き締めると、いつの間にかわたくしの手から賞品を奪い取っていきます。


「これは俺が買う」

「えっ、でも……」

「俺が買いたいんだ。頼む」


 もうっ! そんな風にお願いされては、わたくし断れませんわ。


「では、お言葉に甘えて……」


 そう言うと梅五郎様ったらまた蕩けるように笑うのですもの。

 本当に狡い人……。


「他に欲しいものはないのか?」

「あ、あの……一つ欲しい子が」

「ん? 子?」


 その子達が並んでいる棚に向かうと、じっと顔を吟味します。


(あ、この子がいい……少しキリリとした感じが似ている気がする)


 気に入ったその子を抱き上げます。


「クマゴロー君か?」

「は、はい……」

「紅はヒヨコが好きなのでは?」

「ピヨピヨ鼓笛隊はすでに実家におりますので……」

「欲しくなったのか?」

「え、ええ……」


 い、言えません……貴方に似ていると思ったらお迎えしたくなってしまったなんて……。

 ああ、梅五郎様ったらわたくしがぬいぐるみ買う事を気にしていらっしゃるのかしら……ずっとクマゴロー君をふにふにと触っていますわ……。

 そ、それもそうですわね……三十路間近を迎えて未だにぬいぐるみを購入するだなんて……。


「こ、子どもっぽいですよね……」

「え?」

「御許しください……可愛いものに、どうしても弱くて……つい……」


 つい……自白してしまいます。本音はちょっと隠して。

 でも、居たたまれなくて……子どもっぽいなんて思われるより先に、自分で言ってしまった方が衝撃も少ないと思って……。


「何故?」

「え?」

「貴女が好きなものを、俺が否定する権利はない。例え恋人であってもだ。貴女がぬいぐるみを好きだと言うのなら俺はそれで構わない。それに、貴女が可愛いものが好きな事はとっくに知っている。子どもっぽいからとか馬鹿にしない。気にしなくていい」


 ああもう……好き……っ!


 ぎゅうっと思わずクマゴロー君を抱き締めてしまいます。

 本当に抱き締めたいのは梅五郎様ですけど……。


「では、これも俺が買おう」

「えっ! えっ!? 流石にその子のお代まで支払っていただくわけには!」


 だけど、梅五郎様ったらクマゴロー君を取り上げながら、困ったように笑って言うのです。


「ぬいぐるみとはいえクマゴロー君は男だ。ただでさえ貴女が抱き締めている事に苛立ちを覚えているんだ。せめて俺からの贈り物だという名目をつけさせてくれ。子どもっぽい理由ですまないが」


 こっ、この人ったら……っ!


「ずっ、狡い! 梅五郎様ばっかり狡い! わたくしを甘やかしてばっかりで! わたくしが駄目人間になったらどう責任取ってくれるのですか!?」

「喜んで養う」

「~~~~っ!!」


 まあなんて素敵な笑顔ですことっ!

 完敗です。敗北です。


「次はわたくしが梅五郎様を思いっきり甘やかしてやりますからね……っ!?」

「……お手柔らかに頼むぞ、紅」


 絶対! 絶対! 手加減なんてしてあげませんっ!

 あっまあまのめっろめろにしてやるのですっ!!





熊屋敷四大ジェットコースターのモデルは、作者が実際に乗って気に入ったもの上位四つです。


<おまけ:熊屋敷四大絶叫高速車両(残り二つ)>


紅「ケンシロー君が大好きな円盤が超巨大になって皆で乗れるようになったぞ。さあ皆で一緒にくるくる回ろう!――というお話から始まる『ワンワン円盤』でございます」

梅(ぐるぐる回転しながらの急上昇に急降下……み、見ているだけで気分が……)




紅「ピヨピヨ鼓笛隊が奏でる音楽とともに絶叫と爽快感を。さあ共に叫び奏で楽しもう!――というお話から始まる『夢のピヨピヨ鼓笛隊大演奏会』でございます」

梅(速いっ! というかあれは背中から落ちているのか!? む、無理だ……っ!!)




 神域最強にも苦手なものはある……。


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