お泊まりでぇと その参
※梅五郎視点で話が進みます
遊園地など、生まれて此の方来た事なかった……連れてってなどもらえなかったから。
見た事無い程の大勢の賑わう人々。
行き交う人は皆笑顔で、楽しげで。
この先に何が待ち受けているなんて俺には想像がつかない。
改めて、俺は普通の人間とは何かが違うと突き付けられる……。
だが――。
「さあ、参りましょう」
頬をほんのりと染めて楽しそうに笑う紅があまりにも可愛いから、きっと俺も楽しめるのだろうと思う。
そんな貴女の指に俺の指を絡めた。
園内は圧巻であった。
異国情緒溢れる建築物に装飾品。作り物であったとしても山や湖、そして城まであるとは思わなかった。
あちこちで見た事のない乗り物が滑走しており、人々の楽しげな声が至るところから聞こえてくる。
だけど、俺が一番目を奪われたのは……。
「梅五郎様、見てください! ピヨピヨ鼓笛隊が歩いています!」
目をキラキラと輝かせて紅が俺の手を引く。
その視線の先を見れば、五匹のヒヨコ達が並んで歩いて楽器を奏でていた。
「可愛い……っ」
紅は頬を赤く染めてふにゃりと笑った。
俺はヒヨコ隊よりも紅が可愛いと思う。
楽しそうに表情をころころと変える紅を見ていると本当に飽きない。
遊園地に来る事に初め不安はあったが、来て良かったと心から思う。
「もっと近くで見るか?」
「あっ、えっと……よろしい、ので?」
「行こう」
紅の手を引いて、ヒヨコ隊の近くまで寄っていくと、大勢の子ども達も集まっていた。勿論大人もそれなりにいる。
「ピヨピヨ鼓笛隊とお写真撮りたい人はぜひ並んでくださ~い!」
園の従業員らしき女性が声をかけると、皆一列に並び出す。
それに倣って、俺達も列に並んだ。
順番に案内され、一組ずつ写真を撮っていくようだ。初めに写真を撮ったのは親子だった。
(……それにしても、ヒヨコ、大分大きいな。子どもより大きいとは……)
耳を済ませてみると、泣いている子どももいるようだ。
「うわああんっ! こわいよぉ~~っ!」
大きなヒヨコが怖いのだろうか。
「きょじんがいるよ~~っ! こわいよぉ~~っ!」
(俺の事かっ!?)
母親らしき人が必死に宥めているが……よくよく耳を済ませてみると、他にも俺に関する話をしている人達が多いみたいだな……。
「大きい……」
「格闘家……?」
「でか……」
「こわっ……」
どの話もあまり耳触りが良さそうではないな。
こういうのは聞かなかった事にするのが一番だ。
それにしても、改めて俺の身体は人と異なる化け物だと思い知らされるな……。
分かっていたはずなのに、気持ちが沈んでいく…………。
「梅五郎様」
「!」
絡めた指をぎゅっと握り、紅が身体をぴったりと寄せてくる。
触れ合ったところが温かい。
「わたくしがおります。ずっとお傍におりますわ」
「紅…………」
「他に目移りなんてしないでくださいまし」
ああ、もう、俺の恋人はなんて可愛いのだろうか……!
今すぐ抱き上げて「この人は俺の恋人だ」と叫んで自慢したいくらいだ。
だがそんな事、許されるはず無いので、俺も紅の手を握り返すだけにした。
人の目があると、口付けできないのが辛い……。
*****
ヒヨコ隊との記念撮影を終えた頃、腹の虫が鳴ってしまった。
人一倍身体が大きいせいか、腹もすぐ減ってしまうので困ったものだ……。
ああ、ほら見ろ。紅が笑っている……。
「そう言えば、お腹が空きましたね。何か食べましょう」
「そうだな」
ああ、気を遣わせてしまった……情けない。
紅の話では、園内の至る所に軽食が売られている台車があるらしい。
早速目の前に一台あった。羊の絵が描かれていた。
「あら、ヒツジロー君の串焼きミートとラムちゃんのふわふわシュークリームですって」
「美味そうだな」
串に刺さった大きな肉の塊と箱入りの小さな洋菓子だな。小腹を満たすのに丁度良さそうだ。
紅の分と合わせて二つずつ購入する。
「これだけじゃなくて、他にもいっぱいあるんですよ」
「ほう」
園内に設置されている長椅子に座ると、紅が案内表を開いて見せてくれる。
そこには期間限定の食べ物や人気の王道の食べ物までいろいろ紹介してあった。
「甘いのもありますよ」
「……食べてみたい」
「ふふふっ。時間はいっぱいありますから、好きなだけ食べてくださいまし」
楽しみが増えたな。
とりあえずまずはこの肉を頂くとしよう。
「……んっ、美味い!」
「ふふふっ、良かったです」
紅も一口頬張る。瞬間、ふにゃりと嬉しそうに頬が綻んだ……可愛いな。
むぐむぐと唇も動く……可愛いな。
(あまりまじまじと見るな! 変な気に駆られるぞ!)
串に刺さっていた肉を一気に二個頬張って変な気を紛らわす。
「あらあら、梅五郎様。お口が……」
そんな声が聞こえた瞬間、紅の顔が目の前にあって俺は硬直してしまった。
紅はそんな事も気にせず手拭きで俺の口を拭ってくれる。
「タレが多いからお洋服とかも汚さないようにお気を付けてくださいましね」
「…………はい」
そのまま俺は一気に肉を食べ切ってしまったが、紅は進みが遅い。
むぐむぐと必死に口は動いているものの、まだ肉の塊が残っている。
どうやら紅には少々量が多かったようだ。
「……梅五郎様、申し訳ないのですが……」
「気にしなくていい。俺は物足りないと感じていたんだ。ありがたく頂こう」
紅から串を受け取ると、残りの肉に齧り付く。
(うん、美味いな)
しかし、齧り付いてから、はたと気づく。
これは先程まで紅が口にしていた肉だ。いや、齧りかけは無いから別に衛生面がどうのこうのという訳でないのだが……あくまで先程までこれは紅が口にしていた串なのである。
(いや、間接的に口を合わせるという事に気にするという訳ではないのだが、むしろ直接唇を重ねてもいるのだし気にする必要性などないのだが、いやしかし、なんというかこれは……っ!)
そういう事を許された仲として紅に思われているという事が嬉しく気恥かしい……!
一方でその紅はというと、未だにもぐもぐと食べている俺をじっと見つめていた。
目が合うと、にこっと笑ってくれる。
(…………可愛い…………)
おかげで最後に食べた肉の味が少しあやふやになってしまった。
「ラムちゃんのシュークリームは普通のチョコレート味とホワイトチョコレート味とあるのですが、どちらがよろしいですか?」
「じゃあ、普通の方で」
「では、ホワイトチョコレートの方を頂きますね」
箱を開けると中には小さな洋菓子が四つ入っていた。
楊枝が一緒に入っていたので、一つ刺して頬張る。
「ん、美味い」
一口で食べられるのは手軽で良いな。食べやすくていい。
「梅五郎様。ホワイトチョコレート味も食べてみます?」
「いいのか?」
「勿論です!」
実はそちらも興味があったから嬉しい。
しかし、そんな事を思っていたら、紅は驚くべき事をしてきた。
「はい、あ~ん」
「っ!?」
楊枝に刺した洋菓子を紅が俺に差し出してきたのだ!
しかも「あ~ん」って!?
ちょっ、ちょっと待って欲しい!
いやいや、空気を読め! 梅五郎!
「あ……あー……」
俺は思い切って口を開く。
すると、紅が洋菓子を口の中へと運んでくれるので、それをぱくりと頬張った。
「いかがです?」
「ん……うまい」
「良かったです」
嘘だ。すまない。
味なんてほとんど分からない。
紅が可愛くて、いろいろ我慢する方に必死なんだこっちは……っ!
「もう一ついかがです?」
「あ、いや……っ……それより紅もこっちを食べてみないか?」
「まあ、是非頂きたいです」
楊枝に洋菓子を突き刺しながら、ふと思う。
(ん? なんか既視感……)
以前、こんな事をした覚えがあるような……。
「ほら、あーん」
「あー」
紅の口の中にシュークリームを運んでやると、ぱくりと食べた。
そんな紅を見て思い出す。
(そうだ。以前、紅に収穫したミニトマトを食べさせたことがあったな)
あの時も口を開けて頬張る紅が可愛くて、ふわりと笑う紅が可愛くて、いつかまた自分の手から食べさせたいとか思っていたんだったな。
(やられる方は恥ずかしいが、やる方は何度やっても楽しいな)
思わず頬が綻んでしまう。
「梅五郎様、ではこちらをもう一つどうぞ」
「えっ、いやっ、あの」
「はい、あ~ん」
「あ……あー……」
紅の笑顔に負けて、俺はまた口を開く。
その代わりにまた紅に洋菓子を食べさせてやる。
実に嬉しくて、恥ずかしい一時だった。
まさか食事がこんなにも厳しい修行だったなんて……。
これは今後も気を引き締めなければならないな。
少し小腹が満たされた頃、紅の携帯電話にある人物からの連絡が入った。
「あら、てっちゃんです」
「鉄殿……確か紅の」
「弟です」
知っている……そして、実際会った事がある。
紅には内緒にしていたが。
「まあ、偶然にも今日は幼馴染会開催の予定だったんですって」
「幼馴染会」
それだけで、一体どういった人物達が集まるのか想像ができた。
「……梅五郎様……あの……」
「ここを早めに切り上げて鉄殿と合流をしよう」
「えっ……よ、よろしいので?」
「会いたいのだろう?」
紅は瞳を潤ませると俯いて小さく頷いた。
正直に言えば、紅と二人きりの時間をもっと長く過ごしたい。
だけど、紅が大切に思う人達は本当に多いから……。
ならば俺は紅の思いを尊重するまで。
でも、やっぱり紅を独占したいという隠しきれない想いはあって……手を伸ばして紅の頬に触れる。
(ああ、本当に……人前でなければな……)
獣じみた想いをひた隠した……。
<おまけ:全制覇出来そうなくらいよく食べる人ですから>
紅「他に何か食べたいものはあります?」
梅「そうだな……これが気になるかな」
紅「あっ、クマゴロー君のびっくりハンバーガーですね。これも美味しいですのよ」
梅「ほう」
紅「後で近くを通りかかったら是非食べましょう」
梅「あの……紅……」
紅「はい」
梅「あそこのものも食べてみたいんだが……」
紅「あっ、ケンシロー君のガッツリ骨チキンですね。是非是非、好きなだけ食べてくださいまし」
梅「あ、ああ……(うぅ……人一倍物を食べるこの身体が憎らしい)」
紅(きっと物足りないのかもしれませんね……どこかレストランでいっぱい食べてもらいましょう)